外伝第6話 とある路地と広場にて
路地に消えたストレング、ペリンの言葉、足早に路地裏に向かうルファール。良くないことが起きたのだけは確実。ヤクモはルファールに質問をぶつけた。
「ルファさん、ムッチィって?」
「男を誘い路地に連れて行き、屈強な2人の兄と共に脅迫、有り金すべてを巻き上げる性悪女だ。ストレングは罠にはまった」
「え! 早く助けに行こ!」
いわゆる美人局というやつだ。いくら元気とは言っても、杖も手放せぬストレングが無事では済まされないであろう。ヤクモやマットは焦りを隠すことなく、急ぎ路地へと駆けて行った。
路地に到着すると、時すでに遅し。ストレングは人化したグリフォン族の女――ムッチィと、獣人化した屈強なグリフォン族の男2人に囲まれてしまっている。
「おいコラ! 妹によくも手を出しやがったな! 許さねえぞ!」
「いや、お前らの妹が俺様を誘って――」
「ウソつかないでよ! 私を強引に引っ張って、襲おうとしたじゃない!」
「てめえ! 俺たちの妹を泣かせやがったな!」
「おい! 許して欲しけりゃ有り金全部置いてけ!」
絶体絶命の状況。ところがストレングは余裕の表情で、呆れた表情をしながら男たちを睨みつけ、言い放った。
「そういうことか。若いもんがくだらないことを」
「ジジイ! ごちゃごちゃ言ってねえで金出しやがれ!」
「素直に出すと思うか? よく見りゃ女もブスだし、絶対に金は出さん。欲しけりゃ盗ってみろ」
「ああん!? ふざけんなジジイ!」
怒りを爆発させた男たちは、ストレングに向けて拳を振り下ろす。ヤクモは咄嗟に飛び出すが、どうやら彼女の救援は必要なさそうだ。
殴りかかる男に対し、ストレングは無駄のない動きで、男の腹に杖を叩き込んだ。さらにストレングは、杖を大きく振って、もう1人の男の頭を殴る。男たちは老人1人に対し、わずか数秒で気絶させられてしまったのだ。ヤクモは思わず「強い……」と呟く。
「なあ女。こんなことはやめろ。楽に金稼げるかもしれんが、いつか死ぬぞ。何より面白くない」
喧嘩の強さぐらいしか自慢できるものがなさそうな兄2人を、瞬時に気絶させたストレング。彼の説教に、ムッチィは黙って頷くことしかできなかった。
ムッチィがこれに懲りて美人局をやめるかどうかは未知数だが、ストレングは興味がない。ストレングはただ、ムッチィに説教をしたことで満足し、ヤクモたちのもとまで帰ってくる。
「じいさん、あんた何者だ?」
「俺様は俺様だ。何聞かれてもそうとしか答える気はないね」
困惑した表情でストレングに質問したマット。対してストレングの答えは、答えになっていない。おそらくストレングはまともに答える気がないと察したヤクモやマットは、それ以上は何も聞かなかった。
迷惑なオークと美人局を乗り切り、アイギスの警備隊が巡回に来たのもあって、ヤクモたちは風俗街を後にした。彼女らが次に足を踏み入れたのは、4番街の時計台広場。酒場街や風俗街とは違い、4番街に住まう老若男女が集まる憩いの場。
憩いの場といっても、ダイスの憩いの場だ。広場の中心にある大理石に飾られた泉と、そこに建つ時計台の周辺には、ガラの悪い奴も多く、出店で売っているものは怪しいものばかり。
オークよりも背の高い時計台の歯車を、ヤクモは眺めていた。時間は昼前。時計台広場は人や魔族でごった返し、いつ犯罪が起きてもおかしくはない。
「いただき!」
「あ! それはボクのだ! 返せ!」
早速である。広場に男の下品な声と、子供の叫び声が広場に響いた。辺りを見渡すと、地面に転ぶ小さな人間の男の子と、人混みをかき分け走る人間の男の後ろ姿が。マットはすぐさま男を追う。
ヤクモたちは男の子の側に駆け寄った。ヤクモは男の子の目線に合わせるといったことはせず、男の子を見下ろしたまま聞く。
「何、盗まれたの?」
「懐中時計。ユシェルちゃんにプレゼントするために、お父さんからもらったのに……」
「ふ~ん、分かった。私が取り返してくる」
子供の淡い恋心と勇気を踏みにじりやがって、といったことはヤクモの頭にない。彼女はただ、子供から物を盗んだクソ野郎を許す気がないだけだ。彼女はそれだけの理由で、懐中時計を取り返すと男の子に約束したのだ。それを見て、ストレングが小さく笑う。
さて、懐中時計を盗んだ男はどこにいったのか。ともかく男が逃げた方向にヤクモが向かうと、街の三角屋根の隙間から小さな花火が上がる。マットが魔具を使い、コソ泥の居場所を教えてくれたのだ。
「あそこは街道から一本入った小道だ」
「小道ね。じゃあ、こうすれば逃げられない、よね?」
ルファールの補足を聞いたヤクモは、地面に手をつき、土属性魔法を発動する。これにより、マットの教えてくれた付近の小道は、土壁によって塞がれた。
もうコソ泥に逃げ場はない。小道を悠々と進むヤクモ。人通りの少ない小道をしばらく歩くと、道を塞がれ必死に建物をよじ登ろうとする男を発見した。間違いない。男の子から懐中時計を盗んだコソ泥だ。
「見つけた」
ドスの利いたヤクモの低い声が、小道に反射しコソ泥を恐怖させる。体を硬直させたコソ泥に、ヤクモはすぐ側まで近づいて、さらに口を開いた。
「子供から物を盗むとか、クソ野郎にも程があると思うんだけど。懐中時計は返してもらうからね」
「懐中時計? 何の話を――」
「返してもらうからね」
コソ泥は、背中に鋭い鉄の冷たさを感じると、その場であっさり崩れ落ちる。そしてあっさりと、懐中時計をヤクモに渡した。どうやら大したコソ泥ではないようだ。
懐中時計を取り返したヤクモはマットと合流。時計台の前、大理石の泉沿いでベンとルファール、ストレングに囲まれ、意気消沈する男の子に、ヤクモはにべもなく懐中時計を手渡す。
「はい、取り返してきたよ」
「もう盗まれないよう気をつけるんだぜ、坊主」
懐中時計を持ったヤクモと、優しく酒臭いマットに、男の子の表情を覆っていた不安は一挙に晴れた。男の子は嬉しそうに懐中時計を握りしめ、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう! おじさんおばさん!」
なんとも素直に感謝の言葉を受け入れられぬヤクモだが、男の子は喜んでいるのだ。ヤクモはそれで十分であった。ただし、懐中時計を見た男の子の表情は、再び不安に包まれていく。
「あれ? どうしよう……懐中時計止まっちゃった」
おそらくコソ泥に盗まれた際、壊れてしまったのだろう。この世界における懐中時計は、まだまだ脆いのだ。
「どれどれ、わしに見せてみろ」
機械が壊れたと聞くなり、ベンはすぐさま懐中時計を受け取った。彼は懐中時計をしばし眺め、ポケットから工具を取り出し分解。数分して、確信めいたようにベンは男の子に言う。
「ああ、こりゃ簡単に直る。ちょっと待ってろ」
そう言って、ベンは工具を使い懐中時計をいじり回し、あっという間に組み立て直してしまう。ベンが持つ懐中時計の針は、再び動き出していた。
「よし、直った」
「わあ! ありがとうございます!」
「これを誰かにプレゼントするんじゃろ? ほれ、早く行ってきな」
「うん!」
ネガティブな思いは完全に打ち消され、男の子は満面の笑みを浮かべている。彼はベンに言われた通り、懐中時計を握って駆け出した。
「じゃあね!」
手を振りながら雑踏に埋もれていく男の子に対し、ヤクモも手を振って応えた。そんな彼女を見て、マットが可笑しそうに笑う。
「魔王様と一緒にいると分からねえがよ、勇者さんもたまには勇者らしいことすんだな」
「私は別に……警備の仕事をしただけだし……」
ヤクモは実際に、自分が警備の仕事をしただけだと思っている。だがマットの言葉の前でそれは、照れ隠しのようにしか聞こえない。いや、無意識のうちに照れ隠しをしているのもまた、事実なのだが。
勇者と呼ばれ、また酔っ払いオヤジたちにいじられるのかと、ヤクモはため息をつこうとした。ここで、ヤクモは酔っ払いオヤジが1人足りないことに気がつく。
「ねえ、ストレングのジジイは? またいないんだけど」
またもやストレングが姿を消していたのだ。少しでも目を離せばどこかに消えてしまう幼児のような老人である。
「そういえば、姿が見えんのお。マット、どこ行ったか知らんか?」
「知らねえ。またどっかの女に引っ掛けられたんじゃねえの」
「懐中時計を返すまでは、一緒にいたはずだ」
今回は誰も、ストレングがどこに消えたのかを知らない。ヤクモはストレングを探そうとしたが、すぐに考え直した。そもそもどこの誰かもよく知らぬ老人だ。幼児のようではあるが、幼児ではない。ストレングはこのまま放っておいても、大丈夫であろう。
「変なジジイ。金返してくれるのかなぁ」
時計台広場の警備を続けながら、ヤクモは空を見上げてそう呟く。結局、ヤクモたちが警備を終えダイス城に帰るまで、ストレングが現れることはなかった。彼が再びヤクモの前に現れるのは、またしばらくしてからのことである。




