ー神有の章 1- 【知る】
時は神帝暦5年。旧西暦で言えば1579年である。この年、5月11日に第六天魔王信長はびわこの南沿岸地帯に造った安土魔城に入城することになっていた。
それにより、朝から安土魔城の城下町周辺では、信長配下の兵士ならびに人間の家臣、それに大神の家臣が集まっていたのである。
「うーーーん。これは大変な数だなあ。おい、吉祥。あの中から役に立ちそうなな神力を持っている大神がどれかわかるか?」
歳は18を迎えたばかりの中肉中背で髪は刈り上げである若い男が草むらの中に紛れ込みながらそう言うのである。その男の隣で同じく草むらに紛れ込んで、望遠鏡片手に織田家の軍団を観察している栗色の髪の毛をボブカットにしてまとめている16歳の少女に、男は声をかけたのだ。
「ちょっと待ってほしいのデスワ。今、調べているところだから。うーん。さすが尾張、岐阜、そして畿内のほぼすべてを掌握しているだけのことはあるのデスワ。予想以上の数の大神たちを従えているのデスワ」
「そんなどうでも良いような大神たちの情報なんていいから、俺の獲物になりそうな奴を見繕ってくれよ。できれば第六天魔王信長が良いんだけど?」
「うるさいのデスワ、万福丸!織田軍に見つかったら、どうするつもりなのデスワ!」
万福丸と呼ばれた男は吉祥のほうがよっぽどでかい声を張り上げている癖にと言いたい気持ちであったが、それは胸の中にとどめておく。
「うーーーん。よくわからないのデスワ。仕方ないのデスワ。万福丸。今から、僕は思兼の神力を使うから、その間、僕の護衛をお願いするのデスワ」
「おう。任せとけって!無防備になる吉祥のお尻を撫でまわせば良いんだろ?ほんと、俺は、お前のぷりっとしているお尻が気に入っているからな!安心して、神力を使って良いんだぜ?」
万福丸がそう言うなり、吉祥は手に持っていた望遠鏡の先で、ガコーーーン!と彼の頭をぶん殴る。
「あんたなんかに触らせるお尻なんて持ち合わせてないのデスワ!真面目にやりなさいのデスワ!」
おおお、痛い痛い。でも、そんな怒りっぽいところがなんとも可愛いんだよなあと反省しない万福丸である。
「まったく。そんなに触りたいならあそこにいる牛さんのお尻でも触ってきなさいなのデスワ。それよりも、ちゃんと僕の護衛をしなさいなのデスワ。では行きますのデスワ!」
吉祥がそう言うと彼女の身体から神気が膨れ上がる。そしてその膨れ上がった神気は頭をすっぽりと覆いかぶさるように収束するのであった。
【知る】
吉祥はそう声を発する。するとどうだろう。望遠鏡越しで彼女の眼に映る光景はガラリと変わっていくのである。
ある者の身体はその肉がごっそりと無くなっており、骨だけになっている。そしてある者は人間の身体を保ちながらも、その身体のあちこちに不気味な色をしたモヤのようなモノが見えるのである。
「あの猿そっくりの男が合一しているのは猿田彦ね。神蝕率80パーセントと言ったところかしら?そして、あの筋肉だるまは天手力男神で間違いないわね。うわっ。僕、筋肉だるまって生理的に受け付けないわ」
「そんなことより神蝕率はどれくらいなんだ?合一を果たした人間はその神蝕度合で強さが変わるんだ。それを知っておかないと闘いにもならないんだからな?」
「わかっているわよ。うええ、気持ち悪い!ええっと、神蝕率は50パーセントと言ったところね。意外と低いわね?ねえ、万福丸、あの筋肉だるまと闘う?」
「うーん。天手力男神って、確か、イニシエの大神の中で腕力だけなら1位、2位を争うんだろ?それが神蝕率が半分も進んでいるんだ。とてもじゃないが俺じゃあ、手に負える相手とは想えないぜ?」
「そうね。いくら万福丸の神力でも、その容量を超える可能性は充分に考えられるわよね。もっと、くみしやすい相手を探すわ」
吉祥はそう言うと、万福丸の獲物を選ぶべく、織田軍の精査を続けていく。そして吉祥はある男を見た瞬間に疑問を持つことになる。
あれ?何なのあいつ。不思議な者?いえ、神蝕の証がある以上は合一を果たした人間だわ?それにしては身体に現れている神蝕率が低すぎるのよね。大神と合一を果たしたばかりの新米の大神なのかしら?
「ん?どうしたんだ?吉祥。急に黙りこくっちゃってさ?もしかして、俺よりも良い男を見つけちまったのか?ダメだぞ、浮気は?」
本当に、こいつはうるさいわね。大体、あなたと付きあっているつもりは毛頭ございません。そんなことより、気になるのは、あの神蝕率が異様に低い男だわ。
「ねえ、万福丸。いくら合一を果たしたばかりとは言え、神蝕率が10パーセントにも満たない大神なんて居ると想う?」
「んー?そんなの居るわけないだろ。合一を果たした以上は神気を神力に変換する術を身につけるために、最低は神蝕率を20パーセントまで引き上げる必要があるんだぜ?何かの見間違いじゃないの?」
「そうよね。そのはずなのよね。でも、僕の思兼の神力を持ってすれば、神蝕率をごまかせるはずがないのは、万福丸も経験上、わかっているわよね?」
吉祥の自問するような話し方に、うん?と想う万福丸である。
「なんだ?吉祥の神力で見ても、神蝕率が20パーセントを下回っている大神が織田軍の中に混ざっているって言うことなのか?」
「そういうことよ?だから、おかしいのよ。普通に考えたらありえないことだからね。うーーーん、どういうことなのかしら?」
「そんなに不思議なら、吉祥。思兼に直接、聞けばいいじゃん?」
「嫌よ!あのすけべじじい。現れるごとに僕のお尻を撫でまわすんだから!」
まあ、そうですよねーと想う、万福丸である。一時的に意識を大神を渡すことによって、俺たちのような大神と合一を果たした人間はその神力を爆発的に高めることが可能だ。
だが、その見返りとして、一時的にだが身体を乗っ取られることになる。神蝕率が100パーセントを超えて、大神の受肉が完了しない限りは肉体を完全に奪われることはないのだが、それでも危険は付きまとう。
しかも、思兼は若い女のお尻が大好物だ。その被害を思兼と合一を果たした吉祥自身が嫌と言うほど味わっているため、無理強いするわけにも行かない万福丸である。
「さて、困ったことになったなあ?一番、組しやすい相手はその神蝕率が低い男になるわけだけど、得体が知れないんだしなあ?なあ、その男と合一している大神が何なのかは、わからないわけ?」