ー改変の章15- 【改変】は終わりを告げる
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
低い地鳴りのような音が第六天に響き渡り、やがてそれは轟音となっていく。
「おおおおお?じ、地震ですか?先生、地震は苦手ですよ?」
(落ち着くのである。これこそ、伊弉冉が世界の【改変】を終えた証である)
「ちょっと、誰か、座布団を持って来てください!上から物が堕ちてきたら大変ですよ!」
(だから落ち着けと言っているのである!すぐにこの振動は収まるのである!)
波旬の一喝に、座布団を具現化させて、頭にすっぽりかぶって、さらに地面にうずくまっている信長が、へっ?とすっとんきょうな声をあげる。
「なんだあ。すぐに収まるのですか。残念ですねえ。この第六天が崩壊するのかと少しワクワクしちゃいましたよ。不謹慎ですが」
信長の言いに波旬が、くっ!と唸る。だが、信長は気にした体もなく
「じゃあ。先生が現世へと帰る時間がやっと来たと言うことですね。長いようで短い間でした。今度、第六天にくるときは家臣一同を引き連れてやってこなければなりませんねえ」
(ここは死後の世界なのである!貴様、我の望みを断つつもりであるか!)
「いやあ、冗談ですよ。冗談。そんなに怒らないでくださいよ。で?どうやって現世に戻ることになるんです?」
(現世にある貴様の肉体に引っ張られることになるはずである。貴様のオリジナルは現世に存在するのである。貴様は我と合一を果たし、大神となったが【理】の所以で、貴様の肉体が貴様の意識の帰る場所となるのである)
「まーた、よくわからないことを言い出しましたね、波旬くんは。まあ、良いでしょう。日本海のど真ん中に放り出されないだけマシと言ったところでしょうし」
「こいつ、なんで、こんなに肝が座っているのでもうす?今から現世に戻っても伊弉冉による死の風が吹き荒れる土地へと変わっている可能性があるのでもうすぞ?」
天手力男神が不思議そうな顔つきで信長に言うのである。信長はふむと息をつき
「別に伊弉冉くんが居ようがいまいが、元から、ひのもとの国は戦乱で荒れ果てて、毎日のようにひとが老衰と病気以外で死にまくっているのです。それがちょっと、伊弉冉くんの力で1日500人程度、死者が増えるだけです。それがどうしたって言うのが素直な感想ですね」
「しかし、伊弉冉の力で、貴様に近しいニンゲンたちまで死ぬことになるかもしれないのでもうすよ?それは怖いとは想わないのでもうすか?」
天手力男神の問いに信長は対して気にもしないと言った感じに
「そんなの簡単ですよ。先生は欲望を司る大神なんです。自分を慕ってくれている民や家臣、それに女房連中を生かします。彼らや彼女たちが生きたいと望むのなら、それを叶えてこその欲望の大神なんですからね!」
なんて器のでかいニンゲンいや、大神なのだと天手力男神は想う。こいつなら、もしかして、何とかするのではないのかとさえ想えて仕方がないのである。
「じゃあ、我輩が現世で勝家なる男と契約をかわした後、お前に仕えたいと言ったならば、どうするのでもうす?」
「結構、おおいに結構です。どんと来なさい。先生、大神を家臣にするのは初めてですが、上手く使い倒してみせますよ。天手力男神くんは自分の望むことを現世で行ってください。ですが、くれぐれも先生の天下取りも手伝ってくださいよ?さっき、約束しましたよね?」
「わかったのでもうす。【契約】とはまた別に大神との【約束】は時には【理】すら凌駕するのでもうす。お前、いや、第六天魔王信長さま。我輩は現世にて信長さまの家臣になるのでもうす!」
天手力男神は右腕を自分の胸の前に持って行き、右こぶしでドンッとひとつ叩く。信長はその姿を見て、うんうんと頷くのである。
「さて、一体、どんな世界に【改変】されているのでしょうかね?先生、今からワクワクが止まりませんよ!」
波旬は想う。ニンゲンよ。いや、信長よ。我は貴様であり、貴様は我である。【理】において【欲望】を司る信長よ。その【欲望】が尽きるまで生き抜くが良いのである。我はこの先、どんなことがあろうと、貴様を見捨てることは無いのである。
強く生きよ。ひとの子よ。イニシエの大神に選ばれし信長よ。我は第六天魔王波旬であり、同時に第六天魔王信長である!
「あのう。くっさい台詞を延々と述べているようですが、波旬くんは先生と合一しているので、全部、脳内で再生されていますからね?」
(う、うるさいのである!そんなことより、意識を集中させておくのである!貴様が現世に舞い戻った先で何が起きるかは、我にもわからぬのである。いきなり、伊弉冉の攻撃を喰らうかも知れぬと心しろなのである!)
「はいはい。わかりましたよ。では、天手力男神くん、現世でまた会いましょう。勝家くんに契約をかわすように促しておきますので、すぐに再会を喜びましょうかね」
「ガハハッ!頼んだでもうす。我輩がプリティな筋肉美男子だとトクトクと説明しておくでもうすよ?」
天手力男神がそう言った瞬間、信長の視界がぐにゃりと捻じ曲がる。それと同時に頭痛、吐き気、腹痛が同時に信長の身に押し寄せるのである。そして、信長の意識は一旦、そこで中断をよぎなくされるのであった。
ちゅちゅんちゅちゅん、ちゅちゅちゅん!
「あああああ!うるさいですね。せっかく、ひとが気持ちよく寝ているときにスズメときたら、まるで世界が自分のものが如くに鳴き叫んでくれますね!貞勝くん、ちょっと、2,3羽捕まえてきてくれますか?今日は朝から豪華に焼き鳥といきましょうか!」
「殿おおおおお!殿おおおおお!やっと眼を覚ましたのじゃあああ。もう、ダメなのかと想っていたのじゃあああ!」
「ん?なんです?貞勝くん。なんで泣いているんです?先生はちゃんと生きてますよ?勝手に殺すのはやめてくれませんかね?」
「何を言っておるのじゃ!太陽が黒き穴に変わってから、早3週間が過ぎようとしていたのじゃ。それなのに、殿はあの日、倒れてから、眠ったままだったのじゃ。普通なら死んでいるのじゃ!」
貞勝は両目から涙をハラハラとハラハラと流している。うーん?困りましたねえ?あの朔が起こった日から3週間も経っていたのですか?先生、第六天に居る間、ほとんど時間の経過を感じていなかったのですが?
「まあ、詳しいことはあとで話します。先生の身に起きたことも、今、世界がどうなっているのかも。とりあえず、織田家の主将たちを全員、かき集めてください。その間に貞勝くんはこの3週間で何が起きたのかの現状で良いので報告をお願いします」
「織田家の主将たちを集めることなら何の心配もいらぬのじゃ。すでにここ、京の都へ皆、集まっているのじゃ。それよりも、皆、心配していたのじゃ。殿がこのまま、眼を覚まさないのかとじゃ」
「わかりました。貞勝くん。では、緊急で会議を行います。外でやかましく鳴いているスズメをとっ捕まえて焼き鳥にしてください。先生、それを食べたのちに、会議の場へ向かいます!」