ー神有の章108- 舟が行く
鍋島直茂が神気を発し、神力へと変換し、己の理を口にする。
【罰】
彼の肉厚な唇が動き、力ある言葉が発せられると同時に彼の両手に包まれるように宝剣・罰が具現化される。
「さあ、できたで候。いよいよ、後戻りはできなくなるので候。これを船頭に預け、壇ノ浦に沈めてきてもらうで候」
「鍋島殿、ありがとうなのでゴザル。さあ、いよいよ決戦間近といったところでゴザル。各々、覚悟は良いでゴザルかな?」
「あれ?邇邇芸さま。もしかして、俺たちも戦いに参加せざるをえないって感じの口調なんだけど、俺たちに出来ることなんて、邇邇芸さまのサポートくらいだぜ?俺たちをあてにして良いのか?」
「ふふふっ。もちろんあてにしているでゴザルヨ?万福丸殿。そなただけではござらぬ。ここにいる皆全てに期待しているのでゴザル!」
邇邇芸が皆を鼓舞する意味も含めて、そう力強く宣言する。だが、皆は、はあやれやれと言った顔つきで
「邇邇芸さまはやっぱり、俺たちをあてにしてたのか。そりゃそうだよなあ。決行日が明後日に差し迫っているのに、尾羽の直剣で自由自在に大空を舞うことだけ出来るようになったもんなあ?」
「そうね。万福丸。そりゃ、最初の頃に比べれば、邇邇芸さまはかなりそれを使いこなせるようにはなったけど、だけど、まだ、攻撃に転嫁するまでには至ってないもの」
吉祥がそう言いながら、ふうううと少し深めのため息をつく。
「まあ、大空を自由自在に舞えるようになったのは、アレとの戦いにおいては、利がありそうなのじゃ。だが、尾羽の直剣の神力を攻撃力に転嫁できるか否かは、まだ不安定といったところじゃな」
そう言うのは天照である。今の今まで、邇邇芸の訓練を見守ってきてはいたものの、決定力に欠ける邇邇芸がアレを仕留められるモノなのかじゃ?と想っているのである。
「結局、出たとこ勝負ということだクマー。それで?俺様たちはいったい、どんなサポートをすれば良いのだクマー?邇邇芸さまが大空を舞いながら、八岐大蛇と対峙するとなれば、地上で戦うことになる俺様たちは逆に邪魔になりかねないのだクマーよ?」
「戦術に関しては、【知識】を司る思兼殿と合一を果たした吉祥殿が考えてくれるはずなのでゴザル。そうでゴザルよね?吉祥殿?ちらちら」
邇邇芸さまがちらちらとこちらを視ていて、ちょっと、うっとおしいわね?と想う吉祥である。
「まあ、戦術については、いくつか計画を練っていることは練っているけれど、八岐大蛇との戦いに役立つかどうかは、わからないわよ?普通は相手の特徴を詳しく調べてから計画立案するものなんだし。【理の歴史書】の記載を参考にしたものだから、どうしても、机上の空論で終わる可能性も高いわよ?それでも良いのかしら?」
吉祥が念を押すかのように邇邇芸にそう問うのである。
「それでも良いのでゴザル。もし、想定と違っていたなら、その場その場で臨機応変に戦術を変えていくのが良いのかと想うのでゴザル。有用な戦術をいくつか用意しておくことが肝要なのでござる。大きな意味で戦略を決め、戦う際の戦術といったほうが良いでゴザルな」
「助言、ありがとうなのですわ。じゃあ、3時間ほどほしいわね。ちょっと、練り直しをさせてほしいわ?」
「わかったのでゴザル。吉祥殿には期待しているのでゴザル」
邇邇芸はそこまで言うと、吉祥に対して、上半身を折り曲げ、深々と頭を下げるのである。そして、彼は姿勢を正し、鍋島直茂たちのほうへ歩いていき、打ち合わせを開始し始めるのであった。
残された吉祥と万福丸のふたりは作戦について話しあいを始めるのであった。
「なあ、吉祥。戦術と戦略って、邇邇芸さまが言っていたけど、そんなに八岐大蛇ってのは、とんでもない奴なのか?」
「そうね。八岐大蛇は小高い山ほどの大きさだと【理の歴史書】には書かれているわね。だから、小手先の戦術でどうにかなる相手かどうかわからないわ。だからこそ、戦略から考えないといけなくなるわね」
吉祥が真剣な眼つきで、そう万福丸に言うのである。
「そっか。じゃあ、吉祥の考えがまとまる手助けになるためにも、俺にそれを教えてくれないか?まあ、ほっとんど、わからないかも知れないけれどな?俺は馬鹿だから」
「馬鹿は馬鹿なりに役に立つものよ?そんなに卑下しなくて良いわよ?馬鹿の考え、休むに似たりとは言えども、その馬鹿の一言で戦局が覆ることもあるもの」
「う、うーーーん?それって、役に立っているのか、ただの邪魔なのか、判断しかねるぞ!?」
「まあまあ。深く考えるより、時には猪突猛進が活きることがあるってことよ?さて、じゃあ、さっそくだけど、僕が考えている作戦を聞いてもらうわよ?」
吉祥はそこで一度、んっん、と咳払いをし、彼女の桜色の唇を動かし、言葉を発する。
「まず、一番大事なことは、戦局が悪化しようとも、八岐大蛇を博多の街に入らせないことね」
「まあ、そりゃ、博多の街にそんな小高い山の大きさもある奴が入り込んだら、博多の街が滅んじまうからなあ?」
「いいえ。破壊されるだけなら、再建するだけで済むわよ。そうじゃないの。八岐大蛇はその身から【瘴気】を産み出すことが問題なの。【瘴気】は土地を穢れさせるわ。だから、博多の街が【瘴気】で穢されれば、ニンゲンたちは、その【瘴気】にあてられて、【不幸】になってしまうわ」
「【瘴気】かあ。確か【呪い】の強化版だったよな?【呪い】は転じれば【祝い】と為すだけど、【瘴気】は浄化作業が大変なんだもんなあ」
「そう。そこが問題なのよ。【瘴気】はいわば【毒】ね。毒に身体をやられたならば、浄化が必要だわ。博多の街で八岐大蛇に暴れられたら、それこそ、2、3年は浄化作業におわれることになるわね」
吉祥の言いに万福丸がうへえええと想わず、嘆きの声をあげてしまう。
「別にニンゲンが住めない土地に変わるわけじゃないけど、【不幸】に付きまとわれるのは、気分良くないだろうなあ。ってことは、博多の街に八岐大蛇が入る前に倒してしまうのが最善ってことか?」
「そうね。それが最善だわ。でも、戦いは自分たちの都合よく展開するわけではないのはわかりきっているわよね?だから、そもそもとして、八岐大蛇が博多の街に向かわないように、皆で誘導することが肝心ね」
「ふむふむ、なるほど。そもそも、博多の街に向かわせないってか。ん?それって、どうやって、やるわけ?」
「そんなの簡単よ。僕たちが戦いながら、退く方向を調整するだけで良いはずよ?こちらには天照さまという、絶世の美女がいるもの。八岐大蛇は美女が大好きなのよ。だから、イニシエの時代、八岐大蛇は毎年、ひとり、美女を自分に捧げろと周辺国に通達していたのよ?」