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魔王は魔王の座を目指す  作者: ぷっつぷ
第11章 アルイム神殿の戦い
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第11章6話 神殿内部

 一歩を進むたび、体全体で神殿内部に溜まった空気を押すような感覚。5000年間、アルイムの強い魔力に包まれ、数えるほどの生物しか踏み入れたことのない聖地を歩くのは、得体の知れない雰囲気に呑まれるのと同等である。


 暗く陰鬱で、沈黙したアルイム神殿内部の通路を進む魔王たち。ベンが持つ魔具の明かりで、魔王はかろうじて通路の壁や天井、石畳を確認することができたが、少し先は闇。

 神殿の外で戦いが繰り広げられているとは思えぬ静けさの中、ベンは臆することなく進み続けた。彼は余裕の表情で口を開く。


「前は神官が松明を持っていたから分からんかったが、思ったより暗いのう。この魔具のしょぼい光じゃ、ほとんど先が見えんわい」


 自分の周りしか照らせぬ魔具に悪態をつくベン。14年前は生贄としてこの通路を歩いたベンは、あの時ほどの恐怖はなく、先へ進むことに躊躇がない。

 魔王もまた、恐れることはない。ここは初代魔王の魂が眠る場所。魔王からすれば、先祖の墓参りをしているようなものだ。問題はパンプキンである。


「だ、大丈夫なんスか? なんかこう、いきなりウワッ! っと敵が出てきたりしないんスか?」

「どうじゃろうかのう。大蜘蛛ぐらいは住んでるかもしれないのう」

「お、おおお、大蜘蛛!? 無理ッス! 蜘蛛は無理ッス!」


 大蜘蛛に襲われる自分の姿を想像してしまったのだろうか。ただでさえ怯えて震えた声を出していたパンプキンは、体までも震わし、半泣き状態になりながら通路の隅でしゃがみ込んでしまった。

 お化けを怖がる子供のようなパンプキンの反応に、魔王は呆気にとられてしまう。随分と弱々しい盾だとパンプキンを見下ろした魔王。ベンは豪快な笑い声を神殿内部に響かせ、パンプキンの肩を叩く。


「冗談じゃ冗談」

「からかったんスか!? やめてくださいよ、こんなところで」

「すまんのう。まさかそんなに怖がるとは思わなかった」


 笑いが止まらぬベン。そんなベンを睨み、立ち上がるパンプキン。呆れたままの魔王。神殿前ではヤクモたちが命のやり取りをしているというのに、呑気な3人だ。

 ベンは案内を再開し、魔王とパンプキンはベンの後を追う。だがパンプキンは終始怯えたまま。魔王は小さくため息をつき、パンプキンを安心させるため言った。


「アルイム神殿は聖地。生贄の儀式以外、何者も立ち入ることのない場所ぞ。魔物はおろか、我らを邪魔する敵もいない」


 神殿内部に敵がいるはずがない。

 魔王の説明を聞いて、パンプキンは安心するよりもまず、驚いていた。魔物はおろか、敵もいないと言われたのだから、驚いて当然だろう。


「え!? 神殿前にわんさか敵いたのに、中には敵いないんスか!?」

「初代魔王の眠りを妨げてはならぬことになっているからな」


 生贄の儀式を除き、聖地には誰も入れてはならぬ。これが魔界の不文律だ。この不文律を破ったところで罰はないが、魔族が長く守り続けたものだ。ヴァダルも例に漏れず、不文律を守り通している。

 ヴァダルは不文律を破ることはできない。彼にそれだけの勇気があるとは思えない。だからこそ、神殿内部に敵がいないと、魔王は断言できたのだ。


「ただ、油断もできんぞ」


 驚きが過ぎ去り安心感に浸りはじめたパンプキンに、魔王は人差し指を立てて忠告した。部隊は配備されていなくとも、神殿が完全な丸腰であるわけではない。

 何に油断してはならないのか。何がこの先待ち構えているのか。小首を傾げたパンプキンに対し、その詳細を教えたのは、魔王ではなく、通路の先を知るベンであった。


「生贄の儀式をする祭壇がある部屋。今は魔王様の魔力がある部屋じゃな。神官なしであそこに入るのは、ちょっくら骨が折れると思うぞ」


 余裕の表情を曇らせ、斧を持つ手に力を込めたベン。彼は闇の先を見つめながら、少しだけ間を置いて説明を続ける。


「親衛像から鍵を盗み取り、親衛像の間を通り抜けなければ、祭壇には入れんからな」


 まさにその通り、と魔王は頷いた。パンプキンは、ベンの口から飛び出した新しい単語の意味が分からず、すぐさま聞き返す。答えたのは魔王だ。


「親衛像ってなんスか?」

「ここアルイム神殿や魔王城を守る、魔力によって動かされた石像だ。親衛像に殺された者の死体が原型を残すことはないほど、侵入者には容赦のない人形」

「もういいッス。それ以上聞いたら先進めなくなるッス」


 生物ではなく、感情も持たぬ人形は、侵入者を排除しろという命令に躊躇いがない。親衛像は、護衛としては最適の存在だ。

 親衛像の正体を知り、聞かなきゃ良かったと後悔するパンプキン。彼をこれ以上怯えさせるのも良くないと、魔王とベンは黙り込む。


 口を動かすのを止め、足を動かすのに集中する魔王とベン。アルイム神殿に響く3人の足音。パンプキンは沈黙すらも嫌がり、不安を紛らわせるためか、それともヤクモたちを心配してか、振り返り小さな声で言った。


「ヤクモさんたち、無事ッスかね……」


 振り返ると広がる闇。その先で、たった4人、ヤクモたちは約100名の魔界軍兵士とエッダを相手取っている。

 ヤクモたちの無事を祈るパンプキン。一方で魔王は振り返りもせず、自らの考えを吐き出した。


(われ)が2つ目の魔力を取り戻すため、我らはここに来た。我が魔力を取り戻し、帰還すれば、目的は達成される。目的が達成されるのであれば、奴らの命を気にする必要はない」


 魔王学曰く『魔王は魔界そのもの。魔王の死は魔界の死そのもの』。どれだけの犠牲が生じようと、魔王が生き残れば勝利となる。魔族では当たり前の考えだ。ベンも魔王の言葉にこれといった反応は示さない。

 魔族ではないパンプキンは、魔王の言葉に反発した。パンプキンは渋い顔をして言い放つ。


「冷たいッスね~。悪いッスけど、僕は死ぬのは御免ッスよ」


 そう言って、パンプキンのお喋りがはじまった。


「僕、ヤクモさんの荒治療のおかげで、ようやくスリの癖が抜けそうなんッスよ。だから僕、いつかヤクモさんに自由にしてもらって、まともに働いてまともに稼いで、故郷にいる母ちゃんと父ちゃんを喜ばせたいんッス」


 暗く重々しい神殿内部には不相応な明るい話。和やかに笑ったのはベンだ。


「親孝行じゃな」

「そんなんじゃないッス。僕はただ、母ちゃんと父ちゃんに楽させたいだけッス。で、母ちゃんに褒められたいんッス。母ちゃんに撫でてもらって、添い寝してもらって――」


 母親への愛に我を忘れ、夢心地のパンプキン。しばらくして正気を取り戻したパンプキンは、話を続ける。


「まあともかく、ヤクモさんはお金さえ返してくれれば、自由にするって約束してくれたんッス。ヤクモさんの従者になってまだ2週間スけど、ヤクモさんの従者になれて良かったって思ってるッス」


 あのヤクモが感謝されている。そのことがなにやら可笑しく感じ、魔王はつい笑みをこぼしてしまった。ベンは笑った顔のまま、振り返って言う。


「明るい夢があって良いのう。勇者さんも少しはパンプキンを見習って、愛想良くなれば良いんじゃが」


 パンプキンのおかげで、神殿内部は闇に包まれながらも、雰囲気は少しだけ明るくなっていた。

 

 神殿内部を進み、階段を降り、しばらくすると、魔王たちは広い部屋に出た。一本の通路を多数の石像が囲むようにして並べられる、扉へと続く真っ暗な部屋。ここでベンは足を止める。


「おっと、ここじゃ。ここが親衛像の間じゃ。昔のまんま、変わっとらんの」


 部屋を眺め、14年前の記憶を掘り出し、嫌な思い出に浸るベン。だが、そんなことをしている暇はない。ベンは部屋に並べられた、鎧を着るガーゴイルのような石像のひとつを指差した。


「祭壇に入るための鍵は、あの石像が持っとる」

「うむ。して、どのように鍵を取るのだ?」


 魔具の明かりで、鍵は辛うじて確認できた。あとは、鍵をどうやって取るのか。魔王の質問に、ベンはパンプキンの顔を見て答える。


「これはたぶん、パンプキンが適任じゃろうな」


 ベンの言葉を聞いて、当のパンプキンは意味が分からず右往左往するだけであった。

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