ー改変の章 3- イニシエの大神(おおかみ)
オオオオオオオオオオオオ!
「くっ!何ですか、この声はっ!先生、猛烈に頭痛、吐き気、さらに腹痛が同時に襲ってきています!」
京の都の二条の城に詰めていた、織田信長たちも同様に悲鳴に似た音を聞いていた。その音は遥か天上にあるぽっかりと開いた黒い穴からもたらされていた。
「痛いのでおじゃる!苦しいのでおじゃる。死ぬのでおじゃるううう!」
「殿、それに将軍さま。ご無事かじゃ!しかし、この天上から降りてくる声といい、圧迫感といい、一体、何が起こっているのじゃ!」
村井貞勝もまた信長と将軍・足利義昭と同様に天上から襲い掛かる不気味な悲鳴の影響を受けていた。3人は、立ってられぬとばかりに、畳にひざをつき、さらに四つん這いになり、ついには倒れてしまう。
大空はただただ紅く、血の色に染まっていく。
オオオオオオオオオオオオ!
悲鳴に似た音はさらに甲高くなっていく。この現象はひのもとの国全土、いや、世界中で同時に起こったのである。
「ん?急に声が止みましたね。はて?敵と言っていいのでしょうか?どうやら、攻撃は収まったようですね?」
信長は急に身が軽くなるのを感じる。先ほどまで感じていた圧迫感が嘘のように消えたのだ。そして、突っ伏した状態からよっこらせと身を起こし、どすんとその場であぐらをかくのである。
「貞勝くん。ついでに将軍さま。ご無事ですか?死んでたら返事をしてください?」
だが、信長の声に反応する者は居ない。はて?と想った信長が周囲を首を左右に回すことで確認すると
「あれ?そういえば、ここ、どこなんです?二条の城の大屋敷の部屋に居たはずなんですが?おーい、誰か、いませんかあああ?」
信長の眼に映るものは、ただただ黒いモヤであった。自分の顔から約5メートル先が全く見えないのである。
「んんん?本当、ここ、どこなんですかね?うーん。はっ!もしかして、先生、あの声で死んじゃって、あの世に来ちゃいました?これは困りましたねえ。先生、まだまだ生きるつもりだったんですが?」
「フム。サスガ我にエラバレシものだけはアル。そのゴウタンさにはあきれはてるものさえカンジテシマウゾ」
「あっ!誰か居たんですね?まったく、先生、ひとりぼっちなのかと心細くなってしまいましたよ。さすがに極楽浄土にはいけないつもりでしたが、こんな無明な闇の世界に放り込まれるほど、悪いことをしたつもりもないんですがね?」
「ハハハッ。クサレまいすどものシンジャたちをあれほどコロシテオキガナガラ、じぶんのしごのイキサキをしんぱいするとはコレマタおもしろきハナシ。やはりオレサマガまえからめをつけていたことだけはある。さあ、我と契約をムスビタマエ」
「契約?ああ、血判状のことです?うーん。先生、メリットとデメリットをちゃんと説明されないと血判状には捺印しないことに決めているんですよね?まず、姿を見せてくださいます?そこから、始めましょうか?」
「ホントウニおもしろきニンゲンである。イニシエの大神である我にすがたをみせろとゴウゴするおもしろきニンゲンである」
「イニシエの大神?えっ?神の名を騙るのはさすがに、あなた、不届きが行きすぎてませんか?フロイスくんあたりが聞いたら、飛んできて、聖書の角で殴られて、さらに聖水をぶっかけられますよ?」
「フロイス?ああ、外つ国の神を信奉する、あの哀れな男であるか。あやつほど、地獄に落ちるのにふさわしい人間はいないのである。あんな男など放っておくのである。今頃、奴の信じる創造神の雷で身を焦がされているのである」
信長はふと、聞こえてくる声が機械的なものから、まるで生命を持った温かみのある声になるのを感じるのである。
「おやおや。どこかで聞いたことがあるような声をしてますね、あなた。なんだか、先生の声に似ている気がするんですけど?」
「それもそのはずである。我と貴様は元はひとつであったものである。我の一部が地上に逃げ出したのが、貴様なのである」
その声の主は、暗闇のモヤを突き破り、姿を現すのである。信長は思わず、ぎょっとしてしまう。
「ちょっと。なんですか、この色男!いやあ、これほどの色男を先生、みたことがありませんよ?うーん、ひのもとの国、唐の国、印度において、一番の色男と言っても過言ではありませんよ?」
「フン。世辞はよすのである。大体、この顔はお前と瓜二つではないかなのである。何を我を褒めるつもりで、自分をべた褒めしているのである」
「あっ。ばれちゃいました?いやあ。でも、息子の信忠くんも先生に似ていると周りから言われてましたけど、あなたほど、先生にそっくりなひとはいませんよ?でも、ちょっと、顔色が悪いのが気になりますが。ちゃんと、3食、食べてます?」
「ひとではないのである。我はイニシエの大神である。それで?契約のメリットとデメリットを話せと言うことであるか?」
「はい、そうです。先生、父親から耳が痛くなるほど言われてましてね。商人たちと契約するときは必ず、メリットとデメリットの説明を受けろと。いやあ、商人たちはずる賢いですからねえ。うっかり、契約書に捺印しようものなら、鬼の首を取ったが如くにいやっほおおお!って舞い踊りますから。まあ、あまりにうざかったら、首級だけになってしまいますがね?」
「フン。本当に元は我の一部かと疑うほどに口がまわるニンゲンよ。まあ、説明は必要である。少し長くなるが時間は大丈夫であるか?」
時間?そう言えば、今って、いつの何時ごろなんでしょう?と想う信長である。まるで、あの悲鳴にも似た声を聞いてから、長い年月が経ってしまったのではないのかとさえ想えてしまうのである。
「あのー?大神くん。つかぬことをお聞きしますけど、今は何月何日の何時ですか?」
「おまえたちの時間軸で言えば、1573年4月13日 午後1時19分35秒である。貴様が下天で伊弉冉の声を聞いてから10分が経過したところである」
「そうですか。まだ、あれから10分しか経ってないんですか。いやあ、10年くらい経ったものかと想ってしまいましたよって、そうじゃありませんよ!大神くん、今、さらっと重大なことを言いませんでした?」
信長が思わず、自分と瓜二つである大神に対して、鋭くをツッコミを入れるのである。
「ウン?ああ、貴様にはまだ話してなかったのである。下天に降り注いだあの悲鳴の如き声は我と同じイニシエの大神である、伊弉冉の産声である」
自分そっくりな姿の大神から突然の告白を聞き、本当にこの大神くんは何を言っているんだ?という顔つきになる信長である。
「フン。ニンゲンに理解できるものではないのである。あの声の持主こそ、このひのもとの国を創った大神の片割れである、伊弉冉である。あの大神は、下天のある男と契約を行ったのである。それによって伊弉冉は下天にて受肉したのである」
「ある男?それに契約?さらに受肉?本当、一体、大神くんが何を言っているのか、さっぱりですよ?」
「わからぬモノはわからぬままにしておくが良いのである。それよりも、貴様は我に選ばれたということが肝心なのである。さあ我と契約を結べ」
「だから、大神くん。契約のメリットとデメリットを説明してください。そうでは無ければ、先生、てこで押されても捺印しませんからね?」
「本当に面白きニンゲンよ。まあ、良いのである。まずは名乗りからさせてもらうのである。我は仏の教えで伝えられている地獄の最下層、第六天に君臨する魔王である。第六天魔王波旬と呼ばれる大神である」




