ー神有の章 9- 【理(ことわり)の歴史書】
「ひとつ、教えておくのじゃ。おぬしが持っておる【理の歴史書】は、ただのこのひのもとの国における神の世から今の世までの歴史を書き綴られているだけではないのじゃ。それこそ、森羅万象、全ての歴史を紐解く鍵となるのじゃ」
天照は吉祥にそう告げる。
「え?どういうことなの?僕が読んだ限りでは、このひのもとの国でかつて起きた事象についてしか、載ってなかったわよ?」
吉祥の問いかけに天照は、ふむと息をつく。
「それはおぬしが思兼の神力を使いきれてない証なのじゃ。おぬしが成長し、自在に思兼の神力を使いこなせるようになれば、【理の歴史書】は、それこそ【禁忌】にすら達するための鍵となるのじゃ」
【禁忌】!その言葉に対して、吉祥は心臓が跳ね上がる気分になる。
「じゃ、じゃあ。僕が知りたがっている【真実】にすら、僕は到達できるってことなの?」
「【真実】とは、ひとそれぞれにあるものじゃ。おぬしが言っておる【真実】と言うモノが、わらわにはわからぬのじゃ。だが、思兼の【理】は、それを【知る】可能性にはなるのじゃ」
天照の応えに、吉祥の顔がぱあああっ!と明るくなるのが見てとれる。
「だが、それを【知る】時、おぬしはきっと、神蝕率が100パーセントを超えていることになっているかもなのじゃ。そうなれば、全てが海の泡と帰すのじゃ」
神蝕率が100パーセントを超える。それの意味することは、自分の肉体を思兼に渡すことになる。そして、自分の意識は思兼に代わり、あの世へと縛られることになる。
吉祥は想わず、ブルブルッ!と身体が震える。
「それでも【真実】を【知る】ために、おぬしは挑むのかえ?すべてが無駄になる可能性すら秘めてじゃ」
寒い。ここはとっても寒い。まるで太陽の光さえ届かぬ、深海に引きずり込まれた錯覚に襲われる吉祥である。希望を見た次の瞬間には、足元に広がる絶望を同時に垣間見る。まさにそんな感触だ。
小刻みに震える少女を見つめる天照は、少々、脅しが効きすぎたのかや?と想う。まあ、それはそれで、この少女が全世界から【否定】される可能性は低くなるのじゃ。わらわは良いことをしたのではないのかじゃ?とさえ想ってしまう、天照である。
「まあ、思兼がどうして、お前と合一を果たしたかまでは知らぬのじゃ。だが【知る】行為は同時に【知られる】と言うことなのじゃ」
えっ?それってどういう意味?そう、吉祥は想う。だが、言葉が声として発せられない。身体がさらに激しく震える。ああっ、だめっ!このままだと引きずり込まれるっ!
「なあに、さっきから上から目線でよくわかんねえことをべらべらしゃべってんだぜ!このまぶしいだけのおばはんしゃべりが!」
「お、おぬし、誰に向かって、おばはんと言っているか、わかっているのかじゃ!」
「誰って、てめえだよ、てめえ!光輝いて神気だけはやたらでけえ、態度もでけえ、さらにおばはんしゃべりのてめえだぜ!」
万福丸が地面に這いつくばりながら、吼える、がなるのである。
「ちょっ、ちょっと、やめなさいよ!万福丸!あんた、相手が誰かわかってんの?」
吉祥が悲鳴にも似た声で万福丸を怒鳴りつける。だが、万福丸は、ぺっ!と自分の顔の横に唾を吐き捨て、さらに続ける。
「大体、そんなにぴかぴか光ってばっかりしてんのは、あんたがおばはんだってのをばらしたくないからだろ!そりゃあ、そうだよな、良い歳して、おっさんをナンパしているような、おばはんだ!みっともなくて姿なんて、見せられないんだろうしな!」
「本当にやめて、万福丸!あなた程度の位階じゃ、天照さまが神力を具現化しただけで、存在をかき消されるわよ!嫌よ、僕、万福丸が居なくなるのはっ!」
「うっせえええ!ちょっとは、黙ってろ、吉祥!こいつは、俺の大事な女を怖がらせたんだ!俺にだって、怒る権利があるんだぜ!」
万福丸はそう、がなるのであるが、頭の中は割りと冷静であった。ちっ。これは確実に俺は天照に存在を消されるわ。でも、男ってもんは、自分の女がいじめられてたら、それに対して、怒るのは当然として持ち合わせている権利だぜ!
ああ、やってやるぜ!天照が最高位に近しい大神なんてことは当然、知っている。それに対して、イニシエの大神の中では最下位に近い犬神と合一を果たした俺だが、そんなの関係ねえ!
神気と神力だけで闘いの決着がつかないなんて、さっき、そこのニコニコづらしている、おっさんから学んだばかりだ!俺ひとりじゃ無理かもしれないが、俺には現在確定系の嫁がついてんだぜ!さあ、ここからが俺と嫁である吉祥との愛と愛と愛の物語の始まりなんだぜ!
万福丸は、うぎぎぎぎぎっ!とうめき声をあげながら、天照の発する神気に抗おうとする。まずは動かぬ四肢をどうにかしなければならない。この這いつくばっている姿から、立ち上がり、ファイテングポーズを見せなければならない。
「うががががががっ!」
くっそ!全然、動けねえよ!しかも、天照のおばはんを怒らせたせいで、よけいにおばはんから発せられている神気が跳ね上がってやがる!くっそ!おばはんのくせに少年に本気を出すなんて卑怯な奴だぜ!
「おい、おばはん!前途ある少年に対して、本気を出すなんて、大人としてどうなんだぜ!もう少し、物語の主人公を目立たせてやろうって気持ちはないのかだぜ!」
「はあ?物語?主人公?おぬしは何を言っているのじゃ?」
「俺と吉祥の愛と愛と愛が書き綴られた物語に決まってんだぜ!当然、その物語の主人公は俺。まさに万福丸さまなんだぜ!だから、少しは良いところを見せたいところなんだぜ!」
「おい、思兼、こいつ、何を言っているのじゃ?」
「す、すいません!本当にすいません、天照さま!こいつ、本当に底なしの馬鹿なんです!」
天照に問われ、思わず頭を下げて平謝りをする吉祥である。
「てめえ!また、俺の女に難癖つけやがったんだぜ!もう許さないから、とっとと本気モードを解くんだぜ!」
「おい、思兼、こいつ、本当に何を言っているのじゃ?」
「本当にすいませんっ!重ね重ね、すいませんっ!」
吉祥は、繰り返し頭を下げて平謝りをする。だが、その謝罪の効果が出たのか、はたまた、天照があきれ果てたのかはわからないが、急に彼女の神気は和らぐのである。
「よっしゃあああ!やっと2本の足で立つことができたんだぜ!これで、俺とおばはんは同じ大地に並び立つことになったんだぜ!これぞ、俺の策略なんだぜ!」
万福丸はそう言いながら、よろよろと立ち上がり、威勢の良さを見せつけようと、さらに右腕を前に突きだし、肘を曲げ、右こぶしを上に向けて、さらに左手で右腕の二の腕部分をばんっと叩く。
「おい、そこの犬神。わらわは全神気の5割しか発揮してないのじゃ。しかも今は、おぬしが起ち上れるように3割まで落としているのじゃ。頭が高いようなので、もう一度、地面に這いつくばってもらうのじゃ」
天照がそう言うなり、ドンッ!と言う音とともに彼女の神気は昂りを見せる。その次の瞬間には、万福丸は再び、地面に這いつくばることになるのであった。