「機関を変えるため」
この話でエピローグとなります。
その後、すぐに機関内に騎士団の団員たちがぞろぞろと入り、ダリスを連行した。
「君たちなら機関を変えられる。私のような強引な手段を使わずとも。恐ろしくもあるが、君たちのことを見守ろう」
そう言って、連れて行かれるダリスは満ち足りた顔だった。
きっとダリスは極刑になるだろう。一番軽くても数百年にも及ぶ服役。
暗殺の依頼は、殺人と同じ重罪。
直接手を下しておらずとも、殺すことを依頼すれば同じことだ。
ダリスは結局、本当に人と機関のためにやっていたらしい。
どれだけダリスが強くとも世の中は思い通りにはならず主張は通らない。その内ダリスは正義の手段を選ばなくなった、とのことだ。
人の心という立ち向かう相手の強大さを知ってしまったのだろう。
もしかすると、最近のドラゴン減少により、機関の存在理由が失われてきていることにどこか焦りでもあったのかもしれない。
しかし、そこまではバレリアの推測であり、本人はそのことを一切語っていないので真実は不明だ。
後日、バレリアとシャウラはクラウスの執務室に来ていた。
「クラウスさん! なんか俺、給料が桁違いに高いんですけど!」
「わたしもです! 他の新人機関員の三倍は貰いました! どういうことですか!」
クラウスは椅子に座りながら、ゆったりとくつろいでいる。
「足りなければ、その十倍になら引き上げてもいい」
「じゅ……!」
そんなもの新人機関員がもらえる金額ではない。
「クラウスやれとでも言えば、百倍にでもできるが?」
「ひゃ……!?」
もはや目が回りそうになった。
ただの新人にしては金額が高すぎて、一年か二年かそこらで貴族の仲間入り出来てしまうのではないか。
さすがにお調子者のバレリアと言えどもそんな金額、喜ぶ前に気が狂いそうだった。
「その……クラウスやれ、ってどういうことですか?」
シャウラが尋ねる。
「オレの目的はダリスの手からアーシャを取り戻すことだった」
「それで、ダリスの執務室の暗殺依頼書があることを教えてくれたんですか」
「ふん。ドラゴンの炎があれば、あの忌々しい金庫を突破できる。あれを突破し、暗殺の依頼書を手に入れ、アーシャを取り戻す。それがオレの全てだ」
「どうして、暗殺の依頼書があるって知ってたんですか?」
「オレがかつて機関お抱えの暗殺者だったからだ」
元暗殺者。
経歴にしてはあまりに異色過ぎる。
「……初めて、魔物を標的にした暗殺をダリスから命令された。だが、それは……ダリスの罠だった」
≪完全洗脳≫は負傷し、目を覚まさぬ者を手駒に改造する恐ろしい魔法。
きっと、アーシャは≪クリエイトブレード≫の魔法のためだけに、洗脳されたのだ。
自身の能力の弱点を克服するためだけに。そして、人々や機関のためにと称して力を手に入れようとしたダリスのやり方だ。
「アーシャは暗殺者だったオレに近づいて来たバカな女だ。それを斬ったと知った時、嬉しくて剣が持てなくなった」
表情は崩さない。だが手が震えている。
嬉しいなどと嘘を言って、本当は隠しているのだ。
自身が斬った、大事な人間。その痛みを。
「アーシャさんの容態はどうですか?」
「二度と目を覚まさん。完全洗脳で消えた記憶はもう元には戻らんからな」
悲しいのか、それともダリスの手から大事な人を取り戻せただけでも嬉しいのか、表情からは読み取れない。
「以上だ。オレを脅迫しても構わん」
「じゃぁ脅迫、じゃなくてお願いがあるんです!」
「なんだ?」
眉一つ動かさないが、これがクラウスなりの感謝の表現の仕方なのだろう。
「今後、機関はドラゴンと仲良くしてください」
「……なるほど」
クラウスは窓の外を見ながら、いつもの態度を崩さない。
「バレリア・オークライトとシャウラ・ヘレルナー両名に命ずる。これより、ドラゴンの発見報告がされ次第、オレの方からキサマら二人にドラゴンが存在するか調査の依頼を毎回出す。キサマら二人は現地にて、存在を調査、ただし可能であれば交戦を認める。討伐に成功した場合は機関は討伐任務を取り下げる」
つまり。
機関のドラゴン討伐隊よりも先に、ドラゴンに会いに行ってもいいということ。
そして、交渉して逃がして、戦って倒したと虚偽の報告をしていいということだ。
「ありがとうございます! クラウスさん!」
「大きな前進です! 早くイレセア先生に言いましょう! バレリア!」
これで、機関はドラゴンを討伐することがなくなる。
いきなり、機関の偉い人からドラゴンを敵ではないと認めさせたのは初めの一歩としては大きすぎる。
「あっ! そうだ、シャウラ。俺がダリスさんに対して、ドラゴンの魔法を使おうとしたとき、お前の言葉を思い出したんだ」
「はい? 何かわたし、言いました?」
「大事な人を思い浮かべばいいって。だからシャウラを思い浮かべたんだ」
「バ、バレリア。それって……」
「ああ! 一番の親友だからな!」
「……デスヨネー」
シャウラは白けているし、クラウスはいい天気だと言って現実逃避しているように見える。
一体なんだというのだ。
「ええいです! だったらはっきり言います!」
「なにを?」
「わたしには好きな……」
『きゃー! 告白ですわ! 告白シーンですわ! ご飯十杯はイケますわ!』
『ちょっとー!? クローリアちゃん! こーふんしないでヨ!』
『しーっ! 静かにしないとバレリア兄ちゃん気づいちゃう!』
扉の外が騒がしい。
そう思った次の瞬間には部屋の中に、クローリア、神薙、ルクシャの三人が雪崩れ込んできた。
「あら? 脆い扉ですわ!」
「そりゃ、クローリアちゃんのおもーい愛を受け止められる扉がないってコト!」
「あぅ……クラウスさま、すごい顔してるよ?」
「キサマらー!? 扉を破壊しおって! 減給だー!」
何かを言いかけたシャウラだが、外野の登場で言えずじまい。
クラウスは扉を破壊した三人を憤怒の形相で追いかける。
クラウスの執務室にはバレリアとシャウラが二人だけ。
「……シャウラ?」
「うぅ……聞かれていたんですか……」
「まあ、そうだけど。聞かれたらマズイ内容の話だったのか?」
ならば、今はどうなのだろう。ちょうど人もいない。
でもシャウラには人に話してはマズイ内容の隠し事でもあるのだろうか。
「……いえ、わたし諦めません! きっと女から言うのがマズイのです! 脱、幼なじみですっ! バレリアに言わせてみせますよ!」
「……何を?」
「バレリア! わたしのこと、どー思いますかっ! 言いたいことありますかっ!」
そんなもの、一番の親友だと思っている。だからこそ、親友に頼みたいことがある。
「今度、チョコレートの城を作ろうと思うんだけど、手伝ってほしいなぁ~って」
「うわーんです! バレリアなんて知りません!」
「な、なんだ? 待てよ、シャウラ~!」
走っていくシャウラを、バレリアは追いかけた。
今回の話で賞投稿時のお話は終了です。次の話からは賞投稿時にはなかった追加の物語を五月の下旬か六月ごろに予定しております。ここまで読んでくれた皆さま、ありがとうございました。そして、次の話からもよろしくお願いします。