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魔王は魔王の座を目指す  作者: ぷっつぷ
第14章 魔都帰還
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第14章4話 玉座

 ゼジオ軍団約4万人、ドラゴン族部隊約2万人、2週間にわたる行軍の最中に集まった魔族たち約10万人。計16万の群衆が、ディスティールへと続く街道を埋め尽くし、ディスティールの城門前で足を止めた。その中心にいるのが、魔王である。


「到着です到着です! 魔都ディスティールですよ!」


 ケルベロスに引かれた車に乗る魔王の隣で、ラミーは城門を見上げ満面の笑みを浮かべていた。対して魔王は、城門を守るサーペント族の守衛を睨みつけ、ディスティールの現状を憂う。


「正確に言えば、今は旧魔都ディスティール、であろう」


 魔界の中心がディスティールであったのは、魔王が玉座にいた時まで。ヴァダルが魔界の指導者となって以降は、ディスティールは放棄された街になってしまっている。魔王の側にいたヴュールは、ため息混じりに過去を振り返った。


「クーデター後、敬愛すべき魔王様の影響力を削ぐため、逆賊ヴァダルはサーペント族の街であるタルアットを、新たな魔都に定めました」


 ヴュールの話を聞く魔王とラミーは、終始呆れ顔。ヴュールのヴァダルへの批判は、熱を帯びはじめた。


「逆賊ヴァダルは遷都の際、ディスティールに住まう魔族たちの強制的な移住政策を行っております。そのため、敬愛すべき魔王様を失ったディスティールは、この2年で、痛ましいまでに衰退してしまいました」

「ですけどですけど、ヴァダルは自分で自分の首を絞めちゃいましたね」


 怒りを露わにし、ヴァダルへの糾弾を続けるヴュールに対し、ラミーは笑みを浮かべていた。今のラミーは、ヴァダルのお粗末な行いに感謝したいぐらいなのである。


「強制移住と抑圧、遷都といった政策は、ディスティールの住人たちにヴァダルを憎ませただけですから。結果結果、たくさんの魔族が魔王様の味方をしてくれています!」


 現在、魔王の周りを囲む16万の群衆。そのほとんどが、ヴァダルの強引な政策に反発し、ヴァダルへの恨みを募らせ、魔王の統治時代を懐かしく思い、魔王に救いを求めたディスティールの住人たちだ。

 魔王が魔界の玉座に再び座るために、ヴァダルは手を貸したも同然である。ヴァダルは策謀を巡らす知恵はあっても、統治能力は欠如していたと、魔王は思う。


 さて、城門前にたどり着いた魔王たちであったが、城門が開く気配は一向にない。そこで魔王は、想定通りの指示を下した。


「エルギア、任せた」

「はっ!」


 指示に従い前に出る、獣人化をしたままのエルギア。エルギアは門の前までやってくると、城門を守る守衛に対し、大声で呼びかけた。


「ディスティールの守衛たち! 魔王様がご帰還なされた! 開門せよ!」


 ゼジオ軍団の軍団長、グリフォン族族長エルギアの命令(・・)だ。普通であれば、守衛は命令に従い、城門を開く。

 しかし、守衛たちの答えは沈黙であった。まるでエルギアの命令など聞こえなかったかのように、門が開かれることはなく、辺りは静まり返っている。


「……応答なしですね」

「きっと、ヴァダルの部下、いる」

「敬愛すべき魔王様に対し、なんたる無礼!」


 それぞれの反応を示すラミー、ダート、ヴュール。魔王は大きくため息をつくと、すっと立ち上がった。


「仕方あるまい」 


 そう言って、魔王は城門を見上げた。彼は城門からでもこちらの姿が見える位置に立ち、息を吸い、魔力を使って低い声を轟かせる。


「我こそが魔王、魔王ルドラである! 開門せぬというのならば、ここにいる衛兵全て、根絶やしにしてやろう!」


 頭蓋骨までも震わせるような、魔王の低く重い言葉に、さすがの守衛たちも動揺したか、城門内部が騒がしくなった。おかげで、サーペント族の守衛は顔を赤くして怒鳴る。


「あれは偽物だ! 騙されるな!」


 なんとかして守衛たちを落ち着かせようとするサーペント族の守衛。ところが彼は、他の守衛たちによって、どこかへと引きずりこまれてしまう。


「魔界の王ヴァダル様の命令により、我らは――」


 それがサーペント族の守衛の最期の言葉であった。しばらくして、城門内部から、サーペント族の男の首が投げ捨てられ、青い血が地面に撒き散らされる。同時に、守衛が叫んだ。


「開門! 開門!」


 サーペント族の男が死んだ途端、大きく重厚な城門はゆっくりと開けられる。魔王たちは早速、城門をくぐりディスティール内部へと入り込んだ。2年ぶりのディスティールへの帰還である。

 赤黒いレンガに覆われた街と、城門の守衛たちが魔王たちを出迎えていた。守衛たちは体を震わせ、恐怖に引きつりながら魔王に頭を下げている。


「魔王様……度重なるご無礼……お詫び申し上げます!」

「忘恩の徒、ヴァダルの部下は、我らが必ずや根絶やしにいたします! 我らが魔王様のお手を煩わせるようなことはいたしませぬ!」


 償いとして、ヴァダルの部下たちの死体を魔王に見せた守衛たち。魔王は手を掲げ、守衛たちの無礼を許すと、魔王城への行軍を続けた。


 魔王城まで続く街道。魔族たちは道の端に立ち、跪き、静かに、厳かに魔王を迎える。何十万という魔族に埋め尽くされながら、鎧の擦れる音以外には何も聞こえぬほど、街は静まり返っている。

 ただし、中には騒がしい者もいた。行軍する魔王の側で声を張り上げた、サーペント族の兵士の首を持つ男もその1人。


「魔王様! ヴァダルの部下を討ち取りましたぞ!」


 わずかでも魔王の機嫌を取りたい男の言葉。ヴュールは男を叱った。


「おい貴様! 敬愛する魔王様に気安く――」

「良い。ディスティールの名もなき男よ、よくやった」


 魔王学曰く『恐怖と幸福を民衆の心に同居させよ。さすれば民衆は指導者に従い、国は存続する』のだ。魔王が与えた幸福に、男は感涙し、ひれ伏す。


 数多の魔族に迎えられ、魔王はついに魔王城までやってきた。天を貫く3つの塔を眺め、魔王は呟く。


「2年ぶりの魔王城。ここは変わらぬな」


 長大な階段、高い天井、皓々たる空間、数え切れぬほどの柱。2年前に見た景色と何も変わらない。

 城の玄関を歩き、廊下を進み、巨大な扉を開け、玉座の間に到着した魔王たち。魔王の目の前には、立派な椅子が暗い部屋に佇んでいる。


「魔王様魔王様! 早く早く!」

「魔王様、玉座、座れる。おいら、嬉しい」


 歓喜するラミーとダート。魔王はしばし玉座を見つめると、マントをひるがえし、玉座に腰を据えた。


「久々の景色だ……」


 魔王の視界に広がる玉座の間。何十年も見続けてきたこの景色を、再び見ることができたのだ。魔王は、魔界の玉座を取り戻したのだ。


「ところでグレイプニル、そろそろ姿を現したらどうだ?」


 玉座に座る魔王は、不敵に笑ってそんなことを言う。すると、柱の陰からメイとモーティーが姿を現し、魔王の前に立って、恍惚とした表情を浮かべた。


「隠れても意味はありませんか。さすがは魔王様。少し興奮してしまいます」

「あちきもよ。あ~もう! 胸が熱いわ!」


 大いに興奮した様子のメイとモーティー。魔王は単刀直入に、2人がここにいる理由を当ててみせる。


「我を殺せと、ヴァダルに命令されたか」

「はい」


 気後れすることなく、はっきりと答えたメイ。彼女は言葉を続ける。


「しかし、私の目の前には本物の魔王様がいる。となれば、私が仕えるのはヴァダルではなく、魔王様ということ」


 魔王が魔王の座にいなかったからこそ、グレイプニルはヴァダルに仕えた。だが、状況は変わった。魔界の玉座に座るのは魔王だ。魔王は小さく笑って、グレイプニルに命令を下す。


「フン、では命令しよう。グレイプニル、ヴァダルの命令は全て無効、我に付き従え」


 この命令に、メイは自分の体を抱きかかえ、モーティーは白い歯をのぞかせ言う。


「喜んで! ああ……本当に嬉しい……!」

「やっぱりヴァダルなんかより、魔王様みたいな良い男が、あちきたちにはお似合いよね!」


 ドラゴン族を従え、ゼジオ軍団を従え、ディスティールに帰還し、玉座を取り戻し、グレイプニルまで従えた魔王。一気に魔王らしくなった魔王に、ラミーは感慨深げな表情していた。


「ようやくようやく、ここに戻ってきましたね」

「ああ。魔界の玉座は我のものだ」

「いろいろ、ありましたね」

「魔王の座を奪われていた頃など、我には一瞬の出来事でしかないのだがな」


 淡々とした口調で言う魔王に、ラミーはつい苦笑いを浮かべてしまう。だが、魔王は構うことはない。今の魔王が見ているのは、さらなる魔王の権力だけなのである。

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