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魔王は魔王の座を目指す  作者: ぷっつぷ
第3章 とある魔族
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第3章2話 酔っ払い操縦士

 ケーレスは島の外周全体が断崖絶壁であり、港はかろうじて作られた1箇所のみ。船に乗ってこの島にやってきた者は皆、その港がケーレスへの第一歩となる。魔王もヤクモも、ラミーも、例外ではない。

 しかし、島に足を踏み入れる方法は船だけではない。空からの入り口が、ケーレスには存在するのだ。


 キリアンに連れられ、城の前にある広場にやってきた魔王たち。広場の端には、巨大な扉を怪物の大口のように開ける広い格納庫があった。

 格納庫内では、両手を酒とタバコに支配される2人の男が、雨をしのぎながら陽気に会話を交わしていた。1人は犬のような顔に鋭い目つきをする、獣人化をした長身のガルム族の男。もう1人は、髭まみれで背丈の低い、ドワーフの男。どちらも見た目だけは、魔王より年上だ。


「――そんでよ、取引先から積荷に関して、やたら注文があったらしいぜ。割れ物注意、天地無用、壊れやすいから取扱注意、腐らないよう徹底管理」

「随分繊細じゃの。積荷はなんだったんじゃ?」

「取引先のボスだったとよ」


 酒に酔いながら、興奮した様子のガルム族の男と、豪快に笑うドワーフの男。一体2人が何の話をしていたのかは分からぬが、キリアンは気にせず2人の会話を遮った。


「マット、ベン、仕事だ」

「ああ? この雨の中で仕事ってか?」

「キリアンさんは、人使いが荒いのう」

「目的地はサリーア。積荷はあの3人だ」

「おいおい、俺はまだ仕事を引き受けるとは――」

「仕事の内容は簡単。あの3人を連れて、サリーアに行って帰るだけだ」

「っつうことはなんだ? 俺たちゃあの3人の運転手ってことか?」

「その通り」


 やや強引なキリアンに、舌打ちを交え不満を隠そうともしないガルム族の男。彼は魔王とヤクモ、ラミーに横柄な様子で近寄り、そんな彼の酒臭さに魔王たちは顔をしかめた。ガルム族の男はタバコの煙を吐き出し、魔王をじっと見て口を開く。


「なんだか魔王みてえな格好だなぁ。おいキリアン! もしかして、こいつがケーレスの新領主になった魔王様か?」


 ガルム族の男の大声に、キリアンは黙って首を縦に振る。するとガルム族の男は、今度はヤクモとラミーを睨みつけ、小さく笑った。


「じゃあ、そこの背の高い嬢ちゃんが勇者で、背の低い嬢ちゃんが魔王様の側近と。ヘッヘ、マジかよ」

「キリアンさんの顔を見ろ。マジのようじゃよ」


 3人の正体を知ったガルム族の男とドワーフの男は、ゲラゲラと笑いはじめる。これに、魔王は動じることはなかったが、ヤクモは「なに笑ってんの?」と言い放ち、ラミーもしかめっ面のまま。

 ガルム族の男はひとしきり笑うと、酒を口から流し込み、再び笑って言った。


「こいつらの運転手なら面白そうだ。仕事、引き受けてやるぜ」


 何が何だか分からぬが、ガルム族の男は魔王たちを気に入ったようだ。彼は横柄な態度のまま、魔王たちに自己紹介する。


「俺はスタリオンの船長、マット・フォードだ。よろしくちゃん」

「わしはベン・メイヒューじゃ。スタリオンの副操縦士をしておる」


 ガルム族の男はマットと名乗り、ドワーフの男はベンと名乗った。彼らこそ、シンシアが紹介した、マットとベンなのである。

 マットは自己紹介を終えると同時に、格納庫に居を構える、雨だれと煤に汚れた、翼を持つ大きな鉄の塊に手を掲げた。彼の表情は、まるで我が子を自慢する父親のようだ。


「んで、こいつが俺たちの愛機『スタリオン』だ。元は共和国軍の払い下げだが、ベンの改造のおかげで、飛行魔機の中じゃ一番速い代物だぜ」


 活き活きとした表情のマットとベン。この時ばかりは、横柄な態度も鳴りを潜める。しかし一方で、魔王たちの反応はイマイチであった。特にヤクモの反応は、ほぼ無反応に近い。


「ねえ、飛行魔機ってなに?」


 その質問が、ヤクモが無反応であった理由だ。マットたちはヤクモの言葉に愕然とし、言葉も出ない。仕方なく、魔王が答えた。


「貴様、魔具や魔機は知っておろう」

「魔鉱石を使った道具とか機械でしょ」

「そこまで知っておれば、分かりそうなものだがな。飛行魔機は、魔鉱石の力によって空を飛ぶ乗り物ぞ」

「ああ、そういうこと。飛行機みたいなもの?」

「ヘリコプターと飛行機の中間、と言ったほうが正しい」


 説明を受けたヤクモの反応は、それでも「ふ~ん」だけであった。マットとベンは、先ほどまでの威勢は何処へやら、あまりに素っ気ないヤクモの反応に肩を落とす。


 魔法が使える者が少ない人間は、優れた技術力によって、魔鉱石を加工しあらゆる道具や機械を作り出してきた。飛行魔機もそのひとつ。

 飛行魔機は共和国軍が所有する乗り物であるが、貴重な魔鉱石を大量消費するため製造数は32機と少なく、使われることもあまりない。魔鉱石の密輸を行うマットとベンだからこそ持ちうる、特別な存在。それが飛行魔機なのだ。

 だからこそ、マットとベンはスタリオンを自慢するのだが、魔力さあれば空を飛べる魔王と、それを見てきたラミー、細かい事情など何も知らぬヤクモが、スタリオンに驚くことはない。


「もういい! さっさと乗りやがれい! 出発だ!」

「まったく……乗り物の魅力が伝わらんヤツはこれだから――」


 せっかくの愛機に冷淡な態度を向けられたマットは、そう言って魔王たちをスタリオンの貨物室に押し込んだ。ベンもブツブツと文句を言いながら、操縦席に座り、計器類をいじっている。


「随分とボロボロですね。マットさんたち酔ってるのに、ホントに飛べるんですか?」

「うるせい! 黙って乗りやがれい!」


 見た目は汚く、継接ぎも目立つ機体。操縦士は、操縦席に座っても酒を手放さぬマットとベン。貨物室の粗末な椅子に座ったラミーが不安を口にするのは当然だ。マットはラミーの不安を一喝し、エンジンを起動させる。


 エンジン起動と同時に動き出したスタリオンは、格納庫を出て雨に打たれた。数秒後、エンジンは青く輝き、機体は空を飛び、加速をはじめる。窓の外に広がるケーレスはあっという間に後方へと流れ、それは間違いなく、スタリオンの速度の速さを物語っていた。

 エンジンが起動するかどうかも怪しい見た目をしたスタリオンが、鳥のように軽く空を飛ぶ。そんなスタリオンの安定した飛行能力に、魔王は感嘆してしまう。


「これが飛行魔機か。なかなかにすばらしい」

「お! スタリオンの魅力が分かるたあ、さすがは魔王様じゃねえか!」


 魔王に褒められたのがよほど嬉しかったのか、マットは操縦桿を握りながらも一気に酒を飲み干し、シートの下から新たな酒瓶を取り出した。


    *


 スタリオンからは、庁舎と教会を中心に、50軒ほどの民家が並ぶだけの小さな町が見下ろせる。ケーレスを飛び立って約2時間、目的地のサリーアに到着したのだ。

 町の外れにある、ぬかるんだ広場。スタリオンは豪快に泥を飛ばしながら、マットとベンの手慣れた操縦で直陸する。着陸後、魔王とヤクモ、ラミーはスタリオンを降り、雨の止んだサリーアの町に降り立った。


「俺たちゃここで待ってる。なんかあったら、魔法かなんかで呼んでくれ」


 そう言って、マットはスタリオンの操縦席に留まり、ベンもエンジンをいじりだす。魔王とヤクモ、ラミーの3人は、魔王を先頭に町へと向かった。


 しばらくして、スタリオンの姿が見えなくなった頃。ラミーは魔王に近寄り、興味津々な風で口を開く。


「どう思いましたどう思いました?」

「何がだ?」

「マットさんとベンさんですよ。魔王様はあの2人のこと、どう思いましたか?」


 ヤクモが訝しげな表情をしてしまうほど、魔王のすぐ側まで近寄り、瞳を大きくして、そう質問したラミー。彼女にとって、魔王への質問とは至福の時間であるのだ。一方で魔王は、淡白な口調でラミーの質問に答える。


「マットとベンか。彼らは運び屋を家業とする男たちだ。運び屋は信用業。信用するに値する何かを持っていなければ、運び屋など務まらん。つまりは、マットとベンは仕事の最中である限り、信用できる男たちだ、と我は考える」


 マットとベンの戦闘力が如何程であるかは未知数だ。しかし、魔力を取り戻すためには、彼らのスタリオンが重要であり、そのためにマットとベンを仲間に加えることは、魔王にとっては好都合。


「なるほどなるほど〜、さすがは魔王様です!」 

 

 魔王の答えに、ラミーの反応はそれだけ。当然だ。彼女は魔王の考えなど、聞かなくとも理解している。彼女はただ、魔王に質問をして、魔王に返答してほしかっただけなのだ。もちろん、魔王もそれを分かっている。だからこそ、ラミーの反応が薄っぺらであろうと、意に介さない。

 ただし、そんな2人の関係性を詳しく知らないヤクモは、2人の後姿を不思議そうな表情で眺めていた。

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