ー改変の章10- 【色】
「うん?天手力男神よ。貴様、今、現世のニンゲンと合一を果たすと言わなかったであるか?」
「おうおうおう。そうなのでもうす。建御名方が現世で受肉を果たしたのでもうす。本来なら、建御雷が出向かなければならないはずなのでもうすが、また、今回もあいつは腹が痛い!持病の水虫がうずく!ってわめきだしたのでもうす」
「そういえば、大昔にそんな出来事があったのである。建御名方を実際に諏訪湖までふっ飛ばしたのは貴様であるのに、最後は建御雷が功を掻っ攫って行ったのである」
「そう、それでもうすよ!あの後、あまりにも腹が立ったので、建御雷をふるぼっこにしてやったのでもうす!しかし、あいつ、反省してないのでもうす。また、我輩を騙そうとしているのに違いないのでもうす!」
「神づきあいが良すぎなのである、貴様は。で?次こそは存在そのものを無に帰すつもりなのであるか?」
波旬の問いかけに、天手力男神は、はあああと深いため息をつく。
「そう事は単純ではないのでもうす。伊弉冉が受肉した土地の近くに建御名方が奉じられていたのでもうす。あいつは伊弉冉の影響をモロに受けているようなのでもうす。だから、我輩がどうなっているのかを確認しにいく流れになっているのでもうす」
「ふむ。なるほどなのである。伊弉冉が契約をかわした男も元は甲斐の国、そして諏訪もまた、その男の手により支配地にしていたのである。だから、建御名方は伊弉冉の支配下に置かれたと推測できるのである」
ん?甲斐の国の男?そして、諏訪を手に入れている?それってもしかして、もしかすると?と想う信長である。
「貴様の考えは正しいのである。伊弉冉が現世で受肉を果たしたのは、甲斐の国で産まれ堕ちた【武田信玄】の存在があってこそなのである」
(えええ!ちょっと、どういうことですか!先生は元から第六天魔王信長と名乗っていましたけど、信玄くんは確か、なんでしったっけ。忘れてしまいました。てへぺろ!)
「わからぬのなら、いちいちツッコミを入れるのではないのである。かの信玄はそもそもが神代の時代から連綿と続く大神の血筋の末裔なのである。しかし、帝とは違い、大神の血は代を重ねる内にかなり薄くなっていたのである」
信長は想う。現代における足利家や武田家は元々は源氏でしたよね?。源氏の源泉は帝の血筋と同じです。その子孫たちが降格され、ひのもとの国の各地に散らばったのが、ひのもとの国の歴史です。そう考えると、先生の血筋は平氏ですよ?平氏もまた、源泉は帝の血筋でしたよね?あれ?ってことは、先生もまた、伊弉冉が受肉できる血筋であったということなんでしょうか?
「貴様が想っているとおりなのである。だが、ニンゲンには【魂の色】と言うものがある。【魂の色】は大神との繋がりにとって重要な【理】なのである。貴様の【魂の色】はまさに【欲望】なのである。だから、貴様は我に選ばれたのである」
(ふむふむ。なるほどなるほど。では、信玄くんの魂の色?と言うものが帝の血筋においても、伊弉冉と同質のものだったと言うことですか?」
「そうなのである。信玄の魂の色は【奪う】だったのである。伊弉冉もまた【奪う】が【理】なのである。だからこそ、伊弉冉は受肉する際に信玄と契約をかわしたのである」
うん、よくわかりません。それが信長の感想であった。波旬は想わず、ぐっ!と唸る。
「ガハハッ!我輩、さっぱりわからないのでもうす。とりあえず、武田信玄というニンゲンが伊弉冉と契約をかわして合一を果たしたと考えておけば良いのでもうすか?」
「それで間違ってないのである。馬鹿を相手に理屈を説明した時点で、時間の無駄だと言うことに気付かなかった我の失敗なのである」
(波旬くん。お母さんに言われませんでした?頭の悪いひとは、ひとに説明をするのがすごく下手くそなんですよ?本当に頭の良いひとは誰に対しても、わかりやすい説明をするんです)
くっ!こいつ、本当に減らず口を叩きまくるのである!
「まあ、おかげさまで知りたいことはわかったのでもうす。神界に帰ったら、天照さまに報告しておくのでもうす」
ここまで来て、信長は、うん?おかしいですね?と気付くことがある。
(あの、波旬くん。ちょっと良いですか?何で天手力男神くんは天照【さま】なのに、伊弉冉に対しては呼び捨てなんですか?伊弉冉くんは創造神ですよね?天照くんより身分?が高いように思えるのですが?)
「ふむ。さすがは我が選んだニンゲンなのである。そこに気付くとは想わなかったのである。はて、どう説明したものかである」
「ん?どうしたでもうすか?また見えないお友達が話しかけてきたでもうすか?」
「ああ。貴様が天照を【さま】付けして、伊弉冉を呼び捨てしていることに、我と合一を果たしたニンゲンが不思議がっているのである」
「ああ、そんなことでもうすか。ニンゲンにわかりやすく言えば、イニシエの大神は伊弉冉が嫌いなのでもうす」
(ちょっと!好き嫌いで呼び捨てにするのは、イジメだと想うんですが?先生、イジメは嫌いです。イジメ、恰好悪い!)
「おい。間違ってはないが、貴様の説明が簡単すぎるのである。もう少し、ちゃんと説明しろなのである」
波旬の言いにさもめんどくさそうな顔をする天手力男神である。
「はいはい。わかりましたでもうす。ったく、めんどくさいニンゲンと合一したものでもうす。そもそもとして、我輩たちイニシエの大神は【善】と【悪】の色を持っているのでもうす」
善と悪?いまいちぴんとこない概念のような話ですね?と想う信長である。
「【善】と【悪】と言う表現がわからないとニンゲンは言っているのである」
波旬の通訳により、天手力男神は、はあああと深いため息をつく。
「それなら【祝い】と【呪い】の色を持っていると言ったほうが良かったのでもうす。そもそもとして、イニシエの大神のほとんどは【祝い】の色に属しているのでもうす。だが、伊弉冉を含めて【呪い】の色に属している大神もいるのでもうす。天照さまは【祝い】の色であり、我輩もまた【祝い】の色なのでもうす」
(うーん。なんとなく違いが分かった気がします。そもそもとして、相反する大神であるわけなのですね?)
「と言っているのである。補足をすると我は【欲望】を司ると同時に【祝い】の大神なのである」
(へ?波旬くん、あなた、どこからどう見ても、悪の権化でしょ?何を自分は色男みたいな言い方をしているんです?いくら、先生と瓜二つだからと言って、言って良いことと悪いことがありますよ?)
信長の言いに想わず、手にした湯飲み茶碗をグシャッと握りつぶす、波旬であった。