表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

「機関の黒幕」


 バレリアとシャウラは子供の頃、小さな子供のドラゴンを発見した。

 名をドラ。ドラゴンだからドラ。もちろん、バレリアが名付けた。

 ドラは誰かに命を狙われているらしく、怪我をしていた。

 ドラは人間であるバレリアとシャウラを警戒し、心を開こうとしなかった。

 でも二人は、ずっと付きっ切りで看病した。

 やがて、ドラは心を開き二人に自らの鱗を渡した。

 だがその日、ドラは何者かに命を奪われた。

 その出来事があったから、バレリアは機関に入り機関を変えようと。そして、根本であるドラゴン討伐機関である【オーダーアース】を変えるか、【オーダーアース】のドラゴン討伐任務を妨害すれば、世界中のドラゴンたちが平和で無事に暮らせる。ドラゴンは魔物ではなく、ドラゴンは人との共存を望んでいる立派な生物だ。

 彼らが迫害を受けていいわけがない。本来であれば人間たちを蹂躙する力を持ちながらも、彼らは人間たちの行いに対してただじっと耐えているのだ。

 それが力を持つ存在が、世界のバランスを崩さぬため。ドラゴンたちはそれを理解しているからこそ人間たちに次々と殺されているのだ。

 ドラと同じように。

 人間は……自分たちの身の安全のためにドラゴンたちを殺しているのだ。世界のバランスなど、関係なく。

「……くそ」

「バレリア……落ち着きましたか」

「無理かなぁ……」

 ドラゴン討伐任務から翌日、【オーダーアース】内のバレリアとシャウラの部屋。

 バレリアは一日中、椅子に座りながらずっと天井を見ていた。

「ダリス……さんは敵……か」

 機関の幹部、それもいい人が親友の命を奪った仇。

 その仇は世間からは英雄呼ばわりされているだろう。

 でも、ダリスはドラゴンの命を、親友の命を奪った憎き相手だ。

「バレリア……元気出してください。バレリアの笑顔のためなら、わたしなんだってやります」

「うーん。じゃぁダリス、さんとはどう接する?」

「それは……ごめんなさい、分かりません」

 敵は親友の命を奪った。でも犯罪ではない。世間からは英雄扱い。ぐるぐる回ってもう一周だ。

 英雄の命を狙うことも難しい。

 特に、後者に至っては実行すればバレリアは重罪を背負うことになる。

 さらに言えば、ダリスの命を狙うのは目的と反する。

 なぜならば、バレリアが行いたいのは人とドラゴンが共存する世界。

 それなのに、人間を殺すわけにはいかない。そもそも復讐なんて考えていないのだ。

 ……人間を殺して解決したくないのだ。

「……くそ。どうすればいいのか、全然分からない」

「わたしも分かりません」

 復讐する理由はある。でもそれは……行ってはいけない。

「はぁ~……いい人だって思ったのになぁ~……」

 出てくるのはため息ばかり。

 息を吸えば、出るのはため息ばかり。

 何よりも相手は善人だ。

 クラウスとは違って嫌なところを一つも見せない。

 いや、違ったか。

 一つしか見せない。その一つが大きすぎるだけであって。

『バレリア君。聞こえているか? 休憩中に悪いが地下トレーニングルームに来てほしい』

 キリッ。胃が突然捩じれたのではないかと思うほど、痛み出す。

 ダリスの声だ。間違いない。

「うへー。無視しちゃおうかなー?」

「どうしたんですか?」

「ダリスさんが、地下トレーニングルームに来てくれってさ」

 あまりにも状況は最悪だ。

 これがただの復讐相手ならば倒してスカッとするのだろうか。

「……行ってきます」

 だが、今のバレリアには何もできない。

 バレリアの相手は、ダリスだけではなく世間にもある。

 どんなにドラゴンが無害であるか、ドラゴンが人との共存を昔からずっと願ってるだとか、ドラゴンが魔物を倒してくれてるだとか言っても誰も聞いてくれないだろう。

「……バレリア。わたしも付いて行っていいですか?」

「ダメだよ。俺だけを呼んでるんだし」

 正直、誰かが傍にいるだけで安心できるが、上司に呼ばれたとあっては一人で行くしかあるまい。

 遊びに行くわけではないのだ。友達を連れてきましたと言っても怒られるだけだ。

 ダリスではなく、クラウスなら間違いなく言う。

「行ってきまーす……」

 元気よくとはかけ離れた声だった。


「バレリア……」

 幼なじみのバレリアは優しかった。

 人見知りで独りぼっちのシャウラをいつも遊びに誘ってくれた。そのおかげで孤独ではなかった。

 川で遊んで風邪を引いたとき。両親が出かけている間、一人で心細かった彼女に、『馬鹿シャウ』と言いつつも付きっ切りで看病してくれた。

 いつも、傍にいてくれた。

 いつも、優しく笑ってくれた。

 いつも、元気で前向きに生きていた。

 いつも、真っすぐ前を進んでいた。

 いつも、一番の親友だと言ってくれた。

 いつも、守ってくれた。

 親友の命を奪われたあの日、シャウラはずっと泣き続けた。

 怒りに燃え盛っていたバレリア。それでも彼女が泣き止むまで一緒にいてくれた。

 泣いて泣いて、苦しくて。でも、ずっと傍にいてくれた。

 人が信じられなくなった。元が内向的な性格もあって、人を信じるのが嫌になった。

 でも、彼は支えになってくれた。今のシャウラが人見知りで済んでいるのには、バレリアが支えてくれたから。

 辛ければ、人に会いたくなければ彼が前に立ってくれた。彼の背中は大きかった。

 その時から今まで支えてくれなければ、今のシャウラはどうなっていたのだろう。

 守ってくれた、優しい、幼なじみ。

 大事な、大事な、恋心を抱いた少年。

 大事な人が、今、憎き相手を前に何もできずに苦しんでいる。

 憎き相手なのはシャウラも一緒だ。

 シャウラも苦しかった。


 何よりも大事な人が苦しんでいる姿を見るのが。


 天才だと言われてもどれだけ努力しても、大事な人が苦しんでいるときに何も出来ないのが悔しくて、苦しい。

 今、一番知りたいのは大事な人を守る方法だった。

 昔から好きな人は自分を支えてくれた。でも、その大事な人を支えることが出来ない。こんな時のために強くなろうとしたのではないのか?

 これでは……何のための力か分からない。


 シャウラが部屋で一人悩んでいる時、クラウスが訪れた。

「シャウラだけか。バレリアはどうした?」

 尋ねるクラウスに、シャウラは小さな声で言った。

「バレリアはダリスさんに呼び出されて、地下トレーニングルームです」

 遅かったか、と舌打ちをしつつ小さく呟くクラウス。

「遅かったって何ですか?」

「……奴に頼み事があったからだ」

「頼み事……ですか?」

「ドラゴンの魔法があるならば、もしかするとと思っていたのだがな」

「もしかすると、ですか?」

「嫌な予感がする。早くバレリアを追わねば」

「あの……もしかすると、わたしにも何かできるかもしれません。教えてください」


 地下トレーニングルーム。

 バレリアがここに訪れるのは二回目。

 ちゃんと周りを見回せば、そこら中に魔法抵抗アンチマジックが掛かっているのに、すぐに気づけるのだが、二日前の段階では気づけなかった。が、今回は違う。

 なぜならば、ダリスに会い、眼をきょろきょろさせているからだ。

「どうしたのだ? 何か、緊張しているのか?」

「い、いえ、別に」

「今日は妙に余所余所しい。肩に力を入れなくてもいいのだぞ?」

「はぁ……ドーモ」

 復讐の相手と対し、緊張する。

 まるでシャウラみたいじゃないか。

 親友の気持ちを少し理解できたバレリアだった。

「? まあいい。今日は君と話をしたく呼んだのだ。休憩中、申し訳ない」

 トレーニングルームで、だろうか。

 食堂などではなく。

 ここは何もない空間で話をするのに便利な空間ではあるが、使用中は他の利用者が入れないので迷惑になるのではないか。

 それとも話とは嘘で、実際はここで何かをする気なのだろうか。

 ……どうも長年の敵だと判明してからか、変に勘ぐってしまう。


「…………」


 相変わらず無言で不気味な印象を与える秘書が大量の刀を持って立っている……のはおかしい。

 初めて会った時は剣を持っていなかった。

 これから行うことがすぐに分かってしまった。

「君の実力を直接見たい。秘書以外は人払いしておいた」

 やはり、そういうことか。

「すいません。勘弁してほしいっす……」

 正直、バレリアは戦いたくなかった。

 相手は親友の仇だ。でもきっと、親友も復讐など望んでないだろうし、バレリアとしても憎むべきはドラゴンを敵だと考える人の心だと割り切りたい。必死に耐えているのに、憎い相手と訓練なんて少なくともバレリアには出来ない。

 そんな相手と仲良くなればなるなど、どんどん苦しくなっていくだけだ。

 バレリアは復讐のために生きることに向いてない。世界を敵に回しても絶対に殺す、という考えには至らない。

 人殺しは重罪。殺すなら人の差別の心。

 差別といっても、相手は人間の姿かたちを一切していないドラゴンだ。

 クラウスもそうだったが、多くの国民も皆ドラゴンは魔物だと言って聞かないだろう。

 まだ、憎い相手を探して殺しまわる方が難易度は簡単に感じる。

 人の心は複雑なのだ。殺すことよりも難しい。殺すことは殺すことで人間ではなく魔物と等しい行動だし。

「大丈夫だ。君の実力は聞いている。あのドラゴンと対等に戦ったのだろう?」

「…………」

「人々の平和を、君のドラゴンの力で勝ち取ろうではないか」

「…………」

「君は、力を得たのだろう? 君ならば英雄になれると信じている」

「……うぅ」

 本当にやめてほしかった。

 怒りに身を任せて、剣を一振り、からの流れるように騎士団に連行という一連の流れをダリスはさせたいのか。

「…………え? 今なんて?」

 今、間違いなく言った。


――力を得たのだろう? と。


 バレリアは距離を取って剣を抜いた。

「どうしたのだ? 訓練する気になったのか?」

「ダリス、さん。あの、聞きたいんですけど」

「私に答えられるならば」

「ダリスさんは一体どこまでドラゴンのことを知ってるんですか」

「人並み……かな?」

「そして、ドラゴンをどうして殺すんですか?」

「人のため、世のためだよ。甘い考えだと。餓鬼の理想を馬鹿みたいに抱いていると若いころから言われ続けてきたが、こうして幹部になれた」

 ……それが本心なのか。

 これは間違いないだろう。

「もう一つ。機関で初めて会った日、あなたは『特別な力を手に入れた君』って言いましたよね?」

「言った」

 これこそが、全ての確信。

 この僅かな言葉の意味の違いが、バレリアを真実へと導こうとしている。

「つまり、ドラゴンの力を持つことができると知ってたんです! 普通なら『特別な力を持つ君』って言うからだ!」

「クラウスから聞いたとき、ドラゴンの力だと聞いたとした……ではダメかな?」

「それもおかしいんっす! クラウスさんがドラゴンの力だって疑い始めたのは俺たちを機関を案内するって言った時なんです! でも案内されている間、クラウスさんはずっと一緒だった。だから、あなたにドラゴンの力を持っているって事前に伝えられなかった!」

「で、それが?」

「つまり、あなたは俺がドラゴンの力を持っていると知っていた! そして、あなたはドラゴンから信頼されて【契約】を契り、ドラゴンから力を貰えることをどこかで知っていた! 違いますか!?」

 きっと経緯はこうだ。

 三日前の段階で、クラウスから未知の力を持つと報告を受けたダリスは、火属性でも光属性でもない光の炎を、昔殺したドラゴンの物だと確信する。

 ドラゴンの魔法は貰うことができることを知っていたため彼は言ったのだ。「期待している。特別な力を『手に入れた』君を」と。

 ダリスは関心したかのように頷くと、口を開く。

「で?」

「……以上です」

 だから、どうしたという話になる。

 じっくり、考える。

 今までのやりとりが、それっぽく推理してみましたーでは、ただの時間の無駄だ。

 だからまだ考えてみる。

「あ! もしかしてドラゴンが人を傷つけないことは」

「オルコットと同じことを言っているな」

「オルコット……? まさか、イレセア・オルコット?」

「オルコットを知っているのか? なるほど……それで」

 イレセア先生の名前がここで出てくるとは思わなかった。

「かつて、傭兵として機関の手伝いをしていた時に奴は必死になって言った。ドラゴンの力も、手に入れる方法も、そしてドラゴンがいかに無害かを。そして、私は思ったのだ」


――ドラゴンの力を手に入れたいと。ドラゴンの力で機関と人々のために尽くすのだと。


「私は試しに子供のドラゴンを殺して鱗や目玉などを剥いでみたが、ダメだった。信頼を勝ち取り、【契約】をしないといけないらしい。オルコットに相談したとき、奴とは殺し合いになったがね」

 バレリアは奥歯を噛みしめる。

 血が。全身を駆け巡り、頭にまで到達する。

 相手は正義のためにドラゴン相手に、親友にむごいことをした。

 無理やり鱗を剥ぎ取られたドラの遺体は、見るも無残な姿になっていた。

 血だらけになり、原形を留めていない無残な姿。

 バレリアはその時の怒りは子供ながらよく覚えている。

 シャウラがずっと泣き続けていた声も覚えている。

 元々、人見知りしがちな親友が極度の人見知りに陥ったのもそのためだ。

 人間不信になりかけてすらいた。なんとか、重度の人見知りを引きずる程度にまでで済んだが。

 許さない。許したくない。でも――

「ダリスさん。俺、機関辞めます! じゃあ!」

「それはどうしてもかな?」

「はい! ダリスさんはいい人だ。でも俺の先生――イレセア・オルコットからドラゴンは無害だと聞いても、ドラゴンを魔物だと決めつけて俺の親友を無残な殺し方をした! それだけは許さない! ドラゴンは死んでも魔物のように魔力となって霧散もしないのも知ってたハズだ! ドラゴンがいつも手加減をしていたことも!」

 息を一気に吐き出すように、言う。

 相手は、人々のために正義を実行しているに過ぎない。

 それに誓ったのだ。憎むのは人ではなく、人の心だと。

 復讐になんて囚われていない。憎しみに支配されていない。

 前を向いて真っすぐ歩こうと。

「俺はダリスさんは人々の明るい将来のためだとか言っていた。それを今でも言っている。いい人だと思います! でもダリスさんを信じられない――機関を辞めます!」

 背を向けた途端――殺気。

「逃さん! 風属性≪万物を絶つ刀≫!」

「うわっ!?」

 壁に傷が現れる。

 遅れて、轟ッ! という音が聞こえる。

 壁に傷が出来るというのは、どういうことかバレリアもよく知っている。

 壁には魔法抵抗アンチマジックが掛かっている。

 魔法抵抗が掛かっているものに人間の魔法は一切通用しない。

 それでも傷が付いているのは、ダリスの剣の速度が早く一撃が重たいからだ。魔法抵抗は魔法には強いが物理には無力。

 鞘から一瞬で引き抜く居合切り。強力な体術と合わさって、魔法がとんでもない一撃と化しているのだ。

 これが万人を相手にして適わぬドラゴンを倒す男の力。

 刀はボロボロと崩れ去り、使い物にならなくなる。

「君は機関に入った時から私の道具なのだ。逃がすわけがない」


 シャウラは立ち入り禁止の幹部の執務室の階を走っていた。

(バレリア! すぐに行きます!)

 クラウスがシャウラにもたらした情報は、シャウラにとって衝撃だった。

 ダリスは、四属性魔法≪完全洗脳ブレインブレイカー≫なる詠唱魔法スペルマジックを使えるらしい。

 しかし、発動するためには相手を負傷させる必要性と、三日三晩にも及ぶ長い詠唱と魔力の取り込みを行う必要があるらしい。

 その能力は、相手の記憶のほとんどを破壊し、意のままに手駒にすること。

 バレリアにドラゴンの魔法を持っている可能性があったと知った時、ダリスは手駒にするべく狙っていたのだ。

 ダリスは倒さねばならぬ敵。だが、バレリアが悩んでいた通り、ダリスにはまだ不正がない。

 だから、その不正の証拠を見つけ、ダリスが敵だとバレリアに伝えなければならない。

 でないとバレリアは、憎い敵はいい人で、本当に憎むものは人の心だと言い続けてしまう。

――昔、バレリアがそう言った時は立派だと思った。さすがだと思った。

 憎いから、犯人を見つけようなどと言わなかった。

 好きな人が、復讐の鬼になって欲しくなかった。

 だから、昔は喜べた。

 でも、今は違う。

 憎き相手は、復讐以前の問題がある敵だ。

 世間の敵なのだ。

 信じてはいけない相手なのだ。

「およよ? シャウラちゃーん? 何してんの?」

 もう一人、信じてはいけない不審者がいた。

「えっと……ダリスさんの執務室を探してるんですけど……神薙かんなぎさんって、幹部なんですか……?」

 どうせ違うだろう。

「違うヨ! おじちゃんは女性のヒーローなだけサ!」

 やはり聞くだけ損だった。

 こっちは息が少し荒いのだ。発した言葉の分だけ空気を返してほしい。

「それで、ダリス君の部屋探してるわけ?」

「えっと、はい、そうです……」

 勇気を持って答える。人見知りを我慢して、この変態に問わねばならない。ではどうして勇気を持って答えたのに、小さな声なのかと問われると、相手が単純に苦手なタイプだからだ。別に息がどうのは関係ない。

「んじゃ、ここネ。鍵しまってるけどどーしちゃう?」

 神薙は自身の背中の扉を指さす。

「ここで何してたんですか?」

「おじちゃん、ダリス君の秘書ちゃんに会いに来たわけヨ、これが」

 また聞いて損した。

 余計なタイムロスをした。

「もーどいてください! 扉を破壊します!」

「あーダメダメ。おじちゃん知ってるんだから。こっちの大陸の人が苦手な魔法抵抗があるんでしょ? ここ?」

 ならば、切り札を早速使うしかない。

 その前に、神薙は刀を抜刀した。

「僕に任せてヨ、シャウラちゃん」

 刀は漆黒の色をしている。

 飄々としている割には、随分と禍々しい色の刀だ。

 ルクシャの大鎌デスサイスと同色でもある。

「よっよっよっと」

 漆黒の刀による黒い剣閃で、扉はいとも簡単にバラバラになってしまった。

「今、魔法を使ってませんでしたよね……?」

「おじちゃんの国じゃぁー魔法なんてない訳ヨ。身体の構造も違うらしいけど大丈夫。愛の営みは出来るからネ!」

「黙れです!」

 破廉恥な発言を女性の前で行う無頼漢をシャウラは極小魔法ミニマムマジックで水塊をぶつけた。

 すぐに部屋に入る。

 捜索する場所など決まっている。真っ先に眼を付けるのは魔法抵抗の掛かった金庫。それも、出口のゲートから発生する魔力振動数が一致しなければ開かない高級品だ。

 魔力振動数は指紋と同じで一人一人、放出する魔力の振動数が異なる。

 だから何だというのは指紋と一緒。魔力振動数が低くても高くても違いはない。単純にこういった道具が便利になるだけだ。

 でも、致命的だったのは人間には破れない魔法抵抗と、同じ人間でないと開けない魔力振動数の識別で開く仕組みになっている二重の防犯金庫を過信していることだ。

 人間には破れない。だが、ドラゴンならばどうか。

「わたしに力を貸してください。ドラ……」

 シャウラの右手が、光の炎で包まれる。

 バレリアはドラゴンの魔法を、『ドラゴンの口からブレスを吐くように』をイメージしているらしいが、それでは開放時間もできることも少なくなる。

 本当にイメージするのは、『自分が人間ではなく、ドラゴンになりきる』ことをイメージする。それがコツ。

 右手の炎をドラゴンの爪をイメージして、金庫に手を乗せる。

 金庫は形を歪めていきフッと息を吹きかけると、手品のように金庫が消える。

「ワオ! すごいねーシャウラちゃん!」

「…………」

「あっ! 僕は消さなくていいからネ!」

 キッと睨みつけると部屋からゆっくりと出ていく、神薙。

 今はドラゴンをイメージしているのだ。

 今のは凄くドラゴンっぽかった。……と油断したらドラゴンの炎は消えてしまうから気を付けないといけない。

「これは……!」

 消えた金庫から出てきた紙。

 その紙にはとんでもないことが書いてある。

「どーこーかーらか原稿のネタがしますわ!」

 来た。

 とんでもないのが。呼んでもないのに。

「うげっ!? クローリアちゃーん、何してんの?」

「神薙さんこそ何のようです? ここはわたくしもあなたも立ち入り禁止ですわ……ハッ!」

「……なに思いついたの?」

「そーですわ! きっとダリスさんに夜這いに来たのですわ! ……あら」

 クローリアが廊下から部屋を覗く。

 この元王族は王家の血よりも、漫画家として興味と本能の血の方が濃いらしい。

「シャウラさん。あなたはここで何をしてらっしゃ……ハッ! まさか、快楽……いえ、なんでもありませんわ」

 予想通りとんでもないことを口走ろうとしているのではないのか。

 だが、こんなところでもたもたしている暇はない。

「すみません。わたし急いでますので!」

 廊下に出ようとクローリアとすれ違った時、紙を一枚落としてしまう。

 ヒラリと舞ったそれをクローリアは手に取った。

「あら? 魔法抵抗の掛かった紙に魔法抵抗のインク、それにフェルジュシュ製の紙ですわ」

「フェルジュシュ製の紙、ですか?」

「これは、魔法でしか加工できない特殊な木、フェルジュシュで作った紙ですわ! 切ることも破ることも出来ない超高級にして、神なる紙です!」

 さすが原稿を取り扱う漫画家らしく、原料についても詳しい。

 だが、高級品の紙を持つその顔は戸惑いが隠せていたない。

「魔法抵抗とフェルジュシュの紙……いかなる手段を用いてもダメにならない紙になってますわ……ですが、内容が……」

 材料と、それに掛けられた魔法抵抗のせいで、破ることが一切出来ない究極の紙。

 だが問題は紙ではなく、書かれた内容である。

「ありがとうございます、クローリア。おかげで助かりました!」

 急がねばならない。

 これでダリスは敵だと確信した。

 でも、今のシャウラはすでにドラゴンの炎を開放している状態。

 急がねばすぐに制限時間が来る。今ならばバレリアと協力して敵を倒すことが出来る。

 ドラから貰ったドラゴンの鱗はドラ自身が子供だったという事情もあり、小さい。

 それゆえにドラゴンの魔法自体はドラゴンと遜色ないものの、開放時間が短くなりがちなのだ。

 でも、それは集中力の問題である程度解決できる。

 バレリアは最長一分しか持続しない。だが、シャウラは五分以上開放できる。

 これも日々の鍛錬、努力、研究を続けたから出来る芸当である。

「わたくしの眼に間違いがなければ、翼が見えますが……」

「すみません! 急ぎますので説明は今度!」

 光の炎で背中に翼を生やし、尾を作る。

 制限時間五分でも、もたもたしているとあっという間に過ぎてしまう。

 その限られた制限時間の間、万人の軍勢でやっと勝てるかもしれない相手であるドラゴンを斬った男を倒さねばならない。

(バレリアはわたしが守るんです!)

 炎の翼を羽ばたかせ、狭い廊下を飛ぶ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「どうした? ドラゴンの力を開放しないのか? バレリア君?」

「やめましょうよ、ダリスさん。俺と戦って、何のメリットがあるんですか?」

「私にメリットしかない」

 追い詰められていく。

 刀が一本、また一本と崩れていく。

 刀がダメになると秘書の女性が刀を鞘ごと投げ渡す。

 これの繰り返し。

 だが、バレリアの致命傷となる攻撃だけをなぜかしてこない。

 こうして、なんとか五体満足でいられるのは加減か警戒のどちらかをしているためだろう。

「地属性≪砂龍さりゅう≫!」

 剣で床を擦りあげる。

 床にも魔法抵抗は掛けられているが、魔法が効かないだけで魔法を使えないわけではない。

 ≪砂龍≫。それは、剣を床に向けて魔法をぶつけて砂を発生させ、砂を大気中にばら撒き、ドラゴンの形にする魔法。

 威力は期待できない代わりに、風属性には強く無力化できるが、

「風属性≪万物を絶つ刀≫!」

 ダリスの風と強烈な斬撃が砂の龍を真っ二つにする。

 もう集中が出来ていない。威力を下げることすらままならない。

「うわっ!」

 斬撃が近くを飛ぶ。それだけで、吹き飛ばされる。壁に激突する。

「ぐ……ぅッ」

「次の刀を寄越せ」

 投げ渡されたのは最後の一本の刀。

 こうなるまで、ずっと繰り返し。

 何度も何度も壁にぶつけられる。

 背中にばかりに痛みが走り、背中が焼けるように痛む。

 もしかしなくとも血が滲んでる。

「私のメリットは、君というドラゴンの力が手に入ることだ」

「この力は人とドラゴンのための力だ……ダリスさんのためには使わない。だから、やめましょう。こんなことをしても意味ないし……」

 戦いたくなかった。

 正当防衛が適用されようとも、相手と戦う理由がない。

 あれほど機関のため人のためと言っていた立派な人が、辞めると言った途端、なぜこのようなことをするのかバレリアは信じられなかった。

「まだ喋る元気があるか。ドラゴンらしく、しぶとい」

 一気に間合いを詰められ、抵抗する間もなく鞘で殴られる。

「ぐあ……ッ!?」

 もう、限界が近づいていた。

 横たわり、動けなくなる。

 立ち上がることも、這いずることもままならない。

 最後の切り札であるドラゴンの鱗。

 それの力を開放し、ドラゴンの炎を使えば、まともに戦うことが出来るのだろうか。

 最強の魔法だと信じていたドラゴンの炎。

 ドラゴンすらも倒してしまう男に、果たして通用するのだろうか。

 それに、使うにしても集中力が足りない。

 負傷して、通常魔法ノーマルマジックですら半端になっているのに、ドラゴンの魔法を開放できるのか。

 最強の力すらも、劣等生ゆえに扱いこなせないとは。

 負傷している人でも、痛みが原因で魔法が使えないのは気絶しているか、よっぽど重症の時くらいだ。

 意識さえあれば、魔法を普通に扱える。それが、扱いやすい魔法というもの。

 人によってはゲートで魔力を取り込むということは呼吸と一緒なのだ。そんな当たり前が劣化しているから特別な力も十分に発揮できない。

「くっ……!」

 結局。

 結局何が正解だったのだろう。

 ダリスが親友を殺したから復讐すれば良かったのか。

 ダリスが武器を向けてきた時から戦えばよかったのか。

 機関を辞めると言ったのが悪かったのか。

 戦うことを避けて逃亡することを優先しようとしたからか。

 もう……分からない。

「まだ、気を失わないか」

 ダリスを見上げる。

 刀を両手で持ち、切っ先を下に向ける。

「良い道具が手に入った」

 痛みを堪えるように、眼を瞑る。それとも、苦痛で気を失ったのか。

 なんにせよ、視界が、そこで真っ黒になる。

「――――」


 誰かの声が聞こえる。

 ダリス……違う。

 女の人の声だ。

 ダリスの秘書の人の声か……それも違う。

 良く知ってる、親友の声だ。

「バレリアッ!」

 大きな声で眼を開く。

 目の前に立っているのはダリスの刀の刀身を手で掴んでいるシャウラだ。

「シャウラ君。君もドラゴンの力を使えたのか」

「はい。そうです」

「二日前に比べて、随分と頼もしい声だ」

「ダリス・イーノア。あなたはかつての機関の幹部や、貴族、研究者を暗殺者を使って暗殺しましたねっ!」

 刀身を握ったまま大量の紙を見せつけるシャウラ。

 まさか、持っている大量の紙だけ人が殺されているのか。

 それも、いい人だったダリスの依頼で。正義を主張していたダリスによって。

「そうだ。彼らはドラゴンを擁護する立場に回ったのでな」

「そして、あなたはいかなる方法でも廃棄できないこの暗殺者の依頼書を、バレリアの力を使って消し去ろうとしましたね!」

「どうしてそれを……! まあ、いい」

 紙をドラゴンの魔法で消し去る。

 そんな贅沢な消し方をどうしてダリスが選ぶのか。

 しかし、この間見た本で書いてあった。

 暗殺者の依頼書は証拠を隠滅させないため、そして依頼主とは絶対の信頼で雇用関係となるために魔法でも物理的な手段でも廃棄できない特殊な紙で作成するらしい。

 それを廃棄させる唯一の方法がドラゴンの魔法というわけか。

 ……暗殺。証拠隠滅。

 いい人だと、だから戦いたくなかったのに。

 例え仇でも、その正義を信じていたかった。

 ダリスは――ドラゴンと人間の敵だったのだ。

「そうだ。だが、一つ間違いがあるな」

「なんです?」

「彼よりも君の方が能力が高いと聞く。道具は優秀な方を手に入れたい」

「奇遇ですね。わたしも多分、勘違いされてることがあります」

「なんだ?」

「わたしはあなたの犯した罪なんて興味ないんです。ただ――」


――バレリアを、親友を傷つけたあなたを絶対に許さない!


 天才の使う最強の魔法が轟轟と燃え盛る。

 握っていた刀身は焼き千切れ、投げ捨てる。

 劣等生のバレリアが使う最強の魔法と、天才のシャウラが使う最強の魔法。

 どちらが強力かと問われれば誰もが、天才を選ぶだろう。

 シャウラの手には血が一滴も出ていない。

 今の彼女は最強の生物、ドラゴン。

 ドラゴンの鱗の前に鋼製の刃など通用しない。

「……アーシャ!」

 ダリスは距離こそ取るものの、物怖じなど一切しない。

 秘書が初めて口を開く。

「≪創成の大地から生まれし魔剣を我が手に≫火属性、地属性複合魔法≪クリエイトブレイド≫」

 淡々と、平坦な言葉で詠唱を唱える。

 アーシャと呼ばれた秘書の周りが紅蓮に染まった床となり、そこから数本の刀が鞘に納まって現れる。

 剣を作る魔法だ。

 ダリスは強力な風魔法、≪万物を絶つ刀≫を使う。

 それは風魔法に自身の高い身体能力を併せることで、技名通り万物を断ち切ってしまう強力な魔法となる。

 だが、強力であるがゆえに自身の刀も負荷に耐えられずにすぐに破損してしまう弱点を持つ。

 その弱点を秘書のアーシャがカバーしているのだ。

「関係ねーですッ!」

 ダリスは刀を受け取ると居合切りの姿勢を取るが、シャウラが一瞬で詰め寄り空中からキックが飛んでくる。

 刀は抜刀できず、鞘でその一撃を受け止める。

「な、んだ、この重さは!」

 シャウラは身体能力はかなり低い。運動音痴だ。

 だが、今の身体能力は通常時のシャウラよりも遥かに高い。

 例え、形の悪いキックでも強力な一撃となる。

「≪ドラゴンアーム≫!」

 シャウラの手が光の炎で包まれ、炎がドラゴンの手を形成する。

「ぐおっ――」

 人智を超えたドラゴンの炎が出来るのは、『燃やす』だけではない。

 人の顔だって『掴む』ことだってできる。

「飛ばしてやりますっ!」

 今度はダリスが壁に叩きつけられる番だった。

「ぐはっ! 中々っ!」

 壁に叩きつけられながらも褒めるあたりかなり手練れか。

 余裕があるとも解釈できる。

「≪万力、挟み込み≫」

 魔力が集う。

 詠唱魔法だ。

 周囲の魔力がゲートに取り入れられている。

 ドラゴンの魔力さえも。

「地属性≪スクラップウォール≫!」

 二枚の石の壁がダリスの両隣に現れる。

 しかし、それはただの岩の壁ではない。

 光の炎を纏い、岩が輝いているのだ。

「う、おおおおおおおおおお!」

 地属性の魔法は風属性を無力化する。

 その特徴があるからか、ダリスは≪万物を絶つ刀≫を使わない。

 しかし、強力なその魔法を使わずとも元の身体能力が高いゆえに地属性の詠唱魔法とドラゴンの炎の混合魔法を回転切りで一刀両断した。

 光の炎を込められた詠唱魔法もドラゴンの鱗と同じ硬度があるはず。鋼を超える硬度の岩を鋼の硬度の刀で断ち切ってみせる。それも魔法を使わずに、だ。

 これほどの実力がある武人がなぜ、暗殺を。

 拭えぬ疑問を抱くバレリア。

「アーシャ!」

「無駄です! 何をしても!」

「シャウラ! ダメだ! あいつに秘書の人を近づけちゃ――」

 命令通り、ダリスの方へと歩いて行ったアーシャは首に刃物を突き付けられた。

「ドラゴンの炎を解除しろ。シャウラ君」


 シャウラが作ったチャンスは、人質によって無くなってしまった。

 すぐさま、シャウラはドラゴンの炎を消した。

 シャウラなら、もう少しだけドラゴンの炎が使えただろうが、なぜかタイムリミットの方が解除するよりも先に来てしまっていた。

 シャウラの卓越したドラゴンの炎のコントロールなら、ダリスの刀だけ燃やすことが出来ただろうが、こうなってしまっては最早出来ない。

「これでシャウラ君は攻撃出来ない。バレリア君はあのような状態。私の勝ちだな」

 刀を突き付けたまま、ダリスは言う。

 そうまでして、勝ちたいというのか。

「ダリス。提案があります」

「なんだ、言ってみるんだ」

「例えばです。わたしが身代わりになるからバレリアを見逃してくれませんか?」

 シャウラの提案は、自分がダリスの言う道具になるということだ。

 だが、その道具という言葉が今一ピンと来ない。

「バレリア。ダリスには洗脳魔法というものが存在するんです」

 それで、道具にすると言っていたのか。

「待て! 洗脳魔法ってなんだよ! どうしてシャウラが身代わりになるんだよ!」

「バレリアを守るためです」

 そう言われて、バレリアは何も言えなくなる。

 シャウラが……自分の身代わりに。

 でも、人質を取られている以上、迂闊に動けない。

 これ以上手がなければ何も出来ない。

 肝心のバレリアのドラゴンの炎も、人質を前にしては使うわけにはいかない。

「どこかで聞いたことのある台詞だが、その提案、乗ろう」

「そうですか……ありがとうございます。わたしの演技に騙されてくれて!」

 そう、手がなければ何も出来ない。

 だが、まだ、彼女には一手だけ残っていたようだ。

「クラウスッ!」

 風のようにダリスをすれ違った男、クラウス・グランフェルはアーシャを抱きかかえていた。

「ふん。バカな男に操られおって。減給じゃすまんぞ、アーシャ」

 操られていたということは、アーシャも洗脳魔法によってダリスの言いなりになっていたのだろう。

 人質をクラウスに救助され、今度はダリスには残る手が限られてくる。

「そうか、お前がシャウラ君に依頼書のことを……。だが、なぜお前が私を裏切る?」

「むしろ聞きたいのはこちらだ。なぜ、オレがアーシャを取り戻さないと考えなかった?」

「気づいていたのか」

「どんな髪型になっても、どんな顔になっていても、記憶を失って別人になろうがオレはこの愚か者を取り戻すだけだ」

 そう言って、クラウスはトレーニングルームの出入り口に走る。

「すぐに加勢する」

 少なくともアーシャを抱きかかえたまま、戦うのは困難だ。

 だから、安全なところに避難させたいのだろう。

「……こうなっては仕方がない。全てを消さねばならんか」

 ダリスの手元には四本の鞘に入った刀。それらを器用に片手で持っている。

 それだけではない。

 床に散らばった、数本の刀。

 アーシャの魔法が床に放置されっぱなしだったのだ。

 鞘を持ち腰を落とす、居合切りの構え。それを四本の刀の内一本を持ちながら。

 だが、今までの居合切りの構えと違う。

 その構えから、すぐに分かってしまった。


 この部屋にいる者全員、真っ二つにする気だ!


 シャウラの詠唱魔法は間に合わない。

 クラウスもアーシャを抱きかかえている都合上、こちらも何もできない。

 今、ダリスの一撃を止められるのは、バレリア一人だけだった。

(動け……! 動けよ! こんな時にどうして俺は魔法を使えないんだよ!)

 落ちこぼれには、自分の非力さを嘆くことしかできないのか。

 そんなことを普段から嘆いた覚えはない。

 でも、現実を目の当たりにすれば、嘆きたくなる。

 どうして、自分には人並みに魔法が使えなかったのだと。

 努力を人並みか、それ以上はやっているのに。

 親友の命を奪ったダリスが、また親友の命を奪おうとしている。

 どうすればいい。どうすれば大事な親友を守ることが出来る――


――大事な人を思い浮かべば、力が湧いてくるんです。それがコツですかね


「風属性≪万物を絶つ刀≫!」

 ドラゴンすら断ち切る鎌鼬。

 シャウラに、クラウスに、バレリアに迫る。

 その鎌鼬は――

「なにっ! ドラゴンの炎!?」

 光の炎で止められる。

 炎の壁が立ちはだかったからだ。

 風の魔法が物理で強化されていようとも、魔法そのものを燃やされてしまえば一緒だ。

「やっと、ドラゴンの魔法を使ってきたかバレリア君!」

 光の炎を剣に纏い、剣をダリスに向ける。

「ダリスさん。俺、戦いたくなかった。きっと何かの間違いだって、ダリスさんなら話を聞いてくれるって思ってた」

 ドラゴンの魔法を欲しいから、今後も機関の中にいろと言うまでなら、どこかに交渉できる余地があると信じたかった。

 でも、違う。

 この男は洗脳魔法で無理やり言うことを聞かせようとしていたのだ。

「それが、ドラゴンの魔法を使わなかった理由かな?」

「でも……もう違う。お前は、人を暗殺し、ドラゴンを殺し、何より俺の親友の命を奪おうとする最ッ低の人間だ! いや、人間でもない! 人間とドラゴンの敵だ! 魔物だ!」

 光の炎で翼を作る。それはドラゴンの羽。

 ちょうど、動物が大きく見せることで威嚇するのと一緒だ。

 だが、これは威嚇ではない。自分の力がどれほどのものか見せつけるものだ。

 例え、如何にダリスが最強の武人だったとしても、ドラゴンの魔法を知っているハズ。

 ダリスは怯んでいる。

「例えドラゴンの力でも、そんな怪我では動けまい!」

「知らない、か。ドラゴンには超再生があること」

「バカな!? そんなものがあったというのか!?」

 もうその身の怪我など、無いに等しかった。

 これでもう一度、戦える。

 光の炎の翼を羽ばたかせながら、ダリスへと突っ込む。

 空を飛びながら剣を振るう相手は初めてなのか、ダリスは抜刀した刀で戸惑いながら振る。

 その一撃を躱して背後に回り込む。

 身体が弱くて運動音痴のシャウラですら、ドラゴンの魔法を使えばかなりの身体能力になるのだ。

 それほどの力をバレリアが使ったら。

 答えは単純。

 シャウラよりも強力な一撃になる。

「くそっ! なんという強さ、速さだ!」

 刀を振り回しているダリスだが、刀を振るたびに背後に回り込む。

 背後に回っては、

「またかっ!」

 光の炎を纏いし剣を振り、ダリスが寸前のところで受け止めるという一連の流れを繰り返していた。

 これはシャウラには出来ず、バレリアにしか出来ない芸当。

 バレリアは身体能力は、ある程度高い。無駄な動きを減らして元の身体能力と掛け合わせればダリスすら目で追いきれないほどの光速の動きだって実現できる。

「風属性ッ!」

 あまりにも防戦一方だったダリスが痺れを切らしたのか、納刀し、しゃがみ込む。

 居合切りか。

 いや、居合切りにしては姿勢が低すぎる。

「ふっ!」

 突如、ダリスが空高く飛んだ。否、跳んだのだ。

 それも、空を飛んでいる最中のバレリアの頭上を越えて。

 あわや天井激突というところで天井で立つ。正しくは、天井を蹴っている姿が天井に逆さまに立っているように見える。

「≪万物を絶つ刀≫!」

 上空からの一刀両断。

「どわっ!」

 突然の反撃に身体能力とドラゴンの魔法で何とか躱す。

 だが、

「ああっ!? 俺の剣が!」

 身体は無事だったが、剣の方はまともに受けてしまったせいで刀身を失くしていた。

 この剣も炎を纏っていたのだ。つまり、ドラゴンの鱗の硬度を得ているわけだが。

 本当に強力な居合切りだ。

「剣を失えば、倒せるッ!」

 剣を失えば残るのは素手のみと言いたいのだろう。

 ダリスの刀の一本がまたボロボロと崩れ落ちる。

 次の刀に触れた時を、狙った。

「刀身の無い剣でなにが――!?」

 振り下ろした剣が、鞘ごと刀を真っ二つにした。

 バレリアのお気に入りの剣は確かに刀身を失った。

 だから足りない物は光の炎で補った。正確に言うとダリスの刀は焼き千切られたのだ。


 光の炎の剣で。


 残る刀は一本。

 散らばった刀の元には当然走らせるつもりはない。

「くッ! まだだ、まだ終わらん!」

 ダリスはシャウラに駆け寄るとアーシャと同じようにシャウラを刀を突き付ける。

 二回目となると芸がない。

 人質になったシャウラが問いかける。

「ダリス……。どうして、こんなことするんです?」

「私の正義だ! ドラゴンから人々を守る! そのためには力が必要だ! ドラゴン保守派がいれば、機関の存在が危うくなる! 機関にゴミ虫が存在すれば、機関で不正が横行する! 私は機関と人々を守るために、こうしているのだ! 私が機関の頂点に立てばドラゴンに怯えずに済む平和な世界が生まれる! 絶対的な力があれば、私の理想の平和世界が生まれるからだ!」

「そうですか」

 あまり時間がない。悠長にしていられない。

「来るなッ! シャウラ君の命がどうなってもいいのか!」

「気づいてないんですか? 今、捕まってるのはダリス。あなたなんですよ?」

「どういうことだ!?」

 シャウラの言葉の意味が理解できないらしい。

 もう、武人のいい人だったダリスはいない。

 今、目の前にいるのは、ただの敵。

 それも我が身のことばかりを考える小物。

「ダリスさん。俺、ダリスさんの正義、かっこ良かったです。でも……」

「――――!」

「ダリスさん! あなたの正義、自己中心過ぎだ!」

 光の炎で作られた剣は伸び、放つ。

「≪ドラゴンブレス≫」

 炎がシャウラとダリスを飲み込んだ。

 光り輝く炎が煌めき、ダリスの断末魔のような叫びが木霊する。

 炎が消えたころには――加減はしたが――ダリスが立っていた。

 小物に見えても、最強の武人であることには間違いはないらしい。

「な、ぜシャウラ君、は、無傷……」

 蒸発して刀身を失くした剣の柄が地面に落ち、ダリスが力なく倒れる。

 致命傷ではないから気を失っただけだ。

「ドラゴンは同族を決して傷つけない」

 だからドラゴンに対してドラゴンの炎は効かないのだ。

 それは、ドラゴンと【契約】を契った人間も同じ。

 ドラゴンの同族として認められるのが【契約】なのだ。

「ダリスさん。人を守りたいからって何をやっても許される訳じゃないんだ。そんなことがまかり通ってるなら俺、人間みーんな殺しちゃうよ。ダリスさんは機関や人のためにとか言ってるけど、やり方を間違ってる」

 ドラゴンの炎を消し剣をしまう。

 バレリアは人とドラゴンは共存できることを信じている。

 それは人であるバレリアとシャウラが、ドラゴンであるドラと仲良くできたように。

 でも、ダリスは自分勝手な正義を押し付けるだけ。それでやりたい放題やっていたに過ぎない。

 どんなに正義を主張しても、それでは人の心など変えられない。

「終わりだ。ダリスさん」

 横たわっているハズのダリスがどこか笑ったような気がしたが立ち上がることはない。

 終わったのだ。

 まさか、こんな展開になるとは思っていなかったバレリアだが、こうして強敵相手に勝つことが出来た。

「やったぞー! シャウラー!」

「やりましたね、バレリア!」

「俺たち、最強!」

「まだまだ……いえ、流石ですバレリア!」

「今、なんか聞こえたような……」

「気のせいです!」

 何も言っていないと言わんばかりにハイタッチ。

 少々気になったが、バレリアは乗せられてその気になった。

「すぐに騎士団を呼ぶぞ、バレリア」

「あっはい。クラウスさん、その人……」

「記憶が書き換えられている。もう元には戻らないだろう」

 クラウスはアーシャを抱きかかえたまま、トレーニングルームを去っていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ