ー神有の章13- ドス黒い炎の意思
さてと。気を取り直して、質問の内容を考えないとだわ。万福丸がなんか、僕の後ろでうねうねと動いてるのが気持ち悪いわ。その辺に堕ちてる石でも拾って、頭に向かって投げてやろうかしら?
吉祥は、足元に堕ちていた手ごろな石を右手で掴んで、万福丸の頭に向かって、ぶん投げる。だが、その石は輝く桃色のフィールドに当たり、ふわっと包まれ、その威力を減衰され、地面に落下する。
「何をやっているのじゃ。この空間の中では戦闘行為は禁止じゃと言ってるのじゃ」
「いえ。この空間の外に向かってなら、攻撃が通るのかしらと想って、試してみただけよ?」
吉祥の問いかけに、天照は、はあああと深いため息をつき
「この空間は、その気色の悪い桃色の障壁によって外界とは遮断されておるのじゃ。外からの干渉はもちろん、中からの干渉もできないのじゃ」
ああ、やっぱり、天照さまも、この桃色は気色悪がってたんだわ。これは想わぬ収穫ね。じゃなくて、そんなことより、信長さまにする質問を考えないと、ええと。
吉祥は1分ほど黙りこくったあと、信長のほうに顔を向けて声を発する。
「【神殺し】楮四十郎の所在について聞きたいわ。彼が何の任務をしているかは問わないわ。彼は【この世界】に居るの?居ないの?」
吉祥は必要量以上の情報量を上乗せされないように応えを限定的にできるような質問内容にする。
「うーん。難しい質問がきましたね。先生、何と言って応えたら良いんでしょうか?吉祥くん、ちょっと、応え方を考えますので、時間をくださいね?」
えっ?どういうことよ。そんなのイエスかノーで応えるだけでしょ?なんで、そんなことに時間が取られるわけ?まさか【偽情】を与えるつもりなの?と吉祥は想う。
吉祥が不思議に想っていると、信長が考え込んでから1分後に口を開く。
「うまく説明することができませんが、彼は【この世界】に居ると問われれば居ると応えます。居ないのかと問われれば居ないと応えます。すいませんねえ。こんな言い方しかできなくて」
信長が吉祥への応えを言ったあと、両天秤はグググッと動き出し、今までの吉祥と信長が開示してきた情報量は【円満解決】状態となっていることを示した状態で止まる。
「ああ、やっぱり、こうなりますよねえ?そりゃあ、こんな回答、【納得】できませんもんねえ?情報としてはすごいことを言っているつもりなんですが、吉祥くんは【納得】できていないようですねえ?」
信長は自分のあごさきを右手の指でこりこりとかきながら、自問するかのようにそう言うのである。
信長の自問する言葉を聞き、吉祥は長考に入る。どういうことなの?信長さまでも、【神殺し】楮四十郎の所在がわからないと言うことなの?いいえ。わからないのであればわからないと応えるはずだわ。そして、わからないと言う情報ならばそれは【秤】に乗せられる情報ではない。
【秤】は動いたのである。信長さまの応えには自分にとって【意味ある】情報だと。それが【意味ある】情報ではあるが【納得】できない情報だから、信長さまが想っていたほどには【秤】が動かなかったと言うことなのね?
「わかったわ。ありがとう、信長さま。とりあえず、信長さまが応えてくれたことをそのまま受け取ることにするわ。【納得】してないけど」
わからないことはとりあえず、ここは置いておこうと想う吉祥である。次に何を【知る】べきかを優先しよう。そう想った矢先に信長が言う。
「先生、吉祥くんが期待しているほど、吉祥くんが知りたいと想っている情報は持ち合わせてはいませんよ?それでも続けます?」
えっ?どういうことよ?なんでそんなことを今、言う必要があるわけよ?知らないなら知らないと応えて、別の情報を開示するだけの話よ?もしかして、これは持っていないと言う【偽情】なの?と吉祥は想う。
「ええ。それでも良いわ。もう少しだけ続けましょう?もしかしたら、僕の知らない情報をポロリとこぼしてくれるかも知れないし」
吉祥は【対話】の継続を望む。
「ふむ。仕方ありませんね。吉祥くんが【望む】のであれば、先生も付き合いましょう。次は何の情報が欲しいです?そして、その対価に見合うだけの情報を吉祥くんは果たして持ち合わているのでしょうか?」
「対価ならあるわ。それもとびっきりのがね。だから、安心してちょうだい?じゃあ、僕から最後の質問をさせてもらうわ!」
吉祥は賭けに出ることにする。もしかしたら、自分の手持ちのカードでは、払いきれない対価を請求されるかも知れない。でも、それでも自分は【真実】を追うと決めたのだ。それなら、一歩をふみださねばならないわ!そう想う吉祥はその強き意思を乗せて声にする。
「伊弉諾復活計画は神帝歴4年の元日に決行されたはずよね?あれは【成功】したの?【失敗】したの?」
伊弉諾復活計画。それは、受肉した伊弉冉による【改変された世界】に対抗するために伊弉諾を現世に降臨させようとしていた計画だ。
だが、その計画の内容はおろか、結果すら、世の中には公表されていないのだ。だが、この目の前の男、第六天魔王なら何かを知っているはずだとの直観めいた何かが吉祥にはあった。だからこそ、吉祥は信長との【対話】を望んだのだ。
信長は吉祥に問われ、ふうううと長く息を吐く。
「良いんですか?そんなことを質問しても?吉祥くん。とんでもない対価を払わされますよ?質問を撤回するなら今の内ですよ?」
「いいわ。覚悟はできているの、僕。それで、どんな対価を払わせられようが、それに見合った分を信長さまに教えるわ!」
吉祥の両眼には強い意思が宿っていた。しかし、それはドス黒い炎である。信長は吉祥の眼から感じる強い意思を【望み】を感じ取る。
危ういですねえ。この吉祥くんは。それが信長の素直な感想であった。信長はふむっと息をつき
「では、応えましょう。その吉祥くんの強き【望み】を叶えるために」
吉祥は想わず、ごくりと唾を飲みこみ、喉を鳴らす。ついに自分の知りたい【真実の一端】に触れることができる。そう期待した。
「伊弉諾復活計画は未だ完了していません」
「えっ?それってどういうこと?」
吉祥がそう信長に問うた瞬間に、【秤】はギギギギギギギッ!と大きな音を立てて軋み始める。
「かの計画は進行中なのですよ。神帝歴4年元日に計画は実行されました。だけど、今はまだ【成功】と【失敗】の間を揺れ動きながら、計画は進み続けているのですよ」
信長がそう言い終わった瞬間に、【秤】はガターーーーーン!と大きな音を立てて、まるで、挽回不可能ではないのかとさえ想わせるほど、一方向に傾斜するのであった。
「あああ。やっぱりこうなってしまいましたか。これは吉祥くんがこのあと、大変な眼に合ってしまいますね?これ、先生の責任なんでしょうか?」
信長はまるで他人事のように【秤】を指さしながら、そう言うのである。吉祥はその辺に転がる手ごろな石を目の前の男の顔面にぶつけてやろうかしら!と想うであった。