第5章5話 採用試験3回戦
採用試験3回戦の準備は、2回戦にて多くの破片が散らばったため、また大雨も影響して、大広場の掃除が手間取り、時間がかかってしまった。準備が整ったのは、2回戦終了から約1時間後である。
この1時間で、天候は悪化した。雨の勢いは、より一層強くなり、雷の光と音が同時に空を駆け巡る始末。そんな中で、マーシャンとルファールはダイス城の大広場に立ち、相対する。
魔王たち審査員は、開けられた玄関からまばらに吹き込む雨に嫌な顔をしながら、3回戦の進出者の2人を眺めていた。3回戦の勝者はマーシャンなのか、ルファールなのか。新たな味方候補を前に、審査員たちは思い思いの言葉を口にする。
「ねえ、ラミーはどっちが勝つと思ってる?」
「う~ん、今までの戦闘を見ていると、力だけならマーシャンさんが有利ですかね。ルファールさんは未知数すぎます」
「おいらも、そう思う。たぶん、マーシャン、勝つ」
「2人もそう思うんだ」
審査員のうちの3人、ヤクモとラミー、ダートは、勝者をマーシャンだと予測した。片や人間の倍以上ある背丈の大男が巨大な棍棒を振り回し、片や漁夫の利で3回戦まで生き残った無口な女性。マーシャン勝利の予測は当然であろう。
ただし、3人は別のことでも、共通した思いを抱いていた。それは、ラミーが小声で呟いた以下の言葉の通りだ。
「本当は本当は、ルファールさんに勝ってほしいんですけどね。マーシャンさん、いくらなんでも粗暴すぎます」
女性をおもちゃと呼び、若い女を対戦相手に選び、そうでない者を殺し、仲間もあっさりと殺したマーシャン。申し分ない力を持ち、魔王の部下としては上出来かもしれぬ彼だが、それにしても問題が山積みだ。
ラミーの言葉に、ヤクモはテーブルを叩いて「やっぱり、そう思うよね」と同意する。そして彼女は、ラミーに覆いかぶさり魔王の顔を覗き込みながら言った。
「あのオーク野郎が勝ったら、私が速攻であいつを殺すから。次の採用試験の準備、しておいてよね」
真面目な顔をして、真面目な口調でそう言ったヤクモ。彼女は本気のようだ。だが魔王は、小さく笑って、覗き込まれたヤクモの顔を退けながら、吐き捨てるように言う。
「準備の必要はない。マーシャンは負ける。この戦い、ルファールの勝ちだ」
この魔王の言葉に、ヤクモとラミーの表情は驚きに彩られた。どうして魔王は、ルファールが勝つと予測したのか。理由を聞こうとラミーがテーブルに乗り出すが、その前に、シンシアの合図が玄関に響いた。
「雷怖いニャ……でも、準備は整ったみたいだニャ」
「スラスラ~魔王と勇者の見方が~決まるよ~イムイム~」
「よおし! 採用試験3回戦! はじめ! ニャ!」
どちらかが生き残り、魔王と勇者の新たな味方が決定する。採用試験1回戦までは10人いた参加者たちは、今やマーシャンとルファールの2人だけ。採用試験最後の戦いが、ついにその火蓋を切られた。
「グヘヘ、お前、俺様を楽しませてくれそうな、良い身体してるなぁ、おい」
戦いがはじまった途端、マーシャンの曲がった口から、下心に溢れかえった言葉が一切の躊躇もなく飛び出す。彼は大雨に濡れながら、余裕の表情で、棍棒を摩りながら、ルファールにいやらしい目つきを向けていた。
「こりゃ息絶えた後でも楽しめそうだ。勇者のおっぱいと女騎士が手に入るとは、最高の1日だぜ」
マーシャンはルファールを、戦いの対象とも、人間とも思わず、欲望のはけ口として見ているようだ。ヤクモやラミー、シンシアの表情は引きつるばかり。
しかし、当のルファール本人は、ストレートの長い黒髪をびっしょりとさせながら、剣も持たずに、表情ひとつ変えない。彼女の冷たく尖った視線はマーシャンに向けられているが、彼女の眼中にあるのは、マーシャンではなく、哀れなオークのみであった。
「お前の望み通り、楽しませてやる。来い」
まるで敵など存在しない。雨の方がよっぽど厄介だ。そう言わんばかりのルファールの口調。手のひらを上に向け、人差し指だけ動かす手招きも挑発的だ。
ルファールの強気に、マーシャンはニタリと笑って腰を動かす。そして棍棒を振り上げると、雷鳴もかすむ雄叫びをあげて、ルファールの頭を叩き潰そうと駆け出した。
笑いながら棍棒を振り上げ突撃してくるオークを前にして、なおもルファールは剣を抜かない。代わりに、彼女は左腕を突き出し、全身に力を込めた。
ルファールが全身に力を込めた途端、大広場に局所的な突風が吹き荒れ、大雨は霧と化し、爆発音にも似た轟音が鳴り響き、それがマーシャンを包み込む。マーシャンは突風に動きを拘束され、歩くどころか、振り上げた棍棒を下ろすこともできない。
「うわわ! 資料が飛ばされちゃうニャ!」
「な、なに!? あれ!?」
「あれはあれは……強力な風魔法ですよ! あんなに強い風魔法は珍しいです!」
マーシャンだけを標的とした突風も、一部はダイス城の玄関にまで到着した。玄関では資料が飛び交い、ヤクモとラミーは髪をなびかせながら目を丸くする。魔王はルファールの本当の力を前にして、つい笑みがこぼれてしまった。
突風によってマーシャンの動きが止められると、ルファールはいよいよ細剣を手に取った。そして彼女は、やはり表情ひとつ変えず、風を体に纏わせ、勢い良く飛び込む。
風属性魔法『ブリーズサポート』で強化されたルファールの動きは、もはや常人の目で追えるようなものではなかった。魔王やヤクモでしか、彼女の動きを捉えることはできない。
ルファールは命を奪わぬ程度に、だが苦痛は感じるよう、マーシャンを斬りつける。それを何度も何度も、目に見えぬ速さで数秒のうちに繰り返すのだ。マーシャンの体全体に刻まれた無数の傷からは、緑色の血が滲み、それらが突風に乗って遥か彼方に消えていく。
これだけでもマーシャンは十分に苦しみを味わうことになるのだが、同時に彼は、突風によって呼吸が満足にできない。体を刻まれ、息もできず、悲鳴も上げられず、反撃もできず、動くことすらできない。マーシャンは絶望感に打ちひしがれていた。
こんな状態がしばらく続いたが、ルファールは突如として風魔法を止めた。突風が消えると、全身の皮が剥がれかけた痛々しいマーシャンが姿を表す。そんな彼にルファールは、冷たい表情のまま言い放った。
「つまらなそうだな。もう少し楽しむか?」
聞かれたところで、何も答えられぬマーシャン。するとルファールは、容赦なくマーシャンの股に細剣を刺し込み、彼の体の中をかき乱す。大広場には、あまりの痛みに泣き叫ぶマーシャンの悲鳴が轟いた。
数秒して、マーシャンから細剣を抜いたルファールは、ほとんど死体と変わらぬ状態のマーシャンに向けて、再び左腕を突き出す。なおもルファールは、マーシャンを痛めつけようというのだ。しかも、冷たい表情のままで。
「ルファールよ、もうよい。3回戦の勝者はお主だ。敗者を殺してやれ」
魔王はこれ以上、採用試験を続けても無駄と悟った。マーシャンはルファールの敵ではなかったのだ。彼女は漁夫の利で3回戦まで生き残ったが、おそらく9人全員を相手にしても、同じ結果であったのだろう。
ルファールは魔王の言葉に素直に従い、マーシャンの心臓に細剣を突き刺し、彼を苦痛から解放すると、そのまま鞘も捨て、戦闘などなかったかのように玄関へ足を向ける。
大雨が降りしきる大広場に残ったのは、かすり傷ひとつない、雨粒すらも傾倒するほどの秀麗な1人の女性と、細剣が虚しく突き刺さる、オークの死体だけ。
「採用試験の勝者は、ルファールさんだニャ!」
「スラスラ~おめでと~イムイム~」
良い奴は死に絶え、冷酷なルファールが勝ち残り、終わりを迎えた採用試験の結果を、高らかに伝えたシンシア。新たな味方を得た魔王たちであったが、ヤクモやラミー、ダートは、身を縮めていた。
「すごいもの……見た気がする」
「そうですね……」
「おいら、ちょっと、怖い」
冷たい表情、冷たい感情、冷たい言動。これらが当然であるかのようなルファールに、自然と恐怖心が沸き立つ。もし魔王と共に過ごした期間がなければ、ヤクモたちはさらに恐怖していたかもしれない。
玄関に到着したルファールは、シンシアの部下から手渡されたタオルで濡れた髪を拭く。その姿は冷たい印象ながらも、3回戦で見せた冷酷さは感じられない。ヤクモはふと、彼女に質問した。
「ルファさん、質問。そんなに強いのに、なんで騎士をやめたの?」
あれだけ優れた風属性魔法と戦闘術を持ちながら、なぜケーレスにいるのか。いたって普通のヤクモの質問に、ルファールはタオルを頭に被せたまま、あっさりとした口調で答える。
「戦闘中に上官を殺害した罪で、追放されたんだ」
あっさりと済ませるには重すぎるルファールの答え。ヤクモの驚いた顔は、ルファールにさらなる質問をぶつける。
「え!? なんで上官を――」
「あの上官を生かしていては、部隊は壊滅していた。私は上官を殺すことで、部隊を勝利に導いたんだ。今でも、追放は納得していない」
「ああ……そういう感じね……」
ルファールの冷たい口調と冷たい表情に、反省の色などない。これを見て、魔王はルファールの人となりを理解し、騎士団を追放されたことに納得する。ケシエバ教の神への信仰心が第一義の騎士団という組織に、ルファールのような人間がいられるはずがないのだ。
魔王と同じく、ヤクモもルファールの人となりをある程度は理解し、顔を強張らせる。彼女は魔王の耳元まで寄って、小さな声で言った。
「もしかするとさ、マーシャンよりもルファさんの方が危なくない?」
「我を倒すため、ラミネイを破壊し3人の王を殺した、どこぞの女よりは、危なくないであろう」
嫌味にも近い魔王の回答。ヤクモは嫌そうな顔をして、腕を組みながら椅子にどっしりと座る。
魔王が嫌味を口にしたのは、彼が機嫌を良くしているからだ。魔王からすれば、ルファールは恐怖の対象ではない。それどころか、自分が求めていた人材に合致する、最高の逸材であったのだ。
「なかなかに良い味方を得たものだ」
満足感に浸る魔王は、マーシャンを斬った剣など使いたくない、新たな剣を寄こせとキリアンに言うルファールを眺めながら、この先に広がる自らの野望に思いを馳せた。次は、魔王の魔力を取り戻す番である。




