ー神有の章 4- 【望む恐怖】
純粋な戦闘担当ではない吉祥の眼から見ても信じられない光景が展開していた。
両足に脚絆を具現化し、速度を神域にまで引き上げた万福丸の攻撃を、神蝕率10パーセントにも満たないおっさんが左腕1本、いや、左手のみで全てしのぎ切っているのだ。しかも、あっほれ!あっほれ!そいそいそいそいーーー!との掛け声をセットにしてだ。
こんな出鱈目、見たことも聞いたこともない。何かこのおっさんには秘密があるはずだ。そうでなければ、こんな状況、説明がつかないのである。
千歳は意識を集中し、神気を発し、それを頭部に収束し神力へと変換する。そして、千歳の頭の上に分厚い書物が具現化し、さらに両耳から蔓が伸びて、やがてそれは赤縁の眼鏡へと具現化を果たす。
その眼鏡を通して、目の前で闘いを繰り広げるおっさんを検分していく。そして、おっさんの神蝕の証が左手以外にあることを発見する。
「万福丸!左目よ!そのおっさん、左目に神蝕の証があるわ!そのおっさんは身体能力の向上を耐久力や防御力だけじゃなくて、視力にも使っているわ!だから、あなたの神域に達する速度にも難なくついていけているんだわ!」
ちっ!なるほどだぜ。さっきから、俺の攻撃がまったくもって通らない理由がようやくわかったぜ!いくら速度を上げたところで見切られてたら、そりゃ、全部、攻撃をいなされて終わるだけだぜ!こいつは、見切りも人間のころには達人の領域だったんだろう。それならば、今は、見切りまでもが神域に達しているのか!これは、今までになく厄介な相手なんだぜ!
「おい。吉祥!何か俺に策を示してくれだぜ!思兼の神力を使えば、こいつの攻略方法がわかるはずなんだぜ!」
「だから、敵に僕の神力を解説するのはやめろって言ってるじゃない!ったく、ちょっと、待ってなさい?万福丸はそのまま攻撃を続けてて!体術と見切りが神域に達していると言っても、神気を神力に変換できない以上、おっさんからの大神への有効な攻撃手段はないはずよ。だけど、念のために注意して!」
「おう、わかったんだぜ!頼りにしているぜ!俺の未来の女房!」
誰がお前の女房だ!とツッコミを喰らう万福丸であるが、それを聞き流し、果敢におっさんに対して攻撃を続ける。しっかし、何て奴なんだ、このおっさんは!いくら攻撃をいなすと言っても、こっちは神力を乗せて攻撃してんだぜ?なんで、こいつは、自分の存在を【否定】されないんだぜ?
「おい、まだか、吉祥!そろそろ、俺の体力がやばいんだぜ!」
「う、うるさいわね!体力くらい、身体能力の向上で上げておきなさいよ!そんなことに頭も回らないほど、あんたは馬鹿なの?」
「う、うるせえええ!俺は身体能力の向上を攻撃力に全振りしてんだよ!べ、別に体力に回すのを忘れていたわけじゃないんだからね!」
そんな万福丸の言い訳を聞き流して、吉祥は頭の上に具現化した分厚い書物を手に取り、ぺらぺらとページをめくっていく。この書物にはひのもとの国の太古から今に至るまでの歴史がずらずらと書き綴られている。しかも、親切丁寧に絵図付きだ。重要個所には赤線も引いてある。
「ん?これかな?違う。これでもない。うーーーん。これなんかどうかしら!」
分厚い書物に書き綴られていた文章の中に、今から100年ほど前に刀の達人同士が闘ったという記載がされている。一方は全てを叩き切る剛剣の使い手であり、もう一方は全てを受け流す流し斬りの使い手であった。
「万福丸!全ての神力を右手に凝縮して!おっさんが受け流しが不可能なほどの神力を一瞬で叩きこんで!」
吉祥は、闘う万福丸の耳に届けとばかりに声を張り上げる。その声に応えるように万福丸が応!と叫ぶ。
万福丸は両手両足に具現化させていた手甲と脚絆を神気へと戻す。そして、その全ての神気を右の手のひらに凝縮させていく。
「はあああああああああああああ!」
万福丸の全神気が全神力に変換されきった時、彼の右手は5本の指を持つ金色の鉤爪へと具現化を遂げる。
「これで終わりだぜええええええ!」
万福丸は己の全てを金色の鉤爪に込めて、目の前のおっさんの頭に叩きつけるように攻撃をする。
万福丸の必殺の1撃がおっさんの頭の30センチメートル前まで接近する。その瞬間であった。おっさんは【理】を口にする。
【望む】
その瞬間、万福丸を包んでいる世界は変貌を遂げる。大空にて煌々と輝いていた太陽が縁を銀色に染めた黒き穴へと変わる。大空と大地が紅い色に染め上がる。そして、黒き穴からは悲鳴に似た声が大空から降りてくる。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
その声により、今まさにその金色の鉤爪を、目の前のおっさんの頭に叩きつけんとしていた万福丸の肉体に【掻き毟り】が起きる。
突然の激痛に襲われた万福丸は、一瞬にして意識を失い、それと同時に右手に具現化していた金色の鉤爪は消滅する。
万福丸は意識を失っても【掻き毟り】の影響化からは逃れることが出来ずに、ヒギッウギッウガッと声をあげるのである。
「ま、万福丸?万福丸ううう!」
吉祥が悲鳴をあげる。おっさんと闘っていた万福丸が突然、何も無い宙で跳ね上がり、そして高速に横回転をしながら頭から地面へと着地を成功させたからだ。
「あなた!万福丸に一体、何をしたの!?」
「えええ?先生、別にこれと言ったことはしてないんですがね?強いて言うならば、彼の【望む恐怖】を叶えただけです」
えっ?それってどういう意味なの?と吉祥は想うが上手く口に出せない。ああ、ああ、ううとしか声が出ないのである。
「あああ。これは失敗しました。彼にしか聞こえない程度の声量に抑えたつもりだったのですが、お嬢さんにも聞こえてしまったのですね?うーーーん。困りましたねえ?まあ、またお茶を飲んでもらえば、心がほっとするでしょうし。ほいっ!」
おっさんはそう言うなり、両手にひとつずつ、玉露入りの湯飲みを具現化する。そして、その2つの湯飲みを両方とも、吉祥に手渡し
「ひとつはお嬢さん、あなたが飲んでください。もうひとつはそこの口の利き方がなってない少年が眼が覚めたら飲ませてください。心が落ち着くはずです。そうすれば、少しは【望む恐怖】から逃れることが可能になると、多分、うーーん?まあ、その、なんとかなるはずです」
吉祥は、目の前のおっさんが何を言っているかはわからないが、とりあえず、渡された湯飲みに口をつけて、ずずうううと飲み干す。そして、数分後には口から声が発することができるほどには回復し、驚いてしまうのであった。
「な、なんだかよくわかりませんが、ありがとうございますデスワ。おかげで気分も落ち着いてきましたのデスワ。でも、玉露にこんな効果があるとは」
吉祥が不思議なものを見るかのように湯飲みに入った玉露を見つめる。そして、聞き忘れたことがあったとばかりに
「いきなり、攻撃してごめんなさいなのデスワ!今更ですが、おっさん、いえ、お兄さんのお名前を教えて欲しいのデスワ!」
「ん?先生の名前ですか?そういえば教えてませんでしたね?織田信長です。あなたたちのような大神と合一を果たした者には、【第六天魔王信長】と言ったほうがより良く伝わりますかね?」