ー神有の章 6- 【根の国】
万福丸は仰天することになる。それはそうだ。織田家の総大将たる男が目の前に居るのだから。しかも、そうとも知らずに万福丸はこの男と闘ったのである。
「くそっ!俺は何て奴を相手にしてんだ。こんなの勝てるわけがないじゃねえか!」
「まったく。向こう見ずなのは若者の特権と言えども、相手を知ってから闘ったほうが懸命ですよ?己を知り、敵を知れば、百戦危うからずです。まあ、やってみてから後悔するのも悪くはないものですけどね?女性と言うものは一度、イチャイチャしてみないと、本性ってのは見せてくれませんから」
吉祥がじと目で信長を睨む。
「ふーん、なるほどなあ。勉強になるなあ。じゃあ、吉祥も俺に見せてない本性ってのがあるわけ?」
「うっさいのデスワ!なんで、あんたなんかとイチャイチャしないとダメなのデスワ!僕は大人の男性が好みなんデスワ!それこそ、包容力豊かで、僕の全部を包み込んでくれるような男性じゃないと嫌なんデスワ!」
「うーん。じゃあ、俺が大人の男性になれば、解決する問題だな。吉祥、待っててくれよ?俺、吉祥の全てを包みこめるような、でっかい男になってやるからよ!」
何言ってんだ?こいつと言う顔付きになる吉祥である。ま、まあ?万福丸はふくよかなほっぺたをしているし?それにお腹もふっくらしているし?包容力だけはありそうね?って、違うわよ!と自分自身にツッコミを入れる吉祥である。
「さて。伊弉冉の影響からだいぶ、脱することができてきたようですが、2人とも、無茶はいけませんよ?アレはひのもとの国に住む民の全てが魂に刻まれた根源的な【恐怖】そのものですからね?」
そうだ。思い出してきた。俺は、このおっさん、いや、第六天魔王信長に何かされて、その恐怖を想い出すことになったために、戦闘不能になったのだと万福丸丸は想う。
「なあ、おっさん!じゃなかった。信長!なんで、アレをお前が使えるんだ!アレを使えるってことは、てめえ、まさか、伊弉冉の神力を喰ったのか!?」
万福丸が噛みつくように信長に対して吼える。だが、信長はきょとんとした顔付きで
「ん?神力を喰う?よくわかりませんが、そんなことが可能なんですか?」
しまったあああ!俺、馬鹿かよ!なんてことを口走ってんだ。大体、大神の神力を喰うことが出来るのは俺くらいじゃねえか!ちっくしょおおお。俺は何て馬鹿なんだあああ!と万福丸は頭の左右を両手で抑えながら苦悶するのである。
「ああ、ええと。もしかして、信長さまがそんな神力をもっているんじゃないかって、彼は言いたかったんだと思うのデスワ。こいつ、馬鹿なんで、何を言ってるのかよくわからないことを口にするのデスワ」
ナイスフォロー!さすが俺の現在進行形の嫁!さすが【知る】を司る大神と合一しているだけはあるぜ!ぐふううう!
顔芸をしている万福丸の右わき腹をえぐるように吉祥の左のボディブローが突き刺さることになる。万福丸は、げほっげほっとえづきながら、草むらの上をごろごろとのたうち回ることになる。
「あのお?ちょっと、強く撃ち込みすぎではないですか?いくら夫婦漫才でもやりすぎたら、彼、死んじゃいますよ?」
「良いのよ、こんな馬鹿は。一度、死んで黄泉返ったほうが、頭の中身が少しはまともになるはずデスワ!」
「まあ、それもそうかも知れませんが、黄泉返りを期待できないことは、吉祥くんも知っていることでしょう?あなたも大神と合一を果たした身であるなら、その大神からいくらか情報を聞かされているはずです」
信長の言いに、ああ、そうだったのデスワと少し暗い影を落とす吉祥である。
「伊弉冉が現世で受肉したこと。それが原因だったのデスワ。伊弉冉は黄泉路の果ての【根の国】の女王。それが現世で受肉したと言うことは、現世がその【根の国】であると言うことデスワ」
「あれ?そうなの?俺、てっきり、死んだら、あの世に逝くもんだと想ってたぜ」
「あんたには何回も説明しているのデスワ!いい加減、その右から入って、左から出ていく耳をどうにかしてほしいのデスワ!なんで、犬神と合一を果たしているのに、そんなに耳が悪いんデスワ!」
「ちょっ、ちょっと待てよ!なんで、敵に俺の合一を果たした大神の情報を教えてんだよ!吉祥、もしかして、俺を本気で世界から消したいわけなの?ねえ、そうなの?」
万福丸としては、こんな神蝕率10パーセント未満で、自分を完敗させるような男ともう1度、闘わされるのは御免こうむる話であった。さらに、自分の合一を果たした大神までをもばらされてしまった。これでは、弱点を敵にさらけ出しているも同じと言ってよいのである。
「大丈夫よ、万福丸。このおっさん、いえ、信長さまは、今すぐに僕たちをどうにかするつもりはないみたいデスワ。それよりも、何かを知りたくて、うずうずしているって感じデスワ」
とか言いながら、なんで吉祥は軽く神気を発しているのかなあ?と想う万福丸である。
「なかなかに勘のするどいお嬢さん、いえ、吉祥くんでしたね。それは、先生、あなたたちに興味が湧いたからです。なーんか、えらい遠くから自分を観察している大神が居るので、気になって飛んできたというわけですよ」
信長は軽く微笑みを浮かべながら、そう吉祥に告げる。だが、吉祥はその友好的な表情に騙されてたまるものかと、ますます、発している神気の量を上げていく。
「はぐらかさずに応えて。信長さま。いえ、第六天魔王信長。あなたは何に対して興味をもったのかしら?ひょっとして、僕たちをあなたの家臣にしようという腹積もりなのかしら?」
あああ。吉祥からデスワ口調が無くなっている。これは本当に吉祥は何かアレば、すぐにでも戦闘を再開するつもりなのが手に取るようにわかる、万福丸である。だが、万福丸の身体は伊弉冉の影響下から脱したばかりで、まだ満足に動ける状態ではなかった。
「ちょっ、ちょっと待て、吉祥。なあ?落ち着こうぜ?信長は俺に青汁を飲ませた嫌なおっさんだけど、俺を伊弉冉の影響下から救ってくれたのは確かなんだ。まずは、お話し合いをしようぜ?」
万福丸の提案を聞き、吉祥は昂っていた神気を一旦沈めることにする。ダメね。僕としたことが、つい熱くなってしまった。自分は頭脳担当なのだ。戦闘しか期待できない万福丸に頭脳担当なんて絶対に任せられないからだ。はあああ、なんてことよ。その頭脳担当が熱くなって、戦闘担当の馬鹿に諭されるなんて。
「いやあ。なかなかの神気の昂りでしたね?ひょっとして、あなた」
「なによ?何が言いたいの?」
「怒りん坊さんですね?」
信長のその一言に、吉祥は、ブチッ!と自分のこめかみの血管が切れる音を聞くことになるのであった。