ー神有の章14- 対価を払う
吉祥は一方的に傾斜する【秤】を見つめながら、はあああと深いため息をつく。我ことながら、こんなに傾いた【秤】を元の【円満解決】状態に戻せるのかと絶望感に似た何かが胸に去来するのである。
「しょうがないわ。知ってしまった以上、後悔なんかしないわ。それより、僕の秘密を教えないといけないわ」
吉祥にはとびっきりの隠し札があった。これさえあれば、あの傾いた【秤】に均衡を与えることが出来るはず。だからこそ、伊弉諾復活計画について、信長さまから聞いたのだ。
「僕は実は」
「あっ、ちょっと待ってください?先生が聞きたいことを吉祥くんに質問しますので」
えっ?信長さまから僕に聞きたいこと?もしかして、信長さまは今までの僕との【対話】を通じて、何か、僕の情報について掴みかけている?と吉祥は想った。
「何を質問したいの?僕からあるだけ情報を絞り出したいの?そうよね。これだけ【秤】が一方向に傾いてるんだもの。軽いものなら、なんでも聞きたい放題だもんね?何?歳とか、好きな食べ物とか、休日、何をしているのか知りたいの?」
吉祥がじと眼で信長を睨みつける。あれほどの情報を与えられたのだ。少々、つまらないことを聞かれて、それに応えたところで、あの【秤】が【円満解決】状態に動くことはないだろう。なら、聞きだせるだけ聞いたらいいわよ。全部、応えてあげるわよ!
「まあまあ、そんなにカッカしないでください。まずはここに取り出しますは、京の伏見で採れる高級茶葉・玉露を使ったお茶です。これでも飲んでください」
信長はそう言うと、第六天魔王の神力で具幻化した、玉露入りの湯飲みを吉祥に渡す。吉祥は、フンッ!と言いながらも、その湯飲みに口をつけてごくごくと飲むのである。
「うーん。年頃の女性にこんなことを聞くのは失礼な話なんですが。あなた、もしかして」
「ん、なによ?なんでも聞いてちょうだい?ちゃんと応えるから」
「そこの万福丸くんとはイチャイチャしました?」
信長の質問を聞いた瞬間、吉祥は、口に含んでいたお茶をぶふうううううううう!と盛大に吹き出すのである。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ちないさよ!あんた、一体、何を質問してんよっ!」
「えっ?質問の意味がわかりません?じゃあ、もう一度、聞きますよ?あなた、もしかして」
「そのくだりは要らないから、なんでそんな質問をしてんのかって聞いてるのよっ!」
吉祥が顔を真っ赤にしながら信長に猛然と抗議をする。だが、信長は平然とした顔つきで
「いえ?純粋な興味です。若い2人が見たところ、力を合わせて旅をしているようなので、どこまで進んだ仲か気になってのことです。ねえ?天照くんも聞きたいでしょ?」
「ふむ。そうじゃな。わらわも聞きたいのじゃ。近頃の若者はどんなイチャイチャで楽しんでいるのか興味があるのじゃ」
「あんた、【見届け神】でしょ!何、信長に肩入れしてんのよっ!」
「そうなのじゃ。わらわは【見届け神】なのじゃ。だから、小娘がこの一方的に傾いた【秤】を【円満解決】状態にできるかを見定めねばならぬのじゃ。だから、早う、言うのじゃ。どんなイチャイチャをしたのじゃ?」
くっ。こいつ、天照じゃなかったら、絶対、ぶっ飛ばしてやるのに!誰よ、こんなのに【見届け神】なんか頼んだの!責任者でてこいーーー!
「まあまあ。落ち着いてください、吉祥くん。少し冷静になるためにも、お茶のおかわりを飲みます?」
信長はそう言うと、またしても玉露入り湯飲みを自分の右手に具現化し、それを吉祥に手渡す。吉祥はそれを受け取るが、中身を飲まずに両手で抱えたまま、どう応えていいものかと逡巡するのである。
「ああ。大丈夫ですよ?先生、自白剤なんかいれてませんから?」
「そんな心配してんじゃないわよっ!てか、あんた、そんな危険なモノまで具現化できるわけ?」
「それに応えることはできません。だって、今は【対話】の最中ですからね?それを応えて、もし、吉祥くんがこれ以上、辱しめにあうのは、さすがに先生も心が痛いので」
吉祥は、ぐぬぬと唸る。こいつ、絞め殺してやろうか!想うが、やがて、諦めの境地に至る。
「し、したわよ」
吉祥が聞こえるか聞こえぬかの小声でそう言う。だが、信長と天照は、えっ?聞こえませんよ?とのたまう。吉祥はくっと唸り、顔から炎が出ているかの如くに真っ赤に染めて大声で言う。
「し、したわよ!一度だけ!」
「えっ!?それってマジなの?吉祥!俺、いつの間に吉祥とそんな仲になっていたわけなの?」
うっさいわね!あんたの記憶がないだけでしょっ!と吉祥がそう叫びそうになる時、ギギギギギギギギゴゴゴゴゴゴッガゴーーーーーンッ!と言う、激しく金属音が軋む音を聞くことになる。
「えっ?えっ?えええええええええええ?なんで、【秤】が【円満解決】になってんの!?」
吉祥は驚きの余りに両眼を剥き出して、均衡の取れた【秤】を見るのであった。
「だから、先生、言ったじゃないですか。純粋に興味があったと。でも、万福丸くんは幸せモノですねえ?吉祥くんのような可愛い彼女、いえ?奥さんでしたっけ?」
「だれもあんな奴と結婚してないわよっ!」
「あああ、すいません。要らぬことを質問してしまいました。さて、先生も聞きたいことは聞けましたし、吉祥くんも充分、満足されたことでしょうし。そろそろ、【対話】はお開きにしませんか?」
「ええ。良いわよ。これ以上、あなたから何かを聞きだそうものなら、今度はもっとひどい眼にあいそうだし。私もここまでで良いわよ?」
2人が【円満解決】で終わろうとした時、そこに水を差すモノが居た。
「まったく、第六天魔王、要らぬ質問をするななのじゃ。せっかく均衡がとれていた【秤】が傾いておるのじゃ。これでは、【対話】は【円満解決】とはならんのじゃ」
「ああああああ!失敗しました。本当に口は災いの元ですねえ?これだから、【対話】は面倒なんですよ。ちょっと、冗談で言ったつもりが、対価を払わされますし。先生、ボケ神質なんですよ?こんなの、先生が不利に決まっているじゃないですか!」
なら聞くなよと、3柱は想うのであるが、あえて口に出さないことにする。
「まったくしょうがありませんね。先生からひとつ情報を開示せねばなりません。うーーーん、何が良いですかねえ?」
信長は傾いた【秤】を視ながら、ちょうど良い感じに均衡が取れないかと思案していた。そして、何かを想いついたのか、ぽんっと手を叩き
「確か、【対話】は、情報を出す代わりに神力で補うことができましたよね?天照くん」
「ふむ。そうなのじゃ。だが、良いのかじゃ?おぬしほどの男の神力の1部を代わりに与えることになれば、また【秤】は大きく傾くのじゃ」
「まあ、そこはさじ加減ですよ。さて、吉祥くん。先生の神力をほんの少し、分け与えましょう。吉祥くんが想う、1番飲んでみたいと想っている飲み物は何ですか?」
「ええとっ。そうね。お父さんに一度だけ、堺に連れて行ってもらったことがあったけど、あの時に飲んだ【紅茶】が美味しかったわ。あれをまた飲んでみたいって想ってるわ?」