-神有の章107- そもそも恋愛対象じゃない
龍造寺隆信が手持ちぶたさでそう言いながら万福丸たちの会話に混ざろうとする。彼の今のところの役目は自分の神力で具現化した宝刀・罪で立花道雪の神鳴りを吸い取ることであった。そのため、ぶっちゃけ、今の時点では暇なのである。
一方、邇邇芸、道雪、大友宗麟、鍋島直茂は舟とその舟を操るモノたちを調達したりと忙しく動いているのであった。
「あれー?熊さんー。なんだか、ひまそうだねー?」
「小子殿?確かに俺様は熊そっくりないでたちだけど、そうはっきりと熊さん呼ばわりするのはやめてほしいのだクマー」
隆信は筋肉質な身体でありながらも、その体つきと顔つきから、熊そっくりだったのだ。そのため、彼が自分の領地の視察に出るときなどは、街の中に熊がでたぞおおお!と叫ばれて、猟銃で撃たれそうになったりと、割りと散々な眼にあっていたりする。
「だけど、こう言ったら失礼かもしれないけれど、熊さんじゃなくて、隆信さんはガタイがしっかりしてるから、視た目だけからでも包容力がありそうだよなあ」
万福丸がそう言うのであるが、吉祥は確かにあの両腕で包まれたら、捕食されそうって意味では包容力はあるわねと失礼なことを考えるのである。
「何か失礼なことを考えている視線を吉祥殿から感じるクマーけど、それは放っておくんだクマー。で?殴り合いの一騎打ちではなく、包容力で勝負するのかクマー?」
「そうそう。隆信さん。小子ちゃんには幼馴染の月人ってのがいるんだけれど、そいつが、何かを勘違いしてか、俺に一騎打ちを所望してくるかもって話をしてたんだ。んで、大神とただのニンゲンで殴り合いをするわけにもいかずに、包容力で勝負してみたらどうかって話になったわけ」
「そうだったのかクマー。まあ、男たちが好いた女を取り合うのはめずらしくもなんともないんだクマー。しっかし、包容力クマーか。包容力といっても、その中身は色々とあるんだクマー」
そう隆信が言いながら、うんうんとひとり頷くのである。
「確かに隆信の言う通りじゃな、言葉で包容力と言うのは簡単なのじゃ。だが、女が求める包容力は多岐にわたるモノじゃ。優しさは当然として、大人の男の魅力、抱かれ心地、そして極めつけはやはり経済力となるわけじゃ」
「なるほどー。天照さまの言う通り、経済力は大事だよねー。別にお金をたくさん持っているとかじゃなくて、家族を養ってもらえるほどの稼ぎは欲しいもんねー?」
「そうか。一瞬、大名クラスの金持ちを想像しちまったけど、小子ちゃんの言う通り、家族を養えるほどで良いのか。ふう、助かったー。俺、吉祥が遊んで暮らせるくらいの経済力を求めているのかと、ちょっと、心配になっちまったぜ」
万福丸は何を言っているのかしら?と吉祥は想うのである。
「万福丸?僕も家族を養える程度の経済力くらいでちょうど良いと想ってるわよ?それよりも、無理して身体を壊すようなことはしないでね?」
吉祥が万福丸のことを気遣い、そう彼に応えるのであった。
「暑い、暑いよー。もう9月も半ばだって言うのに、なんでこんなに九州の地は熱愛の中心部になってるのー?天照さま。いっそ、燦々と照り付ける太陽を隠しちゃってよー!」
「何をアホなことを言っているのじゃ、小子よ。バカップルが熱々なのは、古今東西、変わりないのじゃ。それよりも、そんなにこの2人をうらやむのであれば、おぬしもバカップルにでもなれば良いのじゃ」
「そこは、月人くんが万福丸くんとの一騎打ちに勝ったら、考えないでもないかなー?」
「結局、俺は月人と対決せざる得ないのかよ。うーーーん。俺って包容力にあふれているから、なんとも、負け難い気がするんだよなー?」
万福丸の言いに吉祥がどこからツッコミを入れるべきなのかしら?と想うのである。
「万福丸殿?男が自分から自分は包容力を持っているとか言っていたら、ただの道化なのだクマー。包容力うんぬんは女性が決めることなのだクマー」
「ん?ちょっと、俺、気付いたんだけど、隆信さんの言いだと、女性それぞれに求める包容力の中身が変わってこないか?なんか、包容力で勝負うんぬん自体がおかしいってことにならないか?」
「万福丸殿にしては良いところに気付いたクマーね?そういうことだクマー。万福丸殿の嫁さんの吉祥殿が万福丸殿が包容力を持っていると想っていても、肝心の小子殿から視たら、万福丸殿は全くもって、包容力を持ち合わせていないと言われる可能性が大なのだクマー」
「まあ、そもそも、小子ちゃんが月人くんに惚れているかどうかなのが一番肝心な気もするんだけれど。小子ちゃん?勝負うんぬんの前に月人くんのことは恋愛対象じゃないわよね?」
「うん、そうだよー。さっきも言ったけど、月人は可愛い弟としか視れないよー?って、あれー?それなら、なんで、月人は万福丸くんに一騎打ちを所望するような事態になるわけー?」
「もういっそ、最初から、あなたには興味はありません!って、小子ちゃんがはっきり言ったほうが話が早そうな気がしてきたなあ。まあ、言って聞くような月人だったら、良いんだけど」
「そうね、万福丸。まずは小子ちゃんが月人にはっきりと言ってやるところからね?それで逆上して、万福丸さんの存在が全て悪いのです!ってなるところまでが鉄板よね?」
「ううん!?何だよ。結局、小子ちゃんが月人に何を言っても無駄ってことになるじゃんか!?で、俺は理由もなく、月人を俺のあふれんばかりの包容力で圧倒するってことになるわけ!?」
「万福丸?もしも、小子ちゃんに対して、あふれんばかりの包容力を見せつけたらどうなるか、わかってるわよね?」
吉祥がジロリと万福丸を睨みつけるのである。それで想わず万福丸は、ひいいい!と悲鳴をあげることになる。
「万福丸殿は難儀な星の下に産まれたのだクマー。言われなき一騎打ちを仕掛けられて、なおかつ、勝つことも負けることも許されないって、どういったことだクマー?」
「まあ、隆信の言う通り、もし万福丸が負ければ、その月人とやらの小子への付きまといは悪化するじゃろうな。おい、万福丸。もし、勝負となれば引き分けにもっていくことじゃな。勝負の内容が包容力に関することになるかは知らぬじゃが、まあ、そこは知恵モノの吉祥にでも上手いこと考えてもらうことじゃ」
「というわけで、知恵モノの吉祥ちゃんー。あたしが月人に付きまとわれなくて済む方法を考えておいてねー?」
「結局、僕に丸投げになるのね?はあああ。わかったわ。なんとか知恵を絞って、月人が小子ちゃんを諦めるような良い策を考えておくわ?」