ー改変の章 2- 悲鳴
「それなら、俺たちに兵を1000ずつも預けなくていいと想うんだぜ?信長さま。どうせ、何かの誤報だと思うんだぜ。おとぎ話でもあるまいし、黄泉路の蓋が開いて、そこから死者が蘇っているわけでもあるまいしだぜ?」
そう言うのは加藤清正である。彼は若いながらも信長も一目置くほどの豪胆者であり、今回の出陣には否定的であった。
「清正。そんなことは言うなっす。信長さまも懐疑的なんっす。だからこそ、わしらに斥候をしてこいと命令しているっす。わしたちは見たものをそのままに信長さまに報告することが役目っす」
「はいはい。わかりましたんだぜ。まったく、正則は真面目すぎるんだぜ。まるで俺だけ悪者みたいなんだぜ。信長さま、口が過ぎてすみませんなのだぜ。ちょっくら、ぱぱっと斥候をしてくるんだぜ!」
まだ減らず口を叩いてるっすねえと想いながらも福島正則はそれ以上、何も言わずに、信長に対して、ぺこりとお辞儀をし、部屋から退出していく。遅れて、佐久間盛政と加藤清正も彼についていくのである。
彼ら3人はそれぞれ兵を1000ずつ率い、京の都の西、大坂の摂津国へと入る。しかし、彼ら3人が見たものは、まさにこの世の光景かと疑うものであった。
未だに太陽は空に浮かぶ黒い大きな穴と化しており、大空は薄暗い黒からまるで血のような紅い色へと変色していく。その大空の紅が大地をも紅く染め上げていたのである。
そればかりではない。信長さまの言う通り、ドクロ姿の何かが鎧兜を身に着け、ボロボロの槍や刀をそのむき出しの手骨で持ち、ゆっくりとゆっくりと前進してきていたのである。
「な、な、なんなのでございます?あれは一体、何なのでござまいます?」
「落ち着け、盛政!全軍、止まれだぜ!あの数は半端ないんだぜ。相手の戦力がわからない以上は、うかつに手を出すんじゃないんだぜ!」
「とりあえず、矢でも射かけて見るっすか?清正。死人に効くかどうかはわからないっすけど」
盛政、清正、正則が前方の約1万人?はいそうであるドクロ姿の軍勢の対処について話あうことになったのだ。
「亡者は火を嫌うと聞いたことがあるのでございます。火矢を射かけるというのはどうでございます?」
「うーん。盛政の案でとりあえず、やってみるかだぜ。おい、正則。油のよく染み込んだ布を矢にくくりつけさせるんだぜ!」
「そうっすね。じゃあ、わしの部隊で火矢を射かけるっすから、盛政殿と清正はわしの部隊が横から襲われないように援護をお願いするっす」
簡単な軍議を終えた3人は陣を展開していく。中央に火矢を構えた福島正則の1000。そしてその両脇を守るかのように加藤清正1000が左翼を担当し、佐久間盛政1000が右翼に陣取る。
「一斉発射っす!油が尽きるまで、とことん、射かけるっす!」
正則の号令一閃、1000を越える火矢の雨がドクロ姿の軍勢に降りかかる。火矢を喰らったドクロ姿の何かは業々と燃え上がり、炭のような状態になり砕け散る。
「おお。やっぱり亡者には火が効くんっすね。さすが、物知りな盛政っす。おい、もっとじゃんじゃん射かけろっす!」
火矢が予想以上に効果が高いことに3人が率いる兵たちの士気はみるみると上がっていく。最初はドクロ姿の軍勢を眼にしたときは、いつ恐慌状態に陥って、軍が崩壊するのかわからないと言った感じではあったが、見事、持ち直すことに成功する。
このまま、ドクロ姿の軍団をどうにかできるのではないかと想った矢先に、事態は急変するのである。
オオオオオオオオオオオオオオオ!
ドクロ姿の軍団が泣いたのである。まさにこの世のものとは思えない悲鳴であった。その空気をつんざくような掻き毟りの音が、3000の兵に襲い掛かるのである。誰もが両手で耳を抑える。だが、その行為も無駄とばかりに
オオオオオオオオオオオオオオオ!
「ぐっ。その泣き声をやめるん、だぜ!」
「ぐああああ。頭が痛いでございます。脳みそが中から掻き毟られているが如くでございます!」
「これは、やばいっす。こんな音、あと1分も聞いていたら、人間としての心が保てなくなる、っす!」
ドクロ姿の軍団の悲鳴に似た音により、ひとり、またひとりと兵たちは倒れていく。そして、泣き声が止んだ頃には誰一人、その場で立っていられるものなどいなかったのであった。
「よ、ようやく泣き声がやんだのでございます。これは一度、京の都へ戻り、信長さまに報告をするのでございます」
盛政は力なく、手に持つ槍を杖代わりに身体を地面から起こしていく。
「ははっ。これは参ったんだぜ。常勝織田軍団がたかだか悲鳴如きで壊滅状態なんだぜ。これは信長さまの言う通り、手を出さずに、とっとと逃げ帰るんだったぜ」
清正もまた、はあはあと荒い息をしながら、ごろりと身をひるがえし、寝ころんだまま大空を見上げる。未だに太陽は黒き穴のようであり、先ほどのドクロ姿の放った悲鳴がその穴から漏れ出しているのではないかと想ってしまうのである。
「皆、立てるっすか?立てる者から、すぐこの戦場から離脱するっす。誰でも良いから、このことを信長さまに伝えに行くっす。盛政、清正、正則の3000は壊滅状態っす。信長さまは京の都から脱出してほしいと伝えに行ってほしいっす」
正則もまた、先ほどの悲鳴により、全身が痺れるような感触に襲われていた。すぐにこの状態から回復して、この戦場から離脱するのは難しい状況に陥っていたのである。
3者3様の有様であったが、ひとつだけ共通する想いがあった。それは【ここで自分は死ぬ】であった。
ドクロ姿の軍団は最初の火矢攻撃により、その3割を失っていた。だが、悲鳴攻撃により、形勢はあっさりと逆転していた。ドクロ姿の軍団があご骨をケタケタと動かす。それが風に乗り、まるで乾いた笑いのように戦場にこだまするのであった。
「くそっ!でございます。奴ら、笑っているのでございます。これほどまでの屈辱、味わったことがないのでございます!」
ケタケタケタ、ケタケタケタ。
「その笑いを止めろでございます!」
佐久間盛政の血が湧き立つ。先ほどの悲鳴攻撃により、麻痺した身体であったが、いきなり、身体に炎が宿ったか如くに熱くなる。だが、盛政にとって、それはどうでも良いことであった。ただ、身体が動けば良い。それだけである。
ああああああああ!
盛政は口から雄たけびを上げる。手に持った槍を縦横に振り回し、ドクロ姿の軍勢に挑みかかるのである。
ケタケタケタ、ケタケタケタ。
その呪いの言葉でも乗せているかのように、ドクロ姿の軍団は笑い続ける。盛政が振るう槍をその身に喰らい、砕け散り、灰となってもその声が消えることはない。
「盛政!盛政あああああ!」
清正が悲痛な叫びを上げる。だが、盛政の猛攻は止まることを知らずに目の前のドクロ姿の何かを屠っていくのであった。