第4章1話 とある情報
今日もダイスは通常通り、必ずどこかでケンカが起こり、10秒に1度は強盗事件が発生、2時間に1度は誰かが殺されている。アイギスや自警団の取り締まりなど、到底追いつきはしない。
ダイス城では通常と違い、緊急会議が開かれていた。参加メンバーは魔王とヤクモ、ラミーにダート、マット、そしてキリアン。雲の切れ目から太陽の光が射し込む会議室の中で、彼らは〝ある情報〟について話し合う。
「勇者の魔力の在り処が分かっただあ?」
椅子にどっしりと座り、テーブルに足を乗っけたマットの言葉。そう、会議室で話し合われている〝ある情報〟とは、勇者の魔力の在り処に関する情報なのだ。マットの言葉に、ラミーは細かい説明を飾りつける。
「正しくは、3つの魔力の内の1つの在り処、です。場所は人間界南部のトラフーラ王国、ルーアイ」
「今は内容なんか聞いちゃいねえ。俺が聞きてえのは、その情報が本物かどうかっつうとこだ。どこの誰が、んな重要な情報を俺たちに寄こすってんだよ。ガセじゃねえ証拠はどこにあるってんだ?」
あまりに貴重な情報を前に、マットは喜ぶことよりも疑うことを先行させていた。裏社会を生きる彼にしてみれば、都合の良い情報ほど怪しいものはない。
もちろん、魔力の在り処を示した情報に怪しさが漂うことは、魔王もラミーも、キリアンも理解していた。一方で、情報の信憑性が高いことも、彼らは確信しているのだ。キリアンとラミーはマットの質問に答える形で、情報の送り主についてを説明する。
「ルーアイはもともと、共和国軍が何かを隠している噂はあった。だが1年半ほど前から、監視が強化されたそうだ。ルーアイで軍人に物を売りつけようとした商人は、文句ばかり言っている。時期的に、勇者の魔力と関係するのは確実だ」
「ほおほお。で? 情報寄越したヤローは?」
「情報提供者については、文字、文章、形式、紙質、封筒、配達者の素性から、共和国北部派閥の国家、しかも王室の人間であると推測できる。我々ファミリーの情報網が捉えた、近頃の北部派閥の特異な動きと合わせれば、提供者は北部派閥の人間で間違いない」
「はあ? 特異な動き?」
「そうなんですそうなんです。魔王様とヤクモさんがラミネイを滅茶苦茶にした結果、共和国の支配者が空白状態になっちゃったんですよね。今は戦争の影響で、トラフーラを中心とした南部派閥が共和国で幅を利かせていますが――」
「好戦派の南部派閥のことが気に食わねえ穏健派の北部派閥が、南部派閥の連中を邪魔してるってか?」
「マットさんご名答。最近の北部派閥は、なんか企んでる感じなんですよね」
「企んでるって、何を?」
「ファミリーの情報網でも、それは分かっていない。大方、王室が戦争を終わらせようと動いているのだろう」
人間界の政治と権力争いが絡み合った、複雑な事情。最後に、今まで黙っていた魔王が顎を上げ、マットへの説明を締めた。
「南部派閥の長であるトラフーラを不利にするため、北部派閥がわざと我らに魔力の在り処を教えた、と考えれば合点がいく」
もし仮に、情報が本物でなかったとしても、他に魔力の在り処を示す情報はない。今はこの情報に頼る他ないのも事実だ。情報が本物であるとする説明に、マットは分かったような分からぬような表情をして、タバコを吸いだす。
長い説明の間、ダートはぼうっと外を眺め、下着にシャツと短パン、その上にいつもの陣羽織を羽織っただけという格好のヤクモは、頬杖をしてあくびをしていた。しかし話が終わると分かると、ヤクモは両手で勢い良くテーブルを叩き、言い退ける。
「もう話し合いは良いから、さっさと魔力取り返しに行こ!」
粗雑な格好も相まって、ヤクモが何も考えていないのは明白。それを可笑しそうに笑う魔王と、今にも会議室を出てしまいそうなヤクモを焦ったような表情で止めるラミー。
「待って待って! 話し合いは終わってないです!」
「ええ? まだなんかあるの?」
「あります! 大ありです!」
心の底から面倒そうな顔つきのヤクモを、片側のサスペンダーがずり落ちるほどに必死で止めるラミー。彼女に続き、魔王が口を開いた。
「情報が罠である可能性を、貴様は考えなかったのか?」
「罠って?」
「情報で我らをおびき寄せ、我らを一網打尽にしようとする罠、という可能性だ」
情報が本物だとして、しかしそれがただの善意であるとは限らない。これが共和国軍の罠である可能性は、ヤクモはそうでなかったようだが、すぐにでも思いつく。
ラミーと魔王に止められ、罠の可能性を知らされたヤクモ。彼女は次の瞬間にはおとなしく席に座り、再び頬杖をする。
「そっか。罠か。じゃあ行くの止めた」
「ヘッヘ、勇者さんはホントになんも考えてねえな」
ヤクモのあまりの変わり身の早さに、マットは笑ってそう言い、魔王たちはため息まじりに呆れてしまう。ただ、ヤクモに呆れていても意味はない。魔王たちは話し合いを続けた。
「どうしますどうします? 政治状況とルーアイの情報を見る限り、ヤクモさんの魔力はルーアイにあると思いますけど、だからって罠じゃないとは言えませんよ?」
「個人的には、情報は真実だとしても、今回は100パーセント罠かと」
「おめえら随分と自信満々に罠だと決めつけんだな。だとしたらよ、なんでヒノンの王は、勇者さんの魔力の本当の在り処を教える? 罠ならそこは嘘で良いだろうよ」
「う~ん、なんででしょうね?」
情報提供者の考えが読めず、ラミーたちは答えに辿り着くことができない。ヤクモはあくびをするだけ。ダートはぼうっとしたまま、会議に参加しているのかどうかもあやふやだ。
最後まで意見を口にしなかったのが、魔王である。彼は会議が行き詰まったところで、ようやく己の意見を話し合いに放り込んだ。
「北部派閥に所属する何者かが、我らを敵とすべきか味方とすべきか、見極めようとしている、と我は考える」
罠に飛び込み、魔力を取り返せず魔王とヤクモが死ねば、それで終わり。魔力を取り返せるようならば、魔王とヤクモを北部派閥の味方につける。これ以外に、北部派閥の人間がやりそうな行動が魔王には思いつかない。
魔王の考えに一同は納得した様子で、しかしやはり、マットが疑問を呈した。
「もし魔王様の言ってることが正しいとすっと、魔王様と勇者さんがつるんで、魔力を取り返そうと戦力を集めてること、北部派閥の誰かさんにバレてるってことになるぜ」
この疑問に対しては、ラミーが胸を張り、即座に答えをマットに与える。
「でもでも、私は個人的な情報網だけで、魔王様とヤクモさんが手を組んだ情報、手に入れたんですよ。ある程度の網を張ってる王様なら、そのくらい分かりますって」
「あの平和ボケした北部派閥が、情報の網なんか張ってっか?」
「みんながみんな平和ボケしてるとは限りませんから」
「……ま、そう言われちゃそうかもしれねえがよ」
話はまとまった。会議は情報提供者を北部派閥の人間とし、罠の可能性は確実としながらも、情報自体は本物だと判断する。ここまできて、魔王は立ち上がり、マントをひるがえし、右手を掲げ、宣言した。
「では、我々はヤクモの魔力を取り返すため、ルーアイへと向かう。これが罠であろうと、我らに進むべき道は他にない。この戦いに勝利し、我らの野望を成就させようぞ」
掲げた右手で拳を握った魔王。すると、先ほどからずっと頬杖をしていたヤクモは勢いよく立ち上がる。
「じゃ、さっさと行こ」
変わらず、ヤクモは何も考えていないようだ。彼女は言葉通り、さっさと会議室を出て行き、それをキリアンとマットが追いかけ、出発はまだだ、その格好で行くのかと苦笑しながら教える。なんとも滅茶苦茶な女だと、魔王はヤクモの背中を見て思っていた。
「これでこれで、多少はヤクモさんの信頼を得られましたかね」
会議を終え、背伸びをしていたラミーの言葉。魔王は小さく笑って、椅子に深くもたれかかる。
「我よりも先に魔力を取り返させてやるのだ。信頼してもらわねば困る。まあ、あの馬鹿さ加減では、魔力を取り返す順番など気にしていそうにないがな」
「フフ、そうですね」
ヤクモに対する呆れか、可笑しさか、安心か。魔王とラミーは互いに笑った。これから、あのヤクモとともに戦うのである。魔王と勇者が、ともに戦うのである。これを笑わずして、他にどうしようというのだ。
なお、ダートは最初から最後までぼうっと外を眺めているだけであった。