ー神有の章87- 24歳差
灯篭の悲惨な末路を視た面々が想わず、ごくりと唾を飲み込むのである。
「やばいぜ。こんな危険なシロモノ、使っちゃダメな気がするぞ?吉祥」
「ええ、そうね。もし、邇邇芸さまが灯篭に打ち込まなかったら、もっととんでもないことになっていたのは確かね」
万福丸と吉祥がその尾羽の直剣の威力にそう感想を言うのである。
さらに邇邇芸が、うぐっ!と言ううめき声を上げる。
「くっ。右腕をズタボロにされたのでゴザル。なんという神力を持った直剣なのでゴザル」
邇邇芸が額から鈍い汗を出して、そう言うのである。彼の右腕の袖の部分がボロボロに引き裂かれ、その隙間からは血だらけの腕が視えるのである。
「邇邇芸さまが怪我をしているのでしゅ。今、治すからじっとしていてくれなのでしゅ!」
大友宗麟が邇邇芸に駆け寄り、邇邇芸の右腕に自分の両手をかざし、神気を発し、神力へと変換し、【理】を口にする。
【癒す】
宗麟が口から力ある言葉を発すると同時に、彼の両手は稲穂のような黄金色に輝きだす。そして、ゆっくりであるが邇邇芸の右腕の傷を癒し始めるのであった。
「す、すまないのでゴザル。しかし、【癒す】とはすごい神力を持っているのでゴザルな。他者を癒せるのは限られた大神でゴザルヨ?」
「そ、そうなのでしゅか?ぼくちん、それについては意識したことがないでしゅが、すごいことなのでしゅね?」
「そうじゃな。イニシエの大神でも薬を使って癒すことはできるモノは多数居ても、直接、その神力で癒しを行えるモノは、そなたともう1~2柱くらいのものじゃな」
「そんなに褒めないでほしいでしゅ。ぼくちん、直接、戦えるような神力を持っていないので、皆に引け目を負っているのでしゅ」
「そんなに自分を蔑むことはないのでゴザル。しかし、これは気持ちが良いのでゴザル。確か、宗麟殿は異国の大神と合一を果たしたのであったか?でゴザル」
「大神ではないでしゅ。ラファエルと言う、癒しの天使なのでしゅ。ぼくちん、何故か、大神ではなく、大神の使いである天使と合一を果たしたようなのでしゅ」
「天使でゴザルか?ううむ。確かに、それは不思議でゴザル。宗麟殿はデウスの教えを信望していると言っても、大神の使いとは」
邇邇芸が傷が治っていく右腕を視ながらそう言う。すると小子が
「邇邇芸さま、ごめんねー?まさか、あたしが具現化した直剣で、使用者が大怪我するなんて想ってなかったよー。今まで試した限りではそんなことになったひとは居なかったんだよー?」
小子が泣き顔で邇邇芸に頭を下げて謝罪するのである。
「いや、小子殿が気にする必要はないのでゴザル。多分、これは、それがしの神気が高すぎたのが原因なのでゴザル。尾羽の直剣が吸い込める容量を越えてしまったためだと想うのでござる」
「そうなのー?でも、原因はどうであれ、あたしが具現化した直剣で大怪我をしたのは事実だものー。邇邇芸さま、ごめんないさいー」
再び、小子がすまなそうに邇邇芸に頭を下げるのであった。
「大丈夫でゴザル。ほれ、もう腕も綺麗に元通りでゴザル。小子殿は何も悪くないでゴザルヨ?泣きやんでほしいでゴザルヨ?」
「なあ、吉祥。邇邇芸さまが少女を泣かせて、さらに慰めているんだけど?これって、邇邇芸さまを番所に突き出したほうが良いよな?」
「ええ、そうね。年端もいかない少女を泣かせて、慰めるなんて、どこのすけこましなのかしら?女性の僕から視たら、危険極まりないわね?道雪さん?城の警護のモノを呼んでもらえるかしら?」
「ちょっと待つでゴザル!なんで、それがしの責任なのでゴザル!?勝手に泣いたのは小子殿の方でゴザルよ!?」
「吉祥、今の聞いたか?勝手に泣いたとかぬかしやがったぞ?邇邇芸さま。これはさすがに聞き捨てならないよな?」
「ええ、そうね。万福丸。これは僕も許し難いわ。道雪さん、早く、警護のモノを呼んでくれないかしら?二晩ほど番所で頭を冷やしてもらいましょう?」
万福丸と吉祥の容赦ない責めに、邇邇芸がうぐぐ!と唸る。小子は、目尻を指で押さえながら、あはははと笑い
「万福丸くん、吉祥ちゃん、ありがとうねー?おかげで気持ちが少し楽になったよー?」
「ああ、そうか、それは良かったぜ。でも、邇邇芸さまがまたひどいことを言ったら、遠慮なく俺らに教えてくれよな?俺と吉祥で、邇邇芸さまをぶっ飛ばしてやるからな?」
「僕としては、邇邇芸さまをぶっ飛ばすのは気が引けるけど、親友の小子ちゃんが泣かされていたら、黙っていないからね?僕が【理の歴史書】に載ってる拷問道具を準備して、邇邇芸さまを泣かせてみせるわよ?」
「ちょっとやめてくれでゴザル!ぶっ飛ばされるのは物理的に防げても、拷問道具はやめてほしいのでゴザル!」
「冗談よ。何を慌てふためいているのかしら?それとも邇邇芸さまは、この先、小子ちゃんを泣かせるつもりなのかしら?」
「い、いや、そんなつもりはないでゴザルヨ?小子殿は、それがしのパートナーでゴザル。そのパートナーを泣かすつもりは毛頭ないでゴザルヨ?」
「おい、吉祥。しれっと、邇邇芸さまが年端のいかない少女をパートナーとか言い出したぞ?やっぱり、今の内にぶっ飛ばしておいたほうが良いよな?」
「ううん、悩ましいところね。小子ちゃんは今年で14歳よね?嫁ぐには立派な大人の年齢よ?だから、小子ちゃんが良いって言うなら、ぶっ飛ばせないわね?」
「あたし、一緒になるひとが年上でも良いけど、ふた回り近くも上の見た目の邇邇芸さまはさすがに無理かもー。だって、下手したらお父さんよりも年上だよー?邇邇芸さま、いったい、何歳なのー?」
「う、うん?この身体のことでゴザルか?弟よ。それがしは何歳でゴザル?」
「兄者は今年で38歳なのでごわす。ゆえに小子殿とは24歳差でごわすな」
「よっし。邇邇芸さまは、小子ちゃんの守備範囲外ってことだな?それなのに、一生のパートナーとか言い出してんのか。吉祥。許可をくれ!」
「良いわよ。万福丸。邇邇芸さまをぶっ飛ばして?」
万福丸は、よっしゃあああ!と声をあげて、神気を発し、神力へと変換し、己の理を口にする。
【喰らう】
彼が力ある言葉を声にすると同時に銀色の手甲が右腕に具現化する。そして、彼は右腕を引き絞り、さらに【理】を口にする。
【流す】
その言葉を発したと同時に彼の右腕に巻き付く赤黒い神蝕の証が明滅を繰り返す。
「な、なんでゴザル!?なぜ、1柱でふたつも【理】を持っているのでゴザル!?」
邇邇芸は驚きの表情を顔に作る。そのため、防御に移る行動を遅らせてしまったのだった。
「よっしゃあああ!邇邇芸さま、俺の真の力を味わいやがれ!」
万福丸が前方に突き出した右の手のひらから、豪快な水流が具現化されるのであった。