ー改変の章 1- 契約
ああ。天下を取りたかったのだわい。わしの命があと10年もてば、必ずや、このひのもとの国を治める将軍となれたのだわい。これ以上に口惜しいことはないのだわい。
「山県、京の都の入り口の瀬田に我が武田家の旗を立てよ!そして、天下は武田家が手中に収めたことを宣言するのだわい!」
ふっ。なんたる未練がましいことなのだわい。今更、瀬田に武田家の旗を立てたところでどうなると言うのだわい。ああ。若さがほしいのだわい。10年、いや、20年前の姿になりたいのだわい。そうすれば、全てをわしの好き放題にできるのだわい。
いかん。段々、意識が遠のいていくのだわい。これが死に至る道だとでも言うのかだわい。ああ、日差しが暖かいのだわい。いつの間にか春がやってきていたのかだわい。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。さらばなのだわい。わしは浄土にて、武田家の栄達をみまもるのだ、わ、い」
ふっ。最後の最後に良い言葉を残せたものだわい。色々とあったが、これはこれで満足なのだわい。
「ホントウニ、アナタハ、ソウオモッテイマスカ?」
ん?なんだわい。今まさに黄泉路へと旅立とうとしている、わしに何か用かだわい?
「ワタシガ、アナタニ、イノチヲアタエルといえばアナタハどうしますか?」
命を与える?こいつ、一体、何を言っているのだわい。そんなことが出来るのは神以外には存在しないのだわい。
「ワタシハいにしえの大神デス。コノコトバガとどくものにはワタシノチカラノいちぶを与える資格を有してイマス」
いにしえの大神?本当にこいつは何を言っているのだわい?
「あなたはひとことだけ唱えれば、ワタシノチカラガあなたへとそそがれていきます。それであなたはあたらしいチカラを手に入れることがデキマス」
ははっ。まるで悪魔の囁きの如きだわい。わしに畜生道へと堕ちろとでも言うのかだわい!
「イイエ。あなたはワタシノチカラを受け取り、この世界の帝となることがデキマス。ソウ。アナタガひとこと唱えれば」
唱える?唱えるとはなんじゃい。
「コノ国の命を1日500奪うノデス。2日で1000奪うノデス。10日で5000奪うノデス」
ははっ。まるで会話にならないのだわい。しかも1日に500人の命を奪うとはどういうことじゃわい。これでは、わしは恐怖の大魔王になってしまうのだわい。この国を手に入れたところで、命が残らなければ何もならないのだわい。
「アンシンしてください。我が夫が1日に1000の命を産みだします。2日で2000の命を産みだします。10日で1万の命を産みだします」
なるほどなのだわい。それなら安心なのだわい。わしが治める国からひとがいなくなる心配はなくなったのだわい。
「では、契約をシマショウ。あなたはひとこと【奪う】と唱えてクダサイ。そうすれば、ワタシノチカラを分け与えます」
ふむ。そんな簡単なことでいいのかだわい。どれ、ちょっと待っておれなのだわい。
「【奪う】のだわい」
1573年4月12日。ひのもとの国で、ある男の命が消えかけていた。しかし、その男は死に際に言った。
【奪う】
この瞬間、世界は大改変の渦に巻き込まれることとなる。
「な、なんだでごじゃる!急に空が暗くなってきたでごじゃる!しかも、すごい突風が吹き荒れているのでごじゃる。春一番と言えども、ここまでの突風は吹き荒れないでごじゃる!」
「ええい。内藤殿、落ち着くでござる。馬が暴れ出さぬよう、各部隊に指示を飛ばすでござる!ええい、山県よ。殿が亡くなったからと言って、泣いている場合ではないでござる」
「ううう。殿。殿おおおおおお!」
「み、皆さん。た、大変なのでございます!太陽が何かに覆われていくのでございます。あああ。太陽が見えなくなってしまうのでございます!」
高坂昌信は太陽を指さしていた。その太陽は最初、少し、欠けていくように見えたが、今は空にぽっかりと穴が開いたかのように、周辺を銀色の輪の光を残し、黒く変色していたのである。
この黒い太陽はこの地より遠き、京の都においても確認されることになる。
「へえええ。あれが噂の【朔】ですかあ。先生、生きているうちにあんな見事な朔を見れるとは想わなかったですよ?」
「御父・信長殿。何を悠長なことを言っているのでおじゃる。このひのもとの国では朔は凶事の前触れと言われているのでおじゃる。きっと、何か恐ろしいことが起きる前兆なのでおじゃる」
「そうなんですか?将軍さま。そんなのただの迷信でしょう?朝廷の陰陽師たちに聞いたことがありますけど、あれは太陽と何かが重なって出来ると言っていましたよ?でも、おかしいんですよね。次の完全な朔は60年後辺りだと聞いていたんですが?」
信長はのんびりと朔を見物していると、そこに血相を変えた彼の家臣である村井貞勝が飛び込んでくる。
「た、大変なのじゃ!殿。摂津国の周辺で大軍勢が現れたのじゃ!」
「またまたあ。貞勝くんは何を言っているんですか?4月1日はもう10日も前に終わっていますよ?嘘を言うのなら、もっとわかりにくい嘘を言ってほしいところですね?」
「嘘ではないなのじゃ!しかも、それはひとの姿ではないのじゃ!ドクロ姿の何かが鎧兜を着込んでいるのじゃ!」
「はあ?貞勝くん、働き過ぎて、とうとう頭がおかしくなってしまいましたか?まるで死人が蘇って、大軍勢となって、ここ京の都へと押し寄せているとでも言いたいのですか?」
「そうなのじゃ。まさに殿の言う通りなのじゃ!すぐにでも京の都周辺に待機させている織田家の兵力をかき集めるのじゃ!そうしなければ、京の都は未曾有の大混乱に陥るのじゃ!」
貞勝の必死の言いに信長がふむと息をつく。彼を見た感じ、嘘をついてるとは想えない。なら、本当に、ドクロ姿の何か得体の知れないものが、この京の都を目指しているのですか?と信長は想うのである。
「貞勝くん。わかりました。では、今すぐに動ける将を参集させてください。のぶもりもりや勝家くん、それに一益くんなどの主力は尾張と岐阜ですが、若手の中で使える者たちがいるでしょう」
「わ、わかったのじゃ。今すぐにかき集めてくるのじゃ!」
貞勝はそう言い残し、部屋から飛び出していく。それから30分後にようやく織田家の若手の将と1万の兵が二条の城にかき集められることとなる。
「さて、皆さん。お集まりのところ、すいませんが、貞勝くんがドクロ姿の何か得体の知れないものが大軍勢で京の都に接近中とのことです。そこで、佐久間盛政くんと加藤清正くん、そして福島正則くんにそれぞれ兵を1000ずつ率いてもらって、斥候してきてくれませんかね?」
「はっ。わかりましたのでございます。もし、ドクロ姿の何かではなく、一向宗たちだったら、どうすればいいのでございますか?」
盛政がそう信長に質問をする。
「うーん。蹴散らせそうな数だったら、皆殺しにしてきて構いませんよ?でも、本当にドクロ姿の何かであれば、無闇に戦闘を行わずに数だけ確認して、戻って来てくれませんか?」