第3章1話 これからどうする?
ラミーがやってきたことにより、魔王のケーレス領主としての仕事は半減した。魔王が魔王であった頃と同じく、ほとんどの雑務はラミーが率先して行っているのだ。
ケーレス領主の仕事は安定、今のところ大きな問題は起きていない。だが魔王の望みは、ケーレスの統治などではない。彼の望みは、魔王の座を取り戻すことである。そこで魔王は、ラミーやヤクモ、シンシアたちを集め、今後の方針についての会議を開いた。
山の尾根に建つダイス城。ただでさえ暗い石壁は雨に濡れ、城全体は陰鬱とした雰囲気に落とし込まれている。外見が暗ければ、中身も暗い。元が要塞であるこの城は、装飾の類は一切なく、魔王たちが集まった会議室も例外ではなかった。
会議室の床は絨毯が敷かれ、かろうじて温かみを演出するが、マフィアたちの抗争で多くの血が染み込んだ壁は、会議に参加する者たちを重く包み込む。部屋の明かりも少なく、生憎の天気も相まって、その暗さは尋常ではない。魔王の会議には、お似合いである。
一方で、会議室に置かれる重厚なテーブルを囲んだ会議参加者たちには、会議室とは違って、個性豊かな明るさがあった。
立派な黒いマントに覆われ、重厚なオーラを醸し出す魔王。
たくましくも女性らしい体を、鎧と陣羽織に包んだヤクモ。
白いシャツにスカート姿の、司会進行役を買って出たラミー。
可憐な青い衣装を着て、猫耳と尻尾をピクリと動かすシンシア。
高級スーツをかっちりと着こなすキリアン。
葉巻をくわえ、腕を組んだカウザ。
シンシアの膝の上で丸くなるムーニャ。
それぞれが違う衣装で会議室を彩り、それぞれが違う表情で会議を進める。ケーレスでの会議には、お似合いである。
「ではでは、これからの方針を皆さんはどうするのか、どうしたいのかを、発表していただきます」
会議室で唯一、席に座らず司会進行役を務めるラミーの言葉。これに魔王は「では我から発表しよう」と言って立ち上がり、マントをひるがえし宣言した。
「我の望みはただひとつ。ヴァダルら反逆者の首を絞め、殺し、魔界の玉座に再び座ることだ。そのために、封印されし我の力をすべて取り戻す。邪魔する者は、1人残らず排除してやろうぞ」
低い声と強い口調が、魔王の覇気となって、会議室の空気を震わせた。会議参加者たちは一様に圧倒され、ラミーは嬉しそうに拍手をする。
宣言を終えた魔王が席に座ると、今度はヤクモが口を開いた。彼女は魔王と違って、わざわざ席を立つことはない。
「私は……特に希望はないかな。強いて言えば、私を殺そうとする共和国を少しでも見返すために、勇者の力を取り戻したい。あとはどうでもいいから、みんなに従う」
主体性のないヤクモの方針。彼女が何も考えずに発言しているのを、言葉の端々から感じた会議参加者たちは、それが勇者の言葉であるのに苦笑し、ヤクモの言葉であるのに納得した。
「次はシンシアの番ニャ」
椅子に深く腰掛けたシンシアは、猫耳をぴくりと動かし、微笑を浮かべ、己の考えた今後の方針を口にする。
「シンシアの願いは単純ニャ。シンシアはウォレス・ファミリーを守りたいニャ。だから、戦争を仕掛けてきた連中、パパが死んだからって裏切るような輩は、ともかく『みニャ殺し』にしていくニャ」
可憐な衣装と可愛らしい顔つきとは正反対な、単純明快であるシンシアの方針。彼女はドーニャ・ウォレス。ファミリーを守る責任があるのだ。
シンシアに続いて、ウォレス・ファミリーの新しい相談役に就任したキリアンが発言した。彼はテーブルの上で手を組みながら、ファミリーの詳しい方針を滑らかに語る。
「シンシア様のお言葉通り、我々はファミリーを守ることを優先します。ですので、魔王様方に常に協力することは、残念ながら叶いません。しかし、最低限のこと、例えば情報共有くらいのことは、私たちにお任せください」
このキリアンの言葉に、さらに続いたのが、アイギス隊長のカウザだ。
「俺たちはシンシア様の私兵部隊だ。シンシア様とファミリーを守るためには敵を殺すが、魔王様ご一行を守るために敵を殺す気はない。すまんが、理解してくれ」
葉巻の煙を燻らせ、はっきりとそう言い切ったカウザ。キリアンの言葉もカウザの言葉も、彼らが決して魔王に協力的ではないことを表していた。彼らにとって、魔王たちはファミリーを守るための道具でしかないのだ。無論、魔王はそれを理解している。
「良い。ウォレス・ファミリーはウォレス・ファミリーのために戦え。我らは我らのために戦う」
最初から魔王はそのつもりであった。魔界の王たる魔王が、ウォレス・ファミリーなどという小さな組織に頼りきりになるつもりはないのである。
話がまとまると、ヤクモは会議に退屈し大きなあくびをしながら、頬杖をしてラミーに話しかけた。
「でさあ、ラミー生徒会長はこれからどうする気?」
ラミーの白シャツにスカートという格好、そして司会進行という立場から、彼女を生徒会長と呼んで質問したヤクモ。ラミーはあだ名を気にせず、ヴァンパイア族特有の牙をのぞかせた笑顔で答える。
「私は魔王様のお望みが実現するように考え、行動するつもりです」
どこまでも魔王に従順なラミー。ヤクモは質問を続ける。
「じゃあ、魔王は玉座に座りたいとか言ってるけど、それをどうやって実現するの?」
「まずは仲間を集める必要がありますね」
そう言ってすぐに、ラミーはシンシアの方を見て、手を合わせながら、お願いした。
「ということで、シンシアさんシンシアさん、ケーレスで使えそうな人材、集めてもらえませんか?」
「そのくらいのことニャら、私たちに任せるニャ! ただ……キリアン兄さん、人材集めってどれくらい時間がかかりそうニャ?」
「良い人材を探すとなると……最短でも2週間」
「らしいニャ。それでも大丈夫かニャ?」
「人材探しをしていただけるだけでも感謝です! ありがとうございます!」
気前の良いシンシアの返事に、ラミーは頭を下げて感謝する。これで、魔王の野望はまた一歩、前へと進んだのだ。
喜ぶラミーと、特にこれといった反応を示していない魔王。そんな2人に対して、キリアンは付け加えるように言った。
「人材集めでしたら、ちょうど面白い情報がありますよ。西方大陸人間界東部の、サリーアという町。そこで1年と半年ほど前から、近くの森に魔族が住み着いたという噂が流れています。もしかすると、その魔族が魔王様方の仲間になるかもしれません」
ウォレス・ファミリーの情報の網にかかったひとつの噂。『1年と半年ほど前』という、魔王が追放されたのと同じ時期を示す言葉に、魔王は引っかかった。
「どのような魔族なのか、分かるのか?」
「詳しくは分かりませんが、岩のような大きな体をした、怪力の持ち主だそうで」
「ほお、それは興味深い。サリーアという町の魔族、会ってみよう」
キリアンの説明で、魔王はとある魔族の男を頭に浮かべ、怪しい笑みを浮かべた。果たして魔族の正体が誰であるかは、確認するしかない。だがもし、噂の魔族が〝彼〟であれば、魔王は確実に仲間を1人見つけたことになる。
魔王の怪しい笑みを見て、シンシアはゆったりと尻尾を振りながら、口を開いた。
「だったら、私たちが魔鉱石の密輸で重宝してる、マットとベンに連れて行かせるニャ。2人の飛行魔機『スタリオン』は、速いからニャぁ」
あまり協力はできないと言いながら、ウォレス・ファミリーは気前が良い。魔王たちはシンシアが紹介したマットとベンに会うため、会議を終わらせ、キリアンに連れられ城の広場へと向かう。