ー神有の章96- 理屈と感情
その後、大友宗麟が女性の口説き方ならぬ、人妻の口説き方講座を開くことになる。邇邇芸と万福丸はもしかして何かに使えるのではないかと淡い期待を込めて、傾聴するのである。
女性陣たちは、あきれ顔で男性陣を視つつ
「やれやれ。うちの孫には困ったものなのじゃ。女性を口説き落とすのはテクニックうんぬんではないことに気付いておらぬようなのじゃ」
「そうね。天照さま。男は理屈を重視するけど、女は感情だもの。感情を揺さぶられるような言葉でなければ、結局のところ、小子ちゃんの心を掴むことはできないのに」
「あたしは理屈抜きで、自分より20歳以上の男性に口説かれても、ときめかないけどー?そこのところを理解してほしいところなんだけどなー?」
「僕も年上が好みと言っても、せめて10歳以内だわ。30代はさすがに無理ね。あら?もしかして、邇邇芸さまってチャンスのかけらもないってことにならないかしら?」
「ふむ。吉祥よ。重要なことに気付いてしまったようじゃな。大神の感覚だと100歳差など当たり前じゃが、ニンゲンの感覚ではそれの10分の1以下の差じゃないと、そもそも、きついものがあるじゃろうな」
「それが20歳以上ともなると、どだい無理な話ね?いっそのこと、視た目だけでも身体能力向上の御業で若返れば良いんでしょうけど、無茶を出来る身体でもないし。かなり、どん詰まりの状況だわ」
吉祥は、一度、ふうううとため息をつく。邇邇芸が合一を果たした相手は、九州3大勢力のひとつである島津家の棟梁・島津義久である。
だが、邇邇芸が彼と合一を果たした時にはすでに、義久は死の床につこうとしていた最中だったそうだ。義久は九州の安定を願い、その肉体のほとんどを邇邇芸に【譲った】のである。
「なぜ、邇邇芸さまは、義久さんの肉体の全部を【譲って】もらわないのかしら?そうすれば、邇邇芸さまの神力であれば、失った左腕すら、復元は可能なはずなのに」
「多分じゃが、邇邇芸は義久と何かの【約束】をしたのじゃろう。わらわがこの肉体に受肉する際に、わらわは帝と【約束】をかわしたのじゃ。わらわは、このひのもとの国に再び、命が芽吹くようにすると。そう、彼とは【約束】したのじゃ」
「【約束】かー。大神って律儀だよねー。自分の【理】を犯してでも、【約束】を守ることに重きを置くんだもねー」
「【約束】は【理】を越えるのじゃ。吉祥、そして、小子よ。よく覚えておくのじゃ。この言葉を。大事なことなのでもう一度、言うのじゃ。【約束】は【理】を越えるのじゃ」
「えっ?天照さま。それって、どういう意味、いえ、どういうことなの?その言葉が示すのは何なのかしら?」
「今はわからなくても良いのじゃ。じゃが、遠きか近きかは、わらわにはわからぬが、きっと、この言葉の重みを理解する日がくるのじゃ。それこそ、理屈ではないのじゃ。自分の【理】を自分から【否定】するほどの【約束】を交わし、果たす日がくるのじゃ」
天照はそこまで言うと、しゃべりすぎたとばかりに会話を止める。その雰囲気を察してか、吉祥までつられて、黙ってしまうのであった。
「なんだか、難しい話だねー?あたし、あんまり、頭が良くないから、天照さまの言わんとしていることがわからないよー?」
小子はそう、口に出すが、それに応えるモノはいなかった。そして、女性陣は、未だに人妻口説き講座に熱中する男性陣を見つめ続けるのであった。
八岐大蛇討伐予定日まであと2週間。期日は刻々と差し迫っていくのである。
「ふううう。やっぱり立花山城の風呂は最高だなあ。なんたって、湯船に浸かれるもんなあああ。うひいいい。染みるううう」
「はははっ。万福丸殿。じじ臭いでゴザルよ?しかし、湯に浸かれるのはありがたい話なのでゴザル。もし、庶民のニンゲンと合一を果たしていたら、温泉にでも行かぬ限り、湯船をご馳走してもらえることもなかったのでゴザルよなあ」
尾羽の直剣を使いこなすための訓練を終えた邇邇芸は、万福丸と宗麟を風呂に誘ったのであった。邇邇芸と万福丸はヒノキ風呂の湯船に肩までどっぷりつかり、宗麟は洗い場でゴシゴシと身体を洗うのである。
「しっかし、大名でもあるまいし、道雪さんの大屋敷はすごいよな。普通、家臣の屋敷なんて、風呂があるって言っても、ひとりが湯につかれる広さしかないわけじゃん?」
「道雪には、博多の地の支配を任せているのでしゅ。それゆえ、大友家では、道雪に破格の待遇をしているわけなのでしゅ。まあ、そればかりが理由ではないでしゅが」
「義久殿の記憶と同一しているそれがしの情報では、道雪殿は宗麟殿の師とも言える方だと。それも関係しているとみて良いのでゴザルかな?」
「師と言うよりは口うるさい父親でしゅ。しかしながら、道雪には色々と世話になっているのでしゅ。あいつが居なければ、とうに、僕ちんは大友家から追い出されているのでしゅ」
「はははっ。宗麟さまは禿げ頭だから、絶倫そうだしな。手を出した人妻は星の数なんだろ?」
「禿げ頭とは失礼でしゅね。万福丸。僕ちんのは剃りあげているのでしゅ。道雪が女遊びをやめろと言うので、形だけでも僧籍に入った名残なのでしゅ。今は、髪を整えるのも面倒だから、剃っているだけでしゅが」
「僧籍に身をやつしても結局、女遊びは治らなかったみたいでゴザルよね?」
「しょせん、形だけでしゅからね?今は、デウスの教えを信奉しているので、セーフなのでしゅ」
「あれ?デウスの教えって不倫って重罪じゃなかったっけ?」
万福丸のツッコミに対して、宗麟はあらぬ方向に顔を向けて、さらには口笛を吹きだすのであった。
「根本的に宗麟殿はダメ人間なのでゴザル。何の大神を信じようが、宗麟殿の女癖は治らないということが証明されたのでゴザル」
「まあ、俺は宗麟さんが俺の吉祥に手を出さなきゃ、何をしてても構わないけどな?」
「そこは安心してほしいでしゅ。齢16の小娘にはこれっぽちも欲情しないのでしゅ。やはり、人妻が最高なのでしゅ」
「ということは、それがしは、宗麟殿に自分の嫁である木花咲耶姫が近付かないように注意せねばならぬでゴザルな。身近に危険人物が居るのでは気が休まらないでゴザルよ」
「そういや、木花咲耶姫さんは、どこかのニンゲンとは合一を果たしたのか?邇邇芸さま」
「いや。まだでゴザルな。今は高天原にて神体のまま、過ごしているのでゴザル。戦乱の時代ゆえに、なかなかに彼女の【理】に近しきニンゲンが居ないようなのでゴザル」
「なるほどなあ。それじゃあ、邇邇芸さまは妻帯者だって言うのに夜は寂しくひとり、布団の中で過ごしているのかあ。良いひとが見つかると良いな?」
「いっそのこと、小子殿が木花咲耶姫に見初められていれば、問題はなかったでゴザルな。まあ、小子殿の【魂の色】が天之尾羽張神の【理】と近しいゆえに、その可能性があったわけではないでゴザルがな?」