ー神有の章19- まずは一献
フシュルルルーーー。フシュルルルーーー。何かが擦れるような、ざわつくような音が牢の部屋に底響きする。
な、なんなの?この音。この目の前の真っ黒い鎧を着込んだ男も気になるが、この不気味な音のほうがよっぽど、気になるのデスワ!吉祥は警戒感を顔の表情に出す。
吉祥からの鋭い視線を感じたのか、屈強な戦士がふんっと息を吹く。
「小娘なぞに興味がないでごわす。しかし、男の方は別でごわす。お前、何故、檻を壊さずに黙って捕まっていたのでごわす?」
屈強な戦士は脅すような低い声でそう万福丸に問うのである。
「うーん?そんなこと言われても、俺は馬鹿だからさあ。吉祥が大人しくしていろって言ったからそれに従ったまでだぞ?」
万福丸がそう応えたことに面白くもなんともないと言った感じで、ふんっと再び息を吹く。
「なんだ。女の尻に敷かれているだけの男でごわすか。少しは戦力になるかと期待していただけに失望したのでごわす」
「えっ?戦力になるってどういうことなのデスワ?あなたは、万福丸を誰かと闘わせるつもりなの?デスワ」
「ふんっ。ここで話すのも、お前らにとっては窮屈なのでごわす。牢から出してやるから、座敷にくるのでごわす」
屈強な戦士は、あごをくいっと動かす。それを合図に、その屈強な戦士の側付きであろうモノたちが牢の錠前を外す。そして、2人にそこから出るように促すのであった。
何か釈然としないモノを感じながらも吉祥たちは黙って、屈強な戦士のあとに続いて牢座敷から出て、そのまま、城にある大屋敷の一室に通されることになったのである。
そこには厚手の座布団と、膳の上にメシと酒が用意されていた。それを見て、吉祥は、えっ?どういうことなの?と想ってしまうのであった。
「ふんっ。まずは座るのでごわす。立ったまま、話すには長い話になるのでごわす」
「あ、ありがとうございますデスワ。でも、なんで、こんな歓待のようなことをしてくれるのデスワ?」
しかし、屈強な戦士はそれに応える前に、あごをくいっと動かす。座れと言う合図なのであろう。
吉祥はどうしたものかと想ったが、万福丸が肝が座っているのかただの馬鹿なのか判断がつかない感じで、よっこらせっくとまで言って、慌てて、んんん!と口を閉ざして座布団の上に座るのである。
吉祥は、はあああと深いため息をつき、しょうがないのデスワ。ここは相手に従い、話を聞くのを先決するのデスワ。ここが九州のどこかと言うことしかわかってない以上、この相手から絞り出せるだけ情報を絞りださなければならないのデスワと想う。
吉祥は、座布団の上に座る。しかし、その座布団のふっくらふわふわ感に想わず、ひゃっ!と声をあげてしまう。
ちょっ、ちょっと待ってよ!これ、最高級座布団じゃないの?デスワ!こんな、座布団、いままで視たことも座ったこともないのデスワ!これ、もしかして、僕たち、かなりの期待感を込めて、歓待されようとしてんじゃないの?デスワ!
吉祥が座布団のふっくらふわふわ感に驚いていると、屈強なる戦士が、鎧兜を脱ぎ、平服姿に着替えだす。そして、着替え終わったあと、膳を挟み、あぐらをかいて、座るのであった。
吉祥は一体、何を言われるのかと想い、ごくりと唾を飲みこみ、目の前の戦士の言葉を待つ。
「ふんっ。まずは一献でごわす」
戦士は、とっくりを右手で持ち、酒を注いでやるとばかりに吉祥の前にそれを突きだしてくる。吉祥は、膳の上にあった盃を慌てて、手に持ち、両手で持って、戦士の前におそるおそる差し出す。
その差し出された盃に戦士は並々と、酒を注いでいく。
うわっ。ちょっと、注ぎすぎデスワ!僕、そんなにお酒に強いわけではないので勘弁こうむりたいのデスワ!
吉祥がそう想っていると、戦士は察したのか、酒を注ぐのはやめて、今度は万福丸の方にとっくりを向ける。万福丸は、おっ、すみません!いただきます!と言いながら、片手で盃を持ち、それを戦士の方へ差し出す。
戦士は、ふんっと息を吹き、その差し出された盃に並々と酒を注いでいく。そして、充分な量が注がれたと判断したのか、注ぐのをやめる。そして、最後にその戦士は自分用の盃を手に持ち、そこから酒がこぼれ落ちそうになるほど、とっくりから酒を注ぎこむのであった。
しっかし、何て量のお酒を飲む気なのデスワ?僕と万福丸の盃の3倍近くの大きさがあるのデスワ?屈強な戦士なだけあって、うわばみっぽいのデスワ。
「ふんっ。では、運命の出会いを祝して、乾杯なのでごわす!」
戦士はそう言うと、盃を口につけて、傾けていき、その中身を一気に飲んでいく。自分も飲まねばと想い、吉祥は盃に口をつけて、くいっと傾けて飲み干すのであった。
ふううう。緊張するのデスワ。相手が無口のために、息が詰まるのデスワ。こんな空気で話を切り出すのは中々につらいのデスワ。何か、きっかけがあると助かるのデスワ。と吉祥は想っていた矢先の出来事である。
「あああっ!肩が凝るのごわす。あっ、そろそろ、形式ばった飲み方は遠慮させてもらって良いかでごわす?」
先ほどまで、威圧する低い音がすっかり戦士の声から消えており、どちらかと言えば、親しみやすい朗らかな声に変わっているのであった。
「酒は飲んでも飲まれるな!でごわす!」
戦士は上機嫌にそう言いながら、またもや自分の盃に並々と酒を注いでいき、そして、また一気にその盃の中身をぐびぐびいいい!と飲んでいく。そして、ぷはあああと息を吐き、またしても、とっくりから酒を盃に注いでは、ぐびぐびいいいい!と飲んでいく。
その豪快な飲みっぷりにあっけを取られた万福丸と吉祥であった。
「うん?なんで、料理に手をつけんのでごわす?毒など入ってないから遠慮なく食べると良いのでごわす。酒が欲しくなったら、いつでもお代わりを持ってくるから、じゃんじゃん、飲んでくれなのだでごわす!」
「い、いただきますのデスワ」
吉祥はあっけにとられたまま、膳の上の料理に手をつける。そして、何かの肉?を焼いたモノであろうものを選んで、箸で端を切り取り、口に運ぶ。
「お、おいひい!何、このお肉。分厚いから噛みちぎりにくいと想っていたのだけど、噛んでみたら、そこから肉汁がどんどんあふれてきて、僕の口の中を暴れまるのデスワ!」
「うおおお!こんな美味い肉、初めてだ!なんだ、これ?視た感じだと、黒くて茶色くて何かの肉を丸めた何かかな?って感じで、期待してなかっただけに、これは衝撃的すぎるだろ!」
吉祥と万福丸はその焼いた肉をもぐもぐと喰っていき、完食し、そして、お代わりを戦士に言うのであった。戦士は満足な顔付きで笑いながら
「ふはーっははっ!そんなに気に入ったでごわすか。それは南蛮で言うところのハンバーグと言う食べ物でごわす。どんどん、持って来てやるから、がんがん食べると良いのでごわす!」