「機関のお仕事」
「生きて帰りたければオレの言うことを聞くように。まずはオレたち先遣隊が周囲の魔物を蹴散らす。次に本隊は――――」
早朝、クラウスに起こされ、やって来たのはトートル領の隣の領、ルノアー領。そのルノアー領内に存在するルノアー火山に大勢の機関員と共にやって来たのだ。
毎日のように小規模の噴火を繰り返すこの火山は、トートルの森と同じく基本は誰も立ち寄らない。
火山噴火の理由が不明だったからだ。しかし、その正体が判明したため今回の任務が決まったらしい。
バレリア、シャウラ、ルクシャの目の前には今日の作戦の概要を説明しているクラウスに大人数の機関員。
きっと機関の寮で暮らしている人間だけではなく、自宅で暮らしている機関員もいるのだろう。
推測するバレリア。目の前にいる機関員の人数は少なく見積もっても二千を優に超えるだろう。
『ドラゴンの力はどれくらいか、だって?』
かつて、イレセア先生が言っていたことを思い出す。
仮にこの場がいるのが二千人だとすれば、本気でドラゴンを倒すには人数が足りない。
そんなことを他の機関員はこれぽっちも思っていないのか、全員やる気に満ちている。
――例えドラゴンが相手だろうが、これだけ人数がいれば間違いなく勝てる!
という声でも聞こえてきそうだった。
全員命がけで戦おうとしている。場合によっては命を落とすことも考えているのだろうか。
少なくとも楽観視はしていないだろう。
だが、甘い。
『鍛え上げられた優秀な軍人一万人くらいまでならば、全滅は間違いないよ』
もちろん、この場にいる兵士たちがどれだけの実力を持っているかは分からない。
少なくとも二千という数字だけ見れば手も足もでないことだろう。
イレセア先生との訓練で、イレセア先生が教えてくれたことだ。
ドラゴンが勝つだろうと。
「おい、バレリア。聞いているのか?」
「へ?」
「バレリアだけではない! キサマら全員、聞いているのか!?」
後ろを振り返ったクラウスは、蛇よりも怖い睨みを利かせている。
「えー? クラウスさま、なんか言った?」
「う~……」
隣に立っていたルクシャとシャウラはそれぞれ話を聞いていなかった。
あからさまにきょろきょろと周りばかり見ていたルクシャ。
昨日一睡も出来ずに、レンズの奥の瞳が充血しているシャウラ。おまけに大勢の人間から注目されて触覚が萎れている。
今日は遠足ではない。バレリアは考え事をしながら寝たりはしたが、すぐにぐっすりだ。楽しみで興奮して眠れないなど、子供じゃぁないのだから。
だが、シャウラは寝ることが出来なかったらしい。
そのことをシャウラに問うと、「なんでもないですッ! ちょっと興奮……してません!」と、あたふたしながら隠していた。興奮したのだろう。楽しみで。多分。
「バレリア! だから聞いているのかッ!」
「うぇ! はい、聞いていませんした――ッ!」
大勢の機関員たちが笑っている。
客席相手だったならば、上手くいっている。失笑なのが少々気になるが。。
「クラウス。彼らは緊張している。彼らの立場を考えて発言するべきではないかな?」
「……未熟者ゆえ相手のことを考えず、場を弁えもせず感情的な発言をしてしまいました。申し訳ありません」
「頭を下げなくてもいい。君が部下をどれだけ大事にしているか知っている」
……大事? 減給が口癖なのに?
日頃の機関員の接し方も、同じ幹部のダリスには違って見えるのだろうか。バレリアはそもそも機関二日目。クラウスのことをよく知らない。普段は優しいのだろう。でも、話を聞いていた機関員は首を横に振っている。
「それよりも、私の方から少し、発言させてもらう」
クラウスは風魔法の詠唱を始めようとするが、ダリスは手で制止を促す。
この場には推定二千人の機関員がいる。普通に喋っては全員には聞こえない。
だから、先ほどのクラウスの話は風魔法を使って喋っていた。
ダリスは前に出ると、振り返らずにバレリアたちを一人一人を見つめる。
遅れて、ダリスの秘書の人が前に出てきた。服の至る所に刀を通しており、ちょっとした曲芸状態になっている。あまりにも武器が多すぎてまともに動けそうにない。それで戦おうというのか。というかこの秘書も戦うというのか。……その前に重装備過ぎて戦える状態ではない。
「君たち三人は新人だが、この任務には特別に参加となった。この場には新人機関員は君たち三人しかいない。この場には選ばれた優秀な者たちしかいないが――君たちは特別な新人だ」
そういえば、フェルキオは機関に残って見送りをしていた。ここに来ているのは先遣隊の四名と、ダリス、それから昨日のクローリアと神薙の顔を見かけたくらいだろうか。
「我々は魔物という驚異を退け、人間たちの明るい未来を創るためにここにいる。この場では私も一機関員だ。戦場の仲間として、君たちやこの場にいる機関員は死なせはしない」
幹部という立場を超えてこの場にいる機関員の命を預かる者としての覚悟と正義が垣間見える。
やはりいい人なのか。
こういう人が仲間だと心強く思うバレリア。
「君たちを含む機関の人間が誰一人死なぬ活躍。期待している!」
ダリスの話が終わった。
「それでは我々は出発する! 総員、命令通り準備に取り掛かれ!」
機関員全員が動き始める。
作戦概要を改めて思い出す。
作戦は、ルノアー火山のドラゴン討伐任務。
このルノアー火山に住まうドラゴンを、ルノアー領内の住人の平和のために討伐する。
なんでも、学者たちが火山灰を調べたときに、少量の魔力を含まれていることを発見した。
その魔力が問題で、地水火風の四属性でも、光闇の属性でもない。
完全に未知で、未知だからこそ分かる……ドラゴンの魔力だ。
後は流れるように火山の正体が分かった。この火山は、ドラゴンの住処で、ドラゴンが造ったことが判明したのだ。
だからこそ、危険なドラゴンを討伐しに行くのだ。
今朝に受けた説明――昨日話を聞いていなかったことは怒られたが――本来ならば新人機関員は、ドラゴン討伐任務には参加できないそうだ。だがクラウスが、ドラゴンを討伐任務ではなくドラゴン討伐の手伝い――先遣隊として魔物を蹴散らす依頼という形で参加させてくれたのだ。
「……えっと、あとどれくらい歩けば、頂上……ですかね?」
微妙に頂上という言葉を使っていいのか戸惑うシャウラ。
現在、ルノアー火山を歩いているバレリアたち先遣隊。
ルノアー火山は面積が広く、高さの低い活火山。
ゆるい坂道を永遠と歩くことになり、頂上というには平たい。
厳密に測定した話だと、火口付近が頂上ではなく、ちょっと手前くらいの隆起しているところが頂上らしい。
だから、シャウラは戸惑いながら聞いたのだろう。……戸惑っているのは頂上という単語を使っていいのか迷ったと信じたい。
決して、クラウスのことでぐぐもったというわけではないと。クラウスの腰の物が気になって仕方がないと。気になっているわけではないと、信じたい。
「まだまだかかる。頂上に近づいたら魔物の数も増える。余力を常に残しておけ」
「えっと……シャウラ。大丈夫か?」
例え、坂道のようなものといえど、坂と距離が体力を奪う。
身体の弱いシャウラにはキツイことだろう。
「ほら、ルクシャも。坂って案外体力奪われるから、疲れたら言えよ」
「うん! バレリア兄ちゃん!」
元気よく返事される。
この分なら大丈夫だろう。
……クラウスのこと以外は。
「クラウスさま!」
「なんだ?」
「どーして木刀二本持ってるの!」
……言ってしまった。黙っていたことを。子供の無邪気さゆえに気になってか。
「しーっ! クラウスさん、剣忘れたんだって! 言っちゃぁダメだって!」
「聞こえているぞ、バレリア……!」
せっかくシャウラが、気にしないように努力していたものを、ルクシャが言ってしまった。
と言っても状況をさらに悪くしたのはバレリアだが。
「く、クラウスさん! ドンマイです! ほら、猿も木から落ちるとも言うし、木刀とハサミも使いようって……」
「キサマ、挑発しているのならば乗ってやる!」
調子に乗って次々と、間違った単語やら、失敗する発言をしてしまう。
木刀とハサミもじゃなかった。バカとハサミもだった。完全に煽ってしまっている。
「覚悟はできたか?」
腕を交差させ、木刀を二本を、鞘から剣を引き抜くように腰のベルトから引き抜く。
どうやらクラウスの普段からの得物らしい。
「ごめんなさいごめんなさい! 俺、失言が多くて!」
必死になって謝る。
誠心誠意の謝罪が伝わったのか、木刀を腰のベルトに通す。
昨日は何も所持していなかったが、今日はどうして剣ではなく木刀を二本装備しているのか。
刃物ではないから、当然斬ることは難しいだろう。
通常魔法はどんな武器でも使える。が、単純なために、武器の力と武器を扱う人間の体術に依るところが大きい。
つまりは剣を用意せず、木刀で済ませる理由は限られてくる。例えば軽さを重視した、だとか。
「ルクシャ・シトル。質問に答えてやる」
子供相手に威圧的な態度のクラウス。そんな態度しか出来ないのか、あるいは子供は苦手で接し方が分からないのか。
それでも、疑問に対して答えようとする姿勢は親切なのだろうか。
「オレは刃物恐怖症だ。剣を持てん。それだけだ」
淡々と言っている。だから剣の代わりに木刀を二本腰に差しているのか。だが、その弱点の刃物がここには二本ある。
「クラウスさん! 俺たち近くにいても大丈夫ですか!?」
他人の剣及び他人の鎌も恐怖の対象なら、近づくべきではない。
そう判断して質問するが、恐怖症など微塵に感じさせない態度で接してくる。
「オレが恐れているのは刃物を自分で持った時だけだ。見たところでなんとも思わん」
ならば隣で武器を振るってもなんともないのだろう。
しかし、それはそうとしてクラウスの意外な一面を知ることが出来た。
若くして、機関【オーダーアース】の幹部。そんな人間が刃物恐怖症で、刃の付いたものが持てないとは。
でもおかしなことではない。
どれだけ優れた人間でもどこか欠点はある。
クラウスの欠点は刃物だっただけだ。短気も弱点だが。
「ふん。笑いたければ笑え」
淡々と言いながら、自虐的な言葉だ。
別に、そのことをバカにして笑うつもりはない。
「いえ! 俺だって魔法の才能がからっきしです!」
「キサマのそれとオレの恐怖症は比べるものではない」
励ますつもりが、突っぱねられた。
誰も比べてはいない。ただ、同じく欠点を持つ者として、歩み寄ろうとしただけなのに、そんなことを言われる覚えはない。
剣を持てない剣士、クラウス。魔法を使えない剣士、バレリア。
機関の幹部になれた前者に対し、ただの劣等生でしかない後者。
弱点という意味では似通っているハズなのに、それと同じような扱いみたいなのが嫌なのか。
「……オレは昔、女を斬ったことがある」
「……え?」
それは脈絡のない、突然の自白。
どうしてそんなことを今言ったのか。
「それ以来、剣を持てん」
だから、恐怖症とバレリアの劣等生という事実を比べられたくなかったのか。
人を斬ったなど、世が戦乱でもない限り重罪だ。その罪がクラウスに重くのしかかっているから、恐怖症になったという風に聞こえた。
そのことが事実であれば、それとこれとは比べるにしても重さが違い過ぎる。
でも、その事実を今、突然言う理由は何なのだろうか。
普通、そんなことは堂々と言うものでもない。
「クラウスさん。どうしてそんなことを?」
「時期が来れば告げる。今はその時ではない」
その時とは一体何のことか。この自白事態がこの場ですることではないのではないか。
「さてと。一刻過ぎた後、本隊は頂上へと出発する、か」
クラウスは片耳を突如押さえる。
恐らくはクラウスが連絡で使っている風魔法と同じ類のものだろう。
クラウスに対して、声を伝えているのだ。
「こちらは先遣隊リーダー、クラウス・グランフェル。魔物を発見したため交戦しながら前進する。敵の数は不明。種類はフェンリルウルフ。進軍する際は注意されたし。報告は以上だ」
何も魔法を使っていないハズなのに、本隊の人間と話し合っている。
これも相手方の風魔法だろう。
お互いの声を、あるいは声を発した時の振動を風に乗せて遠くまで伝える。便利な魔法だ。
でも便利ではあるが、
「……あの、クラウスさん。質問があるんです」
「なんだ? シャウラ・ヘレルナー」
「わたしたちの声って、もしかして……」
「筒抜けだ」
シャウラも気づいていたらしい、その事実に。
これまでの会話は全て誰かに聞かれていたのだ。
「どうしてそんな大事なことを黙っていたんですか!?」
「今から筒抜けになる。気を付けろ」
今度こそ、クラウスに慣れてきたであろうシャウラは、クラウスにそのことを責める。
人見知りで、ずっとビビっていたと思えぬ少女の発言だったが勇気はやや空回り。
「……ずっと聞かれていたわけじゃないんですか?」
「ああ。今、その旨を伝えられた」
考えてみれば、女を斬ったなどという話題を不特定多数の人間に――バレリアたちにはなぜか話したが――聞かせるような話ではない。
そのことを考慮して考えれば、クラウスが今度話すと言った後くらいにその連絡が来たのだろう。
「それと、なんですけど……フェンリルウルフがいるってどういうことですか?」
「見ろ」
「見えません」
少しくらい、シャウラも努力する姿勢を見せたらどうなのだろう。それともまた度が進んだのか。
今度はどんな大きな眼鏡にするのだろう。双眼鏡を眼鏡代わりなどどうだろうか。そんなことより。
バレリアは辺り周辺、特に遠方の方を見まわす。
このルノアー火山は、ドラゴンのマグマと火山灰で出来た特殊な山。
ドラゴンが造った山という事実が分かっている以上、火山灰や火山岩という言葉を使っていいのか分からない。その事実は最近判明したことだが、不変の事実としては山は灰色一色だ。
そんな灰一色の世界、幻想的という表現から程遠い感想しかでない場所で目を凝らす。
注意深く遠方を確認するが、クラウスの言うフェンリルウルフが見当たらない。
「ふん。奴らの体毛で見えんか」
よく目を凝らしていると鈍色の何かが遠くでポツンとしている。
なるほど、擬態か。
相手は魔物。破壊衝動しかないそれらに擬態する知恵など考えられないのだが、偶然、この辺りの地形と同じ体毛で発見しにくくなっているということか。
「……しかし、気に入らん」
クラウスは自身の顎を触っている。一体何が気に入らないのか。何を疑問にしているのか。
もしかして、また減給されるのではないかと身構える。
「奴らはなぜ集団行動を?」
「え?」
フェンリルウルフ。その特徴は魔法を使う牙など。
フェンリル種は、現状狼にのみに現れる種類。魔法を使って人に無差別に襲い掛かる狼と考えると簡単で分かりやすい。フェンリル種はフェンリルウルフ以外に存在しないので、単純にフェンリルと呼ばれていることが多い。
集団で行動しない魔物でもある。クラウスはどうして一匹のフェンリルから、集団のフェンリルの存在に気づいたのか。
「ねえ、バレリア兄ちゃん。狼がいっぱいいる」
ルクシャが指さす。
そこにはバレリアが見つけた一匹とはまた違うフェンリルが一匹。
「あの……あれもフェンリルじゃないですか? ……分かりにくいですけど」
シャウラも眼鏡を何度か上下させ、小さな字でも見ているかのように眼を細めながら指さす。それもルクシャとは違う一匹。
――まさか。
「俺たち、囲まれてるー!?」
「うるさいぞ! そんなことはすでに分かっている!」
右を見ても左を見ても前にも後ろにも、遠方にフェンリルらしきモノたち。
どうして発見が遅れたか。それは一定の距離以上を置いて、観察されていたからだ。
どこか狡猾さが見えるのはフェンリル、ひいては魔物としては異常な行動である。
魔物というものは破壊衝動しか存在しない、生物と呼ぶにはあまりにも不自然な存在。
「ふん。オレたちの人数に合わせてきた……というところか」
人数。たった四人に対して、大勢で囲むものか。
「あ! もしかして、機関員全員に!?」
今日は、ドラゴン討伐任務のために大勢の人間がいる。
それに合わせてと考えれば、機関員が集合した時に奴らは仲間を呼んでいたということか。
破壊衝動しかない魔物といえども、二千という大人数を前に単騎で特攻するのは無謀かどうかはともかく、何も成果を得られない。
「知能のない魔物の癖に、動物の本能だけは持っている……魔物は生命も知能も持たないと言うが」
「もしかして、魔物って生物だったりして?」
「憶測だけで語るつもりはない」
クラウスは木刀二本を腰から引き抜く。
「あたしも頑張っちゃうよー!」
「待ってください! 魔物は危険ですよ!」
ぐるぐると大鎌を旋回させて、刀身を地面に振り下ろす。
子供が持つにはでか過ぎるそれを軽々と扱っている。
その隣でシャウラはビビっている。でかい鎌を近くで振り回された挙句、ズシンという音と同時に地面に深々と刺さっていたら当然か。
「よーし! 俺も初陣、頑張るぞー!」
「雑魚だがな」
フェンリルは上級魔物だ。
雑魚と称するのは侮りすぎだ。
それとも、金髪の幹部はそれだけ強いのか。
「本隊への被害を最小にするため、敵の全滅を目指す」
クラウスはそれだけ言って、真っすぐ駆け抜ける。
二刀を携え、走る姿は様になっているのだが、その異様な存在が戦場という感覚を少し忘れさせる。
「クラウスさん! 指示は?」
バレリアも並走する。
二人に合わせてフェンリルたちも走り出し、こちらへの距離を縮めていく。
「数はこれで全部か? 先遣隊のオレたちに反応して付いてきただけか」
「クラウスさん! 指示!」
「結局は知能の足りん魔物だ」
犬猫と同じ。ボールを投げられたら本能的に追ってしまうのと同じだと言いたいのだろう。
それはいいのだが、
「クラウスさん! 指示ッ!」
「ええいやかましい! 必要とあらば命令する! それまでは戦場と考えて生存に重きに置いた戦闘を心掛けよ! 以上ッ!」
要約するとつべこべ言わず戦え。ただし、命は大事に。
それならば単純で分かりやすい。
「来るぞ!」
フェンリルたちが舌を垂らしながら並走している。
それも少しずつ迫りながら。
鈍色の剛毛に包まれた獣。高い脚力で敵を翻弄し、魔法を纏う牙で敵を絶命させ、命を絶った後は食いもせずに次の標的へ。
そんな狩りを楽しむだけのハンターのような敵が、バレリアとクラウスに大量に迫っている。
「どわっ!?」
ごろごろと転がり、フェンリルの牙を躱す。
しかし、戦場で横たわるのは死を意味する。
「どわっ!?」
咄嗟に剣をつっかえ棒代わりにして鋭利な牙を止める。
「何をしている? 早くドラゴンの力を使え」
「ダメですって! 今使うと、しばらくは使えないんですって!」
ドラゴンの魔法を開放させるアイテム、ドラゴンの鱗。
それを一度使えば、次に使えるようになるのは魔力が再び鱗に充填されてからだ。
ドラゴンの魔法を使うには、ドラゴンの鱗に魔力が最大にまでに大気中の魔力を吸収する必要がある。
それは人間のゲートと良く似ている。入口のゲートで取り込み、出口のゲートで魔法を使う関係性に。
最大にまで充填されるには、かなりの時間を要する。今使うのは、バレリアの目的のためにはマズイのだ。
なんとしても、ドラゴンに出会うまでに力を温存する必要がある。
「ほう。やはりそれはドラゴンの魔法というわけか」
「……っ! バレてるー!?」
今さらでこそあるが、必死になっているために認めてしまった。
もうすでにバレてるようなものだが。
「く、クラウスさん! 手を貸してほ、ほ、しい……!」
押されている。炎を纏った牙で。
それに対抗するために必要な水属性の魔法を使えないでいる。
「自分でどうにかしろ」
冷たく救援の要請を撥ね退けられる。
シャウラとルクシャはまだ走っている最中。
やはり助けられるのはクラウスだが、手が空いているというわけではない。
「風属性≪ソードエクストリーム≫」
流れるように、舞うが如く二木刀による剣の乱舞。
二本の木刀を振るうクラウスの動きは、二本の木刀と軽やかな身のこなしにより一瞬たりとも隙がない。
二刀流というのは、利き手の剣で攻撃し、反対の手で防御をするのが基本だと言う。
だが、クラウスのそれは右と左、両方の木刀を攻撃に使っている。
そんなことをすれば、二本の剣は同じ方向、同じタイミングに振ることになりがちだ。
クラウスのそれは、回転や突きを織り交ぜることで、圧倒的手数と隙のなさ、さらには武器に纏う風属性の魔法が打撃の強化や更なる武器の速度上昇により、次々と敵を吹き飛ばしていく。
クラウスの手助けがあってこそ、バレリアは他のフェンリルに襲われていないのだ。
『それは頼もしい。君の場合、ドラゴンの魔法だけに頼ってると死んでしまうからね』
試験の前にイレセア先生に言われた手厳しい言葉を今になって思い出す。
ドラゴンの魔法に頼るわけにはいかない状況でピンチになっている。
後からドラゴンの魔法を使う予定がある。
今がドラゴンの魔法なしで活躍する時なのだ。
「うぉおおおおおおお!」
気合を込めて、牙を押し返す。
「そんなに気合が必要か?」
真剣に戦っているのに、傍から無慈悲なツッコミを入れられる。相手は上級魔物ということを忘れていまいか。
「どりゃーっ!」
牙を――弾き返した。
この隙に立ち上がり、左手と右の利き手に持った剣に炎が纏う。
「火属性≪双頭龍・火炎≫!」
クラウスが二刀流というのなら、バレリアもまた両手を使った攻撃。
炎を纏いし、左手の掌底。
掌底がフェンリルの顔に当たると、衝撃が爆発に変わる。
――キャィィィィン
犬の悲鳴と金属音を足したかのうような、フェンリルの叫び声。
でもバレリアの攻撃はまだ終わっていない。
炎を纏った剣がフェンリルを真っ二つに両断した。
≪双頭龍・火炎≫は二つ首を持ったドラゴンをイメージして作った技。
炎の掌底による初撃。即座に炎の剣による追撃。
この二連攻撃を前に、敵は跡形もなく消え去った。
魔物は高密度の魔力となって霧散する。
後にはもうそこに何も残っていない。野生生物の被害と称するよりも自然災害と表現した方がいいという由縁だ。
生物は遺体となってその場に残るのが普通だが、魔物は消滅し魔力となって大気中に霧散し消え去る。
だから魔物は生物ではなく、死という言葉自体が間違っている。魔物の誕生は、『発生』。魔物の死は『消滅』が正しかったりする。
「やりましたよ! クラウスさん!」
強敵である上級魔物を倒して、得意げなバレリア。
「だからどうした?」
対して、クラウスは二本の木刀で次々と襲い来るフェンリルを倒していた。
「なんでもないっす……」
一匹倒すのに必死なバレリアと、すでに二桁は倒しているクラウス。
クラウスからしてみれば、一匹倒したくらいで一々喜ぶ方がどうかしているのだろう。
がくりと項垂れる。
「ひどいよー! バレリア兄ちゃんにクラウスさまー!」
「ルクシャは前に出ると危ないですよ!」
こんな子供に無理をさせるわけにもいかなかったが、ルクシャは納得いかないようだった。
シャウラに任せようとしていたが、彼女を制止出来なかったらしい。
「ダメだって! 俺たちに任せてくれ!」
「嫌っ! あたし、見てるだけなんて嫌だよ!」
バレリアとクラウスは囮のようなものだ。多くの魔物は二人で対処出来ている今なら、シャウラもルクシャも少ない相手で済んでいたのだが。
「構わん。ルクシャ・シトル。敵を全滅させろ」
「クラウスさん?」
「うんっ! あたし、頑張るよ! クラウスさま!」
試験一位とはいえ。身の丈に合わない大鎌を背負っているとはいえ子供だ。
無茶をさせたくなかったバレリアだが、すぐに彼女の実力に驚かされることになる。
「闇魔法?」
大鎌の刀身が黒い霞が掛かる。
それがどんなに異常なことか、バレリアは驚きを隠せないでいる。
「武器に闇魔法なんて使える訳ない!」
人間が使う魔法は万物の根源である地水火風の四属性。そして、光と闇の計六属性。
地水火風の四属性は、人間が扱いやすい魔法の四つである。
対して、光と闇の魔法は性質が異なる。
光と闇の属性には感情を込めないといけない。
光は全てを照らすような前向きな感情を。
闇は全てを飲み込むような負の感情を。
ゲートから直接取り込んだ魔力をすぐさま放出させる通常魔法ではそのタイミングが存在しない。
言霊で感情を乗せる必要があるため、この二属性は詠唱魔法専用なのだ。
「闇属性≪ダークサイススラッシュ≫!」
身の丈に合わぬ大鎌を軽々と片手で横薙ぎに振るう。
刀身が触れた魔物も、触れていない魔物も次々と真っ二つになる。
「闇属性の……死?」
闇属性の魔法は死と精神に関する魔法。
斬られていない、魔物たちにも死を与えたのだろう。
武器に纏わせた闇属性の魔法がどのようなことを引き起こすのか、初めて見たバレリア。
「どう!? バレリア兄ちゃん! 凄いでしょ!?」
「ああ! 凄いぜ! 俺にも教えてくれよ!」
「ええー? バレリア兄ちゃんは出来ないの?」
簡単に言ってはいるが、これが如何に特別なことなのか本人は分かっていないのだろう。
「どうだ? バレリア」
「何がですか? クラウスさん」
「今のはドラゴンの魔法か?」
確かに、闇属性の魔法を武器に込めるのは普通の人間には出来ないことだ。
だが、ドラゴンの魔法かどうかと聞かれると……。
「うーん。違うかな? だってドラゴンの魔法は六属性とは違うわけだし」
ドラゴンの魔法は人間や魔物が使う魔法の規則性からさらに大きく離れた魔法だ。
まさしく、究極の力。
一方、ルクシャは人間では出来ない闇属性の魔法を武器に込めることは出来るが、扱っているのはあくまで人間の魔法。
これはドラゴンの魔法ではない。
「ふん。すでに隠す気もないか」
「……もーいいかなーって思いまして」
もうすでに隠す気をなくした。
「ドラゴンの魔法を持っていれば、良かったんだがな」
それで昨日、バレリアと会わせたのか。
ドラゴンの魔法を持っているか。持っていればどんな反応をするかを確認するために。
異常な力を持っている者同士、何かあるのかもしれないと踏んだのかもしれない。
でも残念ながら、ルクシャの力は特別ではあるがバレリアの特別とは違う。
「≪揺れる! 鳴る! 鎌の鐘≫」
ルクシャの詠唱。
周囲の魔力が入口のゲート集まっていく。
「闇属性≪デスサイスベル≫!」
宙に浮かぶ、数本の漆黒の鎌。
それらが鐘のように大きく揺れ、次々とフェンリルを八つ裂きにしていく。
試験を一位で突破しただけのことはある。一回の魔法で多くの敵を倒すその姿は、試験一位と言われても納得がいく。
「それにしても数が多いです」
シャウラは少し息を切らしながら辺りを見回す。
流石、天才シャウラ・ヘレルナー。
周りを囲まれている状況にも関わらず、動じない。
……これが人間だったら、きっと動揺しまくりなのだろう。人見知りで。
でも最低でもクラウスにはある程度慣れたらしく、眼を見て話すまでは出来ていないが力のこもった目つきをしている。
「敵を全滅させます! いいですよね? クラウスさん?」
「構わん」
シャウラは集中している。だが、あまりにも魔力を吸収しすぎている。バレリアはすぐに気づいた。
最強の魔法を使うつもりだ!
周囲の魔力が集まっていき、大量の魔力を吸収したシャウラは、魔力の飽和状態によって起きる発光現象により、彼女の周辺がほんのりと明るくなる。
「≪灼熱の炎が大地を生み出し、冷却せし大地、水滴から母なる海を誕生させる、世界には風が吹き荒び、今、万物根源の力を我の元へ≫」
――四属性魔法、詠唱完了です!
「クラウスさん! 空って飛べますか!?」
「言われんでもすぐに使う! ≪空の大地よ≫風属性≪ウィンディユニット≫」
魔物以外の全員が上へと上昇する。
詠唱魔法で、宙を足場にする風魔法をクラウスは使ったようだ。
「≪万物、これ創造と破壊の繰り返し。歴史は繰り返される。消滅からの誕生を観よ≫」
――第二詠唱、完了しました!
「四属性魔法≪ラストリゾート≫!」
全てのフェンリルを包み込む巨大な球体が現れる。
それは翡翠、深紅、紺碧、茶褐色の四色で彩られており、虹のように美しい。
「行きますよ!」
大きな丸眼鏡のブリッジを押さえながら、シャウラは手の上に現れた小さな四色の球体を握りつぶす。
巨大な球体は突如としてシャウラの手の上に出来た球体ほどの大きさになり、消滅した。
後に残るのは何もない。
魔物も、範囲内の地面も、あったものを全て無に帰した。
「すごーい! シャウラ! みんな消えちゃった!」
「はいっ! これからわたしをお姉ちゃんって言ってもいいんですよ?」
「それはいいや!」
敵を地面ごと消滅させた天才少女は、もしかしてわたし同年代扱い? と疑問を口にし、苦笑いとも何とも取れない表情。触覚は萎れた状態だ。
万物を創造させる地水火風四属性複合魔法。
強力な魔法であり、理論を正しく理解すれば出来ぬことはないという。
反面、魔法の正しい知識が必要となり、その上で四属性魔法専用の第一詠唱も覚えねばならず、第一詠唱と第二詠唱を唱えている隙が大きい点が難点である。
人によっては立てなくなるほどの疲労も大きな弱点だが、体力のないハズが顔色一つ変えないシャウラはやはり恐ろしい。
「シャウラ・ヘレルナー。ルクシャ・シトル。共に試験の結果以上の働きだ――それに引き換え」
バレリアはビクッとなる。
蛇よりもキツイ目つきで睨んできたからだ。
「……まあいい。今後の働き次第だ」
クラウスは片耳を押さえ、虚空に対して口を開く。
「こちら、先遣隊。フェンリルの討伐に成功。取り逃した分や、別の群れなどに注意されたし」
本隊に連絡を取っているのだろう。
耳を澄ませば、声が聞こえてくるのだろうか。
両耳に、手を立てる。
――我は、ファブリール。業火の龍。
「了解した。ただちに合流を……」
「――シャウラッ!」
「聞こえました!」
「ええい! うるさいぞ! 人の連絡中に騒ぐな! 少しくらいなら聞こえてもおかしくなかろう!」
クラウスに怒られるが、構ってられない。
二人には確かに、聞こえた。
――遊んでやる、と。
「くっ! なんだ!?」
「わー! 地面が、揺れてる!」
地面が揺れ、大きな地響き。
――来る!
「地面が真っ赤になってるー!?」
「くっ! 近づくなルクシャ!」
シャウラの≪ラストリゾート≫によって出来たクレータが真っ赤に染まり、ごぽごぽと紅蓮の泡と共にマグマが溢れてきた。
それは一般人からしたらただのマグマに見えるだろうが、違う。
ドラゴンの炎だ。
マグマがクレータを満たし、溢れ出してくる。
「何をしている、バレリアッ! 逃げるぞ!」
あれほど実力のあったクラウスが、ルクシャとシャウラの手を引っ張りながら逃げようとしている。
相手がそれだけ強大な存在なのかよく理解しているからだ。
でも逃げない。なぜなら彼はファブリールから指名されたからだ。
遊び相手の。
――ごおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
マグマから咆哮と共に、紅蓮の鱗を持つ、巨大なドラゴンが目の前に現れた。
マグマが飛び散る。クラウスは身を楯にしてルクシャを守っているが、バレリアとシャウラは一切動じない。
人間など一口で丸のみ出来てしまう巨大な口に、山とまではいかずとも人間の数十倍の巨体。自身の重量をものともせず空を飛ぶ翼に、何よりも人間の扱う火属性の魔法よりも紅蓮で、人智を超えたドラゴンの魔法。
紅蓮の鱗は人間の魔法を通さず、紅蓮の炎は人間の魔法をも灼き尽くす。
バレリアの知るドラゴンよりも、巨大だった。
剣をゆっくりと抜刀し、剣尖をドラゴンに向ける。
「バカモノッ! 死ぬ気か! キサマがどんな力を持っていようが、ドラゴンには一人で勝てん!」
クラウスは叫んでいる。
「もうじき本隊が来るッ! 本隊と同時に戦えば、奴とて倒せるッ! ここは一旦退くぞ!」
本隊が来る。ならば、急がねばならない。
早く終わらせないといけなくなった。
――まずは一撃。
ドラゴンの声だ。クラウスやルクシャには聞こえていない。
頭上からやってくる拳を、バレリアは
片手で受け止めた。
「何ッ!?」
クラウスは信じられないと、目を見開いている。
ドラゴンの紅蓮の炎が拳から噴出される。
対してバレリアは、光の炎を全身に纏う。
二つのぶつかり合う力は、足場を崩れさせるには十分過ぎる力で、周辺の足場がマグマに変わっていく。
でもバレリアと業火の龍はマグマに沈むことはない。
両者ともに宙に浮いているからだ。
「ふっ――」
バレリアは背中に光の炎で出来た翼を生やし、空を飛ぶ。
業火の龍は、後ろに大きくのけ反り、息を一気に吸い込んでいる。
「ドラゴンのブレスか! シャウラ、ルクシャ! キサマらは逃げろ!」
「に、逃げようよ!」
ルクシャは言われた通り、逃げようとしており、シャウラの手を引っ張っている。
だが、シャウラは微動だにしない。
「おのれ! キサマもか!」
クラウスの憤慨する姿をバレリアは上空で見ていた。
「くっ! どこまでやれるか……水属性≪アクアピラー≫!」
クラウスは二本の木刀を地面に刺して、三人を囲むように水の柱が出来上がる。
それで身を守るつもりなのだろうが、すでに試験の時のように無駄だと気付いているのか、半ばやけくそだ。
それだけ守ることに必死なのだ。自分だけ逃げようとしないあたり、実はいい人だということが分かる。
「行くぞっ!」
剣に光の炎を纏わせる。
そして、離れた位置のファブリールに対して振り下ろす。
「≪ドラゴンブレス≫!」
光り輝く炎と、紅蓮の炎のブレスが同時に放たれる。
二つの炎がぶつかり――会うことなく、二つの炎が互いを素通りしていく。
二つの炎が相反することなく、混じり合い、紅玉の如き輝く炎となり、一人の人間と一匹のドラゴンを包み込んだ。
「くっ!? バレリア!」
クラウスは生死不明の新人機関員に対して叫び声をあげる。
「……大丈夫です」
反対に、幼なじみは特に何とも思っていないようだった。表情は変わらない。
炎に包まれた業火の龍は何事もなく、紅玉の炎を翼で振り払う。
「あれほどの魔法で無傷か……!?」
ドラゴンの強さを知らぬ人間ではない。が、さすがに人外の力を目の当たりにすれば、いけると思ったのだろう。
「よっ、と」
「なっ……! キサマもか!?」
バレリアもまた、光の炎で作った翼を羽ばたかせ、紅玉の炎を振り払った。
「なあ、俺の力、どうだったー!?」
バレリアは、自慢するかのように親指を自身に向ける。
それに対して、ドラゴンは親指を立ててサムシングポーズをする。
それは、傍から見れば旧年来の友人のように親しく。
「待て! どういうことだ! なぜ魔物があのような表現を! なぜ二人とも無傷なのだ!」
魔物であれば、それはあり得ない。
――ドラゴンは魔物ではないのだ。
人に危害を加えるだけの存在の魔物に対して、ドラゴンは魔物扱いされているだけで人間とほとんど変わらないのだ。
ただ、力を持ちすぎるがために危険視されているだけで、実際はドラゴンは理由なく人に危害を加えるなどあり得ない。
「クラウスさん。後で説明しまーす」
戸惑うクラウスを放って置き、笑ってしまう。するとドラゴンの方もおかしいのか、二ィッと笑っている。
『遊び』は無事に終了。
力を見せつけることも出来たし、ドラゴンからの信頼を得ていることも分かってもらえた。
後は、機関の人間が来る前に退散させなければ。
「俺、バレリア・オークライト。今は機関に潜入して、ドラゴンと人間が仲良く生きていける世界を作ろうって頑張ってる最中なんだ! それまでのちょっとの間だけ、別の隠れる場所探してくれないかな?」
これがバレリアとシャウラの目的。
機関に潜入し、ドラゴンを討伐する任務。その任務を妨害してドラゴンを逃がすことだ。
やがては、機関を変えることで、ドラゴンと人間の共存できる世の中を目指す。
それが、二人の目的。
ドラゴンは何も言わずに、コクリと頷くと、翼を羽ばたかせる。
巨体は宙を浮き、翼を羽ばたかせた際に地面にいる新人と幹部の機関員を吹き飛ばしそうになっているが、全員、それぞれの手段で飛ばされないようにしている。
「それじゃぁ――」
――突如、ファブリールは急降下していった。深紅の液体をまき散らしながら。
それは、下降ではなく、墜落に近かった。
後になって、轟ッ! という音が遅れて聞こえてくる。
それは、ファブリールの落下音とはとても思えない……風属性の魔法が空を切り、遅れて聞こえてきた音だった。
「ダリス……さん?」
バレリアが後ろを振り向く。地上にいたのはクラウスと同じ幹部のダリス。
その手には、抜刀された刀が。刀は酷いヒビで、原型を維持できなくなり、ボロボロと崩れてやがて刀身がなくなった。
まさか、その刀で斬ったというのか。ドラゴンの鱗は鋼以上の硬度を持つ鎧だというのに。
業火の龍はマグマの中へと落ちていく。
ゆっくりと沈んでいくその姿を、ダリスは笑いながら眺めていた。
「くだらん魔物だ。子供の光の龍と同じで他愛もない」
バレリアとシャウラは知っている。その【光の龍】を。
見つけてしまった。長年の復讐の相手を。親友を殺した、憎き相手を。
「ダリスッ!」
地面に降り立ったバレリアだが、すぐに炎が消えてしまった。
(くそッ! くそ……ッ! 俺の力は、復讐のためにあるんじゃないのに……)
ダリスのそばにはたくさんの機関員が集い、賞賛の言葉を次々と挙げ、歓声が鳴りやまない。
対してバレリアの周りに集う者は、シャウラとルクシャ。それからクラウスの三人だけだった。