外伝第9話 とある教会にて II
50年以上前、魔王の父である先代魔王と死闘を繰り広げ、約40年前に先代魔王と刺し違えた65代勇者。その仲間の1人であった戦士が、ストレングであった。ヤクモは今にも気を失ってしまいそうである。
「ねえ、マジ?」
「マジだ。65代勇者シュウタは、俺様のダチ公だった」
昔を懐かしむようなストレング。信じがたいことではあるが、65代勇者の仲間であった戦士と考えると、彼の元気さ、屈強な男たちを一瞬で気絶させた戦闘力がヤクモにも納得できる。右足を引きずり左腕が義手であるのは、彼がそれだけ死線をくぐり抜けた証拠。
事実を受け入れたヤクモは、それ以上は何も考えないことにした。彼女は現実逃避のために、ストレングとエクスリーを視界から外し、教会の石畳の数を数えはじめたのである。
ヤクモが石畳を数える間、ストレングとエクスリーの会話は続く。エクスリーはストレングを責め立てるように口を開いた。
「ストレング様は、ヤカモト陛下に何を命令され、なぜケーレスにいるのか、お忘れですか?」
「ボケ老人扱いするな。魔王と96代勇者の監視だろ」
「その通りです。団長と私は、北部派閥と魔王及びケーレス自治領の盟約について、これから詳しい話を聞かなければなりません。しかし相手は魔王。魔王と直接の対談です。ストレング様には、任務を果たしていただきたい」
さっさと城から逃げ出したヤクモは知らぬが、現在のダイス城では、魔王、シンシアと騎士団団長ホワイト、副団長エクスリーの対談がはじまろうとしているのだ。
魔王と騎士団トップの対談。先代魔王との戦闘経験を持つストレングが、団長の警護に駆り出されるのは自然な流れである。だが、ストレングにやる気はなさそうだ。
「お前らを魔王から守れと? 俺様はもう老人だぞ! お前ら、共和国軍の誉れ高い騎士団の団長と副団長だろ! 自分の身は自分で守れ!」
現実逃避しておきながら、なんやかんやとストレングの言葉を聞いていたヤクモは、彼の言葉に納得する。いくら先代魔王と戦った経験があるといったところで、ストレングは杖なしでは歩けぬ体。性格も考えると、警護としては役立たずにしか思えない。
おそらくエクスリーは、ヤクモと同じ考えなのだろう。ストレングの言葉に彼が反論することはなかった。だが、魔王との戦いを熟知する者が他にいないのも事実。エクスリーは苛立ちを隠せぬ様子で言い放った。
「それがストレング様の任務なのですよ。頼みますから、任務を遂行してください」
「チッ……面白くないが、今日ぐらいは守ってやるよ!」
ヤクモにとっては、ストレングの答えは意外であった。このやたらと声がうるさいジジイが、任務と言われてそれに従うとは思えなかったのだ。
ストレングが任務に従うと口にすると、エクスリーは安堵と疲労の表情を浮かべながら、踵を返す。一方ストレングは、出発前にやらねばならぬことがあった。
「ちょっと待ってくれ。お嬢ちゃんと話がしたい」
「なるべく早くお願いします」
「はいはい」
神経質なエクスリーは小さなため息をつき、そんな彼にため息をつくストレング。一転して、彼はいつにもなく真面目な顔をヤクモに向けた。ジジイがはじめてみせた表情に、ヤクモは我が目を疑ってしまう。
「お嬢ちゃん、俺様の話をよく聞け」
「待って。その前に聞きたいことが多すぎるんだけど」
「時間がないんだ。いいから話を聞け」
ストレングの本気を感じたヤクモは、とりあえず彼の話を聞くことにした。真面目なストレングは何を言い出すのか、という興味もあった。
「なに?」
「魔王のことだ。お嬢ちゃんは魔王のこと、どう思ってる?」
偶然、高級レストランでツクハに聞かれたのと同じような質問。1度答えた質問に再び答えるのが面倒だったヤクモは、いい加減に答える。
「知らない。あいつとは、成り行きで一緒になっただけだから」
質問の答えとしては言葉が少なすぎるが、この答えが全てでもあった。ヤクモ自身、考えがあって魔王と一緒にいるわけではない。逃亡生活の中、思いがけず魔王と出会い、他に居る場所もないだけだ。
ただしこの答えでは足りなかったのか、ストレングの質問は続く。
「魔王を、信用しているか?」
「信用というとなんか違うけど、まあ、ある程度は」
つまりヤクモに、魔王は敵、という認識はほとんどない。これを聞いたストレングは、ヤクモに忠告した。
「じゃあ俺様から言えることはひとつだけだ。魔王を信用するな。魔王学とかいう思想に頭支配された魔王は、腐っても魔王だ」
先代魔王と戦った男の、力強く確信めいた言葉。ストレングの忠告はこれだけでない。
「いいか、魔王の部下に成り下がるのだけは絶対に避けろ。自分の身は自分で守れ。常に魔王よりも優位に、せめて対等でいろ」
今までのうるさいジジイらしい口調と、今までの酔っ払いの姿からは想像もできない話の内容。約束しろ、魔王よりも強くあれ、でないと死ぬぞ。そう言わんばかりのストレングに、ヤクモはやや圧倒されてしまっていた。
「せめて対等って言ったって、どうすりゃいいの?」
忠告されたところで、どう対策すればいいのか。65代勇者の仲間であったストレングなら知っているはず、と思ってのヤクモの質問。ストレングは即座に答えた。
「魔王は本来の力を取り戻そうとしているだろ」
「うん」
「だが、まだ本来の力は取り戻せてない。そうだろ」
「そうだけど、それが?」
本来の力を取り戻せてないから、魔王は本来の力を取り戻そうとしている。何を当たり前のことを言っているのだと、ヤクモは首を傾げた。現在の彼女は、考えるということをしていない。
対してストレングは、ヤクモには遠回しの説明では意味がないと悟った。そしてエクスリーのように頭を抱え、エクスリーのようにため息をつく。
「ここまで言ってるんだ。なんで気づかない? 今の魔王は、まだお嬢ちゃんの力を借りなきゃ魔力を取り戻す戦いには勝てない。だったら、お嬢ちゃんが自分の力を取り戻すまで、魔王に手を貸さなきゃ良い」
ストレングが口にした明確な答え。彼の答えを聞いて、ヤクモは魔王よりも有利、せめて対等な関係の維持について、ようやく理解する。
「つまり、魔王を利用して、魔王より早く勇者の力を取り戻せってこと?」
「分かってるじゃないか。そうだ」
考えることは苦手でも、のみ込みは異常に早いのがヤクモである。この世界に召喚されてから1時間後、魔王と互角に戦っていただけあるのだ。
さて、魔王との付き合い方についてのストレングの話は終わった。彼は最後に、光が射し込むステンドグラスから空を眺め、言う。
「今はまだ分からないだろう。だが、魔王というのがどれだけ恐ろしい存在か、いつか知る時が来る。その時、知るのが遅すぎたと後悔するなよ」
どこか遠くを見るストレングの表情には、それこそ後悔が滲んでいるように、ヤクモには感じられた。彼女は短く返答する。
「注意しとく」
うるさいジジイではなく、酔っ払いジジイでもなく、65代勇者の仲間であった戦士としてのストレング。彼の言葉を、ヤクモは心に留め置いた。と同時に、真面目なストレングなら……とヤクモは希望を抱き、ダメ元で聞く。
「ねえ! 金は返してくれるの?」
「今忙しいんだ! またいつかな!」
やはりストレングはストレングであった。忠告を終えた時点で、彼はうるさいジジイに戻っていたのだ。金ではなく、教会に響き渡る大声を返されたヤクモは、半ば諦めたように立ち尽くす。
ストレングがエクスリーと共に去ると、教会にはヤクモ1人が残された。ヤクモは謎の疲労感に襲われ、教会のベンチに座り込んでしまう。ステンドグラスから射し込む陽の光に照らされた神の使いミードン像は、そんな彼女に微笑んでいた。
しばし静けさに包まれた教会。だがすぐに、教会の外で待っていた老人たちが一斉に戻ってきたため、静けさは消え失せる。ヤクモとの会話を約束していた老婆は、老人とは思えぬほど足早にヤクモの隣に座り、ヤクモに話しかけた。
「なんだか立派な騎士さんが来ていたけど? ストレングさんは?」
「ああ、おばあちゃん。ストレングと騎士のことは気にしなくて良いと思う」
面倒な説明を回避するためだけのヤクモの言葉を、老人たちは受け入れた。老人たちの興味は、ストレングでも騎士でもなく、ヤクモと話をすることだけだ。
「そうかい。それにしてもヤクモちゃん、よく見ると綺麗だね。昔見た王女様みたいだよ」
「わしの嫁も、昔はヤクモちゃんぐらい美人さんだったんじゃがな」
その後、ヤクモに対する老人たちの一方的な会話は永遠と続いた。ヤクモが城に帰ったのは、騎士団団長と魔王の会談が終わり、太陽が沈んでしばらく経ってからである。
結局、ストレングが65代勇者の仲間であった衝撃は、老人たちとの会話に上書きされ、ヤクモにはあまり残っていなかった。




