ー神有の章100- 第二夫人
小子ちゃんのお父さんって、恰幅の良いあのひとよね。確か名前は飯村彦助だったはずね。失礼な言い方だけど太っている割には、意外と器用になんでもこなすのよね。飯村彦助さんは僕のお父さんとお母さんとは昔ながらの付き合いだから、僕が小さい頃はよくあのふくよかなお腹にこぶしをめり込ませてみたものだったわ?
吉祥が右の手首を左手でグリグリと撫でまわしながら、小子の父親のお腹を殴っていた感触を想い出そうとするのであった。
「うーーーん。なんだか、無性に万福丸のお腹にこぶしをめり込ませたくなったわね?万福丸はまだ仕事が終わらないのかしら?」
「吉祥ちゃん?何を考えていたら、万福丸くんのお腹にこぶしをめり込ませたくなるのか、あたしにはよくわからないよー?」
「まあ、男女の付き合いはひとそれぞれじゃ。昼飯を吐き戻さない程度には加減してやることじゃな?」
天照はたいして気にした風もなく、西洋製の湯飲み茶碗の取っ手を指でつかみ、中身の紅茶に口をつけるのである。
「さて、たらふく喰ったのじゃ。邇邇芸よ。食休みが終わったら、訓練を開始するのじゃ。期日まであと1週間とちょっとしかないのじゃ」
「わかっているのでゴザル。それがしに乞うご期待なのでゴザル。宗麟殿。それがしが怪我をしたら、頼むのでゴザルよ?」
邇邇芸の言いに、これは今日もダメそうだと女性陣は想うのである。
昼食が終わり、食休みを30分挟み、邇邇芸は尾羽の直剣の柄を右手で握り、それに自分の神力を乗せていくのである。
「風が尾羽の直剣から生み出され、それがしの身が宙に浮くまでは良いのでゴザル。さて、問題はそこからなのでゴザル!」
邇邇芸は、ひとつ、すうううと息を吸い込み、はあああと息をゆっくりと吐きだす。それを3度繰り返し、カッと両目を見開き、ある一点を視つめるのであった。そう、その視点の先は小子である。
「小子殿、好きでゴザル!それがしの第二夫人になってくれでゴザルううう!」
「ごめんねー!第二夫人は嫌だよー!」
邇邇芸が想いを込めた告白をあっさりと振る小子である。その小子の拒否と同時に、邇邇芸は暴風により、その身を天高く舞い上げられることとなる。
「うひいいい!失敗したのでゴザルううう!」
邇邇芸は尾羽の直剣を使いこなすために女性陣から助言を受け、それを律儀に実行しているわけなのだが、なかなかに小子の心を掴めずに、告白をするたびに宙を舞い上がるのである。そして、吹き荒れた暴風が収まるころには、邇邇芸は具現化された風にその身をボロボロにされ、さらには、頭から地面に着地する。
もちろん、頭から地面に着地するのも女性陣からの助言通りなのだ。
「くっ!14歳の女性の心を鷲掴みするのは難しいのでゴザル!齢1000を超えるそれがしには無理な話なのでゴザルか!?」
「諦めてはいけないのでしゅ!世の中には口説き落とせぬ人妻など、存在しないのでしゅ!人妻と比べれば、特定の彼氏が居ない14歳の小娘など、赤子の手をひねるモノと考えるのでしゅ!」
宗麟はそう邇邇芸に言いながら、彼の傷を癒すべく、自分の神気を神力へと変換し続けるのであった。
「普通、第二夫人になってくれ!なんて告白、あって良いと想うー?吉祥ちゃんー?」
「普通は無いわね?邇邇芸さまって馬鹿か何かなのかしら?そこは嘘でも第一夫人に迎えるべきよ?」
「まあ、嘘でも第一夫人にと口に出せば、高天原から木花咲耶姫が降臨してくるのは確実じゃな。邇邇芸としては、精一杯の妥協といったところじゃろ」
天照は邇邇芸が巻き起こした風により立ち籠った土埃を右手に持つ扇子でパタパタと振り払うのである。
「むむむ。第二夫人は嫌でゴザルか。それなら、第1.5夫人へと言い直してみるでゴザルか?しかし、それを木花咲耶姫が許してくれるのでゴザルか!?」
「邇邇芸さま?それは何の妥協にもなっていないのでしゅよ?やはり女性にはきみが一番大事なんだと伝えるべきでしゅよ?」
「む、難しいのでゴザル。下手なことを言えば、それがし、10年は木花咲耶姫とイチャイチャできなくなってしまうでゴザル!」
10年の期間を開けられるって、これまた長い放置時間よね?やはり、大神ともなるとニンゲンの時間で考えること自体が間違いなのかしら?と吉祥は想うのである。
「あたしは未経験だから、よくわからないんだけど、男のひととお付き合いをした場合は、どれくらいの頻度でイチャイチャするものなのー?」
「ふむ。それは会う頻度にもよるものじゃ。男というものは一緒にいれば、まずはずっ魂ばっ魂のことしか、頭にないものじゃ」
「んー?ってことは、一緒の長屋に住んでいる吉祥ちゃんは、万福丸くんと毎晩イチャイチャしているってことー?そうなの?吉祥ちゃん?」
「ちょっ、ちょっと!?なんで、僕に話を振るのかしら!?」
「そりゃあ、男女が同じ屋根の下に寝泊まりしておれば、毎晩、ずっ魂ばっ魂していて当たり前なのじゃ?のう?吉祥?」
天照が当然じゃろ?という顔つきで吉祥の顔を視るのである。吉祥は想わず、うっと唸ってしまう。
「そ、それはその、あの」
吉祥が歯切れ悪く、さらには顔を紅く染めて、両手の指と指を絡めもじもじとしだす。
「吉祥ちゃーん?今後の参考として、どれくらいの頻度でイチャイチャしているのか教えてー?」
「ううう。だから、そのね?」
「おーーーい!吉祥、小子ちゃん、天照さま。それに邇邇芸さま、ついでに宗麟さん!訓練のほうはどうなんだー?やっぱり、今日もダメなのかー?」
そう大声を張り上げながら、採石場に万福丸がやってくるのである。吉祥は助かったあああ。よくぞ、良いタイミングで現れたわよ!万福丸、ナイスだわ!と想うのである。
「あっ。万福丸くーーーん!今日も邇邇芸さまは生傷をたくさん作っているよーーー!」
「そうか、そうかーーー!しっかし、これまた、邇邇芸さまの衣服がボロボロになってんなーーー?いい加減、諦めたらどうなんだーーー?」
「万福丸殿?男には退けぬ戦いがあるのでゴザル!」
邇邇芸の言いを万福丸はそうかそうかとうんうん頷くのである。
「邇邇芸さま。俺に手伝えることがあったら、何でも言ってくれよ?出来る限りはするからな?」
「では、万福丸殿。吉祥殿とは月にどれくらいの回数、イチャイチャしているのでゴザル?」
「うーーーん?月に何回って言われてもなあ?それは手でしてもらうのも含めてなのか?」
万福丸がそう言った瞬間、吉祥が足元に転がるこぶし大の石を右手で掴み、自身が発揮できる身体能力向上の御業の限界の力を込め、彼の顔面目がけて、その石をぶん投げるのであった。