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「機関の闇」

 ダリス・イーノア。独房に収監後一か月と数日後。特別独房にて。

「……来たか」

 その男、ダリス・イーノアは特別に豪華な物で揃えられた一室で、武士道の如く微動だにせず正座していた。

「機関を去る前に、君を処分しておくべきだった。……どうして、君を招いたかだと? ふふ、それは君の力に興味があったからだ。それ以上の理由はあるまい」

 独房の外では、黒い影が揺らめき。眼光は赤く発光して、暗闇に浮かぶ。そんな人外のような存在にダリスは、一切怯んだ様子を見せない。それどころか、わずかばかりの笑みを浮かべて平然と話していた。

「惜しむは私は表世界から姿を消したということだ。もう君を処分するのは新たな世界を歩む若者たちに任せるしかないようだ。……せめてもの、私が持ち込んだトラブルの種は自分の手で摘んでおきたかった。残念ながら、私に出来ることは黙って殺されることだけかな」

 おっと、ずっと喋りっぱなしで黙っていなかったな、と一人笑うダリス。黒い影は、答えない。

「さてと。バレリア君は私を打ち負かすほどの存在だ。彼が作る未来は不安だらけだが、あの世から機関を見ているとしよう。きっと、私の愛した組織を守ってくれる。形を変えても」


 バレリアは部屋で号外を見ていた。百数十年あまりの実刑は免れないとされていたダリスが、何者かによって首を斬られて暗殺されたとのことだ。暗殺業界――そういう裏社会までバレリアは精通していないので適当に名付けた――は信用で成り立つ商売であり、暗殺の依頼書はフェルジュシュ製の紙で絶対に破棄できないようになっている。その信用を裏切ったダリスは粛清を受けた可能性は大いにある。事実、騎士団も暗殺に関しては、ダリスが雇っていた暗殺者が事件に絡んでいるのではないかと捜査方針を発表していた。しかし――

「ダリスさんが暗殺された、か」

 ここは同じ暗殺者に話を聞けば分かるのだろうか。なにせ、一か月前に死闘を演じた相手が何者かに暗殺されて終わるなど、バレリアとしては胸の内にあるモヤモヤが消えてはくれないのだ。

 医務室へと向かうバレリア。医務室では、ベットに横たわる元秘書と、それを見守る元暗殺者がいた。

「なんのつもりだ? バレリア」

「すみません。ちょっと聞き辛いですけどいいですか?」

「……ダリス・イーノア」

「……はい」

 言われなくともダリスのことだと分かっていたらしいクラウス。だが、視線をこちらに向けることはない。

「言っておくがオレではない」

「知ってます。クラウスさん、剣持てないんですもん」

「その気になれば木刀でキサマを殺せるが。試すか?」

「結構っす!」

「冗談だ」

 真顔で言うものだから、冗談だと分かりにくい。どこからが冗談なのだろう。

「今回の事件の暗殺者。誰だか見当つかないっすか?」

「つかん。ダリスの契約していた暗殺者は既に死んでいる」

「え?」

「だから、ダリスが贔屓にしていた暗殺者は、ダリスが捕まる半年以上前から暗殺されていると言ったのだ」

 つまり、裏切り行為による暗殺者の粛清の可能性も消えたというわけか。

「ただ、今回の事件と、その暗殺者の暗殺事件には一つだけ共通点がある」

「なんですか?」

「鋭利な刃物。紅い眼」

「凶器は鋭利な刃物っていうのは分かるんですけど……紅い眼?」

「暗殺者の暗殺事件は現場付近で暗闇に浮かぶ紅い眼の目撃情報がある。今回のダリス暗殺でも、独房を警備していた看守が紅い眼を見た……と最後に証言して現在意識を失っているそうだ」

 紅い眼……光属性の魔法で暗闇での視界を良好にする類のものか。それともそういう人種か。少なくとも独房の警備を掻い潜り、独房の檻の魔法抵抗アンチマジックを突破しているため魔物はあり得ないが……。

「ところでキサマ、こんなところで何をしている?」

「……へっ?」

「減給されたくなければ、早く依頼クエストに行ってこい……!」

 静かに、そして確かに怒っている。

「は、はい! 行ってきます!」

「……静かにしろ。もっとも、お前の騒ぎ一つでこいつが起きてくれれば苦労はしないがな」

 眠るアーシャを見据えて言う。この二人にいったい何があったのか。バレリアには知る由がなかった。


「よーし、本日は快晴! おじちゃんと一緒に日向ぼっこしてる美女探さないかい!?」

「え? ビショップ?」

「ぼくは遠慮させてもらおう」

「わたしも……です」

「連れないねー。ホント連れないねー」

 今回は草引きの依頼だ。メンバーはバレリアとシャウラ。そしてフェルキオ・リーダスに神薙荒王かんなぎこうおうの四名。任務内容は、王都メルキアまでの街道に生えた雑草を抜いて、道を綺麗にする……任務の監視役。

「なんでさー。なんでボクだけ草引きさせられるわけよー。おじちゃんイジメ反対! 高年者は労わるべきだと思いまーす!」

「クラウスさんから聞いたんだけど、また女子風呂を覗こうとしたんだってね」

 フェルキオが呆れたように言えば、シャウラは怯えと怒りが入り混じった真っ赤な顔をしている。

「へいへーい。おじちゃん、一人で草引きしてますよーだ」

 今回の正確な任務は神薙の草抜きの罰の監視役なのだ。

「反省しなよ。ヘレルナーさんだって、こんなに怯えているのって言うのに、君は悪いことをした自覚はないのかい?」

「反省してるじゃなーい。だからおじちゃん、こうして逃げずに働こうとしてるんだからさー」

「でも監視が必要な時点でおかしいと思うけどね!」

 フェルキオの言葉にぐうの音も出ない神薙。シャウラはバレリアが用意した日傘代わりのパラソルを遠慮がちに引っ張った。

「どうしたんだ、シャウラ?」

「ええっと、その、神薙さんなんですけど……一か月前にもダリスの秘書に会いに立ち入り禁止の幹部の執務室まで来ていたんです」

「たしか、シャウラが暗殺の依頼書を手に入れるためにダリスさんの部屋に行った時だよな?」

「はい。クラウスさんが執務室には依頼書が保管されていると教えてくれたんですけど、ダリスの部屋の前にいたんです。その時、ダリスの部屋の扉を斬ってもらったんですけど」

 また、罰の増えそうなことをしたなぁーと呑気に言えば、複雑そうな面持ちのシャウラ。

「それ、クラウスさんに言った?」

「いいえ。緊急時でしたし、一応は協力してもらったので黙ってます。けど、どうしたほうがいいのかなって思ってまして」

 クラウスにチクればまた怒られるだろう。秘書に会うためだけで進入禁止の場所に入ったなんてバレてしまえば。おまけにその秘書はクラウスの大事な人だ。そんな人にいったい何の用だったのだろう。

「……クラウスさん、知ったら絶対に減給って言いますよ……。それどころか、最悪命で支払えなんて言い出しかねないです」

「いくらなんでもそこまでするか?」

「わたしならします」

 急に真顔になって言うので、バレリアはなぜか怯んでしまった。なぜか微妙に焦点が合っていないシャウラだが……きっと疲れたのだ。それか眼精疲労か何かだろう。たぶん。

「さっきから仕事中になーに喋ってるのヨ。仕事はサボっちゃダメってのは知ってるでショ」

 先頭を歩く神薙が横やりを入れるが、三人全員でお前が言うなという顔をする。

「悪いことばっかりしてるからこんなことさせられてるんじゃないのか?」

「そういえばサボりが激しいそうだが、君、給料泥棒じゃないのかい?」

「変態は死ねです」

「シャウラちゃんが一番厳しいィ~」

 真顔で、射抜くように、表情を一切変えず。人見知りであるシャウラが、面と向かって直接的な罵倒は珍しい。というよりも本当に殺してしまいそうな眼をしているが、彼女は大丈夫なのだろうか。


 炎天下の中、作業は始まった。バレリアは剣を地面に突き刺して、パラソルを立てるための穴を穿ち、そこにパラソルを突き刺して日陰を作る。体力の低いシャウラは強い日光にさらされているだけで体力を奪われるからだ。

「すいませんバレリア。わたしの身体が弱いばかりに」

「気にするな。お互い、足りない欠点は手$を合わせて補えばいいだけだ。俺は体力はあるけど、魔法は上手く使えない。反対にシャウラは魔法は天才だけど、体力は足りない。足りない部分は二人で力を合わせて補い合おうぜ」

 納得してくれたようで、シャウラは雑草が生い茂る地面の上にハンカチを置き……神薙がやってくる。

「はーい、そんなわけでおじちゃんは体力ないので疲れました! とゆーわけで交代ッ! いいよネ? もう高齢だから腰が痛いのヨ!」

 パラソルの下で仰向けになり、両手を後頭部に回してくつろごうとした神薙に……バレリアとフェルキオは、一斉に剣を振り下ろした。

「どわーっ! タイムッ! そりゃないって!」

 必死になって這うように逃げる神薙。慣れない四足歩行で手を捻ったのか、無様に転ぶ。

「悪いけどクラウスさんに――」

「――サボったら殺せって言われてるんでね」

 バレリアとフェルキオの息の合った連携に神薙は涙目だ。

「なんでぇー!? なんで君ら容赦ないわけェー!?」

「だってさ、クラウスさんに言われたんだ。猛省し、二度と繰り返さないために罰を与えないといけないって」

「クラウスさんは、君が死なないと同じことを繰り返すって言っているんだ。だから僕たちは殺す気で君を監督する」

「ちょい待ちィ! 殺す気でっておじちゃんホント死んじゃうってば!」

 二人で剣を構えたのを合図に、すぐに地面に伏せて雑草を抜き始める神薙。これはあくまで罰。優しさを見せるのは神薙のためにはならない。

 バレリアはボーっと神薙の草引きを見ており、フェルキオは腕組みしながら見下ろしている。一本ずつ草を引き抜くたびに神薙は文句を言う。バレリアは神薙の愚痴と文句を全て無視して考え事をする。

 ダリス・イーノア。こんなにもあっさりと死んでしまうとは。しかも、ダリスの残した傷跡は、アーシャというクラウスの大事な人が二度と目覚めないという形で残っているというのに。クラウスは一か月の間にダリスに面会していたのだろうか。彼のアーシャを想う気持ちを考えれば、間違いなくすぐに面会に行って≪洗脳魔法ブレインブレイカー≫の解除をしろと言いに行くだろうが……クラウスは、解除できないの一点張りだ。そう考えればダリスを憎む容疑者にクラウスが浮上するが、クラウスの復讐はダリス逮捕で達成されているではないか。

「バレリア。ちゃんと監督しているのかい?」

「ちょっとォ! バレリアくーん、助けてよォ~! こんなデンジャランスな草引きやったことないってば!」

 神薙は泣きながら訴え、フェルキオは神薙の首に剣を載せている。その構図はまるで、処刑執行前の罪人と介錯人のそれである。

「誰かぁー! 殺人犯! ここに殺人犯がいますよォ! 助けてよォ!」

 通りがかる人たちにも助けを求める神薙。だが、通りすがりの人たちは彼を見て見ぬ振りをするでもなく、助けようとするでもなく、笑顔。中には、挨拶する者もおり、どうやら神薙を知っているようだ。

「……神薙さんって、どれくらい草引きやらされてるんだ?」

「んー、何百回目だっけカナ?」

「神薙さん、俺、首に剣を当てられてるのがいつもの光景扱いされてるのはおかしいと思う」


 神薙が腰痛を一日中訴え続けた草引きの翌日。バレリアは王都メルキア内にある伝言屋に来ていた。伝言屋とは最近になってできた魔法を使った伝言を行う公共事業である。風魔法を使うことで、瞬時に世界各地に点在している伝言屋にメッセージを届けられる。手紙は一か所に留まる人物とやり取りをする時に利用し、伝言屋は緊急時に即メッセージを送らないといけないときや、相手が一か所に留まらずに各地を移動している場合など非常に便利なのである。しかし、弱点もあり、それは……

「これ、イレセア・オルコット宛てに」

 局員に数字をぎっしり書いた紙を渡すと、局員は特に顔色を変えずに受け取る。

「では、お客様のお名前をお伺いします」

 何食わぬ顔で答える伝言屋だが、無機質な接客でバレリアの徹夜で書いた暗号を何とも思っていないようだ。この伝言屋の弱点。一つ目は伝言を伝えるのが非常に面倒であること。

「バレリア・オークライト」

 あらかじめ、暗号用の解読リストを渡される。渡された解読リストを使って、文字を暗号に置き換えるのだが……メッセージの内容を伝言屋にバレないように非常に面倒な暗号文を作らないといけない。二つ目に、

「イレセア様は解読リスト番号をご存知でしょうか?」

「あ、はい」

 暗号にも数十種類存在し、解読用の暗号を持っていないと意味不明な単語しかできないということだ。例えば、バレリアが今回利用した暗号を使ってイレセアと書くと、45147151の縦縦縦縦。非常に面倒臭いのである。しかも、これ以外の多くのパスコードがあり、解読しようとするのは難解なのだ。まだ便利とは言い切れない伝言屋のシステムだが、そのうち便利になっていくだろう。人類と魔法の歴史から顧みてもそうだったのだ。この後、パスコードは伝言屋から各地にある伝言屋へと一斉に送られる。クラウスなどが使っていた言葉を伝える風魔法を、さらに強化された魔法を使い、全ての国にいる伝言屋の同業者にこのパスコードを伝えられるのだ。

 とりあえず、今どこにいるのかということと、元気にやってるということ、それからダリスの暗殺事件に関することを疑問に思っていると伝えたバレリアは、伝言屋を後にしようとしたその時、伝言屋の局員に引き留められる。

「バレリア様。イレセア様から伝言がありますが」

 通常、伝言屋に伝言が届けられたとき、本人の住所に伝言が来たことを手紙で伝えられるのだが、今回はたまたま伝言屋に来ていたのでその場で数字の書かれた紙を渡された。……本当は普通に手紙を送った方が早いために、各地を移動している人以外、ほとんど伝言屋は使われていないのだ……。


「えっと……375122389447203281643541……」

 機関の自分の部屋に戻ったバレリアは、暗号を一つ一つ解読表と照らし合わせて解読する。縦縦縦横横横縦縦……。こんな厄介な暗号に変換し、受け取れば今度は厄介な暗号を解読しないといけない。この暗号がだらだらと長い話になれば10行くらい続くのだ。送る側も送られる側も面倒でしかない。が、個人情報絶対死守を謳っている以上、仕方がない。そのうち、もっと便利なシステムになるのを待つ以外に方法はない。

「375の縦……『こ』。122の縦……『れ』。389の縦……『よ』。447の横……『り』」

 ……これで解読できたのは「これより」の四文字。まだ一行も解読できていない。

『バレリア・オークライト並びにシャウラ・ヘレルナー、フェルキオ・リーダス。すぐにオレの執務室に来い』

 突如、クラウスの声が聞こえてくる。まだ手紙の内容を解読できていないので、彼はポケットに暗号文を押し込んで部屋を出る。

 機関の幹部以外立ち入り禁止の廊下を通る。最近、この廊下ばかり通っているが、基本的には呼び出しされた時は例外的に通ってもいいようになっている……なのだが周囲から見ていれば呼び出しが多い人物ということになる。あまりにも呼び出しが多いのでバレリアとシャウラはもれなく周囲から問題児だと認識され始めているのが、少々困ったことだが。

 部屋に入れば先にフェルキオとシャウラが来ていた。シャウラは読書中だったらしく本を持ってきており、フェルキオは鍛錬中だったのか汗を流している。

「……お前たちを呼び出したのは他でもない。お前たちには特別な任務に就いてもらう」

 クラウスは机の引き出しから用紙を一枚取り出すと、それを読み上げる。

「クラウス・グランフェル、メデル・アーラ、ザット・フェル処理済み、アーシャ・エル・キュモール、イレセア・オルコット処理、ターラ・フィアンマ、クローリア、バツ、イントリ・ダーク、バツ、神薙荒王処理、レイナール・グリン、ルクシャ・シトル、バレリア・オークライト――」

「クラウスさん、それはいったい……!」

「ダリスのメモだ。騎士団が証拠品として押収した物を取り寄せた」

 メモの中には知っている名前がいくつかある。それどころかバレリアや仲間たちの名前も入っている。

「このメモにはダリスが、手駒にしようとしていた人物がリストアップされている。ダリス暗殺事件にはこれらが関わっている可能性もあるのでな」

 機関の暗殺者だったクラウスに、ダリスの洗脳魔法を受けたアーシャ。バレリアとシャウラの先生であるイレセア、それからクローリアに神薙にルクシャの名前まである。しかも、この中にある名前の中には最近になって原因不明の病で倒れて目を覚まさない者、行方不明になったもの、暗殺された者の名前も含まれていた。有名な人物も含まれていたり、事件の時に大きな話題になった関係で、多くの人物がバレリアが知っている名前だった。

「このバツとか処理ってなんなんですか?」

 シャウラが問えば、クラウスは無表情のまま答える。

「恐らく、バツは役に立たない人間だ。処理というのは、自分にとって不利益になる危険な存在。処理済みは……」

「はわわっ! もういいですっ! 分かりましたからっ!」

 これらの事件は、全てダリスによって実行されたということか。危うくバレリアも、名前の後ろに処理と付けられるところだった。シャウラの名前がないのは、あの時点でシャウラがドラゴンの魔法を扱えることを知らなかったからだろう。

「今回、お前たちには極秘で行動してもらう」

「分かりましたけど……具体的には何をするんですか?」

 いきなりダリスのメモを読み上げられたところで、何をすればいいのか分からない。やっとクラウスは本題に入るようだ。

「最近、暗殺事件、通り魔事件など、物騒になっている」

「確か、伝言屋に行く前に号外を貰いました。えっ~と、王都メルキアにて怪事件発生! だっけ?」

 バレリアはポッケの中に折りたたんだ号外を取り出そうとすると、一緒にイレセアの手紙が落ちてしまう。手紙は、床を滑るように這っていき、するりとクラウスの机の下を潜ってしまった。

「……なんだこれは?」

 さらに、折り畳みが悪かったのか、手紙は開いており、クラウスは中身を見てしまう。もっとも、クラウスでもただの数字の羅列は読めな――

「『コレヨリフクシュウ』? 『シキュウレンラクサレタシ』? ……すまん、昔の癖でな。今のは忘れる」

 と言って、心にもない言葉で手紙を返してくる。『フクシュウ』。復習か? それともまさか、復讐? 復讐だとしたら……。それはさておき、クラウスには暗殺者としての経験上か、解読表を見なくともすぐに読めるようだ。複数の解読パターンが意味を成していない。

「話を戻すぞ。その王都メルキア内で頻発している怪事件だが、決まって目撃情報が寄せられているのは知っているな」

「……紅い眼」

 ただの変死事件であれば号外など出ない。今回の事件は決まって暗闇に浮かぶ紅き双眸が現場の目撃情報で寄せられているのだ。この紅き眼、ダリス・イーノア暗殺事件の犯人ではないかという騎士団が掴んだ情報がすでにリークされているらしい。

 しかたなく騎士団は今まで隠していた紅い眼の人物を、ダリス暗殺事件の犯人として情報を開示。捜査方針を固めているらしいが……肝心の有力な情報を何も得られていない状態だそうだ。

 ただ世間の噂は恐ろしいもので、犯人は粛清者で、裏切り行為を行った者達を次々殺しているだとか、義賊で不正を働く人間に裁きを下すだとか噂の域を出ないモノやら、根拠のないモノ、そもそもが紅い眼などただの見間違いなど、錯綜に錯綜を重ね、今はメルキア内でもメルキア連合でもホットな話題になっている。人が大量に亡くなっているのだが……。

「…………」

 そして気掛かりになってきたのはイレセアだ。彼の眼は紅くはないが、クラウスがバレリアよりも先に読み上げた『フクシュウ』という一文が気になる。何を思って『フクシュウ』などという単語を送ってきたのか。しかも、この手紙が送られたのが、ちょうどダリスが殺される日の昼頃にあたる。そして、ダリスはイレセアを知っており、逆もまた真である。ダリスは「殺し合いになった」とすら言っており、リストにはイレセア・オルコット処分とすら書かれている。お互いに何らかの憎悪の関係にあったと十分に言える上に……場合によってはこの事件の犯人が……イレセアの可能性も捨てきれないのだ。無論、証拠もない上に、まだ憶測の域は出ないのだが。

 どうにも動揺が止まらない。こんなことであれば、もっと早めに解読をして、心に余裕を持っておくべきだったと後悔するバレリア。

「そして、今回の任務は、お前たちに犯人確保の任務に就いてもらう」

「犯人……って、まだ誰がやったのか分からないのにっすか?」

「ウム。騎士団も具体的な犯人像がまるで掴めていないらしい。……現在、騎士団より応援要請が機関に来ている。王都メルキア内に潜む殺人鬼から王都の住人を守ってくれとな」

「えー、でも俺たち三人だけで警備なんてできないっすよ」

 あっと何かに気づいたようにシャウラが口を開く。

「あのですね、バレリア。バレリアが手紙を出しに行ってる間にほとんどの機関員が出払っているんです」

「そうだったのか。道理で帰ってきたら誰もいないなって」

 警備は、他の機関員に任せ、その間にバレリアたちは別行動で犯人確保のために動くというところか。クラウスは腕を組み、腕をとんとんと叩いていかにも考え事をしているとでも言いたげにしている。

「これで犯人確保が出来れば騎士団に恩を売れるだろう。可能な限り犯人を生け捕りにせよ」

「もしかして……媚び売り?」

「どう捉えても構わん。機関が落とした信用を取り戻さんといけないからな」

 この任務は機関幹部の一人が落とした信頼を取り戻すのが主な仕事らしい。そのために警備する他の機関員とは別行動をしろというわけか。

「とりあえず、ダリス関係の証拠や、既に判明している情報を伝える。そこから犯人の特定、及び逮捕をすれば昇給を考えてやらんこともない」

 先ほどから当然のように犯人を探し当てろと言っていることに、フェルキオは黙っていられないようだ。

「でも素人の捜査で犯人を捕まえられるとは、ボクには到底思えない」

「ウム。……しかし、防衛だけというのは気に食わん。だから、一部戦力を攻撃に転じなければな」

「つまり、ボクらの捜査力よりも、犯人を追い詰める駒として期待してるわけですか」

「素人の捜査で、犯人を見つけることは難しいだろうが、犯人を追い詰める行動を心掛けよ。それでは、今得ている情報だが――」


 夕方の王都メルキアは、いつも以上にピリピリした雰囲気が漂っていた。謎の殺人鬼と遭遇するかもしれない。夜まで活気のある王都メルキアだが、少しでも人目のないところに行けば命はない……などと騒いでいる。噂などでは義賊などと言っていたが、さすがに自分の命の危険が迫ると気が気でなくなる。

「さてと、バレリアたちはどうするんだい?」

「んー、しらみつぶしで探す意味はないよな」

 すでに外には機関員と、騎士団と思わしき剣を帯刀しプレートアーマーを装着した人物がちらほらと。もうすでに彼らは王都メルキアの隅々まで目を光らせていれば、死角はない。

 なら、バレリアたちがするべきことは、後手から攻撃へと転じなければ。

「ここは犯人を特定するよう調査する、だな」

「……素人のボクたちにできるのかい?」

「まあ、クラウスさんもそんなに期待はしてないからこの人選なんだと思う」

 新人でまだまだ隙の大きいが、ドラゴンの魔法で実力は常人を超越できるバレリアとシャウラ。それに新人だが監督役として責任感の強いフェルキオを用意したというところか。

 とりあえず、バレリアは持っている情報を整理する。

 まず、ダリスの事件だが、犯人は魔法抵抗のある檻を破っているらしい。ダリスは抵抗らしい抵抗を行っていないらしく、斬首された。だが、留置所の警備を行っていた者が紅い眼の男を目撃したらしく、必死の体当たりを繰り出したらしい。犯人は、手すりか何かに腰をぶつけたらしいが、すぐに犯人の反撃を受けて重症を負ったそうだ。警備を行っていたその人物は意識を失う寸前に何があったかを証言した。

 王都メルキア内で起きている無差別殺人は、ダリス暗殺事件の翌日に起きた事件で、被害者は四名。この四名の被害者はただの主婦に、ただの雇われ店員だとかでまるで共通点がない。問題は目撃証言だ。高速で移動する紅い眼の男の姿を見たという証言だ。ダリス暗殺事件の犯人が、今度は無差別殺人の犯人。いったい、この犯人の目的は何なのだろうか。機関の元幹部を暗殺したかと思えば、今回の無差別殺人。そして、ダリスの贔屓にしていた暗殺者も紅い眼の男に殺されているのだとクラウスは言う。

 これらの一連の事件は全て同じ犯人。持っている情報は、ダリス暗殺関連しかないが、そこから捜査を行っていくしかないだろう。

 そして、犯人の目的をダリス暗殺に限れば容疑が浮上する人物をバレリアは知っている。

「……イレセア先生はメルキアにいるのかな」

 イレセア・オルコット。かつて、ダリスと殺し合いになったらしく、さらに言えばダリス暗殺の日に送られてきたメッセージには『フクシュウ』の文字。魔法抵抗の檻もドラゴンの魔法があれば容易に焼き千切ることが可能だ。ダリスとはどのような確執があったのかは不明だが、話を聞かなければならないコトには間違いない。

「えっと、リーダスさん。すみませんけど、ちょっとだけ別行動いいですか?」

「構わないが、どうしたんだい? シャウラ」

「知り合いがメルキアにやってきたんです」

「なら、ボクは誰か適当に捉まえて調査を続行するよ」

 ここには手が余っている機関員がいっぱいいるからね、とフェルキオ。メルキア内の警備は十分な上に、十分な人眼がある。後はそれらしき不審者を確保することが大事か。

「ねえ、君! 一人? これからおじちゃんとお茶しないー? 君のおごりで」

「おっと、不審者がいたね」

 仕事中に知らない女性に声を掛けている神薙。不審者には違いない。

「ちょっ! 待ってよ! おじちゃんいい店知ってるヨ! きっと気に入るからサァ!」

「その前に仕事をするべきじゃないかい?」

「おおっと! フェルキオ君にシャウラちゃんにバレリアくーん! ……って、その剣を下してヨ! パワハラだ! パワハラ止めてヨ!」

「分かったよ、剣を下げる。――あー、クラウスさん、神薙さんがサボって軟派した上でさらにお金をゆすっていました」

「タァ――――イム! ちゃんと働くからさァ! クラウス君にチクるのは止めて! ネ! ネ!」

 そのまま、フェルキオは神薙の首根っこを掴んで行ってしまった。あれは絶対信頼してないな。神薙も、詠唱魔法を唱えていないのだから、クラウスには何も聞こえていないのに慌てている。

「それで、シャウラ。どうしたんだ?」

「それが、イレセア先生が来たんです。二人だけで来てくれって言われまして……」


 陽は沈み、王都メルキアは魔力ランプによって照らされる。王都メルキアに銀糸を靡かせて歩いて来るはバレリアとシャウラの先生、イレセア。

「バレリア。どうやら先生の伝言と入れ違いになったようだ」

 開口一番にその一言か。せっかく先生と生徒が久しぶりに会ったというのに、他の挨拶とかはないのだろうか。例えば、この間のクローリアとドラゴンの一件以来だね、とか。

「だって、伝言屋に行ったら急に渡されるんだもん」

「どうりで内容が噛み合わない訳だ」

 やれやれと心の内で思っているのが筒抜けだ。

「それよりもなんだよ。『フクシュウ』って」

「……それについてはここでは言えない」

「言えないって」

「来週。シトル廃研究所に来てくれ。そこで話そう」

 はぐらかすイレセアに、シャウラも気になるのか尋ねる。

「このメッセージを書いた日、イレセア先生は何をしてたんですか?」

「その日は確か、傭兵の仕事で魔物の討伐をしていたよ。数が多くて一掃するのに日付が変わってしまったが」

「そうですか。ありがとうございます」

「確か、その日はダリスが死亡した日ではなかったかな? バレリアの伝言の中に書いてあったが」

「いえ。別に何でもないんです。ありがとうございます」

 イレセアは、そのまま腕を組んで遠くを見ている。なるべく、表情を隠しているような。そんな感じ。

「ダリスはね。機関が戦力の募集をしている時に出会った人物だ。当時、先生はこのチャンスを利用してドラゴンは敵ではないと主張していたんだが。――ダリスは……」

「俺達の親友を、殺した」

 ダリスは、ドラゴンの力を手に入れるために、ドラを殺してしまった。

「先生は、それをきっかけにダリスと殺し合いの戦いを始めたんだが……逃がしてしまった」

「……それも聞いてる」

「その話をどこで聞いたんだい? もしや、ダリスを逮捕したのは……」

「俺たち、ダリスが数々の不正を働いてたことを見つけ出したんだ」

 暗殺や、洗脳など。正義だと称して。

「そうか。ダリスが逮捕されたというだけでも驚きなのに、君たちが逮捕したのか……。ドラも、先生の妻も喜んでいる」

「かなり、苦戦したけど」

「……それで、今回のダリスが死んだという話。あれは君たちが殺した……とまでは流石に言わないね?」

「いやいや! 俺たちもなんで殺されたのか知らないし!」

 ちょっとだけ、イレセアが殺したと疑ったのは内緒だ。なにせ、『フクシュウ』だなんて送ってくるものだから。容疑は、日付が変わるまで傭兵の仕事をしていたというなら、ほぼ現場不在照明は立証されたと言ってもいい。嘘か真かは傭兵ギルドに問い合わせればすぐに分かる。

「しかし、機関の英雄を殺した犯人は誰なのだろう? 君はどう思う?」

「それが分かれば騎士団はいらないよ」

「関係者の中で怪しい人物とか?」

「いや、分からないってば」

「まあ、ダリスは表向きは慕われている人物であるのは間違いないけれど」

 関係者の中で怪しい人物。そんなもの、暗殺業界にまで顔が利く以上、範囲は裏社会にまで広がる。

(って、そんなこと言ったらクラウスさんも怪しいよなー)

 クラウスは元暗殺者で、アーシャという大事な人間を洗脳魔法を使い、人格も、顔も、何もかもを変えられたうえで、昏睡状態にされて二度と目覚めなくなった……らしい。動機としては十分であるが、今度は無差別殺人の動機とは結びつかなくなる。そんなことを言ったら、リストにあった人物全員、関係ないように思えるが。

(ダリス暗殺、それから無差別事件。怪しい人物……)

 とりあえず、無差別殺人事件は話を複雑化させるだけなので置いておいて。ダリス暗殺事件だけに絞って怪しい人物を考える。……だとすればリストアップされている人物を怪しいと考えるべきか。

 ハッと気が付いた。おかしいのだ。

 どうしてあの人物は、リストの中であんな記載をされているのだろう。ダリスにとって役に立つ人間は後ろに何もつけず、ダリスにとってまるで役に立たないと判断された人間はバツが付けられる。そして、ダリスにとって不利益になる人物は……。

「まさか、そんな……」

「ど、どうしたんですか? バレリア」

「あのリストは告発だったんだ……」

「告発、ですか?」

 今まで、どうしてスルーしてきたのだろう。あのリストは、ダリスが機関をより良くするために、洗脳魔法ブレインブレイカーにより手駒に出来る人物をリストアップし、手駒にならずに機関の脅威となる人物を排除するためのリスト。イレセアは、ドラゴンは人類の脅威ではないを主張している『機関の存在を問われかけない脅威』として存在しているから処理と書かれている。ならば、『あの人物』はどうして機関にとって脅威となる? それは、ダリスにしか知らない『真の顔』があったからだ。みんな、あの態度に騙されていたのだ。

「シャウラ! 今すぐ、クラウスさんとフェルキオに連絡を!」

「どうしたんですか、バレリア……?」

「早くしないと危ない!」

 何を分かったのか、バレリアが告げるとシャウラは信じられないと、驚きと同時に、あり得ないと、口に出さなくとも考えていることが分かってしまう。

「――クラウスさん――そーです! いえ、痴漢で捕まえてほしいわけじゃないんです! バレリア曰く、かもしれないのです! その、ダリスが処分をしようとしていたのは、何も覗きとかで機関の信用を落とすからじゃなくて――本当の意味で危険因子だったかららしいんです!」

 シャウラは詠唱魔法でクラウスに連絡を取るが、クラウスも信じられないのだろう。あの飄々とした態度は偽りの仮面だったのだ。ダリスの執務室に来て、ダリスの秘書に用があったという言葉は嘘だ。あの時からすでに狙っていたのだ、命を。だから、あの時、ダリスの執務室前にいた。

 同じようにダリスはクローリアもつけ狙われていたが、彼女の場合、バックの王家に関して戦力になると考えられていたのだろう。しかし、途中でダリスも王家との関係を遮断したクローリアを従えていても、意味はないと考えて、彼女を頭数から外した。それがクローリアの後ろのバツ。

 なら、シャウラがダリスの部屋に入ろうとした段階で一番怪しい人物で、かつ、ダリスが危険に感じていた人物。そして、犯人は腰を強打しており、その腰の痛みをぼやいていたあの人物。

 そして、シャウラの話では、魔法抵抗のある扉を斬ったらしい。なら、魔法抵抗のある檻も破ることが可能ではないか。

 ここまで、怪しい要素が浮上すると言い逃れは出来やしまい。


――神薙荒王!


「あっ、フェルキオさんですか? 今どこに? ――メルキアの外ですか!? ダメです! 逃げてくだ――」

 急にシャウラが耳を抑える。

「……フェルキオさんとの連絡が途絶えました」

 耳を痛そうに押さえているシャウラ。大きな声を聴いてしまったせいだ。恐らくは、悲鳴。

「急ごう、シャウラ! これで間違いない。神薙さんが一連の事件の犯人だ! 早くフェルキオを助けないと!」

 はい! と元気よく頷くシャウラ。イレセアは二人に付いてくる気配はない。

「イレセア先生! 俺たち、これから急がないといけないから!」

「分かっているよ。バレリア、それからシャウラ。いいかい? 明日、シトル廃研究所で待ち合わせだ。ちゃんと来るように」

 そういって、イレセアは反対方向へ行ってしまう。

 この時、どうしてバレリアは『フクシュウ』についてちゃんと聞かなかったのだろうと、後に後悔する。


「それでクラウスさんはなんて!?」

「はい! 現場に機関員を集結させるので、先に現場へ先行してフェルキオさんの救助をするように、とのことですっ!」

 陽は完全に沈み、闇夜の空と人工の光の二色で彩られた世界。二人は王都メルキアを駆ける。場所はメルキアの外、神薙が外で草引きをしていた公道。跳ね橋を急いで渡った先には……

「くっ……! ここまで酷いことするなんて」

「嘘……だって、言ってほしいんです……」

 外は、暗い夜と血液が混ざりあい闇色に染まっている。多くの人間が、血の海に沈んでいる。

「フェルキオ!」

 倒れる人の中に、血で染められた知り合いを発見し、ゆっくり意識を確認する。

「……不意を、付かれた。ボクを助けに……機関員が来たけど、ご覧の通りだよ……すまない……」

「いいから喋るな! とりあえず生きてただけでも感謝しろよ! シャウラ、フェルキオとまだ生きてる人の治療!」

「は、はいっ! ……バレリアはどうするんですか!」

 暗い月のない夜道。離れた位置で漆黒の闇の中で浮かぶ紅い双眸がこちらを睨んでいる。すると、紅い双眸は公道の外れにある森へと飛んでいく。格子状の柵で覆われたその森は、通称、暗殺者の森と呼ばれる物騒な森だ。昼間でも陽の光のを完全に遮断してしまう樹海で、昔は不正な取引が行われやすい現場であり、そこを狙って暗殺者による暗殺事件が多発する現場で、暗殺者の森と呼ばれるようになった。この物騒な森を撤去しようとする動きもあるが、生態系を破壊するために簡単には撤去できないらしく、未だに王都メルキアの闇の部分として存在している。

「神薙さんを捕まえる!」

 暗殺者の森を抜けられてしまえば、所在が掴めなくなってしまう。この森はメルキア同盟国内の多くの領土に面しているのだ。ここで取り逃せば、新たな被害者を生み出すのは目に見えた事実。

 シャウラを置いて、立ち入り禁止の札を無視してフェンスをよじ登る。森の中に侵入すれば、虫やらフクロウやら様々な生態系が出迎えてくれるが、妙に騒がしく、多くの生き物の鳴き声が忙しなく聞こえてくる。まるでこれから天が割け、地は消失し、命は無へと帰す。そんな天変地異の危機を動物たちが察知しているかのようだ。

 森を注意しながら歩けば、その人物は平然と立って居た。

「バレリアくーん。こんなとこでなにしてんの?」

 紅く発光する双眸、そして帽子にコート、腰に帯刀された刀の、黒い鞘。木の枝の上でその人物は待っていた。

「神薙さん。どうしてこんなことを?」

 両目は充血していると言うには真っ赤に発光しており、ただならぬ雰囲気を醸し出す。いつもは飄々とした態度しか見せない男が、今日はピリピリした殺気を放ち、肺に取り入れる空気が、毒ガスを吸い込んでるように痺れるように痛む。全身から汗がにじみ出る。

「んー。理由なんて、いる?」

 だというのに、態度はいつも通りだ。いつも通りなのだが、それが余計に恐ろしく感じてしまう。どことなく漂うは狂気。犯人であることを完全に認めている。隠す気などさらさらないようだ。

「ダリスさんも、フェルキオもどうして斬ったんだよ!」

 フェルキオはまだ死んではいないが、シャウラが光魔法で必死に治療を行っている。闇属性の魔法が死を与えるものだとすれば、光属性は光源となり、再生を促す。シャウラの魔法であれば、『応急処置』はどうにかなるだろう。後は、ちゃんとしたところで治療を行わなければ。

「分かった分かった。おじちゃん、答えればいいんでしょ?」

 などと飄々とした物言いで、

「斬りたかったから」

 とても冗談とは思えぬ口調で、軽く言う。矛盾した態度。

「なんだよ! どうしてそんなことをするんだよ! いつもみたいに変なコトやってる神薙さんに戻ってくれよ!」

「おじちゃん、いつものおじちゃんじゃん。そーだよ、胸が大好きなサ!」

 紅い眼を閉じ、右耳をこちらに向けてきた。

「その胸の奥にある心臓の音、止まる音が特に大好きな、サ!」

 気が付けば、目の前に神薙がいない。

「あり? バレリアくぅ~ん、どこ向いてるの?」

 突然背中から聞こえてきた神薙の声で振り向き、後ろに飛び退いた。

「んー、バレリアくんは僕に、斬っちゃあダメって言うけどサ。逆にこっちから聞くけど、どーして斬ったらダメなのん?」

「だって痛いし! 死んじゃうだろ!」

「おじちゃん痛くないし、おじちゃんは死なないし」

「でもダメなものはダメだ!」

「ダメだから、どうしたのん?」

 おどけて言う割には、声の端から威圧感が漂う。

「ねぇー聞くけど、人は遅かれ早かれ死んじゃうんヨ。それを早くしてどーなるの? 別にいーじゃん。どうせ死ぬもん殺しちゃってもサ」

「残された人も、殺された人もどうなるんだよ!」

「別に」

「別にって、答えに――」

「君サ。死んだら消えるんだヨ? 別に何も残らない。残された者? 死んだ人には関係ないよネ」

「殺される人はどうなるんだよ!」

「幸せじゃん」

「なっ!」

 どこから、そんな妄言が出てくるのだろう。戸惑いを隠せないバレリアに神薙はさらに言葉で追い詰めてくる。

「だってサ。この世のシガラミから解放されてるんだぜ? 幸せなことじゃないか!」

 下卑た笑い声を挙げる。神薙の普段のおどけた態度からは、その姿を想像できない。

「さてと、ここは暗殺者の森って言うんだって? ダリス君から聞いたんだけどサ。ちょうどいいから鬼ごっこしよーよ。ま、おじちゃんは鬼は鬼でも殺人鬼なんだけどネ」

 また、消える。地面にある落ち葉が舞う。この草木を踏むこと音から、恐らくは姿を消すような魔法ではなく……高速で移動しているのだ。詠唱魔法でないとこんな真似はできないが詠唱魔法を唱えている様子はなかった。魔法もなしに、高速移動しているのだ。

「くっ……!」

 暗い闇の森を走る。ここで神薙を逃がしてしまうわけにはいかない。この広大な森は犯人の逃亡を手助けする。引き返すよりも、足止めして仲間の到着を待つ方が良い。

「暗殺者だったクラウス君はここで良く暗殺をしていたんだってサ。ダリス君が言ってたんだけどネ!」

 暗い森の中。右から左から。四方八方から神薙の声が聞こえてくる。まさしく、自分の位置を悟らせない暗殺者らしき行動。

「おじちゃんも暗殺者候補だったんだけどネ! 途中で要らないってサ! 世界を滅ぼしかねないって。酷いよネ!」

 バレリアの肩に、肘を乗せてくる。振り向いて抜刀するが、空を裂くだけで手ごたえがない。

「怖いなァー。いきなり剣を振り回すなんてさァー」

 口調は軽い。そんな相手なのに剣は届かない。走っている相手に余裕かまして肩を置く。走っている相手と並走している上に、肘を乗せて体重を預けるなど、どんな曲芸だ! と言いたくもなる。

「まーでもネー。ダリス君の言うことは間違いじゃないんヨ、これが。おじちゃんがいた国、おじちゃんが潰しちゃった」

 軽く恐ろしいことを言う。まさか、外国に住んでる人は皆殺しにしてしまった……?

「まさか、調査団が外国に行って帰ってこないのは、神薙さんのせい!?」

 そして、調査にやってきた調査団を新たな獲物として殺していたりするのか。

「あの時はワクワクしたなー。変な力使うんだもーん。新鮮で殺しがいあったなー。しかも何回もやってくるから飽きないし」

 恐ろしいまでに、今までの神薙のいつものセリフに『死』に関する単語がすり替わっているようだった。

「どうしてみんなを斬ったんだっ! どうしてそんなことを平気でやれる!」

「だから言ってるじゃないか。人を斬る。それがどーしたってね」

 そんなことを本気で言っているのか。笑い声が四方八方に聞こえ、複数人から一斉に笑われている錯覚すら覚える。

「おじちゃんの国はねー。研究者たちが武器の開発に夢中になっててサ! 笑えるよね、『我は人類の命を自由自在に操ることが出来る神になった』『巨万の富と、歴史上の人物として後世に語り継がれる』なんて言ってる奴が、真っ先に自分の作った武器で殺されるんだからネ! あ、ちなみにそいつのおかげで人類の命は次々と死に絶え、歴史上の大罪人として、知らぬ者はいない人物になったわけヨ、これが」

 外国ではそんなことになっていたのか。よその国を知らぬバレリアには別世界を語られている気分だった。

「その研究者が作った刀が『黒鴉』。愚かな人類は呪いの研究を進め、持ち主の精神を蝕み、持ち主そのものを兵器へと変える恐ろしき武器。身体能力は著しく上昇するが、持ち主の精神は歪められる。愚かな人類は、愚かな歴史を繰り返し、愚かにも呪われた武器に対抗するには呪われた武器しかないと、次々と量産していった」

 走っても、走っても、見つからない。無限回廊にでも閉じ込められたかのようだった。神薙を見つけて倒さないと、この国までもが滅んでしまう。頭の中で鳴り止まぬ警鐘。恐怖から逃れるように走る。

「武器を手に入れた愚かな人類。ある者は破壊衝動に囚われ、ある者は心を失った兵器となり、ある者は感情をセーブできずに暴走させてしまう――人類は殺し合いの地獄となり、昨日も今日も明日も殺し合いの日々。一日。また一日と着実に破滅へと進んでいく。絶望し、希望を失い、闇へと沈み行くのを待つか、加担するかの二択の世界。そして、僕が持つこの刀こそ」

 血が、滴る。腹から、何かが出ている。漆黒色の、何かが。

「破滅へと導いたオリジナルの武器。『黒鴉』サ!」

 背後に回られ、貫かれたのだろう。その、神薙曰く『黒鴉』という刀に。

「じゃあネ。死者の国へ行ってらっしゃい」

 意識が、途切れそうになる。痛みを感じない。徐々に意識は闇へと誘われる。

 ……。

 …………。

 ……………………。

「――っ!」

 だが。外国の最強武器を使うと言うなら、まだ、外国土産にこちらの最強武器を見せつけていない。

「捕まえたぜ、神薙さん……!」

「あり?」

 意識を失う寸前で、刃を掴み、その痛みを気付け代わりにしてドラゴンの魔法を解放したのだ。

「≪ドラゴンウィング≫!」

 光の炎による翼を背中に生やし、神薙を翼で挟みこむ。

「危なっ!」

「ぐぁっ!」

 神薙は逃げる拍子に刀を引き抜いて行った。その時に丁寧に内臓まで傷つけて行ったのか、口から血が零れ出る。神薙は距離を取ったのだろう、姿を見せない。ドラゴンの魔法を解放したことで、超再生の力によって、神薙に貫かれた腹の傷はみるみる塞がっていく。口の中の血を唾と混ぜて吐き、口元から垂れる血を手で拭う。

「神薙さん! 逃がしはしない!」

 相手は高速の移動と、暗闇を利用して有利に戦いを運んでいる。……ならば、ここは相手の有利な環境を壊すしかない。文字通り、環境を。

 上空に飛翔し、宙で逆さまになる。それはまるで見えない天井に立っているよう。剣に光の炎を宿し、振り下ろす!

「≪ドラゴンメテオ≫!」

 光の炎は真下へ、流星の如く落ちていく。光の炎は着弾と同時に燃え盛り、闇の森から、人の賑わう王都よりも明るい炎で包み込まれ、白く染まる。バレリアの目的は三つ。一つは、クラウスたち増援に居場所を教えること、二つは有利な地形を破壊すること、三つめは、

「神薙さんなら来るって、信じてたぜ……!」

「えっ――」

 やむを得ず反撃しに来た神薙を上空へ呼び寄せ、自由の利かない空中で迎撃すること!

「≪ドラゴンテイル≫」

 空中で前転、からの炎を纏ったキック。直進しかできない神薙は、そのまま顔を蹴られて地面へと高速で落下する。そこを透かさずバレリアも飛んでいく。地面には大きなクレーターが出来、その真ん中で横たわる神薙を、落下の速度を殺さずに拳で殴りつける。寸前のところで躱され、右腕は地面に埋まる。

「ちょっと! おじちゃんに遠慮してヨ! おじちゃんも歳なんだから加減してくれないと! 腰だって痛いんだし!」

 痛いよぉ~と砕けた口調の癖に、顔は砕けてもいないどころか、腫れてもいない。神薙の話通り異常な力を持っているようだ。

「うおおおぉっ!」

 右手いっぱいに力を込めて、炎を噴射。神薙へと真っすぐ突撃。

「わわっ!」

 バレリアが剣を振る前に神薙は消える。だが、身体能力が上がっているのは何も神薙だけではない。ドラゴンの魔法を解放したことで、身体能力も、それから視力も大幅に向上している。神薙のわずかな動きを捉えることだって可能だ。

「そこだぁー!」

 その場で、回転切り。狙うは神薙の首。背中に迫ってきた神薙、その刀に阻まれ、光の炎帯びる剣と漆黒の刀はぶつかり合い。凄まじい轟音と豪風で、近くにある木々がミシミシと悲鳴を上げて、引き千切られたように曲がる。

「バレリアくぅ~ん。ちょっとくらい手加減してくれていーじゃない」

「悪いけど、魔物相手は討伐しないと誰かが命を落とすことになるから」

「ちょっと! おじちゃん、魔物じゃないってば! 仲間にそんなこと言うの?」

 お互いの得物は互いの首を狙う。鍔競り合いに負ければ――首だけポンッ! だ。バレリアは炎を噴出し、全力で剣を押している。神薙はそれを、片手だけで刀を持って応戦している。

「余裕たっぷりだな、神薙さん!」

「違うってば! き、君のせいで、左手、動かないんだってェ!」

 神薙の帽子は飛んでいき、コートは忙しなくはためく。つま先だけで全力でその場で堪えているようだ。神薙は力だけで刀を押しているのに対し、バレリアにはドラゴンの魔法による補助でブーストしている。そのために、神薙は必至で左手を添えようとしているが、衝撃が邪魔して上手くいかないようだ。

「神薙さん! あんたは人を殺す! だから、ここで討伐する!」

「ひ、人を殺すことがなんだって言うんだよ。どうせ死ねばみんな一緒だって! 生きてることに意味なんてないジャン!」

「そうだ! 生きてることに意味なんてない!」

「え?」

 僅かに驚いて見せた隙を狙い、炎を最大出力で放出する。さすがに耐えきれなくなったのか、神薙は大きく吹き飛ばされ、森の、まだ燃えておらず真っすぐ立っている木々の中に飛んでいくが、そこを透かさずバレリアは追う。

「でも誰だって限りある命で生きてるんだ! 誰にも奪う権利なんてない! 人も、ドラゴンも!」

「じゃあサ――」

 神薙は、空中で態勢を整え、一本の木に垂直に立ち、力を込める。こちらに向かってくるつもりのようだ。

「魔物や僕は死んでもいいってわけだ! 矛盾してるよネ! 言ってること!」

 高速で飛来してきた神薙。すれ違いざまに肩を斬られる。

「ぐっ――」

「誰にも、奪う権利は、ないんじゃないのカナ?」

 血が噴出する。痛みで集中力が持続できない。ドラゴンの魔法のタイムリミットも近づいている。超再生を利用し、傷口を速攻で塞ぐ。

「結局、君も同じ、人殺しってわけサ!」

 神薙を追う段階で、ドラゴンの炎で形成した羽で飛翔していたが、このままの状態では墜落してしまう。ゆっくりと翼をはためかせ、地面に降り立つ。

「……知ってるよ。俺も被害を出さないために、魔物を殺してる」

「えー、じゃあ、認めるってわけだ。おじちゃんとやってることは一緒! 結局、大義名分を抱えてるか抱えてないかの違いでしかないってネ! 大義名分を抱えていれば何をしてもイイってわけだ!」

「神薙さんの言うとおりだ。単に俺の大義名分でしかない。でも俺と神薙さんでは決定的に違うんだ」

「何が、どう、違うって言うの? どんな言い方をしても、正義のための言い訳にしかならないんじゃないのー?」

「正義なんて、主張してないよ。俺は」

 超再生で、なんとか肩の傷口は塞がった。でもドラゴンの魔法は後数秒しか持たない。解放時間としては一分三十秒ほど。中々良く持った方だ。だが、戦闘はまだ終わっていない。神薙がここまで強いとはバレリアも予想外だった。だから、この一分と三十秒で考えた姑息な手を使わざるを得なくなった。

「≪ドラゴンブレード≫」

 バレリアの持つ、ドラゴンの鱗が魔法を解放はできなくなった。だが、出来なくなったからと言って炎が完全に消えるわけではない。ドラゴンの魔法を剣に灯しておけば、まだ炎だけは残る。

「神薙さん! 俺、思うんだよ。結局、魔物もドラゴンも人間の都合だけで殺されているようなもんだって。けれど、みんな殺されたくない、限りある命を全うしたいんだ。そんな限りある命を奪われないために、勝手な理由で他者を排除する。戦争だって起きる。結局、俺も、誰だって限りある命を奪う勝手な生き物だ! でも――」

 ドラゴンの魔法が消えた以上、高速移動などできなければ、高速移動する神薙を眼で追うことなど到底できない。けれども――

「俺は俺の大事な友達のために魔物を殺す悪人だ! 正義なんて主張しない! でも大事な存在は奪わせやしない! だから俺は剣を持つ! 勝手な理想を世間に押し付ける! 命を奪う存在に対して、勝手に命を奪い、俺の都合だけで命を奪ったり、奪わなかったりする!」

 背中から遅れて木の葉を踏みしめる音が聞こえる。首めがけて振り下ろさんとする刀。全てに気が付いた時には全てが終わる。

「あれぇ~? おかしいなぁ~」

「……俺の友人を傷つけたなら、俺は容赦はしない。みんな生きたいから、魔物を倒す。悪意をもって人間に襲い掛かるから、俺たちは生きるために倒す。そうじゃない『存在』なら……正さないといけない」

「あ~。なんで二刀流になってんのヨ。剣なんて、どこにも……」

 逆手に持った、左手の光の炎の剣。神薙を貫いたもう一つの剣。それは光の炎で作られた、『もう一本の剣』。バレリアが得物として使っている剣に光の炎を灯したが、それとは別にもう一本、光の炎の剣を作ってあったのだ。

「悪いな、神薙さん。この技名、正確には≪ツインドラゴンブレード≫って技なんだ」

「ツインって……おかしいなァー。魔法って、正しい技名と一緒に言わないと関連付けが上手くいかないって……」

「それは普通の魔法だけ。ドラゴンの魔法は自由自在なんだ」

 それを聞いて、「ちぇー」と拗ねた口調で神薙は倒れた。


 木の葉の上で、神薙は貫かれた腹部の出血を、手で押さえながら笑っている。

「ダリス君は、牢屋で『バレリア君は信用した人間相手なら、正当防衛があっても中々手出しできない』って言ってたのになァー」

「うん。それで、俺、ダリスさんにボコボコにされたんだ。なんで、こんなことするんだって。あの人は正義を抱えた人間だのに、どうしてこんなことをするんだって」

「おじちゃんの時は、初っ端から全力出して……」

「まあ、ダリスさんの人徳ってことで」

「おじちゃんは人徳ないってこと?」

「ない」

「即答……」

 今度はバレリアが笑って見せる。神薙の隣に座り、失った体力をゆっくり回復させる。超回復によって、強引に傷口を塞いだが、斬られたことによる痛みはまだ残っているのだ。

「俺だって、色々考えてるんだ。ダリスさんの時は、かたき討ち出来なくて歯痒い思いしてた。でも、今回は違う。大事な友人が斬られてる。ここで逃がしたら神薙さんはもっと人を斬る」

「だったら、殺せばいーじゃん。どーしておじちゃんにトドメ刺さないワケ?」

「トドメって、戦闘不能じゃん。命まで奪う必要なし」

「おじちゃんを生かしておけば、また命を奪うよ」

「それは俺の判断じゃない。法の判断だから」

 はぁ~、とため息を吐いている。いつも通りの神薙だ。眼も紅く発光していない。

「ってか、殺してくれればおじちゃんは幸せなんだけどネ~」

「なんだよ、殺してほしかったのか?」

「……ソダネ」

 冗談で言ったつもりだが、神薙は本気で言っているようだった。

「おじちゃんはこの『黒鴉』に呪われてる。『黒鴉』は持ち主の精神を蝕み、他者を殺すことに快楽を感じるようになる。おじちゃんはこの刀を持つ限り、死ぬまで人殺しなの、サ」

 この刀を持っていたから、神薙は一連の事件を引き起こしたということか。あの紅い眼も、神薙曰く、武器が神薙の身体能力を著しく上げるというのであれば、その副作用か何かだろう。

「昔は、もっとヤバいレベルではっちゃけていてさァ。故郷の国にいる連中と一緒になって殺し合いの毎日。そんな時、一度だけドジって死にかけたんヨ。そん時に刀の呪いから解放されたんヨ」

「それで、王都メルキアに来たんだな」

「そそ。調査団の船に乗せて貰ったんヨ。護衛役と船員として雇ってくれ、代わりに外国に送ってくれってネ! いたたっ!」

「あまり無理して喋ると死んじゃうって!」

「だから言ってんジャン! 僕を殺せってサァ! 僕は疲れたの!」

 横たわり、傷口を抑えてる神薙。もう少しすれば、増援が来るだろうが、戦闘中に光の炎で焼き尽くした場所から大きく離れている。まだ増援が来るには時間が掛かりそうだ。

「おじちゃんはネ! 殺すことに快楽を感じるケド、それはおじちゃんの意思じゃなくて『黒鴉』が蝕んできた結果! おじちゃんを止めたければ殺すしかないんヨ!」

「そんなに嫌なら、手放せばいいだろ」

「それが簡単に出来る代物ならそうしてるってば!」

 バレリアは、漆黒の刀をゆっくり触れる。何度も血を吸ったであろうその刀。触れてみると、まるで邪悪な生物のような鼓動を感じる。まるで、呼吸をしているようで――

(この刀、ゲートを持ってるのか!)

 触れてみると、魔力を吸収する機構が存在するらしく、流れを感じるに、魔力を直接神薙に送り込んでいるらしい。これが、呪いの正体。魔力に関する研究が進んでいないためか、外国では魔力を『呪い』と称していたのだろう。詳しいことは分からないが、これが神薙の精神を蝕み、狂わせていた原因だ。

「こっちの国に着いたおじちゃんは、早速拘束されたんさ。初めての外国人だからネ。外国を知るチャンスつーことで、根掘り葉掘り聞かれたヨン。あいつら、金よりも女の子ちょーだいって言ったら、女の子の人形渡しやがって……!」

「それはどーでもいいけど、そこからどうして機関に入ったんだ?」

「なんかダリス君が来てさァ。望みを叶えてやるから、我がしもべになれって言うんだよ。それで、僕は、女の子ってやっぱり言うんだけど。……あいつ、僕になんて言ったと思う? あ、ちなみに答えは正解が二つネ」

「え? えっと……変人と、後はテンションが高い?」

「もっとムカつくことサ! 一つ目は『死に場所を求めている』って見抜いてきたコト! 二つ目は『しもべになれば望み通り、殺してやる』。三つ目! 『想像以上の力だ、御しきることはできない』。四つ目! 『機関を去る前に、君を処分しておくべきだった』? ちゃんと処理して行けってーの!」

「神薙さん。答え、四つもある」

「……マ、そんなワケでおじちゃん、結局、自分の暴走を止められなくなったわけヨ。でも、ダリス君の言う通り、君はおじちゃんを見事止めれたねー」

 やー、お見事! 早く殺して頂戴ヨ! 要求する神薙を無視したら「鬼畜! こんなに願ってるのにィ!」と文句を言ってきた。

 相手を殺すため、自分を止めるため。ダリスに近づき、彼の暗殺者候補となり。ダリスの雇っている暗殺者を暗殺することで、『暗殺者』という証拠を消す協力をした。見返りにダリスと戦う約束をし。自身の戦闘をしたいという要求を満たしつつ自身が朽ち果てる戦いをする……ハズだったのをバレリアに邪魔をされた。今までの話を統合するとバックはそんなところだろうか。

「神薙さん自身は、他人を殺すのは、ホントは嫌だったのか?」

「ヤダねー。血の匂いよりも、美女の香水の匂いの方が好きに決まってんじゃん。でも、コイツがあると、血の香りが心地よく……ネ」

 上空に光が見える。シャウラが探しているようだ。残念ながら、彼女はドラゴンの魔法があっても、視力は向上しないようで、せっかく空を飛べるというのに、上空からの探索は苦手分野だ。

「おーいシャウラ! こっち!」

 両手を振って、シャウラに居場所を教えれば、彼女は指をこちらに指してくる。きっと増援部隊に居場所を伝えているのだろう。

 ややあって、バレリアと神薙の下に大勢の増援部隊を引き連れて、クラウスがやって来た。

「ええっと、クラウスさん。犯人確保出来ました」

「ウム、ご苦労」

 クラウスは、横たわっている神薙の傍に座る。

「まさか、これほどの事件を起こすとは。減給で済むとは思っているまい」

「クラウスくぅーん。減給はどうでもいいからサ。とっととこの首討ち取ってヨ」

「……とんでもない兵器を手に入れたとダリスが昔言っていたが、キサマがその『とんでもない兵器』などと、夢にも思うまい」

「でも現実だからサ。兵器は処分しないと、人を傷つけるヨ? だから殺処分」

「命無き兵器であれば潰したかもしれん。だが、どのような問題爺でも、ここでオレが殺しはせん」

「さりげなく悪口言わないでヨ……」

 無表情に、クラウスは「連れていけ」と言う。すぐに騎士団には引き渡さず、まずは然るべき治療を行ってから、騎士団に拘留されるだろう。だが、その前にバレリアはやるべきことがある。兵器を、人間に戻さなくてはならない。殺すことにしか意味を見いだせない兵器と言う名の呪縛から解放せねばならない。

「クラウスさん、ゲート異常!」

「……ゲート異常がどうした?」

「実はですね……」

 ゲート異常とは、極稀に発症する後天性の病気の一種。入口のゲートか出口のゲートのどちらかが極端に大きい、もしくは小さいと、魔力の取り込み、もしくは魔力の解放が上手くいかない病気の一種だ。この病気の恐ろしきは、取り込んだ魔力と、放出した魔力の量に差が起きてしまい、体内に魔力を蓄積してしまう。蓄積してしまった魔力が許容量を超えてしまうと、ある日突然、自然爆発を起こしてしまうと言う病気なのだ。発症する割合はかなり低いが、問題は周りへの被害で、『見えざる爆弾』という名で恐れられている病気だ。バレリアも一度、ゲートの魔力取り込みが上手くいかず、ゲート異常を疑われて受診したことがあるが、単純に集中力の問題だった。

「神薙さんは二重人格で、特殊なゲート異常に侵されているんっす!」

 と言った瞬間、みんな一斉に、神薙から離れた。

「え? なにこれ?」

 ゲート異常など知らぬ神薙は、どうして急に自分を離れたのか、分からないようだ。早い話、神薙は爆弾だと言ったようなものだから。

「そのぉ~神薙さんの二重人格は、刀から取り入れられる魔力が精神を蝕んでいるようなんです。だから、神薙さんの刀にゲート異常の施術を施してほしいんっす。その刀が今回の事件を引き起こした原因ですから」

 ゲート異常を治療するのであれば、魔法を捨てなければならない。つまり、魔法でゲートそのものを塞いでしまうのだ。そうすれば、少なくとも爆発することは未来永劫あり得ない。同じ方法で神薙の刀のゲートを塞いでしまえば、神薙は『呪い』から解放されることになる。手放すことが出来ないと言うのであれば、ゲート異常の施術でどうにかできるかもしれない。

「二重人格か。立証できれば、情状酌量の余地が出てくるが……」

 クラウスは顎に手を当てて何かを考えている。

「洗脳の類で殺人を犯した者が、無罪となったことがある。キサマが二重人格、もしくは何らかの洗脳を受けていたというのであれば、あるいはキサマも」

 クラウスの言葉に、喜びもせず。ただただ年齢による疲れが、ため息となって神薙の口から漏れた。

「……みんなして何サ。殺してくれる方が楽だってのにサ。……殺す以外の方法で、この呪いから解放される方法があるのか……。そんなこと言われたら、生きてみたくなるジャン。やっと、自由に、僕らしくあれる。そんな世界を」

 空を眺める神薙。まずは腹部の怪我を治療すること、それから騎士団相手に情状酌量の余地があることを立証しなければならない。特に後者は厳しいことになるのは請け合いだ。かなりの人数を殺したということもあり、最悪の場合は極刑になる。しかし、それは本人の意思ではないということさえ証明できれば……。

「どうだ、神薙さん。生きてるって希望に溢れてるんだ。生きてることに意味はない。だけど、今を精いっぱい生きてるってだけで十分なんだ。生きるために、命を奪うかもしれないけど……生きるために精いっぱい戦う」

「今なら、その言葉を十分に理解出来る……」

 連れていかれる寸前、横たわっている神薙は、一言だけそう言って運ばれていった。


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