第9章7話 アプシント教会の戦い III
柱が倒れ、土煙に覆われる教会内部。面食らった騎士や魔族が一瞬だけ戦闘を中断する中、魔王の側にヤクモがやってくる。そんなヤクモを追うのが、頰を赤らめ、白いローブを返り血に染めるリルだ。
「ヤクモ姉! ヤクモ姉――邪魔! そこどいて!」
ヤクモまでの道を邪魔する魔族に、リルは鬼のような形相をしていた。そして彼女は、魔族の腹に杖を刺し、返り血を浴びながら氷魔法で魔族を体内から凍らせ、粉々に砕いてしまう。
だが次の瞬間には、リルは再びヤクモに頰を赤らめ笑顔を向けるのだ。返り血とヤクモへの愛で、リルは真っ赤に染め上げられている。
「ヤクモ姉! あたしを見て!」
「怖い! あの娘やっぱり怖い!」
心底怯えたヤクモは、リルから離れようと再び駆け出した。ただ、ヤクモもヤクモで、逃げ道を塞ぐ敵を容赦なく斬り倒していく。魔王は苦笑いを浮かべながら、すぐ隣にいた騎士の首を斬り落とした。
ダートのおかげで、敵の数はあとわずか。仕上げのため、魔王は残りの魔界軍と騎士団に剣を振るう。
祭壇では未だ、5人の魔族と3人の騎士団が命のやり取りを続けていた。ここに魔王も参加、手始めに魔族の1人を斬り倒す。
第3者の出現に狼狽した4人の魔族は、その隙を突かれ、騎士団の攻撃によって3人にまで減る。一方で騎士団も、魔族からの反撃に1人を撃破されていた。
魔王が攻撃せずとも、敵は減っている。魔王は容赦なく、もう1人の魔族が振ったナイフを避け、その魔族の腹を裂いた。
仲間の死に激怒した魔族は、騎士を忘れ2人がかりで魔王を襲う。魔王は魔族の1人が振り上げた棍棒を剣で受け止めた。だが怒りを原動力にした魔族の力は強く、魔王は腕に力を込め、足は地面に拘束される。現在の魔王は、もう1人の魔族の攻撃を回避できない。
動けぬ魔王に剣先を向け、死を宣告する魔族の1人。しかし死を迎えたのは、その魔族自身であった。彼の背後でダートが大きく腕を振り、魔族の1人を潰してしまったのである。
魔王の危機を前にして、ダートはさらに暴れる。彼の攻撃により、棍棒を持った魔族も、あわよくば魔王と魔族を斬り倒そうとしていた騎士も、肉の塊に姿を変えた。
「すまぬな。油断した」
魔族の攻撃から解放され、ダートに左手を掲げ謝意を示す魔王。そんな彼のもとに、ヤクモに蹴り飛ばされた騎士が落ちてくる。宙を舞い、地面へと近づく騎士を、魔王は切り刻んだ。騎士は複数の鈍い音を鳴らして地面に落ちる。
「魔王様、攻撃、したヤツ、許さ、ない!」
教会内ではほぼ無敵のダートは、魔王のため、まだまだ暴れるつもりらしい。魔界軍や騎士団も、彼の前では誰もが怖気付き、腰を抜かし、数秒後には肉塊となってしまっていた。
祭壇を降りた魔王。倒れた柱の残骸付近で、彼はルファールとマットに合流した。ルファールは目にも留まらぬ速さで風を切り、魔界軍と騎士団を斬っている。犬の姿をしたマットは、敵を噛み砕き、口から肉を吐き出し、叫んだ。
「かかってきやがれってんだ! このマット様が相手してやる!」
大口を叩くマットに、興奮状態の魔界軍や騎士団が飛びかかった。マットは敵の攻撃をすんででかわし、敵の足を噛みちぎる。
足を負傷し動きの鈍った敵集団に斬り込むのはルファールだ。ルファールは、相手に姿も見せぬほどのスピードで剣を振り、敵集団を刻んでいく。これには敵も阿鼻叫喚し、悲痛な叫び声が教会内に響き渡った。
マットとルファールが片付けようとする敵集団が、教会に残った最後の敵集団らしい。ヤクモも2人の戦闘に参加するため、剣を投げて敵の1人を串刺しにした。
武器を投げ丸腰のヤクモは、敵集団の真ん中に突撃。床に落ちていた棍棒で魔族の頭を殴り、騎士の鎧を破壊する。ヤクモの攻撃に狼狽した敵集団は、いよいよ戦闘体勢を崩し、ルファールの恰好の餌食となった。
残った敵は数人。魔界軍は騎士団を壊滅させ、せめてマントをひるがえす偉そうな男を殺そうと、魔王に最後の戦いを挑んだ。
だが、魔王の目の前にまで到達できたのは、1人のリザードマン族の男のみ。他の者たちは皆、ダートの重い殴打に吹き飛ばされ、原形を残さず散らばってしまう。
最後の生き残り、リザードマン族の男は、興奮とも虚無とも思える雄叫びをあげ、魔王に剣を振る。対して魔王は、男に右手を突き出し、微笑を浮かべながらアクアカッターを発動させた。男の咆吼したままの頭部は、静かに地面に落ちる。
教会での戦闘がはじまって十数分。民間人は逃げたか死んだか、教会内にはもういない。騎士たちは努めを果たし、魔界軍と魔王たちの前に全滅。魔界軍もまた、魔王たちの攻撃で全滅する。
気づけば教会内は、魔界軍と騎士の死体ばかり。笑みを浮かべた魔王、擦り傷まみれのヤクモ、血に濡れた剣を握るルファール、潰れた肉を踏むダート、疲労から床に座り込む獣人化したマットは、数少ない生き残りとなっていた。
「ああ、ようやっと終わったぜ」
「騎士も魔族も、片付いたね」
「魔王様、まだ、敵、いる」
「分かっている」
魔界軍と騎士は全滅した。だが、魔王たちの他にも戦いの生き残りはいる。
「あとは、第3魔導中隊だけか」
魔導師という性格上、戦地からは少し離れて攻撃を行っていた第3魔導中隊。彼らだけは、騎士と魔界軍、そして魔王たちの凶刃から生き延びたのだ。
もちろん、リルも戦いを生き延びた。彼女は騎士が全滅し、魔界軍の死体が大量に転がることなど気にせず、戦闘が一段落したと見るや、一目散にヤクモに向かって駆け出し、ヤクモに抱きつく。
「ヤクモ姉!」
「ちょっと! せめて離れてよ!」
「じゃあ、側にいてもいいの?」
「離れてくれるならね!」
「やった!」
言われた通りヤクモの体から腕を解き、しかしヤクモと紙一枚の距離に立ち続けるリル。魔王は感情もなく、擦り傷をさするヤクモに対し口を開いた。
「ヤクモよ。其奴を斬って――」
「ああ、その必要はないよ。あたしたち、もう戦うつもりはないから」
両腕を大きく広げ、リルはそう言った。一体どういうつもりだと不可解に思う魔王。リルは言葉を続ける。
「ヤカモト陛下からの命令でね。あたしたちの敵は魔界軍であって、盟約交渉中の魔王たちは攻撃するな、って言われてるんだ」
再び登場するヤカモトの名。このリルの言葉によって、魔王はようやくヤカモトの狙いを見抜くことができた。
「あの書簡はそれが狙いか。ヤカモトは、勇者の魔力を取り戻させるつもりであったと……」
ヤカモトは魔界軍がアプシント教会を襲撃すると知っていた。知った上で、その日に魔王とヤクモをアプシント山へ向かわせた。その理由は、魔界軍と騎士団の戦闘に魔王とヤクモを紛れさせるためだ。
平和的な勇者への魔力返還は、現状の共和国では期待できない。ヤクモが魔力を取り戻すため、魔王とヤクモが騎士団を攻撃するのもマズイ。では、魔界軍と騎士団の戦闘で、魔王とヤクモの存在を覆い隠せば良い。これがヤカモトの狙いだったのだ。
「というわけで、みんな、教会を封鎖するよ!」
第3魔導中隊は、ヤカモトの個人的な命令に従い、魔王とヤクモの支援をしに来ただけなのだろう。第3魔導中隊に封鎖されたアプシント教会内部で起きたことは、ヤカモト以外の誰にも知らされないのだろう。
魔王はヤカモトへの賞賛と警戒から、小さく笑うしかなかった。その傍ら、教会内に残ったリルが、教会の奥にある扉を指差し、言う。
「ヤクモ姉の魔力は、あっちだよ」
「ねえ、なんでリルが私たちを案内してるの?」
「せっかくヤクモ姉に会えたんだから、もっと一緒にいたいな、と思って」
血なまぐさい場に立っているとは思えぬ、ヤクモとリルの会話。魔王は小さく笑ったまま、しかしどこかため息まじりに言った。
「なんでもよい。案内しろ」
ヤカモトの狙いは、魔王にも利がないわけではない。これ以上に暴れる気も起きない魔王は、素直にリルの案内を受け入れた。




