第11章4話 巨像と神殿と
感情むき出しに喚くヴァダル、魔王を見下したアイレー、そんな2人に苛立つメイ、ヤクモにしか興味がないモーティー。相変わらずのヴァダルとアイレーに、魔王は大笑いし、ダートは戦闘態勢。魔界では珍しくもない光景だ。
対して、魔界では珍しくもない光景などヤクモは知らない。彼女は魔界の重鎮たちのオーラを前に、拳を強く握り不快感を示す。
「何なのあいつ、超ムカつくんだけど。超殴りたいんだけど」
「彼奴がアイレー・エルフィンだ」
「ああ、あんたが言ってたクソ女ね。納得」
魔王の紹介により、アイレーとの初対面を果たしたことを知ったヤクモ。彼女の〝クソ女〟というセリフに、魔王は再び大笑いした。
〝クソ女〟と呼ばれ笑われたアイレーは、余裕の表情を一瞬にして歪め、目を見開きヤクモを貶す。
「クソ女!? どこの小娘だか知りませんけど、人間の小娘なんて程度が知れますわね! 自分こそクソ女で、田舎者であることを、自覚していないんなんて!」
ここまで言われてしまうと、ヤクモもアイレーを無視できない。ヤクモは不快感をあらわにしたまま、アイレーに抗議する。
「私、東京生まれだから! 田舎女は撤回してよね!」
「トウキョウってどこだよ。つうか、クソ女は撤回しなくていのかよ……」
ヤクモの妙な抗議内容に、マットは不思議そうに指摘した。ヤクモはマットの指摘など気にせず、ため息まじりに呟く。
「ヒステリー起こした敵とか、最悪」
「ヤクモ、今はヴァダルとアイレーなど放っておけ」
魔王からすれば、遠くから喚くことしかできぬヴァダルやアイレーなど、虚しい存在でしかない。あの2人をいたぶるのは後回しだ。今は、グレイプニルをはじめとする魔界軍の包囲をどうにかしなければならない。
ヴァダルとアイレーの喚き声など聞き流し、グレイプニルたち魔界軍を鋭く睨みつける魔王とヤクモ。魔王と勇者の睨みに、魔界軍兵士たちは息を飲んだ。しかし、放置されたヴァダルは薄ら笑いを浮かべ、唾を飛ばす。
「今日こそぉ! ルドラ、あなたの首は地面に落ちるのです!」
まるで勝利を宣言するかのように、天を仰ぎ叫んだヴァダル。すると、アルイムの土地は鳴動し、草木は揺れ、遠方に土煙が舞う。魔王は遠方の土煙を凝視した。方角からして、魔王の頭は嫌な予感に支配される。
土煙の中からは、目を黄色く輝かせる巨像が現れた。命じられた破壊と殺戮のみを遂行しようと、こちらに迫る巨像・エッダ。魔王の嫌な予感は当たってしまったのである。
「マジかよ、おい」
「エッダが動いたッス!? 故障してたんじゃないッスか!?」
1歩を踏むたび地を揺らし、火山が噴火したような音を響かせるエッダに、魔王たちは頭を殴られたような衝撃を受けた。さすがのヤクモも数歩退き、肝を冷やす。
「これ、マズくない?」
「少しばかり、マズイかもしれん」
グレイプニルと魔界軍だけが敵であれば、戦いに勝つ見込みは十分にあった。ところがエッダが敵に加わるとなれば、勝てる見込むはない。この追い詰められた状況に、魔王は唇を噛んだ。
焦る魔王を見て、ヴァダルは優越感に浸ったのだろう。彼は急に余裕を取り戻し、嫌味と嘲りに染まった表情を取り戻した。
「見るのだぁ! エッダの再起動を! ルドラ! あなたの命はぁ、この我輩が再起動したエッダによってぇ、奪われるのだぁ! あなたはここでぇ、ドラゴン族の汚れた血を流し、果てるのですよぉ!」
「陛下! 素晴らしいですよ、陛下!」
喜びに溺れるヴァダルの隣で、アイレーはヴァダルをおだて上げ、ケラケラと魔王を笑う。ヴァダルはアルイム神殿を見据え、宣言した。
「アルイム神殿に眠る、初代魔王陛下! 我輩こそがぁ、この魔界の統治者! その証としてぇ、ルドラをここで殺してみせましょう!」
自分が魔王にでもなったつもりなのだろうか。神殿に眠る初代魔王への宣言を聞いて、魔王は呆れ返り、こんなことを聞かされる初代魔王も気の毒なものだと思う。
ただ、残念なことに魔王は危機的状況だ。ヴァダルの宣言が、現実になりかねない状況なのだ。
「ったく、ホントに魔王様と一緒にいると退屈しねえな」
「どうするんじゃ!? 神殿を呑気に探検してる場合じゃなくなったぞ!」
危機的状況に不敵な笑みを浮かべるマット、焦りを隠さぬベン。さて、どうしたものかと考える魔王であったが、解決策などひとつしか思い浮かばなかった。
「ベン、我を祭壇まで案内しろ」
迫るエッダに背を向けた魔王の答え。彼は紫の瞳で、アルイム神殿内部の暗闇の先を見ていた。
「お、おお、分かったわい」
ベンは魔王の考えが分からず、魔王の言葉にほとんど条件反射のように頷いてしまった。何がどうなろうと神殿内部に向かうベンはそれでいい。ただ、地が揺れ草木がざわめくこの状況に立ち向かわねばならないヤクモやルファールは、魔王に詰め寄る。
「エッダと魔界軍はどうすんの!? あれは放っておけないよ!?」
「勇者の言う通りだ。神殿ごとエッダにやられてしまえば、元も子もない」
エッダを指差し、半ば取り乱したように叫ぶヤクモ。そんなヤクモの叫びに同意し、あくまで冷静に、冷たく言うルファール。
2人の疑問と忠告を前にして、魔王は自らの考えを披露しようと息を吸い込む。だが、2人に魔王の考えを説明したのは、魔王ではなくマットであった。
「つまり、俺たちに神殿の番犬をやれってことだろ?」
可笑しげに笑い、両手を腰にやり、堂々と言ったマット。正解を先に口にされた魔王は、その後の説明も全てマットに任せた。マットもそれを知ってか、説明を続ける。
「完全に包囲されちまった俺たちに、逃げ場はねえ。幸い、敵さんはスタリオンとオーカサーバーを壊す気はねえようだが、もうそこまで逃げる余裕もねえ。ここは、魔王様に進んでもらって、魔力を取り戻してもらうしかねえ」
グレイプニルと魔界軍、エッダに対し、ヤクモやルファール、ダート、マットが番犬として、魔王が魔力を取り戻すため神殿前で耐える。元番犬のマットからすれば、前職に戻るだけだ。
正解を言い当てたマットに、つい目を細める魔王。ダートとルファールは納得し、ヤクモも途端に落ち着いて、グレイプニルや魔界軍、エッダに剣先を向け、飄々と言った。
「そっか、いつものパターンってことね」
ルーアイの戦い、ロダットネヴァ渓谷の戦い、アプシント山の戦い、全て同じだ。どの戦いでも、魔王たちは必ず追い詰められ、賭けのような戦いを繰り広げてきた。今度も同じことである。
ただし、賭けのような戦いに初参加する者からすれば、恐怖して当然。魔王たちに化け物でも見るかのような視線——間違った認識ではない——を向けたパンプキンは、声を震わせた。
「でも、敵はあれッスよ!? 昔の勇者が腕なくさないと倒せない奴ッスよ!?」
「安心しやがれ。エッダと54代勇者の戦いは、3時間の長丁場だったらしいぜ。だいたい、最も俊敏とか言っておいて、そんなに動きが速いわけでもねえじゃねえか。エッダがここまで来るのにも時間がかかりそうだぜ。なんとかなるだろ」
「そんな、無茶ッスよ……」
可笑しげに、かつ不敵に笑うマットから言われても、パンプキンは不安心を抱えたまま。そんなパンプキンに言い聞かせるように、ルファールも口を開いた。
「今はマットが正しい。魔王が魔力を取り戻すため、私たちは神殿の番犬となるしかない」
冷酷な表情、冷酷な口調を浴びせられ、パンプキンは黙り込んでしまう。この間に、ダートは再度決意する。
「おいら、魔王様、守る。相手、エッダ、関係、ない」
忠実な僕の心に迷いはない。そもそも、忠実な僕は僕となるために心も捨てているのだ。戦う以外に、ダートに選択肢はない。
次々に戦う決意を固める魔王の味方たち。死をも恐れぬ彼らにまで恐怖したパンプキンは、両腕を広げて叫んだ。
「みんなどうかしてるッス!」
そんなことを言われ、魔王は大笑い。ヤクモは白い歯をのぞかせながら、使用者として従者パンプキンに教示した。
「私たちはこういうの慣れてるからね。生き残りたければ、あんたも慣れるしかない」
「慣れるのはスリで十分ッス! もう帰りたいッス! でもやるっきゃないッス! 戦うッス!」
いよいよパンプキンも吹っ切れてしまったようだ。彼は顔を強く叩き、脳を停止させ、敵を前に戦闘態勢を取る。
最悪の状況であるのは間違いない。それでもヤクモたちは、最悪な状況を受け入れ、戦おうとする。それを見て、魔王はつい呟いてしまった。
「フン、どいつもこいつも狂ったか」
「元々じゃろ」
ベンの言葉に、魔王は妙に納得し、さらに大笑いする。