ー神有の章 7- 【対話】
「離してえええええ!離してえええええ!こいつだけは僕の命に代えてでも、世界から存在を消してやるのおおおおお!」
「お、落ち着けって!俺が全神力を使っても、まったく歯が立たなかったおっさんなんだぞ!吉祥がどうにか出来る相手じゃないって!」
万福丸が神気を発し神力へと変換し、両腕に銀色の手甲を具現化した状態で、吉祥を羽交い絞めにして、目の前の男・第六天魔王信長に闘いを挑もうとしているところを止めるのである。
「僕の大神の位階は万福丸より遥か上なんだから、僕が神蝕率を上げまくれば、こんな奴、どうにかなるはずだよおおおおお!だから、離して、離してえええええ!あいつを消させてえええええ!」
確かに吉祥の言う通り、自分と合一を果たした大神である犬神は大神の位階ではかなり低い。だが、それでも戦闘に関してなら位階の高い【土着神】相手でも決して負けることはないと言って過言ではない。
神気の量から言えば、思兼と合一を果たした吉祥が神蝕率を引き上げれば、それに匹敵する大神など、数えるほどしかいないだろう。
だが、目の前のおっさんはそういった神気の量とか位階とか言った眼に見える?モノで推し量れる強さを遥かに超えた力を、万福丸は先ほどの闘いで嫌と言うほど見せつけられた。
「だから、吉祥の力じゃ無理だって!落ち着いてくれよ、頼むから!」
その言葉にカチンときた吉祥が、その整った顔を万福丸の方に向ける。万福丸はつい、ドキンッと鼓動が跳ね上がってしまう。
吉祥は涙を眼尻に溜めて言う
「万福丸は悔しくないの?こんな神蝕率10パーセントにも満たないようなおっさんに負けて!しかも、おちょくられて!僕ならこんなの絶対、許せないよ!僕に万福丸の仇を討たせてよ!」
いやいや、俺、死んだわけじゃないんだけどなあ?と想う万福丸であるが、それは言わないでおく。その代りにぽんぽんと、優しく吉祥の頭を触る。
「わかった。わかったよ。俺も悔しいよ。でも、今の俺たちの力じゃ、このおっさんには絶対、勝てないんだ。俺はこのおっさんと闘って思い知らされたよ。闘いってのは位階とか神力だけじゃ推し量れないものだってさ」
吉祥はますます泣きそうな顔になっている。
「だから、俺、強くなるよ。吉祥が悔しくない男に絶対なってみせる。吉祥には望みがあるんだろ?それを俺が手伝うって言ったじゃないか。これは俺と吉祥の【約束】だろ?だから、俺は必ず、このおっさんを越えてみせるぜ!」
そこまで万福丸が言うと吉祥は、うわあああん!と泣きだしてしまった。やれやれ、世話のかかる吉祥だなあ。でも、そこがまた可愛いんだけど。うーーーん、これでお尻を撫でたら、俺、殺されるんだろうなあ?と想う万福丸丸である。
吉祥はひとしきり泣いたあと、落ち着きを取り戻す。そして、神力を神気に戻し、神気もまた抑え込み、信長との対話を開始する。
「信長さま。お待たせデスワ。あなたが知りたいこと。そして、僕たちが知りたいことを教えてもらうのデスワ」
吉祥の言いに信長がふうむと息をつく。ほう。良い顔つきになりましたね。そして、よくよく神気を抑えています。これなら、会話は可能でしょうねと信長は想う。
「では、どのように会話、いえ、吉祥くんの言いで言えば【対話】ですね?自分の情報を開示する。その対価として、相手の情報を開示させる。まさに、知恵と知恵がぶつかり合う闘いを望んでいるんですね?」
信長の問いに吉祥がコクリと頷く。
【対話】。それは大神同士となれば、特別な意味を持つ。大神同士の情報の【取引】となるのだ。【取引】は【等価交換】ではなければならない。どちらかが一方的に不利になるようになってはいけないのだ。これはこのひのもとの国が【話し合い】で【円満解決】をしなければならないと言う【約束】があるからだ。
この【約束】があるため、いくら神力が高い神と言えども【円満解決】に拘束されてしまう。かつて、ひのもとの国において1柱の大神が居た。その大神がひのもとの国に住む民全員と【約束】をしたのである。ひとひとりと大神1柱との【約束】ではない。だからこそ、この拘束力は全ての大神までをも蝕むことになる。
「さて【対話】を行う前に見届け人が必要ですね。大神同士なので【見届け神】となるわけですが。ふうむ。先生の家臣に頼んでは不公平ですし、そこの口の利き方がなってない万福丸くんでは、吉祥くんへ肩入れしてしまいますし」
信長があごに右手を当てながら、うーーーんと悩む。
「ならば、わらわが【見届け神】となるのじゃ。ちょうど、退屈しておったとこじゃ。第六天魔王と思兼の【見届け神】となれば、わらわ以上にふさわしい大神はいないのじゃ」
その妖艶な声が聞こえた瞬間に天空から光が舞い降りてくる。それと同時に押しつぶされそうなほどの神気を吉祥と万福丸は感じてしまうのである。
「くっ!なんだ!この神気の量!身体が押しつぶされそうだ。こんな神気、今まで見たことも感じたこともないっ!」
万福丸は天空から降りてくる圧倒的な神気に当てられ、押しつぶされるように地面に這いつくばることになる。しかし、吉祥は合一を果たした大神の位階の高さにより、片膝をつく程度でなんとか、その神気の圧に耐えるのである。
「なっ、なんなのよ!こんなのありえないのデスワ。いくら僕が合一を果たした大神が思兼で、相手が第六天魔王信長と言っても、こんなことって起こりえることなの!?」
吉祥は、はあはあはあと呼吸を荒げながらも天空から降りてくる神気の塊を睨みつける。その神気の塊の耀きのほどは、太陽がそのまま天空から地上に堕ちてくるのではないかとさえ、錯覚してしまうほどである。
「な、なんだよ。吉祥。お前には何がこの場にやってくるのか【知っている】のか?」
地面に大の字で這いつくばった万福丸が、かろうじて動く首を回して、吉祥の方に向けて問うのである。
「とんでもないのがくるわ。万福丸。すぐに神気を発して神力に変換して!あなたの位階だと、ここにアレが来るだけで存在を消されかねないわ!」
まじかよ!と想う万福丸は急いで神気を発し神力へと変換していく。刈り上がっていた髪の毛は瞬く間に腰まで伸びていく。そして、両腕と両足は銀色に光り輝き、それぞれ手甲と脚絆へと具現化していく。
その万福丸が武具の具現化を終えた後、光り輝く神気の塊は地上に到達し、いきなりぶつくさと文句を垂れるのであった。
「まったく。アレ呼ばわりとは失礼な大神も居たものなのじゃ。【対話】の前に少し説教をしてやろうかなのじゃ?のう、思兼」