第7章6話 異界の技術
居住区建物を抜け、組み立て作業区を経由し、研究棟へと向かう魔王たち。建物はまだ真新しく、壁は白に統一され、無数の魔鉱石に照らされた研究棟。全体的に暗く無骨であった工場とは、一線を画した雰囲気である。
「ほら、あれが試作品だよ。全部試験済み。結果は良好」
研究棟の扉をくぐり、広い倉庫に到着したリョウタは、そう言って倉庫の魔鉱石を起動し明かりを灯す。明かりに照らされた真っ白な倉庫は眩しく、魔王たちは思わず目を瞑ってしまった。
数秒して、ようやく明かりに目が慣れ、魔王たちは倉庫の中を刮目し、驚く。すぐ側には箱型の機械『無線機器』と、たっぷりの『銃弾』が置かれ、倉庫の壁一面には、様々な形、大量の『銃』がぶら下がる。中心部には楕円形の兵器『爆弾』が鎮座していた。
「うわ、本格的」
「これは……我の想像以上の出来だ……」
「ここにあるのは試作品。量産品は倉庫区画に置いてある。あと数週間で、共和国軍に武器や兵器を引き渡すつもりだ。これで俺たちは、魔族との戦争に勝てる。これで多くの人たちの命が救われるんだ」
リョウタが異界の技術、武器、兵器を再現したのは、戦争から人々の命を守るため。なんとも純粋無垢な、優しい理由である。
勇者の記憶の中にあった銃と、倉庫の壁にぶら下がる銃は同じものと言って差し支えない。いわゆる『ライフル』と呼ばれる銃器だ。リョウタはヘイセイの時代の武器を、この世界で再現してしまったのである。
ただ、銃よりも目を引くのが、爆弾と無線機器だ。どれだけの威力と性能を誇るものかは分からぬが、爆弾と無線機器の再現は魔王すらも恐怖してしまう。銃と爆弾、無線機器、これに飛行魔機が揃えば、この世界の戦争概念は根底から覆されるだろう。
試験は終わり、結果は良好。つまりここにある武器や兵器は、実戦投入も可能であるということだ。異界の技術、武器、兵器をここまで再現してみせたリョウタ。もちろん、再現のために不可欠であった道具が存在するはず。
「これだけのものを作り出したのは、お主の頭の中にあった知識だけではなかろう」
リョウタに質問した魔王の頭に浮かぶ、コンピューターという文字。魔王は確信していた。あれだけの弾丸や銃、爆弾、無線機器を作り上げるには、コンピューターがなければ不可能である。
質問されたリョウタは、入り口付近に置かれた棚から2つの板状の道具を取り出すと、それを魔王に手渡し答えた。
「もちろん。これとこれがなかったら、こんだけのものは作れなかった」
「パーソナルコンピューターとスマートフォンか」
「よく知ってるな。そう、スマホとパソコン。ネットには繋がんないけど、これの中に入ってた資料が役に立ったんだ」
魔王の思った通りである。リョウタはコンピューターと共にこの世界に転生したのだ。加えて、転生した相手はスイルレヴォン産業の社長。異界の技術を再現する環境が揃ってしまっていたのだ。
なんとしてもこの工場を破壊しなければと再確認した魔王だが、リョウタはそれを知る由もない。彼はなぜ自分が異界の技術を再現できたのかを、魔王に説明する。
「銃とか火薬は友達の趣味のおかげ。銃の構造を解説したサイトとかが、なぜか俺のスマホに大量に保存されてたんだ」
どこか自慢げに、時折少年のような笑みを浮かべて説明するリョウタ。彼は話を続けた。
「パソコンは親父の。俺がこの世界に転生した時、事故った車に一緒に乗ってたんだ。親父は軍と一緒に爆弾を開発してる会社に勤めてて、パソコンに爆弾の情報が入ってたんだよ。もちろん大した情報じゃなかったけど、見よう見まねで爆弾は作れた」
父親の職業までもが、異界の技術を再現する手助けになったのだ。もはやこれは、神の思し召しなのではないかとすら魔王は思う。
「あとは労働者たちのおかげだな。みんな良いヤツだよ。最高の絆を見せてくれたんだ。あの人たちを悲しませちゃいけない、平等にしなきゃって、本気で思った。俺は幸せ者だね」
誇らしげな表情をしたリョウタは幸せを噛み締め、そう言った。やはり彼は善人なのだ。ただし、魔王からすれば、彼は視野の狭い、愚かな善人である。
リョウタの言葉を聞いて怒りを爆発させたのが、パンプキンである。彼はリョウタに詰め寄り、唾を飛ばして叫んだ。
「はあ? 何を言ってんッスか? 労働者に夢も語れないようにしたのはどこの誰ッスか? あんた、ホントにムカつくッス!」
「え? 俺は労働者たちとの絆を大切にして、みんなを平等に――」
「勘違いするなッス! 労働者はお前の友達じゃないッス! お前の勝手な絆の檻に閉じ込められるのは迷惑ッス!」
3年もの間、パンプキンが抱え込んでいた不満が、リョウタの言葉を前にして爆発した。個性なき社会、夢も語れぬ社会への不満を爆発させたパンプキンの姿は、数年後のスイルレヴォンの住人の姿なのかもしれない。
それでも、リョウタはなぜパンプキンの不満が爆発したのか分からない。彼にとって労働者たちは、友だちであり、皆は無欲で、平等で、優しさの集合体であり、絆があれば世界は平和になると信じている。リョウタは根っからのお人好しなのだ。
パンプキンの不満は理解するが、今の魔王が気にすることではない。魔王はパンプキンを適当になだめ、本題を口にした。
「落ち着けパンプキン。それよりチガサ・リョウタ、これらの設計図はどこにある?」
「機密情報は全部、あの金庫にしまってある」
さすがはお人好し。何の疑いもなく、機密情報の在り処を魔王に教えたリョウタ。魔王はリョウタが指差した、倉庫の奥に据えられる、小さくも頑丈そうな金庫を見てニタリと笑った。
「ダート、金庫をこじ開けろ」
「分かり、ました」
忠実な僕であるダートは、魔王に言われた通り、金庫の前まで駆け寄り、金庫を軽々と持ち上げる。そして、金属の塊をいとも容易くへし曲げてしまった。
「ちょっと! 何をやってるんだ! 設計図はそれ以外ないんだぞ!」
大岩の手荒い金庫の開け方を見て、リョウタは尻に火がついたようだ。彼はダートの蛮行を止めようと駈け出すが、途中でヤクモに捕まり、金庫が破壊されるのを見ていることしかできない。
金切り声のような音を鳴らし曲がりくねった金庫。ダートは金庫の中から紙の束を取り出した。間違いなく、あの紙の束こそが設計図だ。魔王はすぐさまヤクモに言う。
「ヤクモ、燃やせ」
「はいはい」
ヤクモはリョウタを捕まえたまま、右手を突き出し、ダートの持っていた紙の束――設計図をファイアによって燃やし尽くした。設計図は灰と化し、虚しく宙を舞う。リョウタの顔色は、青くなるばかり。
「何をするんだ! お前ら、許さないぞ! パソコンとスマホは返してもらう!」
「これか? すまぬな。返すことはできん」
「おい待て! 待て!」
魔王に手渡されたままのパソコンとスマホ。リョウタは必死でそれらを奪還しようとするが、もう遅い。魔王はパソコンとスマホを掌に乗せたまま、氷魔法を発動し、氷柱によってパソコンとスマホを貫いた。
「クソクソクソ! 何しやがるんだ!」
大穴を開け、2度と起動することはないパソコンとスマホ。灰となり原型を留めぬ設計図。異界の技術を再現するための手がかりは完全に失われ、リョウタは半狂乱になりながら喚いた。
リョウタがいくら喚こうと、魔王たちは止まらない。設計図は失われたのだ。異界の技術がこれ以上、この工場で作られることはない。ならば魔王たちが次にすべきことは、破壊のみ。
「ヤクモ、ダート、好きに暴れよ。工場を破壊しつくせ」
マントをひるがえし、拳を掲げ、指示を下した魔王。ヤクモは不敵に笑い、ダートはぼうっとしたまま、両腕を地面に叩きつけた。
ダートが地面を叩きつけた瞬間、研究棟は大きく揺さぶられ、建物は悲鳴をあげる。同時に、ヤクモは両腕を突き出し、ドレッドフルフレイムを放った。ヤクモの両腕から放たれる青い炎は、壁に掛けられた銃器を溶かし尽くす。
建物の揺れが収まると、あらゆる箇所からソイルニードルが突き出し、弾丸が詰め込まれた箱や爆弾が、倉庫の天井付近まで持ち上げられた。そこに、ヤクモは容赦なくドレッドフルフレイム放ち、弾丸や爆弾は誘爆、研究棟倉庫の屋根は豪快に吹き飛ぶ。
研究棟倉庫内に降り注ぐ天井の破片。ヤクモとダートは重力魔法、魔王は風魔法を使い、己にぶつからぬよう破片を排除した。
「クソ! こいつらどうかしてる!」
破壊され炎上する研究棟を目にして、リョウタは狼狽しながらも、青かった顔は怒りによって真っ赤になっていた。3年の月日をかけて研究開発した成果が、今まさに破壊されているのだから、当然だ。
対して魔王は、異界の技術、武器、兵器、研究棟を燃やす紅蓮の炎を前に、口を大きく曲げて笑った。これだけ派手な破壊は、久々である。