4章 少女の涙
私の記憶が戻った。谷本百合。転校してきた子。杉田にズッキーニにあだ名をつけた子。私と同じくらいかくれんぼがうまかった子。井戸で死んだ子。そして目の前にいる王茂子子と名乗る子。全て同一人物だったのか。
急にラジオの音声が脳裏に再生された。
(…ザザザ…ま……ザザ…って…た……ザザザ…よ…ザザザ…おか……ザ…えり…プツン)
つまりこのことか。
急に少女は森の中に入って行った。
「紗季。あんまり気が乗らないけどさ。井戸の中見に行ってみない」
「やだ」
「でもあいつらが気になるだろ。それに車の中で言っただろう。必ずお前を守るから」
怯えたような顔でゆっくりうなずいた。
何本の木を通り抜けていく。そして恐る恐る井戸の方へ向かう。
ついに私たちは井戸の前に着いた。
そこにあったのは手足や下半身、上半身バラバラの三人が沈んでいた。服は身に付けたままだった。三人の頭が目を開けてこちらを見ている。
そして水面に少女の顔が浮かんだ。
私は急に紗季を横に突き飛ばした。
「痛いわ。谷本さん、待って」
「私が死んだのはこの井戸よ」
やはり否定はしない。谷本百合、君だったのか。
「谷本さん、あんなこと言ってごめんなさい」
「いいのよ、それが宿命なのだもん。あなたが赤子の時に言ったでしょ」
谷本さんは彼女の赤目を指さして言う。
「あんたのその目、私との約束の印なんだから」
「あっ……」
「やっと思い出したの。私と交わした約束を言いなさい」
「私が謝るから。私があんたを水が入ってない井戸の中に隠れたら見つからないって言ったわ。ばれないように何が起きても隠れてって言ったわ。しょうがないじゃない、雨が降ったのが悪いんだから」
「そうじゃない。あんたは私に言ったわ。約束に気が付かずにね」
「ええ……。だってあなただとは思わなかったから」
そう言った彼女は笑顔だった。なんか怖い。こんな怖い状況で笑うなんて。
「彼もいつの間にかあんたのことを川島さんから紗季って言ってたわよ。相当好きなんだね。私よりも……」
そういえば車に乗っている時から心の中で「紗季」って呼んでいた気がする。
「そうよね?私とあなたの約束言うわ。もし私が好きな人ができた時、その人を同じくらい好む他の人がいたのだとするなら私の手でその人を殺しなさい。それが私たちの約束。ごめんね、名人。いや、正也君」
彼女は私を井戸に突き落とした。
「みーつけた」
井戸の方からさっきまでの少女の声とは違い不気味な声がしたかと思ったら、水面から白い手が出て両肩を掴まれた。そのまま力強く引っ張られて水面に入って行く。
私は奴らと同じ目になってしまうのだろうか。
私は目が覚めた。御賽銭の前で寝ていたようだ。周りには水に入ってた島崎さんと大仏とズッキーニがいた。どうやら雨で少し濡れたようだった。
近くで鼻をすする音が聞こえた。そこには紗季がいた。小さな声で「ごめんなさい」ってつぶやいていた。その謝罪の相手は谷本さんか、今寝ている三人か、それとも私か。そんなことはどうでもよい。
彼女の隣に座って頭をなでてやる。水を浸した米に手を突っ込むかのような感覚だった。
「ごめんな。お前のこと、何も知らなくて……」
彼女は私の顔を見た。泣いてる。
「同じ夢を見たのね。謝らないで。悪いのは私なんだから」
彼女は何か欠けてる。
「紗季。もう泣くな。俺はお前が笑ってくれてさえいればそれでいい。たとえ……」
赤目でも……と続けようとしたが、彼女の今の目は黒かった。
「何よ。……でもありがとう。やっぱり私は……」
彼女の声が小さかったから最後は聞きとれなかった。だが笑顔でこちらを見ていた。
「あらあら、うさぎちゃん。ラブラブだね?」
「おい、やめてやれよ。島崎……ん?紗季?黒目になってるぞ」
「ほんとだ?」
目が覚めて茶化そうとしていた、彼らも驚いていた。
「私はラブラブは否定しないもん。だって私は彼と結婚するから」
「え?俺と……」
「ダメかな?」
正直、俺は良かった。
「じゃあ、あそこに行かないとね。谷本百合さんの墓場みたいな場所」
「うん。そういや、あの子白いワンピースだったな。そして川島の目が赤から黒くなった。これなんかの縁だな」
島崎さんが言った後にズッキーニがそう言う。
「巫女の縁ですね。赤と白ですから」
大仏がそう言う。確かにな。
「おや、名誉挽回か」
「ズッキーニさん。神社では静かにするのが礼儀ですよ」
「うわ。出た。大仏の何気ないお告げ……」
そういや、私たちはなぜあそこで寝ていたのだろう。そんなことはここにいる誰もが知らない。ただ私たちがやることは。待ってる彼女に会いに行くだけだ。
私たち五人は大きな木を通り抜けて彼女の死んだ井戸に来た。それは夢にも出てきた灰色の井戸の上に重いおもりの蓋に小さな赤い賽銭箱があった。その井戸を挟むかのように赤い鳥居がそこにあった。横には茶色い看板に注意事項と共に谷本百合の死去について軽く書かれていた。彼女は「隠れ少女」と呼ばれるらしい。
私たちは二回お辞儀する。五円玉をそれぞれ御賽銭に入れる。目をつぶって手を一回叩く。そのときだった。
「みんな、ありがとう。みんなの顔が見れてよかった。また来てくれるとうれしいな」
私は目を開けた。そこには谷本百合さんが白いワンピースを着てこちらを見ていた。
「みんな、好きだよ。だから忘れないでね。それと正也君、紗季ちゃんをよろしくね」
彼女の体が消えていく。白い光が空に上がっていく。
「あぁ、必ず会いに行くよ」とズッキーニ。
「私の神社にいつでもおいで。話し相手になってやるよ」と大仏。
「悪い幽霊見つけたら私のところにいつでも来な。やっつけてやる」と島崎さん。
「ごめんね。百合ちゃん。私もあんたのことが好きだった」と紗季。
みんなにも見えているようだ。彼女を見てそれぞれ言ってる。彼女は聞きながら目から一筋の涙を流している。体が動かない。抱きしめてやりたい。辛かったんだろう。だから私はこう言う。
「百合、私はお前が好きだ。いつでも会いに来る。だから泣くな。笑え!!」
彼女は袖で自分の顔を拭いた。
「そうだよね。……みんな、ありがとう」
彼女は笑った。その瞬間、光と共に消え去ってしまった。これが彼女と最後に会う瞬間だった。
体が自由に動けるようになった。私たちはその場で立ってお辞儀をした。また鳥居の前でもお辞儀をした。
大きな木を通り抜け。寝ていた場所に戻ってくる。
二十段の階段を降り、車に乗る。
私たちはその後、それぞれの家に帰って行くのだった。




