ー神有の章91- 投げてみる
月日は進み、9月1日となっていた。八岐大蛇との対決まであと2週間となって、ようやく邇邇芸は尾羽の直剣を使いこなせ始めるのである。
「おっ?今のは良い感じでゴザルぞ?ひとかかえある石を一刀両断できたのでゴザル!しかも、右手がズタボロにされた程度に済んだのゴザル!」
邇邇芸の右手の皮膚はズタボロになり、そこから血をダラダラと流していた。だが、彼はそんなことよりも、尾羽の直剣を振るうコツを覚えたことのほうが嬉しくて、痛みをつい忘れていたのである。
「そんなことより、早く治療をするのでしゅ。【癒す】でしゅ!」
大友宗麟が邇邇芸のもとに駆け寄り、彼の右手首を掴み、治療を開始する。治療を受けている間にも、邇邇芸はご満悦と言った表情で、宗麟に早く治してくれと急かすのである。
「ふあああ。よく続くもんだなあ。吉祥、紅茶のおかわりをお願いするぜ」
「はいはい。あんまり飲みすぎないでね?おしっこを我慢できなくなるわよ?」
吉祥は神気を発し、神力へと変換し、【紅茶】と力ある言葉をその柔らかな唇を動かし、声を発する。それと同時に彼女のひとさし指の指先から紅い液体がこぽこぽと具現化され、万福丸の手にもつ西洋カップに注がれていくのであった。
「さんきゅー。吉祥。ふう、すっかり紅茶が好きになっちまったぜ。1日3杯は飲まないと気がすまないって言うか」
「あなたは少し飲みすぎよ?まあ、別に3杯程度なら、僕も全然、疲れないから良いんだけど。でも、便利な神力だわ。今度、信長さまに大福も具現化できるようにしてもらおうかしら?」
「でも、その代り【取り引き】で何を要求されるかわからないぜ?信長のおっさんはすけべそうだからなあ。吉祥を嫁に欲しいとか言ってくるかもよ?そん時は、俺が信長のおっさんをぶっ飛ばさなきゃならなくなるぜ?」
「40を過ぎたおっさんが16の小娘を手に入れたいとは考えてはいないと想うけど。まあ、何を代価に支払うことになるかが、謎だから、やっぱり、大福の具現化はやめておくわ」
紅茶を具現化する神力を分け与えてもらうのに、吉祥は、信長に辱しめを受けたのだ。今、想い出しても腹ただしいことこの上ないわね、と吉祥は想うのであった。
「でも、あと2週間で八岐大蛇と対決するのよね。それなのに、ひと振りするだけで右手をボロボロにされて、あれでどうやって、邇邇芸さまは戦うつもりなのかしら?」
「うーーーん。神力を尾羽の直剣に貯めこんで、ぶん投げるんじゃね?もう、かれこれ、30本近く、小子ちゃんに尾羽の直剣を具現化してもらってるじゃん?」
「ぶん投げるか。それはそれでアリかもしれないわね。でも、今ある分を全部投げつけて、それで倒せる相手なら良いんだけど。ねえ?邇邇芸さま?尾羽の直剣をぶん投げて、八岐大蛇に突き刺すって方法はできないわけ?」
「ん?吉祥殿。その方法でゴザルか?一応、考えてみたのではゴザルが、少々、問題があるのでゴザルヨ」
問題?いったい、どんな問題なのかしら?と吉祥はそう想う。
「もしかして、尾羽の直剣を邇邇芸さまが手から放した瞬間に、急激に邇邇芸さまが込めた神力が抜け落ちるとか、そういうことかしら?」
「いや、逆の結果になるのでゴザル。試しにやってみるのでゴザルので、そこからさらに20メートルほど、離れてくれるでゴザルかな?」
邇邇芸の指示に従い、皆が、邇邇芸からさらに20メートル距離を置くのである。
邇邇芸は自分から皆が充分に離れたことを確認すると、右手に握った尾羽の直剣に自分の神力を注ぎ込んでいく。尾羽の直剣は神力を注ぎ込まれるほど、その身に纏わせる風を凶風へと変えていく。
邇邇芸は、はあああ!と気合を入れていくにつれ、凶風は暴風と様変わりしていき、地面に転がっていた小石がころころと風に煽られて転がり出すのである。
「皆。爆発の余波に巻き込まれないようにしてほしいのでゴザル!うおおおらあああでゴザル!」
邇邇芸は手にしていた尾羽の直剣を上手に構え、目の前の20メートル先の石の壁にぶん投げる。
尾羽の直剣が邇邇芸の手から離れたと同時に、自らの身を食い破るかのように刃がグネグネとねじ曲がって行き、それと同時に、直剣が飛んでいく軌道もグネグネとねじ曲がっていく。上方、下方、右、左へと不規則な軌道を描きながら、邇邇芸から20メートル先の石の壁に突き刺さり、大爆発を起こすのであった。
その威力はすさまじく、半径3メートルの大穴を石の壁に作るのであった。
「うおおお。すげえ!これなら、30本もの尾羽の直剣があれば、八岐大蛇と言えども、ひとたまりもないんじゃねえの?」
「うーーーん。威力は申し分ないわね?でも、邇邇芸さまが尾羽の直剣を手放したと同時、神力の暴走もより強大化していたように視えるわよ?」
「吉祥ちゃん、そうなんだよー。邇邇芸さまが尾羽の直剣を手放すと余計に暴走は顕著化するんだよー。だから、暴走が収まるまで、邇邇芸さまは直剣を握り続けていたほうが、安全だということがここ数日でわかってきたことなんだよー」
小子がそう、吉祥に告げるのであった。だからこそ、邇邇芸は右手がズタボロになろうが、痛みを我慢して尾羽の直剣を握り続けていたのである。
さらには、その尾羽の直剣を投げ飛ばした邇邇芸の着物全体が、暴風の余波を受けて、ズタボロにされていたのである。邇邇芸の肉体までには暴風は影響を及ぼさなかったようであるが、それはただ単に、邇邇芸が自分の神力で身を護った結果に過ぎなかったのである。
「まだ、これはマシな方なのでゴザル。最初、ぶん投げてみようと言う、おばば様の発案でやってみたところ、足元に尾羽の直剣が突き刺さったのでゴザル。前に投げたつもりが、足元でゴザルよ?それがし、高天原に送り返されるかと、背中にゾッと冷や汗が噴き出たものでゴザル」
「あれは、わらわもさすがに焦ったのじゃ。身体能力の向上で一目散に尾羽の直剣から離れたものだったのじゃ」
「天照さまが逃げ出すって、よっぽど危険なことが起きたのね。どうやら、八岐大蛇に向かって、尾羽の直剣を投げるのは、あまり有効策ではなさそうね」
「振るえば、右手はズタボロ。投げればどこに飛んでいくのかわからないってか。こりゃ、前途多難だなあ?」
「これでも、最初に比べればマシになってきたんだけどねー?でも、なんで、こんなに暴走するんだろー?邇邇芸さまが尾羽の直剣に嫌われているんじゃないかって、最近は想うようになってきたよー?」
吉祥、万福丸、小子がうーーーん?と首をひねりながら、尾羽の直剣が暴走する理由を考えるのであった。
「ところでさ?邇邇芸さま以外は、小子ちゃんの具現化する尾羽の直剣を振るったことはないのか?相性の問題なら、振るうモノが違えば、邇邇芸さまとは違う結果が産まれるわけじゃん?」
万福丸がそう助言をしてみるのであった。