外伝第2話 とある暗殺計画について
威勢のいい大声は消え失せ、泡を吹き、地面に横たわるゴブリン。武器屋のおっちゃんと肝っ玉母ちゃんの2人は、ヤクモの強さにただただ感心するだけであった。
「お嬢さん……やっぱり強いな……」
「武器屋さん、縄とかある?」
「あ、ああ! ちょっと待ってな」
床に転げたゴブリンを放っておく訳にもいかない。おっちゃんは店裏から持ってきた縄をヤクモに渡した。縄を受け取ったヤクモは、しかしどうやってゴブリンを縛れば良いのか分からず、ゴブリンをコロコロと転がして様々な縛り方を試す。
普通に胴体を縄で巻いてみるも、結び方が分からない。テキトーに結んでみるもうまくいかず、やり直し。いつしかヤクモは、自分が何をしているのかも分からなくなり、ゴブリンは縄の怪物のような見た目に変化していく。
「うん? この刺青は……バジーリ・ファミリーの印だ!」
ヤクモが悪戦苦闘している間、ゴブリンの首元にある、狂犬を模った刺青を見て、おっちゃんがそう叫んだ。
「バジーリ・ファミリー?」
「ケーレスの最強ファミリーのひとつだよ。ウォレス・ファミリーの用心棒なら、知ってんじゃないのか?」
「新人だから、あんまり詳しくなくて」
おっちゃんの表情を見る限り、ゴブリンがバジーリ・ファミリーの一員であるのは問題なのだろう。だがヤクモはそんなこと知ったことではない。彼女は黙々と、ゴブリンを奇怪な方法で縛り上げていく。
「あれ、なんか持ってる」
縛り上げる間、ゴブリンのポケットから滑り落ちた1枚の紙。紙には何やら大量の文字が書かれているが、こちらの世界の文字が読めぬヤクモは、紙をそこらに放っておいた。
ヤクモが放っておいた紙に興味を示したのは、肝っ玉母ちゃんだ。彼女は紙を取り上げ、文字を読み、すぐさま表情を青くする。
「シンシア暗殺計画……これ、大変なもんじゃないかい!?」
物騒な単語の登場に、さすがのヤクモも紙を放っておく訳にはいかない。ヤクモのお得意な勘が、悪い予感という形で警告を発している。
「そいつ、どうするんだい?」
「ファミリーに身柄を持っていく」
今はそれ以外にできることはない。いくらここでヤクモが考えても、意味はない。シンシアの命が危ないとなれば、この話をウォレス・ファミリーに伝えるのが最も良い方法。ヤクモは縛り上げたゴブリンを持ち上げ、店のドアに手をかけた。
「武器屋さん、今日はありがとう。楽しかったし、ケーキも美味しかった」
「感謝するのはこっちだ。お嬢さんに助けてもらわなきゃ、今頃この店はすっからかんだったからな」
「またいつか会えるのを、楽しみにしてるわ」
武器屋で出会ったおっちゃんと肝っ玉母ちゃんの2人は、最後までヤクモに笑顔を向け、彼女を見送ってくれた。ゴブリンを担いだヤクモは、そんな2人の見送りを背に、急ぎダイス城へと向かう。
*
ヤクモが武器屋でゴブリンを捕まえ、ダイス城に到着し、キリアンたちにゴブリンを引き渡してから数時間。雲に隠れた太陽は西に傾き、曇天の空は暗くなった頃。ヤクモはゴブリンの男が何をしようとしていたのか知るため、キリアンのもとへと向かう。
この数時間、キリアンはアイギスとともにゴブリンを拷問していた。彼らが知りたいのは『シンシア暗殺計画』という言葉の意味。ファミリーを守るためならば、キリアンたちも容赦はない。
シンシアがドーニャ・ウォレスになって以降、明るい絵や装飾品などで彩られたダイス城の廊下を歩くヤクモ。ゴブリンの拷問場所は城の地下室だというので、ヤクモは地下室への入り口に向かっていた。
地下室への入り口に到着する直前、ヤクモは何かを運ぶアイギスの一団とすれ違う。すれ違いざま、一団の先頭を歩いていたカウザがヤクモに話しかけた。
「ああ、ちょうど良いところに」
ヤクモの前で立ち止まり、そう言ったカウザ。彼の背後には、赤く染まったシーツに包まれる、緑色のボロ雑巾がベニヤ板に乗せられ、アイギスの隊員たちに運ばれながら通り過ぎる。
「キリアンさんが呼んでいた。ドーニャの執務室に来い、だと」
「シンシアちゃんの執務室。分かった、ありがとう」
どうやらすでに拷問は終わっているようだ。ヤクモは目的地を変更し、シンシアがいるドーニャの執務室へと向かった。
3階への階段を上り、廊下を進み、重みのある扉の前までやってきたヤクモ。彼女は扉をノックし、キリアンの声で入室を許可されると、扉を開け、部屋の中へと足を踏み入れる。
扉の先には、天井の高い、円状の部屋が広がっていた。部屋の端に置かれた椅子にはキリアンが座り、部屋の奥、窓際には立派なデスクが置かれている。そのデスクの向こうで、椅子にどっしりと座りながら、デスクに飾られた猫じゃらしをいじるのが、シンシアだ。
「来たニャ来たニャ。じゃ、お話をはじめるニャ」
「勇者様、そちらにお座りください」
キリアンの言われるがまま、部屋の中心を占拠するソファに座ったヤクモ。彼女が腰をかけるのを確認すると、シンシアはほんわかと笑って、口を開いた。
「ヤクモさんのおかげで助かったニャ~。あのゴブリンを捕まえてなかったら、シンシアは天国に行ってたかもしれニャいニャ」
「地獄じゃなくて?」
「うるさいニャ」
デスクにべったりと突っ伏しながら、猫耳を垂らし、猫じゃらしをいじくりまわすシンシア。その割に、話の内容はほんわかとは程遠い。
何があったのかと首を傾げるヤクモに、シンシアは「キリアン、説明をお願いニャ」と、キリアンに話を譲った。キリアンは足を組み、背もたれに全身を預けながら、シンシアに言われた通り説明をはじめる。
「ゴブリンの持っていた書類、そして拷問の結果から、ゴブリンの正体がバジーリの幹部末端であること、明日のウォレスとバジーリの会談最中に、バジーリ・ファミリーがシンシア様を暗殺しようと計画していることが判明しました」
やっぱり、とヤクモは思う。思うのだが、彼女の興味はそこではない。彼女が知りたいのは、別のことだ。
「……ゴブリンはなんで、そこらの武器屋なんかを襲ってきたわけ?」
「その強盗事件と暗殺計画は、関係がありません。あのゴブリンが単に金欲しさに働いた強盗事件だったようです。そこに偶然、勇者様がいた。おかげで、私たちはバジーリの計画を知ることができたのです。いやはや、運が良い」
「私の運は悪い気がするけど」
なんであれ、あの武器屋と暗殺計画に関係はないようだ。自分の運の悪さを嘆きながらも、これでヤクモは一安心する。
ヤクモが知りたかった答えは、早くも出てしまった。ヤクモがこれ以上、キリアンに聞きたいことはない。それでもキリアンは、話を続けた。
「計画の詳細ですが、明日は我々とバジーリの会談が予定されている日です。バジーリの連中は、この会議の最中、1人のソルジャーを使ってシンシア様を暗殺、シンシア様を暗殺したソルジャーもその場で排除し、ケーレス領主の座を奪う腹積りのようです」
終始無表情。一切の感情を表に出さず、淡々と語るキリアン。
「我々はこの作戦を逆手に取り、バジーリ・ファミリーを壊滅させる作戦を立てました。もともと、バジーリは目障りな存在。排除するには良い機会です。あのゴブリンは強盗にでも殺されたよう偽装しておきます」
「ふ~ん」
まるで部屋の掃除でもしようかと言わんばかりに、バジーリの排除計画を語ったキリアン。ヤクモはそれに興味なしだ。
なぜ、キリアンはヤクモにバジーリの排除計画を語ったのか。その答えはキリアンではなく、デスクに乗り出したシンシアが口にする。
「でニャ、ヤクモさんにも手伝って欲しいことがあるニャ」
まさかの手伝えという言葉に、ヤクモは少しだけ面倒そうな表情をした。
「え? 私が手伝う? そういうのは魔王に任せた方が良くない?」
そういった悪巧みは魔王の仕事ではないのか。面倒なことはしたくないという感情を隠すことなく、ヤクモはそう言う。しかし、シンシアは猫耳と尻尾を垂らし、困り顔だ。
「今回はヤクモさんじゃニャいと、ダメなんだニャ」
「なんで?」
「魔王さんは……ほら……その……魔王さんオーラが強すぎるニャ」
「あ、なるほど」
これには、ヤクモも納得せざるを得ない。ラミーやダートがなぜ魔王のオーラに耐えられるのか、不思議でしようがないほど、魔王のオーラは重く強烈なのだ。
「ヤクモさん、お願いニャ」
「じゃあ、手伝えることは手伝う」
「言ったニャ。シンシアはその言葉を待っていたニャ」
わずかに生じたヤクモの良心。シンシアはそれを逃さず、話は進んでいった。最終的に、ヤクモは『バジーリ排除計画』を手伝うことになってしまうのである。




