ー神有の章98- 今日もグルングルン
今日も今日とて、いつもの採石場で邇邇芸は尾羽の直剣を使いこなすために訓練をおこなっていた。
彼は右手に握る尾羽の直剣に自分の神力を注ぎ込んでいく。それと同時に、邇邇芸の身体は巻き起こった風の螺旋に乗り、大空を舞い始めるのである。
しかし、毎度のことながら、ここからが問題なのである。
「うひゃあああでゴザルううう!」
「おお。今日はよく大空を舞っているのじゃ。小子が具現化する尾羽の直剣自体に神力が上がっている証なのじゃ」
「だから言ったでしょー?天照さまー。今日のは傑作だってー!今まで具現化してきた中で一番の暴風になるよー!」
「邇邇芸さまが何度も地面に叩きつけらているのでしゅよ!?あれ、放っておいて良いのでしゅ!?」
「あーははっ!痛い、痛いでゴザルよおおお!地面や石壁に打ち付けられて、段々、気持ちよくなってきたでゴザルよおおお!?」
邇邇芸は本日も宙をグルングルンと舞わされ、身体のあちこちに打ち身によるアザを作るのである。最後に邇邇芸は頭から地面に激突し、失神にいたるのであった。
宗麟はそんな彼のもとに駆け寄り、神気を発し、神力へと変換し、己の理を口にする。
【癒す】
宗麟の癒しの神力を受け、邇邇芸の身体にできたアザは癒されていくのであった。
「ふう。宗麟殿がいなければ、今頃、それがしはただの肉塊になっているところでゴザル。いやあ、感謝してもしきれないのでゴザル」
「大丈夫でしゅか?邇邇芸さま。今日のは特に怪我が多いでしゅよ?」
「なあに。これくらいじゃじゃ馬でなければ困るのでゴザル。そのじゃじゃ馬を乗りこなすのも、男としての矜持なのでゴザル」
「ふむ。その意気や良しなのじゃ。男女の交わりに怪我はつきものなのじゃ。さあ、邇邇芸よ。時間が無いのじゃ。どんどん、大怪我をするのじゃ」
「あたしとしては、あまり、自分が具現化した直剣で大怪我をされても、複雑な気持ちになっちゃうのよねー?」
「はははっ。小子殿。それがしを心配してくれるのでゴザルか?もしかして、それがしに惚れてしまったでござるか?」
「ちっとも惚れてないよー?そこのところは安心してねー?そもそもとして、あたしが邇邇芸さまが怪我することと、あたしが邇邇芸さまに惚れるのは別の話だよー?」
「なかなかに手厳しいでゴザル。さて、もう一丁、大空に舞ってくるのでゴザル!尾羽の直剣よ、それがしの神力をたらふく喰らってくれでゴザル!うひいいい!」
邇邇芸はそう言いながら、神力を尾羽の直剣に注ぎ込み、またしても、大空高く舞い上がっていくのである。
それから、数時間、訓練は続き、お昼頃となる。吉祥が採石場に集まるモノたちのためにお昼ご飯を持ち込むのであった。
【紅茶】
吉祥が少女から大人へと変わろうとしている膨らみかけの唇を動かし、力ある言葉を発する。それと同時に西洋湯飲みと、その中をたゆたう紅い液体が具現化されるのであった。
「はい。紅茶を具現化したわよ?熱いから注意してね?」
「いつも、ありがとうなのでゴザル、吉祥殿。ふうふうー。ずずずー。うーーーむ、最近、ようやく紅茶の旨みがわかるようになってきたのでゴザル」
「わらわは普通のお茶のほうが嬉しいのじゃが、贅沢は言ってられないのじゃ。さて、今日のおにぎりの中身はなんなのじゃ?」
「干し海老とネギ味噌を合わせてみたモノをおむすびの具に使ってみたわ?具が塩辛いから、おにぎり自体にはあまり塩はまぶしていないわね」
「そうなのかじゃ。うーーーむ!ネギ味噌の香りと干し海老の甘さが、旨さのハーモニーを奏でているのじゃ!これは、美味なのじゃ!」
天照が舌鼓を打ちながら、おにぎりをほおばるのである。
「吉祥ちゃんは良いよねー。昔から料理が得意なんだからー」
「あら?小子ちゃんも料理は得意でしょ?」
「得意ってほどではないよー?最低限は作れるだけだしー。吉祥ちゃんみたいに味を追求したりとかはしないよー?」
「僕の場合は、旅をしている関係上、ひどい時は、その辺の草をもいで、粥にしているせいで、色々と味付けに挑戦しているだけよ?やっぱり味噌は偉大だわ。味噌を発明したひとには、僕から感状を贈りたい気分よ?」
「味噌といえば、醤油だよねー。10年前くらいに、ひのもとの国で発明されたんでしょー?もう、今じゃ、アレ無しだと、お魚を美味しく感じなくなっちゃってるよー」
「ふむ。醤油は最高なのじゃ。焼きおにぎりは今まで味噌を塗るのが一番じゃと想っていたが、醤油を塗るのもまた格別なのじゃ!」
「おばば様は本当に、昔から、おにぎりが好きでゴザルな。巫女の仕事をしていた時も、おにぎりばかりを所望していたと聞いているのでゴザル」
「巫女ー?天照さまって巫女の仕事もしていたのー?あたし、初耳だよー?」
小子がそう邇邇芸に質問するのであった。
「あれ?知らぬのでゴザル?結構、有名な話だと想っていたのでゴザルが?おばば様は、かの日巫女なのでゴザルよ?」
「ええーーー!?日巫女って、あの日巫女でしょーーー!?そんな巫女界の有名人だったのー?天照さまはー!吉祥ちゃん、知ってたー?」
「もちろん、僕は知っていたわよ?と言っても、【理の歴史書】を読んでいるからだけど。天照さまは巫女の仕事をしながら、小銭を稼いでいたみたいわよ?」
「ふむ。3食昼寝つきでなかなかに好待遇だったのじゃ。しかし、いくら経っても、あの巫女は歳を取らないと噂が立って、あっ、これはしまったと想って、夜中にこっそり逃げ出したのじゃ」
「まったく、おばば様。わざわざニンゲンの身に化けて、巫女となり、おにぎりをたらふくほおばり、お神酒を飲み明かしていたようでゴザル」
「別に自分の正体がバレたところで問題ないと想うけど?」
「正体がバレたら、社に閉じ込められる可能性があったのじゃ。あの頃のニンゲンは、ニンゲンの身でありながら、少しばかりの神力をその身に宿すモノも居たのじゃ。そのモノらが束となれば、降格していた、わらわを社に縛り付けられる恐れもあったのじゃ」
「へーーー。ニンゲンの身で神力をその身に宿らせているなんて、興味深い話だわ?さすが、ひのもとの国なだけあるわ」
「そうだねー。ニンゲンでありながら、死後、大神に昇格できるものねー。この国はー。有名どころだと、日本武さまとか菅原道真さまとかが居るものねー?」
「おばば様の血、というよりは帝の血筋に連なるモノは、神気を発し、神力へと変換することはできるのでゴザル。しかし、民草となると、黎明の時代から1000年以上も経った今、それが可能なモノはごくわずかとなってしまったのでゴザル」
「まあ、だからと言って、民草が大神と合一を果たせないとか、そういうことは無いのじゃ。その証として、吉祥や小子が居るのじゃ」
「そうね。僕のお父さんは農家の出だもの。僕が産まれた時も信長さまの一兵士だったし、僕自身は身分が高いとかそんなことは全然、無いものね?」
「まあ、身分は関係ないのじゃが、おぬしたちの父や母には【縁】があるのじゃ。それが色濃く写り出たのが、吉祥、それに小子なのじゃ」