父さん
「伯父さん?どうしたの?」
私が伯父さんにそう尋ねるのを、伯父さんは急いで遮った。
「エミリア!開けてくれ!」
「えっ!?でも…咳が……」
私がドアを開けるのをためらっていると、伯父さんが言った。
「それどころじゃない!!大変なんだ、アルフレドが!!!」
「父さん!?」
アルフレドは父さんの名前だ。大変って何があったの?父さん……。
私は玄関のドアを開けた。そこには、急いで走ってきたのか汗をかいて肩で息をしている伯父さんが立っていた。
「伯父さん、父さんがどうしたの!?父さんの身に何かあったの!?」
「良いか、エミリア。落ち着いて聞いてほしい」
私は伯父さんの様子から、父さんに何か良くない事が起こったのを察した。
「……分かった」
そう返事をしたけど、落ち着いて聞ける訳がない。表面上は落ち着いてる様に見えるかもしれないけど、内心は胸がざわめいている。
「アルフレドの乗っていた船が消息を絶った。今、消息不明な状態だ。アルフレドも…。生きているのか分からん……」
「…………そう……なんだ……」
聞いた言葉が衝撃的すぎて、上手く頭が回らない。
父さんがどうしたって?船が何だって?
「また何か分かり次第、連絡する」
「……………分かった……」
「大丈夫か?エミリア。オレはこれから店に戻らなくちゃならんのだが…。ここにニルダを寄越そうか?」
「……ううん、いいや…。伯父さん、ありがとね。でも、1人にしてほしいの……」
「そうか。分かった」
伯父さんは心配そうに私を見ていたけど、私の意思を尊重してくれた。
「じゃあな。無理だとは思うが、あまり気落ちしないようにな」
伯父さんは来た時と同じ様に急いで帰って行った。ぼんやりと伯父さんを見送った後、バタンと玄関を閉めた。そして、伯父さんに言われた事を反芻した。
「船が消息不明?父さんも行方不明?」
いきなりこんな事を聞かされたって、全く実感がわかない。だって、父さんが乗った船はまだどこかにあるんでしょう?父さんだって、どこかにいるんでしょう?
私はぼんやりとした頭でそんな事を考えていた。
どのくらいそうしていたんだろう。ずっと呆然としていたから、時間の感覚がなくなっていたんだけど、ガタンという音がして、私はハッとした。
「誰?」
「オレだ」
「……ああ、貴方か」
と言って、更にハッとした。覚醒した。現実に引き戻された。
「ごめんなさい。ずっと1人にしていて」
看病しているところだったのに、ほったらかしにしてしまった。私は申し訳なく思った。けど、男の人は首を横に振った。
「いや、大丈夫だ」
「具合はどうですか?お腹は空いてませんか?」
「具合は良くなった。腹は空いてない。だが、喉が渇いた」
「すぐに水を用意します!」
何て事だ。急いで用意しなくちゃ。
「いや、台所を教えて貰えれば自分で用意する」
そう言った男の人の手には、パン粥と一緒に置いておいたコップが握られていた。
「ダメです!寝てて下さい!」
「大丈夫だ」
「ダメです!!」
私の声は叫び声の様だった。
「ダメ!お願いだから寝てて!じゃないと…。失いたくないの!!お願い!!」
私の心は無茶苦茶だった。
必死に『失いたくない』と叫んだけど、失いたくないのは誰?母さん?父さん?私の目の前にいるこの人?
この人を誰と混同しているの?母さん?父さん?
この人は母さんとは違うのに、それでも母さんとこの人を重ねてしまう。
この人は父さんとは違うのに、それでも『失いたくない』と叫んでしまう。
いなくならないで!お願いだから。私がちゃんと看病するから。だから、元気になって!
いなくならないで!お願いだから。父さんがいなくなったら、嫌だよ。私の側にちゃんと帰って来て!
「分かった。大人しく寝ている」
私はうつむいていた顔を上げて、ぽつりとお礼を言った。
「ありがとう…」
男の人が部屋に戻って行くのを見送って、私は受け取ったコップを持って台所へ向かった。コップに水を入れ、父さんの部屋に戻る。
部屋に入ると、男の人にお礼を言われた。
「ありがとう」
その姿が、母さんとダブって見えた。姿は全然違うのにね。
私は泣きそうになるのをこらえ、うつむきながら、コップを手渡した。
「どうぞ」
「ああ」
ゴクゴクと水を飲む音が聞こえてきたと思ったら、すぐにコトンとコップを置いた音が聞こえた。
その後、静かな声が降ってきた。
「大丈夫か?さっきから様子がおかしいが。オレの風邪がうつったのか?」
「いいえ!風邪はうつってません!」
「では、何だ?さっきの来客か?嫌がらせをされたのか?だとしたら、お礼としてオレが懲らしめておいてやろう」
「いえいえ!違います!さっきの来客は私の伯父さんです。良い人ですから!嫌がらせなんてされてませんから!」
「そうか。では何だ?良ければ話を聞こう。話したくなければ、それでも良いが」
気遣うように言われた言葉に、私の心は限界を超えた。今まで飽和状態だったのが、パチンと弾けた。
話したくないって気持ちもある。口に出したら、本当の事なんだって現実の事なんだって、認めてしまうようで。怖いのだ。
でも、心が叫ぶのだ。話を聞いて貰えと。そして、泣いてしまえと。
だから、心がパチンと弾けるのと同時に涙腺も決壊した。
ポロポロポロ……と次々と涙が落ちていく。その時、頭に手が置かれ、優しく撫でられた。
ーああ。もうダメだ。
「父さんっ!!」
父さんじゃないのは分かっている。分かってはいるんだけど、頭の撫で方が父さんにそっくりだったから。だから、私は男の人の胸に飛び込んでしまったのだ。
「父さん!父さん!いなくならないで!父さんまで失いたくないよ。私のところに、この家に帰って来てぇ〜〜〜」
気がつくと、私は男の人に抱きつきながら、わんわん泣いていた。その間、男の人は私の好きにさせてくれていた。