ー神有の章106- 弟としか視れない
天照はニヤニヤとした笑顔でいちゃつくバカップルを視るのである。
「な、なにかしら?天照さまは僕たちに何か言いたいのかしら?」
「いやいや。吉祥と万福丸は仲が良くて、こちらのこころがほっこりとなるのじゃ。ささ。気にせず、もっといちゃいちゃするのじゃ。いや?どうせなら、そこの浜辺茶屋でイチャイチャしてきてもいいのじゃぞ?」
「うっ、うるさいわね!あんまり僕たちをからかうようだったら、天照さま相手だからって、出るとこ出るわよ!」
吉祥が顔を真っ赤に染めながら、天照に抗議するのであるが、天照のほうは気にした風もなく、ころころと笑い声を上げるのである。
「いいなあー。あたしも吉祥ちゃんや万福丸くんみたいなバカップルになりたいなー?」
バカップルってなんですわ!?と想う吉祥であるが、小子は、はあああと深いため息をつくので、なんともツッコミがたい空気を作られてしまうのである。
「そう言えば、小子って、もう14歳じゃんか。誰か好きな男とはいなかったのか?あっちのほうでは?」
万福丸の言うあっちのほうとは、尾張の熱田神宮周辺である。尾張には、信長が丹念込めて育てた、津島、清州、那古野の町があった。吉祥や小子たちは父親が信長の一兵士であったため、転勤族であったのだが、小子は12歳になった時に、巫女になるための修業をしに熱田神宮で寝食するようになったのだ。
彼女らの父親たちは羽柴秀吉の古くからの家来であり、秀吉の転勤に合わせて、あちらこちらへと転居したのである。だが、あの世界が改変された日を境に彼らの境遇も変わることになる。
秀吉の古くからの家来は4人居た。小子の父親である牛メンの飯村彦助。豚メンの田中太郎。黒人の弥助。そして、吉祥の父親である楮四十郎だ。
「うーーーん。田中さんちの息子の月人ちゃんがあたしのことを気に入っているって話はあいつの姉の嵐花ちゃんからは聞かされていたんだけど、なんというか、あたし、同い年の男の子には興味がなくてねー?」
豚メンの田中太郎には息子と娘がひとりづついた。姉の嵐花は今年17歳であり、その弟である月人は14歳であった。月人は小子と同じ年齢とこともあり、小子のことを快く想っていたのであるが
「それと付け加えるなら、なんか、月人ちゃんって、あたしから視たら、自分の弟みたいに視えちゃうんだよねー?だから、恋愛対象として視ることが難しいっていうかー?」
「ああ。小子ちゃんの言いたいことがわかる気がするわ?親たちの付き合いで、僕たち、幼馴染だから余計に、月人くんは僕から視ても弟みたいに視えちゃってたし」
吉祥が仕方ないのかもと想うのである。
「そういや想いだしたけど、月人は小子さん、小子さあああん!っていつも、小子ちゃんに付きまとってたもんなあ?小子ちゃんがうっとおしそうにあしらってたけど、あいつ、めげてなかったなあ?」
「本当、あの懐きっぷりは異常だった気がするわね?僕たちが旅に出たあとも、その辺りは変わらなかったわけなの?」
「万福丸ちゃん、吉祥ちゃん、聞いてよー。月人ちゃんったら、万福丸さんが居なくなった今、小子さんをつけ狙う奴がいなくなった!って喜んじゃってたのよー?ひどい話だと想わないー?」
「おかしいわね?万福丸?あなた、小子ちゃんを実はこっそり狙ってたりしてたわけ?」
吉祥が疑いの眼で万福丸を視るのである。
「い、いや?俺、小子ちゃんは自分の妹のような存在でしか視てなかったぜ?どこをどうしたら、俺が小子ちゃんを狙っているように視られるわけ!?俺のほうが不思議なんだけど!?」
「ふむっ。それは多分じゃが、その月人なる男は、小子が懐いている万福丸に嫉妬の念を抱いていたのじゃろう。若い女子というものは少し年上の男に憧れるものじゃ。小子が万福丸にひっつくのが嫌で嫌でたまらなかった。そういうことじゃ」
そう天照が3人の会話に混ざるのである。
「なるほどー。月人ちゃんは万福丸ちゃんに嫉妬してたのかー。おっかしー。はははっ」
「そう笑い飛ばせる話で済むなら良いんだけど。万福丸?あなた、もしかしたら、将来、小子ちゃんを賭けて、自分と勝負してくだされ!って、月人くんから一騎打ちを所望されるかもよ?」
「えっ!?吉祥、なんで、俺が月人から一騎打ちを所望されるわけ!?俺、本当の本当に小子の彼氏とかそんなんじゃないんだけど!?」
万福丸が一騎打ちと聞かされて、つい、あわてふためいてしまう。だが、そこに畳みかけるように吉祥が
「男の嫉妬は女のそれよりも醜いって言うわよ?ひのもとの国では、イチャイチャしたモノ勝ちな風潮があるけれど、南蛮人の場合は、女性の取り合いにおいては一騎打ちが盛んだそうよ?この【理の歴史書】に綴られている以上、間違いではないはずよ?」
「うわあああ。小子ちゃん。俺に月人が絡んでこないようになんとか説得しておいてくれよ?俺、嫌だぞ?ただのニンゲンを消滅させるような自体になるのはさ?」
そこは月人相手にわざと負けてやらないのかしら?と想う吉祥である。
「万福丸?もし、月人くんに一騎打ちを所望されたら、本気で相手するわけなの?」
「そりゃそうだろ。男が惚れた女を勝ち取ろうとしてんだから、そこは俺も男として本気で相手をするってのが、礼儀ってもんだしな?月人だって嫌だろ?手を抜いてもらって、さらに勝ちを譲られるようなことをされたらさ?」
「ふむっ。万福丸よ。男の矜持を理解するその姿勢は正しいのじゃ。しかし、困ったものじゃな。その月人なる小僧が己の誇りのために万福丸に喧嘩を売るのは。はてさて、殴り合いではなく、他のことで勝負をすることじゃ。例えば、男の魅力勝負とかじゃ」
「大神とただのニンゲンが殴り合うのは論外として、男の魅力勝負って、いったい何をするのかしら?」
「そんなの決まっているのじゃ。男の魅力。すなわち、包容力じゃな。どちらが小子に包容力を見せつけれるかが勝負の鍵なのじゃ。これなら、その月人なる小僧が消滅する心配もないのじゃ」
包容力ねえ?でも、包容力って、どうやって審査するものなのかしら?あと、万福丸に包容力のかけらなんてありそうにもないわね?と想う吉祥である。
「何やら難しい話をしているクマーね?一騎打ちとか、魅力勝負とか、包容力とかクマー。俺様も会話に混ぜてほしいんだクマー」