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魔王は魔王の座を目指す  作者: ぷっつぷ
第8章 交渉
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第8章3話 コヨトの宿

 ヒノン王国王都コヨトの小高い丘に建つ、屋敷のような宿屋。木造2階建ての建物で、魔王は最高級の部屋に泊まり、2階の窓からコヨトの街並みを見下ろす。

 池のある宿屋の庭越しに見えるのは、平地にびっしりと立ち並ぶ木造建築の平屋たち。月夜に照らされ、篝火に浮かぶコヨトの街には、夜だというのに、女子供も街に繰り出していた。


「平和な国だ。どれだけ戦争が起きようと、同胞が死のうと、それを見ようとしなければ、こうも平和になれるとはな」


 コヨトの街並みを眺めていると、魔界と人間界が戦争中であるなどとはとても思えない。南部地峡の土地に多くの血が染み込んでいるなど、信じられない。コヨトの住人は、戦争から目を背けることで、戦争は起きていないと錯覚しているかのようだ。

 魔界ではあり得ない。人間界との戦争ともなれば、魔界全体が戦時体制に移行し、普段の生活は制限される。自らの命がかかっているのだから、当然だ。それをしない北部派閥のことが、魔王は理解しきれない。


「あの王たちに、乱世を生き抜くための判断が下せるか、どうか」


 疑うことばかり立派で、前に進むことのできない連中。それが、北部派閥の王たちに対する魔王の印象だ。

 唯一の望みはヤカモトである。ヒノンの国民は戦争から目を背けたが、ヒノンの国王は戦争に目を向けている。北部派閥の王の中でも、彼の視線だけは、戦略を見ていた。彼がどう判断するかで、魔王の願いは叶う。


「ところで、お前は我を殺しに来たのか?」


 イグサで作られた床の上、マントを外さず窓の外を見ていた魔王は、背後に近づく気配を感じそう言った。実際、魔王の背後には、息を殺しナイフを逆手に持つ男がいる。


「ええい! 見つかっちゃ仕方がねえ! 覚悟しろ!」


 もはや男はやけくそ。男は鼻息荒く叫び、逆手に持ったナイフを大きく振り上げた。


「この程度の男で我を殺そうとは……我もなめられたものだ」


 大きくため息をついた魔王は、ニタリと笑って振り返る。そして、ナイフを振り上げた男に向かって氷魔法を発動、男の腕と下半身は氷に包まれ、男の動きを完全に封じた。


「魔王様魔王様! 大丈夫ですか!」


 魔王が男を凍らせた直後、部屋の押し入れからラミーが姿を現した。魔王は両腕を広げ、ラミーに無事を伝える。


「この通り、無傷だ」

「ああ……良かったです」


 胸をなでおろし、ホッとした様子のラミー。なぜラミーが、魔王の部屋の押し入れにいたのかは、魔王は気にしない。


「何かありましたか?」


 タイミングよく魔王の泊まる部屋にやってきたキリアンは、ナイフ片手に腕と下半身が凍った男を見て、訝しげな表情をした。魔王は腕を組み、答える。


「ただの暗殺者だ。差し詰め、我を気に入らぬ北部派閥の王が寄越したのだろう」

「そうでしたか」


 北部派閥の王は、魔王を完全に信用したわけではない。こうした暗殺者がやってくる可能性は、十分に想定できたこと。だからこそ、魔王は容易く男を捕らえることができたのだ。

 事情を理解したキリアン。彼は暗殺者の男の前に立ち、冷酷な口調で男に質問した。


「質問に答えろ。雇い主は誰だ?」


 単刀直入の質問。対して男は、大笑いして、唾吐くように言い放つ。


「馬鹿かお前。誰が教えるかよ」

「では質問を変える。お前は標的の男が誰か、知っているのか?」

「知らねえ」


 まともに答える気は無さそうな男。キリアンは表情ひとつ変えずに質問を続けようとした。だが、ずっしりとした袋が男の目の前に置かれ、キリアンよりも早くラミーが口を開いた。


「暗殺者さん暗殺者さん、お金はこれで足りますか?」


 満面の笑みを浮かべたラミー。彼女は話を続ける。


「今すぐ、雇い主のところに行って、雇い主を殺してください。お金は後払い」

「……分かった! やってやる!」


 袋に入った金、ラミーの愛くるしい笑みに、暗殺者の男は下品な表情をして、ラミーのお願いを聞き入れた。魔王は男の動きを封じる氷を溶かし、男を解放。解放された男に、ラミーは手の平サイズの水晶を手渡す。


「ではこの魔具を持って行ってください。雇い主を殺す直前に使えば、証拠隠滅が可能ですから」

「おお! ありがてえ!」


 相手が魔王とその側近であるなど露ほども知らぬ男は、水晶片手に宿屋を飛び出し、コヨトの街へと消えていった。それを見たキリアンが、ラミーに言う。


「よろしいのですか?」

「良いんです良いんです。暗殺者さんに渡した魔具、起動すると爆発する仕組みですから」

「まさか、ラミーさん……」

「魔王様を殺そうとした罰です。あの暗殺者も雇い主も、死んで後悔すれば良いんです」


 魔王を殺そうとした者どもを、ラミーが許すはずがない。彼女の満面の笑みの裏には、恐ろしいものが隠れていたのだ。

 宿から眺める平穏なコヨトに爆音が響き渡り、巨大な火球が現れ、街の一角が吹き飛び、翌朝まで黒煙が立ち上ることとなったのは、暗殺者が宿屋を出てから数時間後のことである。


    *


 朝、目覚めた魔王がマントを羽織り終えた頃、部屋にラミーがやってくる。


「魔王様魔王様、お客さんです」


 そう言ったラミーの隣には、キリアンと、立派な髭を蓄えた壮年の男が立っていた。彼はヤカモトの側近であり、北部派閥の調整役も務める男だ。壮年の男は頭を下げ、口を開く。


「魔王ルドラ様であられますか?」

「そうだ」

「ヤカモト陛下から書簡が届いております」

「見せてみろ」


 壮年の男から書簡を受け取った魔王。彼はその場に立ったまま、書簡に目を通した。


『私たち北部派閥は、世の平和と安寧のため、魔王ルドラ殿と敵対することを望んではいない。私たちは魔王ルドラ殿及びケーレス自治領と手を結び、友好関係を築くことを望んでいる。

 しかし、カレオ王国国王ユースー殿や、ボマディカ王国国王ルッチャイ殿、ソアラ王国国王ルテルオ殿など、北部派閥の半数近くの国王が、魔王ルドラ殿と手を結ぶことを拒否している。魔王ルドラ殿が信用できぬ、とのことだ。


 そこで、ひとつお願いがある。魔王ルドラ殿には、カレオ王国シウェンに住む転生者、ロッツという男を始末してもらいたい。

 ロッツは共和国の相談役として定例会に参加したことがあり、その際に得た機密情報を公に暴露した男。私たちが彼を始末すれば、国民の厳しい批判にさらされる。そこで、魔王ルドラ殿にロッツの始末をお願いした次第である。


 魔王ルドラ殿がロッツを始末してくれれば、北部派閥の国王は皆、魔王ルドラ殿を信用するであろう。良い返事を待っている。ヒノン国王ヤカモト』


 北部派閥、ではなく、ヒノン国王ヤカモトからの書簡。条件はあるものの、ヤカモトが魔王との盟約を望んでいるのは明白。まさに、魔王の願い通りである。

 書簡はラミーとキリアンに渡され、2人もその内容に目を通した。キリアンは書簡を読み終えると、彼の記憶の中にあったロッツの説明をはじめる。


「ロッツ、ですか。噂は聞いています。彼が暴露したのは、南部地峡に派遣された共和国軍の作戦内容。北部派閥構成国の人間が参加する作戦で、危険の伴うものであったそうです」


 淡々と解説するキリアンの言葉は続く。


「作戦内容を知った北部派閥国民は、北部派閥出身者の共和国軍兵士の撤退を主張。北部派閥の国王たちはそれを受け、一部の兵士を撤収させました。結果、北部派閥は人間界の裏切り者という枠印を押されかけたそうです」


 つまり、ロッツは北部派閥にとって邪魔な存在。彼が始末されることは、北部派閥にとって都合の良いこと。


「なるほど。ロッツは北部派閥の明確な敵、魔界の味方、ということか」


 魔王がロッツを始末すれば、北部派閥は間違いなく魔王を信用する。魔王と盟約を結ぶのに慎重な王が多い現状、ヤカモトは北部派閥に魔王を信用させるため、自らにとって都合の良いロッツの始末を魔王にお願いしたのだ。魔王にとっても、断る理由はない。


「ロッツを始末する。ラミー、スタリオンを呼べ」

「お任せをお任せを!」


 行動は早いに限る。早速魔王はラミーに指示を下し、ラミーは出発の準備を開始した。この間、キリアンは壮年の男に対し、にっこりと笑って話しかける。


「ルッチャイ陛下と赤髪(・・)のご婦人に、よろしくお願いします。また、ルテルオ陛下はご友人を失ったばかりとか。領主シンシアはお悔やみを申し上げておりました」


 ルッチャイ婦人は黒髪であるし、ルテルオと2人きりの密談中に首を切られ突然死(・・・)したルテルオの友人の死は、政府に隠蔽された事件。笑顔で語るキリアンに、壮年の男の顔は青くなるばかりであった。

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