第11章10話 勝利は犠牲の上に
魔王は空中に静止し、エッダを正面に据えてマントをはためかせる。標的が動きを止めたことで、エッダも動きを止め、紫色の瞳と黄色く輝く目が睨み合った。一瞬の沈黙を挟んで、エッダは躊躇なく魔王に殴りかかる。
「フン、数百年ぶりに蘇ったエッダの最初の獲物が、魔王である我とはな」
水しぶきを纏い迫り来るエッダの拳を前に、そう呟く魔王。彼はエッダの拳が押し退ける風を肌で感じたところで、翼を羽ばたかせ上昇した。そしてそのまま、空振りするエッダを飛び越え、エッダの背後を取る。
エッダも負けじと、巨体とは思えぬ速さで振り返り、再び拳を振った。魔王はため息混じりに言う。
「エッダよ、魔界を守るため破壊の限りを尽くすのが、お主の存在意義であろう」
ヴァダルに操られ魔界を破壊しようとするネメシスゴーレム。なんとも空虚なものだ。魔王は宙返りでエッダの拳を避け、エッダの拳に立ってみせると、腕を突き出した。
「ヴァダルの操り人形となったお主に、もはや存在意義はない」
冷酷な言葉とともに、雨を凍らせ鋭利な氷柱を作り出し、または雨粒を集め高速回転させ、それらをエッダの顔にぶつけた魔王。エッダは堪らず退く。
ただ、腐ってもネメシスゴーレムだ。魔王の攻撃魔法を受けたところで、エッダは少しだけへこんだ顔を魔王に向け、魔王の立つ拳を振る。攻撃魔法が効かぬのは想定内。今の魔力ではこの程度の威力が妥当だ。
魔王はエッダから少しだけ距離を取り、エッダの背後に視線をやってニタリと笑った。エッダの背後の森から、青い光を放つ2つの飛行魔機が飛び立ったのである。
《よお魔王様! ベンの奴が、スタリオンで勇者さんたちを回収しに行った。俺は魔王様を援護してやる!》
魔力を応用した無線を通し、魔王の耳に届いたマットの報告。1機の飛行魔機――スタリオンは魔王とエッダを横目に、アルイム神殿へと向かう。そしてもう1機の飛行魔機――オーカサーバーは、機首をこちらに向けていた。
スタリオンの倍の大きさの機体、用途は爆撃機というオーカサーバーによる援護。魔王は言葉を魔力に乗せ、オーカサーバーを操縦する獣人化したマットに問いかけた。
「爆撃機のオーカサーバーで援護など、できるのか?」
《何言ってやがる! 俺だぞ俺!》
「すまぬ、愚問であったな」
世界でも数少ない飛行魔機の操縦士。その中でも最も飛行時間が長いであろうマットだ。彼の腕の良さは魔王も知っている。乗機が爆撃機であろうと、心配は無用である。
マットの操縦するオーカサーバーは、エンジン出力を最大にし、エッダの真横を飛び抜け、旋回し再びエッダに突撃する。これにエッダは反応し、拳を振るった。だが、オーカサーバーは危なげなくエッダの攻撃を回避する。
《ネメシスゴーレムで最も俊敏? これなら俺のばあちゃんの方がよっぽど俊敏だぜ》
冗談を口にし、エッダをからかうマット。この間に魔王は地面すれすれを飛び、エッダが巻き上げた泥に触れ、土魔法を発動、数え切れぬほどのソイルニードルがエッダに突き刺さった。
大きな傷はつかずとも、針山に刺されたエッダはしばし動きを止める。動きを止めたエッダだが、その肩や背中は独自に稼働し、体内からおびただしい数の突起が姿を現した。
《あん? あいつ何してやがるんだ?》
「気をつけろ! エッダの魔法弾幕だ!」
祖父——大魔王から魔王が聞いた話。エッダの特徴は俊敏性だけでなく、優れた対空戦闘能力を持ち、ドレイクすらも叩き落とす攻撃魔法を備えているという。
大魔王の話の通りだった。エッダの肩や背中の突起は全て輝き、そこから緑色の光線が放たれたのである。光線は機織り機に張られた経糸のように空を切り、魔王たちを襲う。
《ヘッヘッヘ、危ねえじゃねえかこの野郎!》
光線の合間を縫い、辛くも命を繋いだ魔王とマット。この幸運も、光線の弾幕の前では長くは続くまい。圧倒的不利な状況に立たされた魔王とマットだが、そこにベンから朗報が届けられた。
《こちらスタリオン、勇者さんたちは無事に回収した! パンプキンもおる! 撤収するぞ!》
ベンとヤクモたちの戦いは終わったのだ。遠ざかるスタリオンを見て、魔王もマットに指示を下す。
「戦いは終わりだ。我らも帰るぞ」
《そうしてえところだが、エッダの野郎は魔王様にぞっこん。簡単に帰しちゃくれねえみてえだぞ。うまく逃げても、エッダはどこまでも追ってくるぜ。ストーカーはラミー嬢ちゃんだけで十分だろ》
「そうであるな。では、倒すしかないか」
ネメシスゴーレムは任務を遂行するか、自らが壊されるまで、殺戮と破壊を止めない。一度動き出したエッダは、倒さねばならない。
「しかし、未だ魔力が足りない今、どうすれば――」
今の魔王の力では、エッダを倒すことは不可能。悩む魔王に答えを出したのはマットだ。
《俺が爆弾で吹っ飛ばしてやる!》
マットはそう叫んで、オーカサーバーを上昇させ、すぐに急降下し、積まれた爆弾のひとつを投下する。投下された爆弾はエッダに直撃、エッダの左腕の一部を損壊させた。
「ほお、爆弾には効果があるのか。マットよ! 全ての爆弾をエッダに投下するのだ!」
《了解! ヘッヘ、お祭りと行くぜ!》
さすがは異界の兵器である。マットの不始末がこのような形で功を奏すとは思いもしなかった魔王は、可笑しげに笑った。興奮さめやらぬマットは、オーカサーバーを再び上昇させ、2度目の爆撃の準備を開始する。
危機を感じたエッダも黙ってはいないようだ。エッダの肩や背中に生えた突起が、輝きだしたのである。
「魔法弾幕、来るぞ!」
忠告する魔王だったが、マットはどうしようもない。エッダの突起から光線が放たれ、オーカサーバーに殺到する。そして1本の光線が、オーカサーバーに傷をつけた。
《クソッ! やりやがったな!》
舌打ちをしたマットの怒号。だが、オーカサーバーは煙を吐きながらも、まだ空を飛んでいる。魔王はエッダにエクスプロを仕掛け、光線を止めさせると、オーカサーバを見上げて叫んだ。
「爆弾を投下しろ!」
《ダメだ! さっきの被弾で機体がイカレちまった! 爆弾投下は無理だ!》
悔しさと怒りが滲むマットの返答。それでも、ここでエッダを破壊しなければもうチャンスはない。魔王は迷わず次の指示を下す。
「では機体ごと突っ込め!」
魔王学曰く『魔王は魔界そのもの。魔王の死は魔界の死そのもの』である。魔王が死ねば魔界は滅ぶ。ならば、味方であろうとなんであろうと、魔王を守るための犠牲は必要不可欠。
当たり前のように魔王が言い放った『死ね』という命令。マットは大笑いし、いつもの横柄な態度で言った。
《ヘッヘッヘ、魔王様ならそう言いやがると思ったぜ。ま、魔王様がエッダを倒せねえ現状、魔王様を家に帰すにはそれしかねえ。他に解決法はねえよな》
魔族の一員であるマットは、魔王の命令の意味を十分に理解しているようだ。命知らずのマットが、今更になって自分の命を大事にするはずもない。魔界のために迷わず命を投げ捨てるマットに感心する魔王。マットはさらに言う。
《おっしゃ! 勇者でも魔王でもなく、たかが普通のガルム族、マット様の一世一代の大活躍、目ん玉に焼き付けやがれ!》
せっかくだから歴史に名を残してやる。そんな野望を胸に、操縦桿を強く握りしめ、オーカサーバーの機首をエッダに向けたマット。
《魔王様よ、ベンの野郎に伝えておけ。俺のスタリオン、ぶっ壊したら呪い殺してやるってな》
14年前のアルイムで出会い、今に至るまで共に生き続けた相棒への伝言。魔王はマットの伝言をしかと受け取った。
9個の爆弾を抱えたオーカサーバーは、エッダめがけて真っ逆さまに落ちていく。魔王はエッダが逃げぬよう、エッダの足元を氷魔法で凍らせた。ヴァダルに操られ、魔王に牙を剥き、存在意義を失ったエッダは、マットという一介の魔族に殺されようとしている。
《ここは誰も通さねえぜ! これが番犬の本領だ!》
魔王の耳に届いた、マットの最期の言葉。直後、マットの操縦するオーカサーバーはエッダに激突し、9個の爆弾が誘爆、マット諸共エッダは鮮烈な火球に包まれた。炎と衝撃の中、エッダの体は崩壊し、巨大な岩の破片として地面に散らばる。
マットの身を呈した攻撃によって、エッダは倒されたのだ。豪雨の中、耳をつんざくほどの爆音に鼓膜を震わせる魔王は、マットの戦果を黙って見つめ、目を細めるだけ。
「良い奴は早く死ぬ……か」
爆音は過ぎ去り、沈黙が訪れる。もう敵はいない。魔王はエッダの残骸に背を向け、スタリオンを追った。




