ー神有の章18- 【紅茶】を優雅に
ふう。とりあえず、落ち着くのよ、吉祥。こんな時には【紅茶】よね。ふう。良い味だわ。この神力を信長さまからもらった時は、何の役に立つのよ!と、湯飲みごと、あのニコニコ顔にぶつけてやろうかと想ったものだけど、意外と役立つものね?もしかして信長さまはこうなる事態を読んでいたのかしら?
「なあ、吉祥おおお。俺にもその【紅茶】って奴を飲ませてくれよおおお。俺、もう喉がカラカラに乾いちゃったよおおお」
「もう。ひとがせっかく至高の思考遊びをしている時に、外から介入してこないでよ。はいはい。わかりました。ちょっと待ってね?あなたの分も出すわ?」
吉祥は手に持っていた西洋製湯飲みを脇に置き、静かにまぶたを閉じる。そして、神気を発し、神力へと変換する。そして口から声を発する。
【紅茶】
その言葉が口から出たあと、ポンッ!と言う音と共に吉祥の左手の中に先ほどと同じ西洋製湯飲みが具現化される。その湯飲みの中には良い香りを発する紅い液体がたゆたゆと揺れているのであった。
「はい。できたわよ。1杯1文ね?つけで良いから、あとで払ってね?」
吉祥は具現化した湯飲みを万福丸に渡そうとする。しかし、万福丸は、んん?うん?と唸りながら、なかなか受け取らないのである。
「何?どうしたの?」
「い、いや。西洋製湯飲みってどう持ったら良いのかなって?なんか湯飲みの厚みが薄いから、なんか、湯飲みの表面を持つと、火傷しそうだなあ?って」
万福丸の言いに、言われてみればそうだと想う吉祥である。そもそも、この【紅茶】用の西洋製湯飲みは、ひのもとの国では見かけることがほとんどない形である。万福丸丸の疑問通り、湯飲みについている取っ手の部分を持つと、下手をすれば火傷するのではないのかと想えるのである。
吉祥は、具幻化した湯飲みを一度、木の板で出来た床の上に置く。
「良い?万福丸。あなたの言う通りだわ?この西洋製湯飲みには側面に丸い取っ手がついているの。まあ、見れば、わかる話よね。で、ここの取っ手部分にこう、人差し指と親指をひっかけて持つわけ?わかった?」
万福丸は、お、おうと応え、おそるおそる右手の人差し指と親指を西洋製湯飲みの取っ手部分にひっかけて、ゆっくりゆっくり持ち上げていく。
なんだか危なっかしいわね?こぼして、中身をぶちまけるのは勘弁よ?と想う吉祥である。
「良い?万福丸。【紅茶】と言うのは、きれいな姿勢で、それでいて優雅に味を楽しまなければならないの。だから、そんなにおどおどして飲んでたら、みっともないわよ?」
吉祥はそう言うと、お手本だとばかりに、先ほど、脇に置いていた自分が飲んでいた紅茶が入った西洋製茶碗を手に取ると、万福丸の前で、くいっひと口飲んで、にっこりと笑顔を作るのであった。
「はい。これが正しい【紅茶】の楽しみ方よ?万福丸も将来、人前で飲むときは僕と同じく優雅に飲んでほしいところよ?」
そう吉祥が言うのだが、万福丸は、むむむと唸って、なかなか紅茶を飲もうとしないのである。不思議に想った吉祥が
「どうしたの?万福丸?毒なんか入ってないから、心配しなくていいわよ?」
「い、いや。【紅茶】を飲むのがこれで初めてだからってのもあるんだけど、この何やら嗅いだこともない匂いに手間取ってさ?確かに良い匂いってのわかるんだけど、やっぱり嗅いだこともない匂いの液体を飲むのには警戒感が湧いちゃってさあ?」
「うーん。そうよねえ。普通のひとには、うーーーん!良い匂い!で終わるかも知れないけど、万福丸は犬神と合一を果たしたから、すっごく鼻が良いものね?何か、僕だと感じられない匂いまで、嗅ぎ取っているのかもね?」
うーーーん。犬は鼻が良いとは言われているけど、香りが強いほど、逆に刺激臭になってしまうのかしら?と想う吉祥である。
「よ、よっし!覚悟は決まったぜ!俺は吉祥が出した液体を飲んでみせるぜ!」
液体じゃなくて、【紅茶】よとツッコミを入れる前に、ごきゅんごきゅんと喉を鳴らして、一気に万福丸は湯飲みに入った液体を飲み干すのであった。
「おお、おお。おお!なんか、心がすっごくホッとする味がするううう。なんだよ、こんなに美味いのなら、もっと味わって飲んでおけば良かったよ。何か損した気分だ」
「まったく、そんなにぐびぐび飲むものじゃないわよ?こう、優雅に飲むのが絵になるんだからね?」
吉祥は万福丸にそう言い、【紅茶】を飲み干すのであった。
「さて。いつまでここに閉じ込めて置く気なのかしらね?いい加減、誰かが来ても良い頃だと想うのデスワ」
あれ?吉祥がいきなりいつものデスワ口調に戻っているぞ?と想う万福丸である。
「ん?急に神気を抑えて、どうしたんだ?ここは危険が無いってことか?」
「うーーーん。危険が無いと言えば嘘になるけれど、神気を高めすぎていたら、神蝕の証が浮き彫りになるのデスワ。自分の身体のどこにその証が浮き出ているかを視られたら、何が得意なのかを感知される危険もあるのデスワ」
「なるほどなあ。俺は身体の両手両足に証をくっきり出してたら、それだけで戦闘が得意だってばらしているようなもんだしなあ?さすが頭脳担当の吉祥だぜ。頼りになるなあ」
そう素直に感心されても困るのデスワと想う吉祥である。今までは、相手に感知されない距離から、まずは吉祥が神力によって具現化した赤縁の眼鏡を通して、相手の神蝕の証、神蝕率、そして、合一を果たした大神を調べてから、戦闘に望んでいた。
だが、今は捕らわれの身であり、そんなことをする余裕も何もあったものでは無い。ならば、出来ることと言えば、まずは相手に自分たちの情報を与えないことが重要である。だからこそ、危険ではあるが神気を出来る限り抑えることにしたのだった。
しかし、この牢屋に閉じ込められてから、一体、どれくらいの時間が経ったのだろうか?
10分?いや、そんなに短いわけがないのデスワ。なら30分?うーーーん、1時間くらいかもデスワ?
「おい。吉祥、誰かくるぞ」
小声で万福丸がそう、吉祥に告げる。さすが、犬神と合一を果たしただけはあるのデスワ。僕たち以外の別の何かの匂いを嗅ぎつけたのデスワ。さて、何がやってくるのデスワ?吉祥は警戒の色を強めるが、神気をなるべく抑えるのである。
「フシュルルルーーー。一体、いつまで待たせるでごんす。そんな牢ぐらい破ってくるでごわす。おいどん、待ちくたびれたのでごわす。フシュルルルーーー」
真っ黒い鎧に包まれた屈強なる戦士が文句を言いながら2人の前に現れたのであった。