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魔王は魔王の座を目指す  作者: ぷっつぷ
第11章 アルイム神殿の戦い
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第11章9話 逃げるが勝ち

 魔王の登場。それはアルイム神殿前の戦闘を中断させ、そこにいる者たちの心に、あらゆる感情を呼び起こす。喜び、恐怖、熱狂、憤怒、畏怖――どの感情を抱くかは人それぞれだ。

 中でも、感情をむき出しにしたのがメイであった。彼女はルファールとの戦闘を忘れて、熱狂する心に全身を震わせ、切り傷から血を滲ませる。そして、顔に雨粒が当たることも気にせず、空を飛ぶ魔王を仰ぎ見て叫んだ。


「素晴らしい! 私は本当に大変なものを見てしまいました!」

「あら! メイちゃんが悶絶寸前だわ!」


 メイが熱狂すれば、モーティーも熱狂する。もはや2人は、ヤクモとルファールのことなど眼中になかった。こんな2人に魅入られて、魔王も苦笑いである。


 真の標的を見つけたエッダは、命令を遂行しようと、魔王めがけて大きく腕を振る。これに、魔王の腕にぶら下がるベンは目を瞑ったが、魔王は不敵に笑って、エッダの拳をなんなく避けた。攻撃が空振りに終わったエッダは、勢い余って魔王に背を向けてしまう。

 この隙をついて、魔王はヤクモのもとに降り立った。皆、魔王の登場に言葉を失い、戦うことも忘れている。ただし、ヤクモだけは口を尖がらせ、不機嫌そうに言った。


「遅い!」


 援軍に駆けつけた魔王に対する、ヤクモの第一声がこれである。魔王は思わず嫌味を返してしまった。


「貴様ならば、もう少しは耐えられると思っていたのだが」

「うるさい!」


 いつもの展開である。腕や足、肩から胸にかけて切り傷をつけたヤクモは、まだまだ元気そうだ。ヤクモは十分な力を残している、彼女はまだ戦えると、魔王は判断する。

 辺りを見渡せば、ルファールは血を垂らしながらもしっかりと地に立ち、ダートは起き上がってエッダに殺意を向けていた。マットも血塗られた牙をのぞかせ、笑っている。


 4人は無事だ。対して魔界軍兵士たちは、エッダの登場で気が抜けてしまった様子。グレイプニルは油断できぬが、あの4人ならば対処できる。エッダが再び攻撃を仕掛けてくる前に、魔王は指示を下した。


「ヤクモ、ルファール、ダート。お主らはここで敵を食い止め、スタリオンの到着を待つのだ。後にパンプキンも合流するだろう」

「はいはい、分かった」

「おいら、魔王様の、言う通りに、する!」

「任せろ」


 面倒そうな表情をするヤクモ、忠誠心を示すダート、冷酷に頷くルファール。魔王は不敵に笑ったまま、マットと、魔王に連れられ地面に降りたベンに顔を向けた。


「マットはベンを連れ、オーカサーバーまで走れ。ベンはスタリオンでヤクモたちを連れ撤退、マットはオーカサーバーを使って、スタリオンを護衛するのだ」

「おうよ!」

「わしに任せい!」


 ガルム族の番犬としてアルイム神殿を守り続けたマット。ドワーフ族の元生贄として魔王を祭壇に案内したベン。14年前の延長線上の戦いは、終わったのだ。

 これからマットとベンには、ウォレス・ファミリーに雇われた運び屋の操縦士として戦ってもらう。


「こちとら、そろそろ空飛びたくてウズウズしてんだ」

「わしも、スタリオンを心配しておったところじゃ。マット、わしを落とすなよ」

「落とされたくなきゃ、しっかり掴まることだな」


 冗談めいたことを口にできるほど、マットとベンは余裕を見せている。命知らずの魔族2人、魔王の部下にはあまりいなかったタイプだ。

 危機的状況からの撤退戦。死線を越えねばならぬ戦いではあるが、魔王たちはいつだって死線を越えてきた。ゆえに、この戦いは今までの戦いと変わりはしない。今まで通り、魔王が無事であればそれで良い。


 2つ目の魔力を取り戻し、撤退戦をはじめた魔王たち。状況は未だ魔王たちに不利であるが、魔王の魔力奪還を許したことに、ヴァダルは青白い顔を真っ赤にし、水晶を投げ捨て、大声で唾を撒き散らした。


「ルドラぁ! どこまで我輩を愚弄すれば気が済む! なぜ大人しく死なない!」


 怨嗟に満ち満ちたヴァダルの言葉を聞いて、魔王はため息をつく。ヴァダルはなぜ気づかないのだろうか。


「ヴァダル、お主は詰めが甘い。とても魔界の王を名乗るにふさわしくない、愚か者だ」

「ルドラ程度の小物がぁ、我輩を愚か者だと?! 生意気なルドラめぇ! エッダ! ルドラを殺せぇ!」


 その他力本願がヴァダルの愚かな部分だと、魔王は心の中で指摘する。指導者とは確かに部下に指示を下す立場だ。だが、指示を下す時点で、それは指導者の行いなのだ。これが分からぬ限り、ヴァダルに魔王の座はふさわしくない。

 そもそも『魔王たるべき者、生まれた時から、死する時まで魔王でなくてはならない』のだ。生まれた時から魔王を意識したことのないヴァダルに、魔王の座など務まるはずがない。


「魔王の座は、我にこそふさわしい」


 豪雨を払うかのように、腹の底からはっきりとそう言った魔王。すでにエッダは戦闘態勢を整え、再び魔王に殴りかかろうとしていた。魔王は翼を広げ、空に浮かび上がると、マットに厳命する。


「マットよ、ベンを連れ、誰にも構わず森を駆けろ」

「言われなくても分かってるぜ! 尻尾追いかけるようなもんだろ!」


 灰色がかった毛並みを雨で濡らしたマットは、本来の犬の姿のまま、尻尾を激しく揺らし、ベンを背中に乗せニタリと笑う。笑って、すぐさま愛機の元へ向かうため、森に駆け出した。

 マットが駆けると、魔王は森を眼下に空を舞う。魔王の相手はエッダだ。魔王を標的とするエッダを、少しでも戦場から遠ざけるのが魔王の役目だ。


 エッダをおびき寄せようと空を飛ぶ魔王、森を駆けるマット。彼らの背中を見て、メイとモーティーは顔を合わせる。


「モーティーさん、行きましょう。魔王様の美しい芸術、見逃せません」

「あちきはいつも、メイちゃんに付いて行くだけよ」


 魔王に魅入っていようが、なんであろうが、グレイプニルの任務は魔王を殺すこと。メイとモーティーは魔王たちを追うため、森に向かおうとする。

 ところが、魔王に魅入ってしまったメイとモーティーは、忘れ去っていた2人の女性に邪魔をされてしまった。魔王を追うため森に向かったメイとモーティーの前に、ヤクモとルファールが立ちはだかったのである。


「待ちなさいよ、オカマ妖精。私の力強い匂い、好きなんでしょ」

「メイ・エルフィン、私の敵はお前だったはずだ」


 臆することなく、堂々とした佇まいのヤクモとルファール。グレイプニルを前にして、これだけの態度を示せる者はそういない。


「あら、本当に怖い人たち。仕方ありませんね」

「も~う、勇者ちゃんったら物好きぃ」


 この瞬間、メイはルファールを、モーティーはヤクモを好敵手と認めた。2人は武器を手に、ヤクモとルファールに飛びかかる。ヤクモとルファールも、剣を握りグレイプニルの攻撃を受け止めた。

 終わりの見えない戦いの再開。事実上、魔王追撃を止めてしまったグレイプニルに、アイレーは怒り心頭である。


「まったく! これだからお姉さまは困ります! あなたたち、ヴァダル陛下のためにも、魔王様を追いなさい!」


 グレイプニルがダメというなら、魔界軍兵士を使うまで。金切り声のようなアイレーの指示に、魔界軍兵士たちは気を取り直し、気勢を上げた。


「行くぞ! これ以上ヴァダル様を失望させるな!」


 剣、槍、棍棒を掲げ、魔王を追って森に駆け出す約100人の魔界軍兵士たち。しかし、彼らの相手は魔王ではない。魔王の忠実な僕、ダートである。


「魔王様、おいら、守る」


 魔王に対する忠誠心を胸に、土属性魔法を発動し、魔界軍兵士たちに殴りかかったダート。魔界軍兵士たちは、たった1人のゴーレム族を前にして、一歩も魔王たちに近づけない。


「ダート……! 鈍臭いボケ男が、何の取り柄もない能無しが、蛮族が、わたくしたちを邪魔するなんて……! 許さない! 許さない許さない許さない!」


 怒りが限界に達し、地団駄を踏みながら、アイレーは車の中で暴れ回る。隣ではヴァダルが護衛の兵士に罵詈雑言を浴びせていた。


 アルイム神殿に入る際と同じである。ヤクモたちがグレイプニルや魔界兵を抑え、魔王を追う者は1人としていない。いや、今回は違う。魔王にもエッダという敵がいるのだ。

 エッダの最優先目標は魔王であり、魔王を殺すまでエッダは止まらない。だからこそエッダは、魔王を追ってアルイム神殿前を離れた。そしてこれは、魔王の狙い通りであったのである。

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