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「機関の暴走漫画家」

お待たせしました。これより先の物語は、賞に投稿した後に書いた続きの物語です。

「お前たちを呼び出したのは、他でもない。『例の件』だ」

 ダリスの事件からはや一か月。バレリアとシャウラは、クラウスに呼び出されていた。

「例の件って言うと、ドラゴンのことですか?」

 シャウラは、周りに聞かれていまいか気にしながらクラウスに問いかける。クラウスはそれを、黙って首肯するのだった。

「ムルズ領にある、ムルズ山で目撃されているが……」

 いまいちクラウスの歯切れが悪い。

「どうしたんっすか? クラウスさん?」

「……ドラゴンがふもとで暮らす人々をたびたび襲っているらしい」

「そんなバカな。ドラゴンが理由もなく襲いません!」

「オレに言われても知らん。キサマがドラゴンは人間を襲わないと言っているのだろ」

 おかしな話だ。たびたびという点も気になったバレリアはさらに問う。

「そーいえば、なんでたびたび襲うんですか? ドラゴンの力なら、普通の人間じゃ対抗できないっす。一回でやられてしまいます」

「ムルズ領の領民たちが必死になって抵抗すると引き返すそうだ」

「んー……おかしいな……」

「後のことは知らん。オレが出来るのは、お前たちを優先的にドラゴンの調査で出張させること。それ以上のことは他の幹部どもを納得できる言葉を用意するんだな」

「分かったっす。じゃあ行ってきまーす」

 そう言ってバレリアが元気よくクラウスの部屋の扉に歩を進めると、

「ま、待ってください!」

 と、遅れてシャウラが付いてくるのだった。


「――もうすぐムルズ山だけど、シャウラ。体力の方は大丈夫か?」

「ゆっくりだから大丈夫です……けど」

「けど?」

「精神の方が、ちょっと……」

 言いよどむ彼女の後ろにはもう一人の人物が。

「まあ! シャウラさん、せっかくですので記念に一枚、この豊かな自然をバックに絵を描いてあげますわ!」

 と、言いながらシャッシャッと紙に、手慣れた要領で絵を描いていくクローリア。それをシャウラに向ければ、ロクでもない人物画が描かれている。

「また、そんな絵を描かないでください!」

「シャウラさんを自然豊かな野外で、バックから――」

「言わせませんっ!」

 こんなやり取りを続けているせいで、シャウラの主に精神がごりごり削れているようなのである。

(なあ、なんで付いてきたんだ?)

(し、知りませんよ……)

 シャウラとバレリアは、お互いに耳打ちしながら彼女のことを問うた。


 今朝、バレリアとシャウラは、今日の任務のために出発しようとした。そしたらなぜか、クローリアが二人の姿を見かけて、二人での任務は危険だからと付いてきたのだった。……その好意が、シャウラとバレリアには仇となっているのだが、本人は知ってか知らずか、嬉々として楽しんでいる。

 そんなこんなで、クローリアに付きまとわれながらやってきたムルズ山のふもと。そこでは見知った顔が待っていた。

「イレセア先生! こんなところで何してるんだ?」

「バレリア。それにシャウラ」

 そこでは銀髪の美しき髪を揺らし、イレセア・オルコットがそこにはいた。

「まあ! お美しい女性ですこと! しかも、お二人の先生ですか! それならば、百合だとか、三角関係とか、三人同時とか……ムフフフヒヒヒッ」

 とても、元とはいえ、王女とは思えぬ下品な笑い声がどこからともなく聞こえてくるが、それをバレリアは無視を決め込む。

「友人が子供を産んだという話を人伝に聞いたのだが、それ以降連絡が途絶えて……」

「なるほど……」

 イレセアは妙に言葉を選んでいるように、詳細を語ろうとしない。バレリアは誰にも聞こえぬよう耳打ちして話す。

(それは……ドラゴンの子供?)

 コクリと、頷いて耳打ちを返してきた。

(ええ。こんな険しい山で人は暮らせないよ)

 バレリアとイレセアが耳打ちをすれば、クローリアは急に騒ぎ始めるのだった。

「まあ、嘆かわしい! 浮気ですわ! いいぞ、もっとやれ!」

 嘆かわしいのか、煽ってるのかよく分からない言葉を吐く。バレリアはどのような反応を返せばいいのか分からない。

「失礼な。先生は亡くなってはいるものの、妻一筋。浮気などするわけがない」

「……え? 妻?」

 まるでビシャリと雷が走ったかのように、クローリアが衝撃を受けている。目の前にいる、女性は、妻を持った既婚者。さて、それらの要素を必死に組み合わせているであろうクローリアの顔は、次第に凄まじい轟音を伴った鼻息と変わる。

「きゃあああああああああ! 男の娘ですわぁああああああああああああ! しかも、生徒と先生と言う禁断に禁断を掛け合わせた禁断の組み合わせ! ありがとうございますううううううううううう!」

 ……何にお礼を言っているのか、さっぱり分からない一同。

「先生は三十六なので男の子と呼ばれるような年齢では……」

 というイレセアのどこかずれた返答のみ帰って来るのだった。


 今回の任務をイレセアに告げると、彼もあり得ない、という返答が帰ってきた。ドラゴンが人間を自分から襲うなど絶対と言ってもいいほどあり得ない、とまで断言した。バレリアもイレセアの言葉を信じて、山へと昇っていく。バレリアはシャウラの体力を途中で切れさせないよう、彼女をおんぶして進んでいく。

「ふわわわわわっ……!」

「大丈夫か、シャウラ? さっきから調子でも悪いのか?」

「全く、罪な男だ」

「無自覚な行動はいい加減にしないと罪ですわよー」

 イレセアとクローリアはいったい何を言っているのか分からないバレリアだ。……この山道、なにがあるのか分からないと警戒しているだけだというのに。ドラゴンが人間を襲う? 正気を失っている? 人間の使う魔法など、ドラゴンの使う魔法で燃やしてしまえるのだ。それもまた、あり得ない。だとすれば残る可能性は魔物だろうか。ゆえに、シャウラが全力で戦えるようにしなければならない。もし、驚異的な存在が相手だったとして。ドラゴンの力を使える人間が三人もいるが、ここは念には念を入れて最上級魔物を倒せる、シャウラの体力を残しておく。温存しておきたかったのだが。

「うぎゅぅ……」

「バレリア。君は彼女をどうしたいんだい?」

「まあ! わざとですの? ここに来てバレシャウですの?」

 何を言っているのだろう、二人は。それにしてもこの二人、初対面で仲良くなり過ぎである。

「とーこーろーでー、女装した回数は何回ですのぉ?」

「ぐぬぬ……。思い出したくもない……」

「遠慮なさらずに。今度、わたくしのために女装してほしいのですが」

「……遠慮させてもらいたいのだが」

「まあまあ減るもんじゃないですし、いいじゃないですか。一分だけ。一分ぽっきり」

 王女というよりも、おっさんのような印象を受ける。まあ、だからこそクラウスには彼女と神薙が同ラインに並んでいるのだろう。

「それで、山頂は……」

 山道を道なりに進んでいくバレリアたち。だが、イレセアがバレリアより前に出ると、

「こっちだ。彼女は人間が立ち入らない場所で暮らしている」

 イレセアは、途中で道なき道を歩き始めた。

「なんというか、不思議な殿下……ですわね」

「まあ、その点は俺も認めるよ。だってさ、イレセア先生とダリスさんが知り合いだったなんて一か月前に初めて聞いたし、どうして俺たちに色々と教えてくれたのか未だに分からないし」

 なぜ、彼が……バレリアたちに戦い方を教えたのか、何も教えてくれない。でも、バレリアは感謝していた。彼にドラゴンの力を教えて貰えなければ、力不足を永遠に嘆くことになるだろう。一か月前にダリスとの一戦なんて、間違いなくバレリアもシャウラも負けていただろう。そもそもの話が機関に入ることすら難しかっただろう。

「……でも、ダリスさんと戦うこともなかった、か」

「何かおっしゃいまして?」

「うん。悩み事を少し」

「まあ! 相談ならわたくしが聞きますわよ?」

「大丈夫。俺が決めたことだから、自力で解決するよ」

「まっ! それは良くないですわ!」

 急に彼女は怪訝な顔になる。

「いいですか? 一人で物事を解決しようとすれば、行き詰まりますわ! だからこそ、誰かに相談し、新たな解決法を見つけたり、狭くなった視野を広げることが出来るのです」

「……そうだな。その言葉、王女っぽいな」

「漫画家としての言葉ですわ!」

「うん。さすがは漫画家。ちゃんと相談できるときに相談するよ。今はちょっと難しいかもだけど、必ず」

「分かりましたわ! いつかお話ししてくれることを楽しみにしていますわ! ……それよりも、シャウラさんが重症ですわ」

 シャウラは、高熱でうなされているようだ。

「……シャウラ、いっつもこうなんだよな。結局、すぐに治るし」

「……恋の病は不治の病ですわ」

「不治の病!? シャウラは不治の病なのか!?」

「バレリアさんも不治の病ではなくて?」

 なんだか、呆れられた表情で言われたバレリアは、自身の病など身に覚えがあらず、首を傾げることしかできなかった。


 道なき道を歩くが、妙に道幅は広く、険しくもなく。これでは人が通れてしまうではないか。と、バレリアは思っていたのだが、途中で湖に差し掛かると、その考えはなくなる。

「まあ! 綺麗な湖ですわ! 一口、いただこうかしら」

 クローリアは、そう言って湖に近づくが、イレセアは彼女に手を差し出して止める。

「なんですの?」

「この水は飲まない方がいい」

 まさか、湖の水が汚いとかそう言った話か。そう思うバレリアだが、背中でぶつぶつ声が聞こえる。

「水、地属性複合魔法≪アイス・クリスタル≫!」

 水の表面が、急速に氷結しだす。≪アイス・クリスタル≫は対象を氷結させ、氷の宝石を作り出す美しき魔法。その美しき魔法は……いつまで経っても完成するどころか、氷結したハズの湖が元に戻っているではないか。

「魔力を拡散させる水ですね……あまり飲むのは良くないと思いますよ」

「じゃあ、空、飛んじゃう?」

「たぶん、危ないと思います……。この水、妙に揮発性が高いんです。途中で落ちちゃいます」

 言われて、試しに入口のゲートに魔力を取り込み、炎を灯してみるが、すぐに消えてしまう。

「えー? じゃあ、先生。回り道する?」

 問いかける、バレリアだが、イレセアはこの湖に足を踏み入れたではないか。

「この湖を渡らないと彼女には会えないよ。それに彼女は、人間を住処に近づかせないためにこの湖のトラップを作った。正解のルートを知っている者だけが溺れずに彼女に会うことができる」

 イレセアは陽の光を反射して輝く湖を、ブーツだけを浸してゆっくりと歩く。つまり、目に見えないルートを歩かないと、魔力を拡散させる湖に真っ逆さまというわけか。しかも、落ちれば『良くない』コトが起きる湖に。

「うええ。怖いなぁー」

「バレリア。それならわたし、降りますよ」

「大丈夫だよ。シャウラに危険な道を歩かせるわけにいかないから」

「バレリア……」

「チョロ甘ですわねー」

 どこからともなくドキッという効果音に加えて、そんなんでいいのかと文句を垂れているクローリア。

 イレセアの後をぴったりとくっつきながら歩く。複雑にうねうねと曲がった目に見えぬ道を、足の感覚を頼りに落ちぬよう歩く。イレセアはこんな湖の渡り方も知っているのか。ドラゴンとの友好関係が広いからこそ、正解のルートを知っていたり、ドラゴンから子供が産まれたと教えて貰えるのか。バレリアとシャウラにとって、ドラゴンはドラとこないだのファブリールしか知らない。

 湖を超えて狭くて細い道無き道を歩けば、山と山の間。ちょうど渓谷になっている場所のようだ。岩肌が露出しており、下は闇しか見えぬ奈落となっている。この付近は湖の存在もあり、普通の人間は侵入できぬ場所になっているようだ。

「……翼の飛翔音。ドラゴンだ!」

 山を歩いていれば聞こえてくる風を切り裂く轟音。ドラゴンが飛翔するときの翼をはためかす音だ。上空を見渡せば、巨大なドラゴンが翼をはためかせ、巨体をものともせず飛んでいるではないか。

「……いいえ、あれは違う」

 首を横に振ったイレセアに、彼に続くように騒ぐシャウラ。

「わずかに透けた身体……透明な身体であることを考えれば……ネクロスライムです!」

 ネクロスライム。最上級魔物の一種か。

「躱しなさい!」

 ドラゴンの姿に化けたネクロスライムが、鋭利なかぎ爪をこちらに向けてきた。

「≪芸術なる氷の居城! 我らの身を守りなさい!≫」

 詠唱魔法スペルマジック。だが、これはシャウラの声ではなく、多少声が高い女性の声。

「水、地属性複合魔法≪アイス・ドーム≫!」

 四人を囲む、半球状の氷が出来上がる。氷はかぎ爪をはじき返しはするが、ひびが入っている。目の前にいる相手は、青い鱗に、でっぷりとした腹。爬虫類を思わせる顔に、鳥のような足に備わったかぎ爪。どこからどう見てもドラゴンだ。ドラゴンだというのに、透けて後ろの景色がわずかに見えていることから、水で身体が構成されているようだ。

「ネクロスライムは、死んだ相手に擬態して近づく厄介な魔物です!」

「それだけではないよ、シャウラ」

 大きな翼を再び翻し、氷の壁を破壊せんと体当たりを仕掛ける。

「地面にでも潜っていなさい! 地属性、≪もぐらの悪戯≫」

 クローリアは長く巻かれたひもの鞭を取り出すと、地面に勢いよく振り下ろした。鞭は、音を立てずに、地面を貫通する。そして、氷のドームの外側の地面から鞭が飛び出し、ネクロスライムの足に巻き付く。続けて、鞭を引っ張ると、ドラゴンは地面へと吸い込まれるように落ちていく。どうやら、この魔法は、捕まえた相手を地面に引きずり込む通常魔法ノーマルマジックというわけか。

「わたくしの敵では――きゃっ!?」

 突然、ネクロスライムの掴まれた足が潰れたのだ。強く引っ張っていた反動で、後ろに大きく転ぶクローリア。

「よっと!」

 バレリアは、背中から倒れる彼女を受け止めた。

「大丈夫か?」

「ええ、なんとか。……でも、それをシャウラさんの見せるのはまずかったですわ」

 なぜシャウラがここで出てくるのか。シャウラを見ると、恨めしそうに睨んでいた。きっと、また視力が下がって、目を細めないとよく見えないのだろう。。

「ここにいたドラゴンは、水のドラゴン。体中の水分を吸収されてパワーアップしているのだろう」

 と、イレセア。スライムは近場に水場があると、手が付けられなくなる。だから最上級魔物に分類されている。倒すのも、身体を一気に蒸発させるくらいの火力がいる。バレリアは剣を抜きつつも冷静に考える……というよりも彼が思いつくものを頭の中で総当たりで考える。

 イレセアの言う水のドラゴンの姿が見当たらない以上、ドラゴンはやられたか逃亡したか。そのどちらかが当てはまる以上、ドラゴンが負けたと考えるべきである。だが、相手はネクロスライム。死した相手に擬態することで、人間に襲い掛かり、時には犬や猫などといった生き物から、果ては人間まで真似ることにより、人間社会に溶け込んで、スライムだと気づいたときには襲い掛かってくる厄介な魔物。そしてネクロスライムの特徴として、絶対に生きている生き物には擬態しない。生きている相手だと『同じ人物が二人いる』という事態を避けようとする傾向がある。

 だから、ドラゴンは死亡した……ここは感傷的にならず、そう判断したバレリア。次に、ドラゴンが負ける理由だ。たとえ相手が最上級魔物で相性最悪だったとしても、ドラゴンのブレスには魔法そのものを燃やしてしまう。バレリアはドラから貰った炎とイレセアの炎。そしてこの間のファブリールの炎しか知らないが、イレセアの話によると、ドラゴンの使う魔法は、なんらかの属性が混じった炎と聞いている。

 つまり、負けるのはおかしいのだ。……なにかの事情があるにしても、いったいどんな事情があるというのか。

「まあ、考えていても仕方がない! 行くぞ!」

 バレリアが、ドラゴンの鱗を手にした途端、

「やめなさい!」

 イレセアが、彼の腕を掴んだ。

「まだ、孵化していないかもしれない」

 孵化。イレセアが子供が産まれたとかなんとか。

「近場で特別な炎を感知すると、『卵が親に起こされた』と勘違いして卵が割れる!」

 イレセアはクローリアの存在から、ドラゴンの炎と直接言わずに、特別な炎と微妙にはぐらかしている。卵が割れる。それの何が悪いのか、よく分からないバレリア。卵が割れるのならば、産まれてくるのではないのか。

「も、もしかして、雛じゃなくて卵が……なんですか?」

 こくりとイレセアが頷く。

「中の子供が十分に成長してなくても、割れてしまうってこと?」

 中の子供がまだ孵化するには早すぎる状態で卵が勝手に割れてしまえば。そんなことはさせられない。ならば、ドラゴンの炎なしで強力なネクロスライムを倒さねばならないのか。しかも、ドラゴンの水を吸収して、より倒すことが困難な相手を。

「シャウラならスライムを倒せるんだろ?」

「普通の状態なら倒せますけど、水を吸い込んで強化されたネクロスライムは難しいです……」

 バレリアがシャウラと話していると、ドラゴンの姿をしたネクロスライムは突っ込んできた。

「シャウラ!」

 彼女を掴んで、突進を躱す。

「バレリア、すいません……」

「気にするなって。それよりも≪ラストリゾート≫は?」

 四属性魔法で、一気に消滅させることができればネクロスライムだって倒せるハズだ。だが、彼女は首を横に振る。

「飛行能力があって機動力もあります。難しいと思います……」

 ≪ラストリゾート≫は範囲から逃げられてしまえば消滅から逃れられてしまう。だったら、ドラゴンの炎を使うしかあるまい。

「俺、生まれてるかどうか、見てくるよ!」

 イレセアは身の丈ほどある大剣を、クローリアは鞭を振るってネクロスライムに攻撃するが、水に攻撃したところで、形は一度崩れても元に戻られてしまっている。

「だったら、なるべく早くしてくれないか? 先生も持たないんだが……」

 ネクロスライムは宙を舞い、息を吸い始めた。

「まさか、ブレス!?」

 死した生物を模したというだけのことはあり、姿かたちだけでなく魔法も再現するらしい。水の魔法は炎に強い。だからと言って、地水火風の四属性は互いに牽制しあう仲ではない。水は炎に比べて弱いが、炎に強く、そして弱点となる属性は存在しないのだ。つまり、本来は抑制用の魔法と言うべき水魔法を攻撃に転じられたら、他の属性で止めるのが難しくなる。

「バレリア! 分かっているね!?」

「大丈夫だって、先生!」

 イレセアと一緒に剣を地面に突き刺す。修業時代に二人一緒に作った魔法の一つ。

「「炎属性! ≪噴火竜ドラゴンボルケーノ≫!!」」

 二人一緒に同じ技名を付けた、同じ魔法。炎の魔法を突き刺した地面に送ることで、地面から炎が反射し、噴火の如く火柱を立ち昇らせる魔法の一種だ。


――ぐるおおおおおおおんっっっ……


 ドラゴンのブレスが、放たれる! 口から放たれたブレスは、細く、陽の光で煌きを伴い、枝分かれした水槍が周囲に突き刺さる。

「≪炎壁、天へ続く、無限壁≫炎属性≪フレアウォール≫!」

 さらに、シャウラの魔法により、薄い炎の膜が、天にまで続く。これで炎の三重壁。水の槍は炎に突き刺さり……威力は多少軽減できても、少しずつ水の槍が貫通していく。

「先生! もう持たない!」

「くっ! ドラゴンの模倣イミテーションが……!」

 剣を地面から引き抜いて、走る。バレリアが向かうべきは一つ。

「シャウラ!」

 シャウラの前に立って、彼女を背中を盾にして庇う。水の槍はシャウラの残した炎の壁を消し去り、周りの岩壁を貫抜き、衝撃が周囲にまで届く。

「くそっ! なんて奴だ」

「バレリア! ≪暴風防風壁≫! 風属性≪ウィンドボール≫」

 風が、二人を包み込む。ウィンドボールは風属性の防御魔法でシールドとしては心許無いが、詠唱魔法スペルマジックとしては短い詠唱文で済むため、その場凌ぎの魔法として役立つ。もっとも、衝撃をある程度までは軽減するという意味においては咄嗟に発動が出来るこの魔法が一番いい選択なのだろう。

「くっ……!」

「きゃあああっっっ!」

「先生! クローリア!」

 イレセアの腕に水の槍が被弾し、クローリアが衝撃で吹き飛ばされる。飛ばされた先は――

「クローリアッ!」

 崖の、下。

「くそ、飛び降りて!」

「ダメです! きっと彼女なら無事です!」

 崖へ、飛び降りようとしたバレリアだが、シャウラに腕を掴まれて止められた。

「何のために魔法があるんですか! 大丈夫です、きっと助かってます!」

「……だけど」

 冷静に考えればバレリアが飛び込んだところで、何か出来るというわけではなく、むしろ二次災害に繋がってしまう。

「それよりもイレセア先生です! 治療しないと!」

「大丈夫。先生は怪我をしていないから」

 右腕こそ押さえているようだが、出血しているようには見えない。岩壁を貫くほどの衝撃だ。被弾したら腕など吹っ飛ぶだろう。バレリアの見間違いか、掠った程度の怪我なのだろう。だったら、残る問題は上空を飛び続けるネクロスライムだった。ネクロスライムの口からブレスを模倣した水の槍が未だにバレリアたちを襲い続けている。

『まあ! なんて愛らしのでしょう!』

 ……そして、どこからともなく誰かの声がする。僅かに反響を伴った声が地面から聞こえてくる。

「あれ? クローリア?」

『わたくしなら無事ですわ!』

 まさか、と思い地面を軽く蹴れば、音が反響して帰ってくる。つまり、バレリアたちは洞窟らしき空洞の上で戦っていたのだ。

「バレリア! ここだ! ここがドラゴンの巣だったんだ!」

 イレセアは水の槍を、剣で受け止めて弾いている。下に空間があるのは分かったが、思った以上に岩盤は薄いようで、恐らくはイレセアは下にあるドラゴンの巣を守っているのだろう。

「って、クローリア! そこにドラゴンの子供がいない!?」

『ええ! 愛らしいドラゴンの子供が三匹!』

「バレリア! いけない! ドラゴンを人間の手に渡らせては!」

「クローリア! そこにいるドラゴンたちを保護してくれ!」

「バレリア!」

 イレセアはクローリアにドラゴンの子供を守らせることに反対のようだ。だが、クローリアは違う。彼女は信用に足る人間だ。ちゃんと保護してくれと頼めばきっと協力してくれるだろう。

「さてと、イレセア先生。ドラゴンだけど、もういいよねー」

「……ええ。そのようで」

「もう子供は起きたし、暴れてもいーよな?」

「暴れるのは、理性を制御で出来ない子供ではないかな?」

 バレリアとシャウラはポケットから親友の形見を取り出す。二つあるドラゴンの鱗は光の火花で弾ける。

「力を貸してください――」

「――ドラゴンの炎よ!」

 ドラゴンの炎がバレリアとシャウラを包み込む。

「では、先生もドラゴンの炎を使おう」

 イレセアの背中で燃え盛るのは虹色の炎。七色の炎が入り混じりて燃え盛り、炎は次々と色を変えていく。豪華な虹の色彩は艶やかであり、業火で違いなく。相当な熱量で、飛び交っていた水の槍は飛来する前に一瞬で蒸発してしまう。この強力な炎こそ、イレセアの持つドラゴンの炎の力。

「シャウラ! 先生! あいつを倒そう!」

「もちろんです! わたしたちの本気で倒しましょう!」

「心半ばで倒れた同志の恨みの炎で、燃やし尽くす……!」

「だったら、アレ! やっちゃおう!」

 まずは、バレリアがドラゴンの炎で翼を作り、空を飛ぶ。次にシャウラとイレセアがドラゴンの炎で翼と尻尾を作り、空に停滞するバレリアの片足ずつに足をくっつけるイレセアとシャウラ。バレリアの下ではイレセアとシャウラが残った片足をくっつけており、構図としてはバレリアをイレセアとシャウラが支えて三角形を作っている形となる。

「さーて。これで俺たちの勝ちだ!」

「過信するのは良くないよ、バレリア」

「そんなことだから、ドラゴンの炎が消えちゃうんですよ、バレリア」

「うう、二人掛かりで言わなくたっていいじゃないか」

 水の槍が通用しないことに気づいたネクロスライムが、突っ込んでくる。身体は流体でも、全体重を乗せた体当たりで奈落の底に突き落とそうとする算段だろうが……こちらはドラゴンが三人いるのも同じ。ネクロスライムも、ドラゴンを倒せたからと、ドラゴンの魔法を侮っているのだろうか。水のドラゴンは、子供のために本気を出せないでいただけだ。

 バレリアは剣に光の炎を灯し、シャウラは口の前を両手で筒を作り、イレセアは右腕に虹の炎を灯す。

「「「三位一体! ≪ドラゴンブレス≫!」」」

 剣を振り、息を吐き、腕をドラゴンに向ける。ドラゴンの力を扱いこなすイレセアと、その力の使い方を教えて貰ったバレリアとシャウラによる三人一斉のドラゴンの魔法。三人のドラゴンの魔法が混じり合い、単純な計算では三つの炎を掛け合わせて三倍の強力な魔法となる。ネクロスライムは水の翼で自らの身を守るが、あっけなく翼は蒸発し、ドラゴンのブレスはネクロスライムを貫いた。

「ドラゴンの子を保護せねば!」

 イレセアはドラゴンの炎で作った翼を羽ばたかせ、クローリアのいる小洞窟の中へと入っていく。バレリアとシャウラも後を追うように、崖にある小洞窟の入口に入る。

 剣を持ち、構えているイレセア。そして、待っていたのはドラゴンの子供たちを腕に抱えているクローリアだった。小さくて瞳の大きなドラゴンたちはクローリアの腕の中ではしゃいでいるらしく、しきりにクローリアの顔を舐めたりしている。

「まあ、くすぐったいですわ! そして、あんなところやこんなところを舌で――」

「あわわっ! それ以上言ってはダメです!」

 なぜかクローリアを遮るシャウラ。

「その子たちを返しなさい」

 イレセアは剣を持ちながらクローリアに手を差し出す。随分と敵対心が見え隠れするが、どうしたというのか。

「分かりましたわ!」

 ……クローリアはすぐにドラゴンの子たちをイレセアに一匹ずつ渡す。落とさないように、大切に。ゆっくりと。

「……どうして、あなたはドラゴンを殺さない」

「わたくし、無暗に殺すことはしない主義ですわ!」

 イレセアには、その答えは意外だったと顔に書いてある。バレリアはやっと気づいた。ドラゴンは人類の敵という認識だから、イレセアはクローリアがドラゴンの子供を殺すと決めつけていたみたいだ。彼女は信用に足る人間だ。バレリアから見ても少々変わっているが。

「多くの読者を共感させないといけない漫画家が、無感情に殺しをするわけにもいかないですもの」

 ドラゴンたちは、クローリアと離れたくないらしく大きな鳴き声で騒いでいる。

「さすがクローリア。やっぱり王女だよなー」

「漫画家ですわ!」

 やっと泣き止んできたのか、ドラゴンの子たちの内、一匹が大きく口を開ける。口の中には卵の殻らしき物を含んでいたらしい。

「……この子はあなたと契約したいらしい」

「契約……ですか? いったいなんの話ですの?」

「ええ。あなたをドラゴンの仲間として認めたようです。これは、ドラゴンの信頼を得た契約」

 涎は付いていないようで、クローリアはゆっくり子供のドラゴンの舌先に乗せられた卵の殻を手に取る。それは混ざり気のない空の色一色のみ殻。

「先生! これもドラゴンのアイテムの一つ?」

「ええ。でも、これは脆くて一度でも炎を灯せば、すぐに燃え尽きるが……」

 バレリアの持つドラゴンの鱗も、契約したドラゴン、ドラが子供だったために小さく、力を解放できる時間も短い。それと同じように、生まれて間もないこの子供のドラゴンたちから貰ったドラゴンのアイテムは、それ以上に力がないということか。

「……先生はこれで」

「その子供、あなたが育てますの?」

「ええ。新たな我が同胞よ」

 イレセアは、ドラゴンの翼を背中に宿したまま、飛び立って行った。……ドラゴンは死亡していたが、ドラゴンの子供は無事に保護することができた。

「……ところで、今日の任務はなんだったんですの?」

「…………えーっと」

 そういえば、クローリアは勝手に付いてきただけで、今日の任務が何なのか全く知らされていないのだ。当然、ドラゴンを逃がすためと言ってしまうわけにもいかず、バレリアが戸惑っているとシャウラが代わりに答えた。

「愛の逃避行です!」

 どうにも適当に答えた感のある返答だった

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