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「機関の人々」

 無事に合格したバレリアとシャウラ。

 正式な合格の通知は後日届いた。そして今日、再び機関【オーダーアース】の前に来ていた。

「よしっ! ここからが本番だな、シャウラ!」

「そうですね。わたしたちは機関に潜入するんです。気を引き締めないといけません!」

 バレリアが意気込むと、同じようにシャウラも意気込む。

 これから二人は目的のため、多くの苦難を経験することになるだろう。

「大丈夫、二人なら何も問題ないよ」

 機関の本部の前まで一緒に付いてきていたイレセア先生が言う。

「二人は先生の誇りだよ。自信を持つことだ」

「イレセア先生のお墨付きくれるなら大丈夫だよな! なあシャウラ!」

「はい! イレセア先生には魔法だけじゃなくて色々と教えていただきました! いままでありがとうございます!」

 ぴしっと敬礼して見せるシャウラ。

 だが彼女の敬礼は満面の笑顔か歳よりも幼く見られがちな容姿と性格のどちらかが原因で、上官に対して行う敬礼とは大きくかけ離れている。

 普段丁寧語で話している彼女だが、そういうかしこまった態度が余計に背伸びしている子供のように見えてくるのはどういうことなのだろう。

 バレリアから見ても、彼女はしっかりしているのだが、時たま子供のような無邪気さを見せることがある。……大前提として、慣れている相手の前のみだが。

「やめてくれないかな。これで最後みたいで悲しくなってくる」

「だったらイレセア先生も機関に潜入すればいいのに」

「先生は機関が嫌いだからね」

 仕事奪ってくるしと続けた。

 結局、試験の日、傭兵ギルドには仕事がなかったらしい。

「それじゃぁ、先生はこれで」

「イレセア先生! 次はいつどこで会える?」

「メルキアに用事があれば会いに来るよ」

 そう言い残してイレセア先生は二人から去っていく。

 機関は国の仕事。言わば宮仕え。給料は安定するし、容姿が原因で仕事はなくならない。

 バレリアとシャウラに戦闘の基礎と応用を叩きこんだ人間で、傭兵の仕事をしているだけのことはあって実力もかなりのほどだ。

 イレセア先生がバレリアとシャウラのために力を貸してくれればどれだけ心強い存在か。

 でも、イレセア先生はバレリアとシャウラの目的とは関係ない。

 だからこそ、これからはイレセア先生と離れて、自分たちの力だけで歩んでいくべき……自立していくという考え方も存在する。

 彼女……ではなく彼がどのような目的を持っているかは知らない。それどころか、どうしてバレリアとシャウラの師匠のような存在になったのかは、実のところ二人は良く分かっていない。

 ある日、傭兵業でたまたまトートル領に立ち寄り、突然師匠になると言ったのだ。イレセア先生との出会いはそんな胡散臭さ満点の出会いだったが、ドラゴンの魔法をなぜか扱えたり、ドラゴンの魔法の扱い方を教えてくれた。

 イレセア先生がいなければ、バレリアは一生落ちこぼれとして生きていくことになっただろう。その落ちこぼれに特別な価値を与えてくれた存在でもある。別に自分には価値がないとまでは思ってはいないが。

「来たか。バレリア・オークライトにシャウラ・ヘレルナー」

 機関の建物からやってきた男は試験日にバレリアの選考員を務めていた金髪の男。

 知的で高貴な印象。良家出身を思わせる。

 かなり厳しい性格のようだが。

 男は去っていくイレセア先生の背を見ている。

「今の者は……女か? 何者だ? まさかと思うが母親などと言うまいな?」

 母親が組織にまで付いてくるのか。

 嫌な話である。

 バレリアの母親は間違いなく息子に恥ずかしい思いをさせるのだろう。応援と称して機関の前までやって来る姿が目に浮かぶ。

 現に、今朝まで付いて行くと言って聞かなかった。

「いえ! あの人は俺たちの師匠です! ついでに男」

 イレセア先生のことをバレリアが説明する。

 男と言った時、少し眼を見開いたのはきっと気のせいではないのだろう。

「先生か。教師を仕事にしているわけではなさそうだな。つまり、あの者から戦闘訓練を受けたというわけか」

「はい! 俺たちの自慢の先生です!」

「フン。ならばあの者はよっぽど教えるのが下手らしい」

 急にイレセア先生の悪口を言われてむっとする。

 なぜそんなことをイレセア先生を知らない者が言うのか。

「そんなことない! イレセア先生は誰も知らないことを教えてくれた! ドラゴンの――」

 言いかけたところでシャウラが腕を引っ張っている。

 どうやらシャウラは再び人見知りが発動して喋れなくなっていたが、それでも首を必死になって横に振っている。

 振ると同時に頭の触手も揺れる。

「ドラゴンの……なんだ?」

 バレリアが試験の時に使ったものがドラゴンの魔法によるものだとバレればどうなるのだろうか。

 ドラゴンは人類の敵だ。

 ならば敵の力を扱えるバレリアは一体どうなるのか。

 まさか……それを探るためにこの人はイレセア先生の悪口を言ったのか。

 ならば、完全に思うツボだ。そんな訳はない、勝手に漏らしただけだと言わんばかりにシャウラが肘で小突いているが。

「いやぁ、ドラゴンの討伐方法をいっぱい教えてもらいまして」

 無理をして嘘を吐く。

「例えばだが、キサマの魔法。それはドラゴンと何らかの関係があるのではないか」

「ギクッ!」

 シャウラがバレリアの背中を叩く。

 今度は口に出すな、だろう。今時、ばれたからと言って『ギクッ!』という言葉を声に出す人間はいない。

「なるほど、あれは光属性と火属性の混合魔法ではなくドラゴンのブレスか」

「ギクッ!」

 また声に出してしまった。男はドラゴンのブレスを実際に見たことがあるのだろう。だから、力の正体に気づいたのか。

 いや、この力を知る者はほとんどいないのだ。イレセア先生のような存在が何百何千といたら、本などの記録に留める者、知識として持っている者がいてもおかしくないだろうが、少なくともバレリアはそんな話もそんな本も知らない。

 世間一般にはドラゴンは魔物と認知されているのだ。自然現象である魔物から力を貰うなどあり得ないというのが世間の認識だと思っていたのだが。

 シャウラはドラゴンのブレスではなく深いため息のブレスを吐いている。

 単にバレリアが墓穴を勝手に掘り進んでいるだけである。

「……その力はどのようにして手に入れた? 答えろ」

 機関潜入初日、いきなりのピンチ。

 どうすればこの場を乗り切れるか。

 考えるバレリア。

 今この場でこの力をどういった経緯で手に入れたか言うわけにはいかない。

「ば、バレリアの力は貰いものなんです」

 シャウラ?

 人見知りであるがゆえに固まっていた彼女が勇気を振り絞って言った言葉は、本当のことだった。

 真実をぶちまけてしまえば、自分たちの立場が危うくなるのではないか。

「力を貰っただと? バカな。ならばその力は授かりものだというのか?」

「…………」

 シャウラは黙っている。

「…………」

 ……いや、黙っているのではなく喋れないだけで、再び固まっていた。

「貰いものか。過去のドラゴンの研究結果ではドラゴンが扱う魔法の全てが不明。ドラゴンの力を手に入れる術も不明だが、ドラゴンから力を貰う可能性としてはあり得るか」

 やはりと言うべきか、ドラゴンの魔法だとバレてしまっている。

 独り言を呟いた後、言及されるかと思ったがそんなことはなかった。

「キサマの力は今後、改めて見させてもらう。それよりもこれから機関の内部を案内するので付いてくるのだ」

 だが結果は予想外の方向に転がる。

 バレたら拘束。最悪処刑されるのではないかと思っていたバレリアだが、そんなことはなくあっさりと話は終わってしまった。

 もしかして……ドラゴンの魔法を持っているから疑っていたのではなく、単純にドラゴンの魔法に興味を持っただけなのか。ホッと胸を撫でおろす。

「早くしろ。初任給を減給されたくなければな」


 機関の中に入る。

 建物の外から見ても大きな建物だったが、建物の中から見ると外から見るよりも巨大な建物のように感じる。

 建物内部、エントランスでは各階の手すりと螺旋階段が見えている。

 そしてそのまま、建物の天井が見えているのだった。

「おおー! 高い!」

「凄いですよね。たしか、機関の建物は十階建てでしたよね」

 ならば今、バレリアとシャウラが見ているのは十階の天井を見ていることになる。

 距離の離れたところから物体を見れば小さく見えるが、近づけば近づくほど物体が大きく見えるのと同じか。

 だからこそ、物体の中にいれば物体がより一層大きく見えるのか。

「……これより、【オーダーアース】を案内するクラウス・グランフェルだ。付いて来い」

 よろしくとも言われない。

 見た目通り無愛想なようだ。

 言えば殺されそうな気がするからバレリアは黙っている。

「まずはここだ。一階エントランス。ここでは機関に寄せられた依頼クエストの受注ができる」

 クラウスは、掲示板らしき板から紙を一枚取る。

「クエスト……? 受注……?」

「キサマ……! まさか、機関から送ったマニュアルをちゃんと読んでいないのか……?」

 クラウスに、その場で合格だと言われた試験の後、分厚い一冊の本が届けられた。

 もちろん、バレリアはちゃんとその本を開いた。分厚いそれは、高所に置いてある物を取る際にも最適だった。中身はパラパラとめくってちゃんと一通り目も通した。目を通しただけで内容は完全に頭に入っていなかったが。

「まあいい。キサマはどうだ? シャウラ・ヘレルナー」

 突然、振られたシャウラは急に顔が真っ青になった。せっかく少しずつ慣れてきたところですぐに元通りだ。

「く、クエストとは……じゃなくて最近のドラゴン減少でして……それで、えっと待機中の仕事としてクエストが存在していまして……」

 何を言っているのかさっぱり理解できない。

 難しいことを言っているわけではなく、そもそも文章として崩壊している。

 普段の彼女ならばしっかりと説明できるはずだが、今の彼女は頭の中が真っ白か混沌としていることだろう。

 彼女の頭の天辺にある触覚はすごい勢いで萎れ、汗が滝のように流れている。

「キサマも読んでいなかったのか?」

「ひぅ!」

 脅されたわけではないのだろうが、怯えるシャウラ。二本の触覚は勢いよくピンと立つ。

 相変わらず、元気に感情を伝えてくれる触覚だ。それを言ったら下にある本体が今度は怒りそうだ。

 シャウラなら分厚い本でも、要領良く重要な場所を抜き出して読んだはず。

 ……ただ、そのことが声にならないだけなのだ。

 どれだけ頭の毛がそのことを伝えようとバタバタしても、言葉は伝わらない。

「まあいい。依頼とは、最近のドラゴン減少に伴い機関員たちが次の任務があるまでの間に働くために設けた制度だ。仕事なしの状態が続けば機関の信用も落ちるのでな」

 シャウラもそれが言いたかったのだろう。

 悔しそうに身震いしている。単純に震えているだけかもしれないが。

 クラウスはかなり怖そうだし。

「何か言いたいことでもあるのか? バレリア」

「え? なんか怖そうだなって」

「…………」

「……あっ!」

 思わずバレリアは心の中で思ったことをそのまま言ってしまった。

 調子に乗りやすい性格ゆえ、振られれば大概のことを口外してしまう。

 心の内を読まれたバレリアだったが、これでは相性最悪ではないか。

 隠し事など完全にできない。二人には隠し事があるというのに。

「……ならばキサマら二人は任務の際、常に一緒に行動しろ。聞けばキサマら二人は友人なのだろ?」

 と、思いきや怖そうだなという言葉をクラウスは、「依頼ってなんか怖そうだな」という主語で受け取ったらしい。

 案外、誤魔化せるかもしれない。

「話を戻すぞ? 依頼には、外部の人間からの依頼と機関内部からの依頼が存在する。それらをこのエントランスで受注し、登録した四人くらいのメンバーで依頼を遂行できるようにしろ」

 登録した四人くらいのメンバー。

 さっきの話はそのメンバー内で、必ずシャウラと同行しろということだろうか。

「どうして四人くらいなんですか?」

 何気なく聞いてみる。

「四人の内、一人が裏切り者でも三人がかりで確保できるからだ」

 とんでもない答えが返ってくる。

「どうして『くらい』なんですか?」

 先ほどの回答をなかったことにして、次の質問。

「少なすぎれば依頼を達成するのに苦労する。多すぎればドラゴンの目撃情報が寄せられたときに、出撃時の人数が減る。だが、前後する分には構わん。人員に余裕がある時には五人。人員が少ないときは三人でも受理する」

 その質問の答えを、先ほどの質問の回答と入れ替えられないだろうか。

 先ほどの回答は絶対に新人に対して言ってはいけないものだ。

 でもバレリアは気にしない。

 なぜか。

 正解は裏切り者がこの場に約二名いるからだ。

 自分たちが裏切り者だから。気分を悪くするよりも、合理的だなと納得してしまった。

「…………」

 そんな思考すらも読み通しているのか、疑いの目。

「……次だ。二階に行くぞ」


 クラウスに案内され、階段を上ったバレリアとシャウラ。

 案内された階の入り口には立札が一つ。

「えっと? この先関係者以外立ち入り禁止、か。でも俺たち関係者だから堂々と通れ……」

「通るな。この先は一般機関員は通れん」

 関係者というのは、機関に関係する者ということではないのか。

 ならば、バレリアは今日から関係者である。でも、それではダメらしい。

「これより先と三階は、オレや機関の幹部しか入れん」

 わざわざ連れて来ておいて、入れないとはどういうことか。

 なら関係者だけと書かずに、幹部以外立ち入り禁止にすればややこしくなくて済むというのに。

「……幹部しか通れないんですよね? だったらクラウスさんも幹部なんですか?」

 シャウラが少し調子が戻ってきたらしく、震える声で尋ねる。

 そんなに無茶しなくても黙っておけばいいとはバレリアは思うが、今聞いておかないと後で重大なことに気づけない可能性なども大いにあり得る。

 だからこそ、聞けるときに聞いた方がいいのだ。

 特に、クラウスの立場が幹部だという話は初耳だ。……幹部?

「えぇえええええっ!? クラウスさんって幹部!? 結構若く見えるのに!?」

「そうだ。一応だが」

 淡々とした口調とは裏腹に、大きな声に顔をしかめている

「……あーでもそっか。なんか、よく怒るし、言われてみればおじいちゃん……」

「それ以上言えばキサマの減給はまぬがれんぞ」

「み、たい……」

 何とか、踏みとどまった……のだろうか。

 しばらく黙ってみるが、クラウスはそれ以上何も言わない。

 ならば、先手を打つしかない。

 ミスすれば謝る。誠心誠意謝れば許してもらえる。

 ようは気持ちの問題だ。

「すみません! 本当のことを言ってしまって!」

「キサマ、本当に反省しているんだろうな……?」

 謝罪しているつもりが火に油を注ぐ結果になっている

 シャウラからは、「怒らせてどうするんですか」と半分消えてそうな声で注意される。

 勢いに任せて、またいらぬ発言をしてしまったようだ。

「クラウス。新人に怒るものではない」

「はッ! ダリス様!」

 立ち入り禁止の階から突如歩いてきた一人の男性。その男性に頭を下げているクラウス。

「この方は機関の幹部である、ダリス・イーノア様だ」

「クラウス。君も幹部だ。かしこまる必要はない」

「しかし、立場はあなた様が上ですので」

「分かった。忙しいところ、君にはバレリア君を連れてきてもらって済まない」

「いいえ。彼の案内を申し出たのは自分です。彼、バレリアは報告通り不思議な力を持っています」

 そう言って、クラウスは一歩下がった。

 機関の幹部がバレリアとシャウラの案内をした。

 この事実は、クラウス自身が買って出たことだ。

(俺のこと、もしかして特別扱い!?)

 機関の幹部が――他の新人機関員がいるにも関わらず――バレリアとシャウラを案内した。

 ということはこの後、それだけの好待遇が二人には待っているのだろうか。

「浮かれているようだな」

 ダリスという人が、バレリアの心の内を見透かした。

 機関の幹部はどうしてこうも容易く人の心が見通せるのだろうか。

 そういえば昔シャウラとイレセア先生が、すぐに顔に出ると言っていた気がする。

「すいません! ちょっと好待遇でにやけただけっす!」

「キサマの言葉遣いを矯正しなければな……!」

「クラウス。構わない。明るくて元気のいい若者じゃないか」

 クラウスはそのまま口出しはしなくなる。

 彼が黙るということはそれだけ偉い存在なのか。

 ダリス・イーノアは背が高く、キッチリとした服の着こなしをしている。

 細身で長身の鞘。これは恐らく、片刃剣である刀を所持しているのであろう。口調は優しげなのだが、腹の底から響いているような声。普通に立っているだけで周囲の大気も魔力も震えている錯覚すら覚える。それらが武人としての実力の高さを伺わせる。

 バレリアには、相手を一目見て実力を測るなどという実力と経験はない。

 だが、ダリス・イーノアは素人目で見ても、実力者だと言い切れるオーラを放っている。

 そして幹部として人格者のようで、バレリアに対して親しく接してくれている。

「君たち二人は幼なじみだと聞いた。君たちの絆と成長が機関をより一層成長させることだろう。二人とも、歓迎する」

 手を差し出すダリス。

 武人としての威圧感もありつつも、優し気に接してくれる。

「…………」

「どうした? 握手に応えられないか?」

「い、いえ!」

 バレリアは後ろめたかった。

 差し出された手は、きっと純粋にバレリアとシャウラを応援し、将来を期待して共に仕事のパートナーとしてやっていこうという意思表示だ。それも、幹部と新人の関係を対等に考えて。

 だというのにバレリアは裏切り者。

 裏切り者として罵倒されることは覚悟していた。

 でも反対に好意的に接してきてくれるのは、心が痛む。

 覚悟をもってこの機関にやってきたバレリアだったが、早速自信をなくした。

「よ、よろしくお願いしマース……」

「こちらこそ、よろしく頼む」

 明るくてお調子者であるはずのバレリアが元気なく挨拶をし、反対にダリスが笑顔を向ける。

 明るいがお調子者であるがゆえに気分の乱高下が激しい。具体的に言うとトートルの森の、高い崖を毎回上り下りしてるくらい。

 自覚してはいるのだが、これが中々治らない。

 一時ニヒルでクールでミステリアスなカッコいい感じにやってみたが、明るくないバレリアは似合わないと親友に言われてから完全に治す気をなくした。

 誰にか。もちろんシャウラに。

「期待している。特別な力を手に入れた君を」

「はいっ! 俺に任せといてください! 全部解決するっす!」

 一気にトートルの森の崖を駆け上った。

 隣で見ていたクラウスが「扱いやすい奴だ」と呟いたが特に気にしない。

「君は……止めておこうか」

「う、うぅ……すいません……こ、怖くて……」

「いや、構わない。子供に泣かれたことなら何度もある」

 シャウラは今年で十七だった気がする。だのに子供と同じ扱いか。

 しっかりしているのだが、バレリアには彼女が背伸びをしている子供にしか見えない時がある。

「それではこれで失礼する。行くぞ」

 ダリスは一体誰に向かって行くぞと言っているのか。


「…………」


「どわっ!? いつから!?」

 バレリアのすぐ隣に女性が立っていた。

 少し動けばすぐ、身体にぶつかってしまいそうなほどの距離。

 その女性は、これといった特徴のない女性。

 逆を言えば、その虚無感と存在感のなさこそ彼女の特徴とも言えるか。

 生きているのか死んでいるのか分からない、光のない瞳。気怠げという印象よりも、生命感が乏しい印象の方が強い。

 シャウラもその不思議な女性に気づいていなかったらしく、急に顔を真っ赤にする。

 きっと不意に気づいて緊張しているのだ。怒っているようにも見えるのは気のせいだろう。

 なんとなく、女性を気に入らなさそうに睨みつけているようにも見えるが、人見知りのシャウラがそんなことはあり得ない。やはり気のせいだろう。

「すまない。この者は私の秘書だ。元来からこの性格なのだ。申し訳ない」

「……元来」

 女性は、じっと一言呟いたクラウスを見つめていた。クラウスも複雑な顔をしながらその女性を見ているが、急に視線を逸らす。

 一体、クラウスも秘書もどうしたのか。

 ダリスが再び「行くぞ」と言うと、ダリスの後を追って歩く。

 どことなく、人形のように生命も心も感じさせない不思議な雰囲気の女性だった。……不思議というよりも不気味という言葉が似合いそうだが、流石にその言葉は失礼だろう。

「…………」

 去っていく二人の背を睨みつけるように見つめているクラウス。

「……クラウスさん? 顔色悪いですよ?」

 シャウラが心配そうに呟く。

 顔色が悪いのはシャウラもだが、それ以上にクラウスの顔色が悪い。

 勇気を振り絞って尋ねたシャウラの言葉を、クラウスはそっぽを向いて無視した。

 ……どうして急に顔色が悪くなったのだろうか。

 もしかして、シャウラと同じ人見知り……だとは思えない。

 そのバレリアにも、恐らく同じような疑問を抱いたであろうシャウラにも答えてくれることはなかった。

「次の場所だ。地下二階、トレーニングルームに向かうぞ」


 クラウスに連れられて、地下へと続く階段を歩くバレリアとシャウラ。

「地下二階で会わせたい奴がいる」

 階段を歩きながらそんなことを言われる。

 バレリアは、これから出会う者を、なぜか屈強な男の姿を想像してしまった。

 地下にあるトレーニングルーム。そこにクラウスが会わせたいという者。

 これらの情報を繋ぎ合わせる。出てきた答えは『絶対にムキムキな男』だ。

 たぶん、その男と戦闘バトらせて、力を見る気に違いない。テストだとか称して。

「そいつは機関のテストを一位で突破した。後で正確な実力を測るため地下で待機させている」

「機関のテストを一位でですか!?」

 シャウラが驚愕している。

 やはり、機関のテストを一位で突破する人間だ。

 ムキムキの男以外あり得な……

「えええええっ!? 機関のテスト、俺が一位じゃないの!?」

「うるさいぞ、バレリア。キサマは二位だ」

 ちなみに三位はシャウラだ、というクラウスの言葉をバレリアは聞いていない。

 ドラゴンの炎を使ったのにも関わらず、二位。

 だからシャウラも驚いたのか。

「……えっと~、その人ってどんな人なんですか?」

 歩きつつ、どもりつつもシャウラは聞いていた。

 階段の終わりとトレーニングルームが見えてくる。

「ウム。その者は機関で最年少の記録、十三歳を塗り替えて十歳で機関に入ることが出来た『期待の新人』だ」

 トレーニングルーム。そこは広い部屋と高い天井が広がるだけの空間。

 全方位。どこを見ても筋骨隆々の男の姿は見当たらない。

 代わりにいたのは、年端のいかない少女。

「ルクシャ・シトル。試験を一位で合格した者だ」

 バレリアの予想とは違い、ムキムキではなかった。

 ムキムキではない。ないのだが背中に、刃先が禍々しい漆黒の色をした大鎌デスサイスを背負っている。

 武器の形状や、色はもちろん、大きさも少女に似合っておらず、持ち手は身長以上、刃先も少女の腕の長さ以上ある。

 そんな武器を難なく背負っており、その異様さは、創作物で出てくる死神のようだ。

「あっ! クラウスさま! お帰りなさい!」

 しかし、少女はバレリアのように年相応の明るさと無邪気さを感じさせる屈託のない笑顔を見せる。

 白いブラウス。短いスカート。マント。ショートの髪にカチューシャ。第一印象で活発な印象を与える。

 背中の大鎌さえなければただの元気な子供だ。背中の大鎌さえなければ。

「ええっと……この子が試験一位なんですか……?」

 再び確認するシャウラ。

 そんなことを聞かなくとも、背中の大鎌を見れば全てを物語ってる気もする。

 彼女はドラゴンの炎よりも上と評価された彼女が信じられないのだろう。

「あたしルクシャ・シトル! よろしくね!」

「わ、わたしはシャ、シャウラ・ヘレルナーです」

 自己紹介で子供相手に緊張しているシャウラ。

 年下相手にもこの反応とは、バレリアは幼なじみが本気で心配になってくる。

 天才だともてはやされても、こういう欠点が目立つ。

 いや、シャウラが魔法の天才という話と彼女が人見知りだというのは全く別の話か。

「ええっとそれから」

「ああ! 俺はバレリア・オークライト。よろしくな!」

 バレリアが笑顔を向けると、ルクシャも笑顔で返してきた。

「ねえ! バレリアのお兄ちゃんって呼んでいい!?」

 脈絡もなく、突然そんなことを言われる。

「え? いいけど」

 二つ返事。

「わーい!」

 いきなりルクシャは抱き着いてきた。

 なぜ彼女がそんな行動をしてきたのか。どうしてバレリアを急に『お兄ちゃん』と呼んだのか。

 バレリアにはそれらの理由は分からなかったが、一つだけ分かることがある。

「…………」

「シャウラ・ヘレルナー。相手は子供だぞ?」

 眼鏡を掛けた鬼が現れた。

 身体の弱い優等生な幼なじみが、鬼になっている。その事実だけは理解できた。理由までは知らない。

 触覚二本が角二本に見える。

 彼女はどうしてそんなに怒っているのか。

「子供相手に嫉妬をするな」

「違うんです……わたしが同じようにやりたくてもバレリアは気づいてくれないんです。わたしに抱き着きやがれです。いっそ襲ってくれても構いませんから」

「後でキサマを危険ブラックリストの中に入れておこう」

 何やら二人が話している。きっとシャウラの緊張が解けたのだ。幼なじみとして、そして親友としてバレリアは嬉しかった。

 それはそうと、

「なあ、ルクシャだっけ? どーして俺を兄貴だって言うんだ?」

「……あたしね。家族がいないの。だから、バレリアのお兄ちゃんがお兄ちゃんだったらいいなって。咄嗟に!」

 バレリアに抱き着く少女は悲し気に呟く。釣られて、バレリアも悲しくなる。

「そんな。どーして……」

「わわっ! 違うよ! あたしがおとーさんとおかーさんの顔を思い出せないの! それだけで……」

「それだけって、重大じゃないか! 記憶喪失なのか?」

「そーでもなくて、あたし、おとーさんとおかーさんのことを思い出そうとするっとボヤ~としか思い出せなくて」

「待ってろ! 俺が今から探してやるからな!」

 ルクシャを安心させるためにもすぐに行動を開始する。

「おーい! ルクシャの父さん! 母さん! いたら返事――」

「するわけなかろう、バカが」

 クラウスが冷たくツッコミをする。

 どうして親のいない子供がいるのに探さないでいられるのか。

「あのですね。こんなところにルクシャの両親はいないと思うんです……」

 そーいえば今は地下だったことを思い出すバレリア。

 というよりも同じ機関の建物にいるならば探さずともすぐに見つかるはずだ。

「ルクシャはある廃研究所の近くでオレが保護した。こんな状態だったが、実力はあったのでな。両親を騎士団に捜索依頼を出している間、機関に入ってもらった」

 機関の試験は一位。そして禍々しい背中の大鎌。

 でもまだ子供。

 親の顔を思い出せないようで、親がどこにいるか分からない。

 彼女を一人にさせるわけにはいかない。

 バレリアの正義感が燃え上がった。

「ルクシャ! 俺のこと、兄貴だって思ってくれていいから!」

「むぎゃー! ダメです! ロリコンです!」

「本当!?」

 途中、シャウラの声が聞こえたような気がした。

 クラウスはなぜか頭を抱えているが、二人ともどうしたと言うのだろうか。

 外野は一旦置いておいて、それよりも目の前の子供を安心させることが最優先だ。

「なんなら俺が弟になってもいいさ!」

 勢いに任せて言う。

「なあ、ル、ルクシャ姉ちゃん……」

 勢いは続かず高いテンションでの暴走は、途中でなんだか恥ずかしくなって消沈。

「そんなんじゃダメだよっ! もっと元気よく!」

「え~。俺、姉さんなんていないから上手く言えなくて」

「あっ! だったら今の姉さん良かったよ! 今の感じで言ってみようよ! バレリア兄ちゃん!」

「うしっ! 分かった! ルクシャ姉さん!」

「今の感じだよっ! バレリア兄ちゃん!」

「ルクシャ姉さん!」

「バレリア兄ちゃん!」

「常人には理解できん感性だな」

 クラウスが何やら言っている。

 今のルクシャには兄でも弟でもいい。家族が必要なのだ。だからこそ、兄貴役にも弟役にも買って出る。ルクシャは妹にも姉にもなれて嬉しそうだ。ところで兄妹か姉弟かどっちだろう。年上の弟もおかしな気もする。が、そんなものは無視だ。要は家族が出来ればいいのだ。

「ええい! キサマら、そこでバカなやり取りをしてないで機関内の人間と話でもして来いっ!」

 永遠とループする姉さん、兄ちゃんを続けていたら止められる。

 何もバカ呼ばわりまでしなくてもいいではないか。

 無愛想だし、頭固そうだし、すぐ怒るし。友達は少ないのではないか。

「はーい、クラウスさま。でもあたし、いっぱいお話したよー?」

「ほう。それで機関員とは仲良くなれたか」

「うん! クローリアさまとおじちゃんと仲良くなったよ!」

「……頭の痛くなる連中と絡みよって」

 冗談ではないようで、本当に頭を痛そうに押さえている。

 気を取り直して。

 クラウスは幹部という偉い上司として命令する。

「これよりバレリア・オークライト、シャウラ・ヘレルナーの二名に命ずる。機関内の人間と話し合い、親交を深めよ。完了と判断した次第、各自、自分たちの部屋に戻れ」

 クラウスは頭を押さえながら命じる。

 とりあえず案内は終了し、後は自由に機関の人間と話をして友達の輪を増やせと言うことだろう。

 あくまでも友達ではなく、仕事仲間だが、些細な違いだ。

「それから、シャウラ・ヘレルナー」

「は、はいっ!」

 突如、シャウラだけ呼ばれて、彼女は驚きながら返事する。

 あともうちょっと慣れれば彼女は話せるようになるだろう。

「キサマとバレリアは同じ部屋となる」

 クラウスは続ける。

「そこでキサマがバレリアを襲い掛かるような事案が発生した場合、直ちに騎士団を招集する。男女共同部屋だが……分かっているだろうな?」

「ど、どうして女性のわたしがそんなこと言われないといけないんですか!」

「キサマの方がやりかねん」

 二人は何を話しているのだろうか。

 シャウラが、バレリアに暴力を振るうという話か。それならば彼女はそんなに暴力的な人間ではない。

 それよりもシャウラがクラウスとまともに話ができるようになってバレリアは喜んでいた。話の内容はどうであれ。

「うぅ……不服ですぅ……断固抗議します!」

 必死になって言っているシャウラを無視しているクラウス。

 彼女が何かしたのだろうか。

「バレリア・オークライト。何かあればオレに言うように。部屋を変えるくらいのことはしてやれる」

「だからどーしてわたしが襲う前提なんですかー!?」


 クラウスはルクシャと残り、ルクシャの力を確認すると言ってトレーニングルームから出なかった。

 シャウラは、バレリアを連れてトレーニングルームから出た。それも、急ぎ足で。一分一秒、トレーニングルームに留まりたくなかった。

 ルクシャ・シトル。

 シャウラにとって強大で凶悪な相手。子供の無邪気さを利用してバレリアを手中に収めようとするシャウラの敵。

 ……とまではいかなくとも、シャウラは嫉妬してしまう。

 バレリアとは幼なじみで、自分は昔から仲が良かった。でも、初めて出会ったばかりのルクシャにその立場を奪われそうになった。

 ずっとアプローチしているのに、シャウラの想いは届かない。でもルクシャは一日だけでバレリアと仲良くなってしまった。

 だから嫉妬してしまう。六か七ほど年が離れている十歳相手に。

「何やってるんでしょうか……」

「ん? 誰が? 先生が? それともクラウスさん?」

 子供相手に嫉妬する自分にどこか情けなさを感じるシャウラ。

 イレセア先生には天才だと言われた。でも慢心はせずに努力を怠らなかった。元々身体が弱かったから、詠唱魔法だけを極めるように努力したのだ。来る日も来る日も努力を続け、研鑽し、自分の足りないところを補えるように計算高く能力を伸ばしていき、効率や相性、それから手に入る限りの魔法の知識を吸収し理論を応用させたり、イメージや言霊と魔力とゲートの調整具合など、自分の自分らしい努力を極めた結果が『天才』という言葉。イレセア先生が努力の天才と称してくれたのだ。


 でもどれだけ魔法の天才と評されようと、バレリアには思いの丈は届かない。


 それよりも、実力の面でバレリアを追い越してしまった。身体が弱かった昔の自分と比べて、今のシャウラとバレリアは天才と凡人以下の差を付けてしまっていた。

 バレリアの持ち前の明るさと前向きさのおかげで、優等生と劣等生の溝が深くなることはなかった。

 決してバレリアは嫉妬することなく、自分のことのように喜んだ。

 けれども、近づく気配も感じなかった。

 シャウラにはどことなく焦りがあった。もしかしたら他にも強力なライバルが現れるかもしれない。そうなれば、いくら幼なじみのアドバンテージがあったとしてもバレリアを持っていかれるかもしれない。

――ただでさえ、そのアドバンテージは、バレリアを追い抜かしてしまったことで、どことなく失われつつある。

 彼が……バレリアがシャウラのことを気を遣っているのには、身体が弱くて人見知りの親友だからだ。少し情けなくもあるが、一人にさせるわけにはいかないという感情もあるのだろう。

 でもシャウラは諦めるわけにはいかなかった。

 今の自分がいるのは、バレリアという存在があったからこそ。バレリアと共に戦うために努力したのだ。人見知りで孤独だった子供時代、手を差し伸べて一緒に遊んで笑った大事な人間が。明るくて、いつだって前向きの笑顔で、優しいバレリアの存在があったからこそ――

「むぎゅ!」

「シャウラ!」

 壁に激突。

 バレリアのことを考えすぎて、周りが見えなくなっていた。

「大丈夫か? シャウラ。どーしたんだよ」

「だ、大丈夫です」

 想い人のことを考えすぎて、注意力が散漫になっている。

 そのことを言うわけにもいかず、「大丈夫」の一言で済ます。

 まあ、今この場で告白しても良いのだが、恐らく神風かみかぜが吹いてくれることだろう。

 室内なのに。

「もしかして、今から機関の人と話すのが嫌なのか? それを気にして……」

「ち、違いますですっ! わたしだって今日から機関員なんですから」

「なあ、シャウラ。無理しなくたっていいんだぞ?」

「大丈夫ですっ! わたしにも守りたいものがありますから!」

「守りたいもの……人見知りを我慢して守りたいもの……」

 そう。守りたいものが目の前にいる。言われた本人は首を傾げているが。

 彼の笑顔と元気が、シャウラにとって好きで好きでたまらないのだ。

「それよりもバレリア! 機関の中、新しい出会いを探しましょう!」

「大丈夫なのか? 知らない人と上手く話せないんだろ?」

「それはいつかは治さないといけないです。ですから、少しずつ努力をするんです」

 人見知りだが、そうやって前向きに努力しなければ。

 魔法の天才になるのは努力の賜物。人見知りも努力で改善を目指し、バレリアに守ってもらわないで済むようにしなければ。

「よっしゃー! やるぞー!」

「バ、バレリア! あんまり大きな声出さないでください!」

 勢いよく拳を挙げて、声を出す。

 だが、ここはイレセア先生の試験の時とは違い、建物の中。

 当然、人数は多いし、人目に付く。

 別に気合いを入れて声を出すのはいいのだが、人見知りのシャウラにとって知らない人の視線は苦痛でもある。

 まず第一歩から躓いている気もするが、いきなりの大声は荒療治だと思う。

「ええ! ヤりますわ!」

 バレリアの奇声と同じように奇声を発する女性の声。

 ……心なしか今、不穏な発言に聞こえた。

「あ! 試験の時の!」

 その女性は試験の日。二人の前に突如スライディングを決め込んだ、王女っぽい服装の女性。

 頭には今日も小さなティアラがあり、立派なドレス。それから扇子を持って口元を隠している。

 見た目は王女だ。

 見た目は王女なのだが、前回出会った時はとても王女には見えなかった。

「わたくしはクローリア」

 女性はしとやかにドレスの裾を摘まむ。

 どこからどう見ても貴族だ。

 前回のあの出来事は幻だったのか。

 シャウラはこの女性が怖かった。

 人見知りとか関係なく、変質者的な意味で。

「俺、バレ――」

――ビクッ!

 バレリアは突然胸を触られた。

「まあ、受けですわ!」

「……受け?」

 突然、幼なじみの胸を触ったと思ったら、突然の受け宣言。

 にんまりしているがどういうことなのだろう。

 当の触られた本人は戸惑っている。

 何を考えているのか良く分からない女性だ。

「オーホッホッホッホ! ……それにしても、いつ見ても庶民は頭が高いですわね!」

 シャウラは高飛車な金持ちの女性を生で見れた。

 バレリアも漫画でしか見たことがないような高飛車キャラを見て、怒りよりも興奮している。

 突然、脈絡もなくどうしたのだろうか、とも思うが。

「庶民は跪きなさい!」

 しかも、台詞まで貴族っぽくきた。

「このよーに!」

 ……行動がやはり貴族っぽくなかった。

「ど、どーして突然土下座するんだよ!」

「どうかこの卑しい庶民未満のクローリアを恵んで下さいましっ!」

「いや、だからって」

 バレリアは困っている。

 いきなり出会って間もない人に、庶民は頭を下げろと言われたすぐ後に相手の方から頭を地面に擦りつけられたら戸惑うのも無理はないだろう。周りの眼も気になるし。

 そして、頭のティアラも気になる。土下座してるのにビクともしない。よく見たら髪留めみたいなのがついている。ティアラっぽく見えるが精巧な偽物……というよりもただのファッションアイテムだろう。

「どーすればいいんだ? 俺?」

 バレリアはなるべく目線が同じくらいになるよう努めてクローリアと名乗ったその女性に手を差し伸べる。

 シャウラは反対だった。人見知りもそうだが、それ以前に相手は間違いなく不審者だ。関わらないのが正解だと思う。

「恵んでほしいのはお金じゃありませんわ」

 あれか。お前の命だと言うのか。もう何を言われても驚かない。

「お二人の恋の話を聞きたいのですわっ!」

 そう言って、クローリアはドレスのどこから取り出したのか、メモ帳の上を一心不乱にペンを走らせる。

「鯉?」

「べたですわ! でもそれが良し!」

 恋。間違いなく恋と言われた。魚のそれではなく。

 もしかしてバレリアと付き合っているように周りには見えるようになったのか。

「それって――」

「出来ましたわ!」

 そう思うと嬉しさのあまりシャウラは人見知りの恐怖を乗り越えて、問おうとした……その瞬間クローリアはメモ帳を見せる。

 誰がどう見ても一糸纏わぬ姿のバレリアっぽいキャラと、同じく一糸纏わぬ眼鏡を掛けた美少年。

 少年だ。眼鏡を掛けて、頭に跳ねた髪が二つあるが、少年だ。

 それが、きゃっきゃうふふ。

「何書いたんだ?」

「むぎゃー! ダメです!」

「うわ! イテッ!」

「ああーっ! バレリア! 大丈夫ですか!?」

 コントロールがズレてバレリアに水魔法が飛んでいき、水球をバレリアが躱そうと飛び退いたが、壁に頭をぶつける。これぞ極小魔法ミニマムマジック。イレセア先生相手に口封じでぶつけたのもこの魔法だ。詠唱もなし、技名もなしでですぐに魔法をぶつけられる。威力はないに等しい。

 だが、バレリアは咄嗟のことで、頭を壁にぶつけてしまっている。彼の頭には大きなこぶが出来ており、彼の周囲を星が回っている。ように見える。

「どーしてそんな絵を描くんですか!」

「あら? 内向的だと思ったのですが、ちゃんと発言できるのですね」

「そんなことは関係ねーですッ! それよりもどーして裸の絵を描いたんですか! しかも男同士の!」

 もはや上りきった血は、人見知りなど忘れさせるほどだった。

 愛は人を強くするというが、その効果を実証できた瞬間かもしれない。

 想い人は無数の星と戯れている。

「いえ、二人を見ているとつい」

「あれわたしですかー!?」

 もしやと思っていたが、まさか男に魔改造されるなど夢にも思わなかった。

「わたしはバレリアとはノーマルな関係になりたいんです! そんな変更はいりません!」

「あら!? まさか、あなたどーていですの!?」

「なっ!? なんてこと言うんですか!」

 どうして目の前の女性は性的な発言が多いのか。それもまさか女性である自分に『どーてい』などという単語を使われるとは思わなかった。間違ってはいないのだけど。

「何なんですか!? あなたは!?」

 もし目の前の女性が本当に王女ならば侮辱の罪で処刑されたりするのだろうか。元はと言えば彼女に魔法をぶつけようとしていたのがバレリアに向かって行った。これが王女に命中したら不敬罪に問われるかもしれない。でもそんな恐怖はない。頭に血が上り、人見知りを克服している状態にある。ある意味怖いものなしの状態だ。酔いが醒めたら絶対に後悔する類の状態だ。

 そんな態度であるにもかかわらず、相手は気を悪くすることなく胸を張って見せる。……よく見たら偽物っぽい胸を。

「クローリアという名を聞いて思い出しませんか?」

「そ、それがどうしたんですか?」

 そういえばどこかで聞いたことがある。

「地下トレーニングルームでルクシャの言っていた人ですかー!?」

 ルクシャはクローリアさまとおじちゃんと仲良くなったと言っていた。それに対してクラウスは頭の痛くなる連中と言っていた。確かに頭が痛くなる。

「あの子がですか。きっとあの子の無邪気は計算づくですわー! あの手のキャラは腹黒ロリが一般ですし!」

「そ、そんなわけありませんよ! どーして事実を捻じ曲げるんですか!」

 シャウラは男にされる、ルクシャは腹黒にされる。

「そういえば、そこの彼は鬼畜キャラにすべきですわね。攻めから受けのリバもありですから」

 おまけに気絶中のバレリアは鬼畜ときた。

 ……シャウラはさっきまでルクシャをあざといと心の中で思っていたのだが、それは腹黒ロリという言葉とおよそ一緒だ。

 そんな事実は、すでにシャウラの中にはない。

「さて、勿体ぶりましたが、今こそわたくしの正体を明かしますわっ!」

 クローリアは無駄に動き周る。どこからともなくドラムロールの音が聞こえてきそうだ。

 見た目王女の彼女の動きに合わせて宮廷音楽隊が後ろで叩いているかのようだ。

「クローリアって漫画家のクローリアだよな」

「……まあ、そうですが」

 盛り上がって来た、というところで気絶から復活したバレリアが先にネタ晴らししてしまう。

 心なしか、クローリアは白けてる。

「改めまして、わたくし、漫画家のクローリアですわー。はい」

 先ほどまでの暴走しまくっていたテンションとは真逆で、なんだか乾ききった自己紹介だ。

 最後のですわ口調もおっさんのですわにしか聞こえない。高貴さはどこに行ったのだろう、元から高貴とは縁遠い気もするが。

「クローリアって言ったら、ジャンルを問わず様々な漫画を描き、その上で漫画を一般流通させて、俺たち一般市民でも購入できる方法を日々研究してるんだってさ」

「まあ、そうですわね」

「そのおかげで最近漫画が俺たちでも買えるようになったんだ。しかも、漫画を複製する魔法を作ることで、様々な本を安価にすることに成功したんだ」

「そうですわ」

「ただ、本は売れても儲けにならないんだって。でも多くの人に漫画を読んでもらおうと努力する姿勢は多くの共感を呼び、多くの本の著者から尊敬されてるんだって。なんかの雑誌に書いてあった」

「……ですわー」

「本は貴族しか読めないし、流通量の少なかった物だったのに俺たちでも安く買えたり、雑誌や漫画という新たな文化を築き上げた偉大な人物でもあるんだ。もっとも、本の収益が下がっていると、一部の著者からは反感を得ていたりするんだけど」

「……わー」

 クローリアは声も、態度も小さくなっていった。

 言いたいこと全部バレリアに言われてしまったからだろう。もはや先ほどのハイテンションな姿など跡形も残っていない。

「キャラ殺しをするとはさすがですわねー。その手の鬼畜キャラはエゲツないですわー……」

「いやぁーそれほどでも」

「褒めてませんわ」

 王女っぽい改め、漫画家のクローリアは初めのテンションが嘘のように静かになる。

「わたくしの作った魔法、無限複製インフィニティコピー。紙に描かれたことをもう一方の紙に同じものを写す四属性魔法ですわ」

「そして、その魔法が俺たちが普段眼にする本ってわけさ」

「オチを言わないでくださいましっ! わたくしにとってどんな鬼畜キャラよりもキャラ殺しがドSですわ!」

 この暴走する漫画家をバレリアは止めることができるようだ。ある意味相性が良いのか。シャウラは自分でそんなことを思うとむすっとする。

 いよいよ嫉妬は末期なのだろう。早く告白を成功させたいところだ。

「ところでボチボチわたくしにネタを提供なさい!」

 ネタの前にそういえば自己紹介すらまだだった。

 シャウラの記憶が正しければ、自己紹介しようとして中断されっぱなしだった。

「俺、バレリア・オークライト! ネタになるか分からないけど、趣味はチョコレート作り!」

「それは意外ですわ! 是非ともわたくしにも食べさせてくださいましっ!」

 チョコレート作りと聞けば、普通の小さな可愛らしい物を想像するだろう。

 クローリアも趣味で作るような物だと思っているハズだ。

 でもそれは違う。

 チョコレートを作ろうとしたら、焦げ炭が出来上がったという――クローリアがネタとしてよく使う――漫画のような料理下手ではない。そうではなく、上手くて美味いのだ。

 バレリアの作るチョコレートは趣味の範疇を、まだ誰も到達できぬ宇宙まで超えている。

 彼は、チョコレートで船を作った。

 有名な船を模したチョコだ。

 大きさは十分の一スケールくらい。

 その日、トートル領だけでなく国中で号外が出される羽目になり、犯人探しならぬパティシエ探しが始まった。

 現在、チョコレートは国に保管されているらしい。

 伝説となったパティシエは、その日苦労したチョコレートの船が眼を離した隙に盗まれたと大騒ぎだ。野外に放置していたら、ダメになる前に保管しようという話にもなるだろう。バレリアは気づいてなかったが、蟻も狙っていたし。

 パティシエは未だにこの事実に気づいていないのは忘れたからだ。……所詮は数ある作品の中の一つ。職人には他の作品のことにしか興味ないのだろう。

「チョコレート、甘ぁ~いチョコレート。全身。ふふ」

 一体、何を想像しているのか知らないが考えたくなかった。

「わ、わたしはシャウラ・ヘレルナーです」

「シャウバレ」

「え?」

「いえ。なんでもありませんわ! ただ、ジャスティスな組み合わせを考えていただけですわ!」

「正義、ですか?」

「ええ!」

 クローリアはぶつぶつ呟きながら、メモ帳に何か書いている。シャウラさん男体化攻め、バレリアさん女体化受け、シャウバレカップリング。そういうことは口に出さずにいてほしい。シャウラとしては漫画でもバレリアと結ばれるならと思うと、あまり止める気にならなかった。

 でもこの人は生もの。つまり生きている人間を題材に漫画を描くというのか。

 気を付けなければ王都内も同盟連合、果ては世界中に名前が広がる危険があるのか。この愛は。

「それじゃぁ、改めまして。わたくしはクローリアですわ!」

 もう聞いている。これで二度目の自己紹介だ。

「漫画家ですわ! 実は王女だったりしますの!」

「ええええええええええっ!?」

 バレリアが大げさに驚く。

 王女っぽい格好をしているのだ。今さら驚くことも……

「ええええええっ!? ちょっと待ってください! そのドレスはコスプレじゃないんですか!」

「正真正銘、これだけは本物の王女のドレスですわ!」

 クローリアの正体は漫画家ではなく、王女。

 シャウラは信じられない。こんな変態が王女だなんて。違うと思っていたが、本当に王女だなんて。世も末だ。

「じゃぁ、なんで王女が【オーダーアース】にいるんだ!?」

 バレリアの質問はもっともだ。彼女は将来、メルキア及びメルキア同盟連合国の政治に携わる重要な立場の人間のハズだ。

 そんな人物がどうしてこんな組織にいるのだろうか。仕事によっては危険も伴うというのに。しかも護衛の人間の気配も感じられない。

「それは、わたくしが世界を見るためです!」

「それは……王女として?」

「漫画家としてですわ!」

 王女であることよりも漫画家であることが大切なのか。

「じゃぁどうして漫画家をしてるんですか?」

 王女である人間が、王女であることよりも漫画家としての努力が垣間見える。内容はどうであれ。

 彼女がどういった経緯で漫画家になろうとしたのかシャウラは純粋に気になった。

「あなたはどうして人間ですの?」

「え? ……人間として生まれたからですか?」

「つまりはそういうことですわ!」

 ……どういうことなのだろう。どうして名言を言った風にうんうん頷いているのだろうか。あれか。生まれてきた時から漫画家だったのか。血筋は王女なのに。

「わたくしは漫画と出会い、王女を捨てて漫画家を目指したのです! 自ら漫画家になることで様々なシチュを自分で作れますから!」

「シチューは俺、そこそこ好き」

「わたくしも大好きですわ! 昔は特定のカップリングじゃないとだとか前後逆はダメだとか言っていましたが、今では様々な読者の需要に答えるため、様々なジャンルの漫画を――」

 シャウラには耳を塞いでしまうことしか出来なかった。

 永遠と嬉々として語るクローリアに、戸惑った表情で話を聞いているバレリア。

 やはり、目の前にいるのは王女じゃなかった。

 たぶん、目の前にいるのは王女のコスプレをした漫画家なのだ。シャウラはそー思わないとやっていけない。こんな人物が国の頂点に立ったら、間違いなく同性としか結婚できない法律が出来ていることだろう。もしくは国民の十割が性に大らかな人しかいないとか。

「おっと、色々語りましたが、そろそろ漫画の原稿を書かないといけませんわ!」

 やっとクローリアは語るのを止めた。内心ホッとする。こんなのがずっと語っていたら大好きなバレリアが、変態になってしまう。

 バレリアに変な知識を与えようとする不埒な輩は全員排除。それくらいの情報性限はしなければなるまい。

 王族相手でも証拠さえ残らなければ、ヤれる気がする。殺と書いて。

「わたくしと友達になってくれて嬉しかったですわ! 昔、王家とは全ての縁を切ってしまい、一人で心細かったのです」

 それで護衛もいないのか。

 全ての縁を切ったということはお金すらも断ち切ったのか。バレリアの話だと、彼女は漫画を安くして一般流通させたために自らの儲けが少なくなっている。

 だから、【オーダーアース】に所属することで、少ないお金を増やしているのか。

 金持ち娘の暇つぶしの趣味などでは決してない。苦労に苦労を重ねて、読む人を楽しませる漫画を描いている。

 名前を聞いてすぐには思い出せなかったが、クローリアが描いた漫画はシャウラも読んだことがある。

 一人で多種多様なジャンルの漫画を描き、内容に合わせて絵のタッチを変え、キャラの造形も話の内容に合わせて変えている。

 人の数だけ好みはあるというが、彼女はその全ての好みに応えるかのように様々な作品を世に出していた。

 シャウラはその中で恋愛漫画を何度も読んだ。純情で下ネタなどない、淡く切ない悲恋の物語でシャウラは泣かされた記憶がある。

 それだけではない。バレリアはバトル漫画を好んで買っていた。内容は、二つの異なる世界を舞台に二つの世界の者たちが友情を育み、最後には二つの世界を救うという物語だ。

 王女という身分を捨て多くの人を感情移入させ、楽しませる立派な存在。

 目の前にいるのは、素晴らしい人間だった。

「クローリア王女様……」

「そ、れ、と、わたくしは元王女ですわ! クローリアと呼んでくださいまし!」

「分かりました! クローリア、わたしも友達になれて良かったです!」

「おお! シャウラが人見知りを克服した!」

 勇気を持って喋った。シャウラの勇気と尊敬がこもった言葉に対してクローリアは……手をぶんぶん振りながら廊下を走っていった。

「わたくし、これから未成年が見れないシャウバレ漫画を描かないといけないのでごきげんよう!」

 そういえばクローリアは成人しか読んではいけない本も描いている。

 目の前にいたのは素晴らしい人間ではなく、王女の皮を被った漫画家と言う名の変態だった。

 心なしかクローリアに光るものが見えた。涙だったら良かったのに涎だった。零れているが、誰が掃除するのだろう。

「良かったな、シャウラ。友達が出来て」

「そう……ですかね?」

 嬉しいのかそうでないか。自分でも分からないシャウラだった。


「結構色々な人と話したなぁ」

「そうですね……」

 二人に課せられた最初の仕事は話相手を作ること。

 順当にクローリア以外の機関の面々と話をしている。……もちろんシャウラは話を聞くのみ。

 近々、『大きな仕事がある』だとか仕事関係の話から、『クラウスの怪しい噂』まで。

 人数としては十分なほどだろう。時間も進み、夕食の刻も近い。

「嫌な予感がします」

 そういえば、試験の日にクローリア王女以外にもう一人変態がいた。

 それもドストレートに変態発言している男が。

 スカートの中を覗こうともしていた。機関員なのは間違いないので、いるのだろう。機関内に。できれば遭遇したくないのだが。

「おお! 女の子発見! おじちゃんの好みかも!」

 探してもいないのに、件の人物が現れた。それも誰かの陰謀かと疑うくらい都合よく。

 コートを羽織り、刀を腰に帯刀している無精ひげの男。

 ルクシャが言っていた「おじちゃん」だろう。

 しかも、顔を見てそのまま視線を落とした――明らかに胸を凝視している。

 そんなに凝視されるほど大きな方ではなく標準くらいなのだが、そういう視線は不快な気分にさせられる。

「君、おじちゃんと仲良くしよーよ? ネ? ネ?」

 ぐいぐい迫ってくる男に怖くなり、バレリアの背中に隠れる。

「あーあ。隠れちゃった。君の彼女か~」

「え~っと?」

「あ~おじちゃんは神薙――神薙荒王かんなぎこうおう! 好きな女の子は女の子!」

 どう見てもバレリアは名前が分からなくて戸惑っているのではないが、相手はそんなことお構いなしという感じだ。

 名乗る分には、まあ構わない。

 それにしても、変わった名前をしている。

「えっと? かんなぎ……こうおう? 変わった名前」

「そう! 僕はなんと海の向こうから来た人間サ!」

 海の向こうと言うとこの大陸を海で長い年月掛けて行くことが出来る大陸のことだろうか。話には聞いたことがあるが、こうして他の大陸の人間と会ったのは初めてだった。

 外の大陸など、海を渡るのが大変過ぎて何も知らないというのが世間の現状だ。それこそ、宇宙とほとんど変わりない。空か海かの違いでしかない。強いて言うならば、まだ海の方が船がある分気合で乗り越えることができるという具合だ。

「外国人って俺、初めて見た」

 正確には、他の大陸出身者を外国人と呼ぶ。

 と、言っても他の大陸は、遠く離れた一つしか存在しない。断言できる証拠はないらしいが、概ね間違いはない。

 海を越えようとすれば、長い航海時間に耐えられる備蓄が必要だ。

 だから、海を越えて帰還した船は極僅かだ。

 こうして外国人に出会えること自体が稀なのだ。

 他の大陸の情報もほとんどなく、外国出身者から聞ける情報はかなり貴重でかなり新鮮だ。

 例えば、どのような文化を持っているのか、言語がかなり似通っている理由だとか、色々聞ける。

「ネーネーネー、君、名前は? スリーサイズは? 好きなものは? ディナー食べた? おじちゃんと付き合わない?」

 そう考えているシャウラの期待を裏切る内容で、怒涛の勢いで迫りくる神薙。

 新鮮も何もない。

「いや、あの……」

 隠れていても、嫌だという表情も意に介さず、次々と質問してくる。

 バレリアを壁にしても、お構いなしで迫る。

「やめろよ。嫌がってるのが分からないのか」

「ちょっとくらいスキンシップさせてくれもいいじゃん。ケチくさ」

「シャウラは人見知りなんだ。だからあんまりグイグイ聞かないでくれ」

「へいへ―い。おじちゃん、女の子の嫌がる顔もそそられるケドネ。僕もあんまりひどいことしたくないし」

 などと手をわきわきさせながら言っている。そういうところからやめるべきだと思う。

「あ~れ~? グイグイ行ってないのに引かれてるのはどーして?」

 気持ち悪い手の動きを見せられたら普通の女性はドン引きすると思う。クローリアならむしろ手をわきわきさせる方だろうが。

「俺、バレリア。バレリア・オークライト」

「ちょっとバレリア!」

「いや、自己紹介されたのに名乗らないのも失礼かなって」

 確かに失礼だが、この手の相手は無視するか逃げるに限る。それは人見知りとか他の大陸出身者の貴重な話など関係ない。不審者に対する正しい選択肢だ。

「で、こっちがシャウラ。シャウラ・ヘレルナー」

「ホーホーホー。バレリア君にシャウラちゃんか」

 そして、腕を広げる神薙。

「神薙さん? 何してるんだ?」

「ん? おじちゃんに抱き着いておいでシャウラちゃん」

「嫌です!」

「んー。ルクシャちゃんは臭うとか言って抱き着いてくれないけど、シャウラちゃんも?」

 んなわけない。年頃の乙女が初めて出会ったような年上の男に抱き着くわけがない。

 ルクシャも適当な言い訳で断ったのだろう。案外、嘘ではないかもしれないが。

「えーっと、そんなにどうしてもって言うなら俺が……」

「待った! 待った待った待ーった! おじちゃんはクローリアちゃんのネタにはなりたくないんだって! えろい本は貰ってるけど、ネタは渡したくないから!」

「えらい本? 神薙さんって意外に勉強熱心?」

 神薙は腕を広げたまま肩を竦めた。

 何とも言えないジェスチャーだが、安心半分、えろい話に喰いつかない呆れ半分といった具合か。そんなもの知りたくもないが、分かってしまう以上仕方がない。

「うーん。じゃぁ、おじちゃんは夜に備えようかな」

「夜に? 夜に何かあるのか?」

「風呂に行くのさ」

 怪しい笑顔。

 この男ならきっとやりかねない。

 ……女子風呂を覗くことを。

「ダメです! 来ちゃダメです!」

「シャウラちゃん? どーしたのヨ。おじちゃんは風呂に行くって言ってるだけだぜ?」

「ダメですよ! 覗きは!」

「ありー? なんでバレちゃってんの?」

 図星だったか。こんなこと見抜いても嬉しくなかったが。

「そーゆーことで、またね! シャウラちゃん! ついでにバレリア君も!」

 そういうことでじゃない。止めなければ。でないと一生機関の風呂場を利用できなくなる。

「待っ……」

 神薙は逃げ足が速いのか、一瞬にしてその姿を消してしまった。

 人見知りという壁を乗り越え、勇気を振り絞り、変態と戦おうとする。でも変態は戦うどころか行ってしまった。

 何としても、奴だけは止めなくては……!

 全ての女性たちの万感の想いを、シャウラは受け止めたような気がした。奴はこの世に存在する全女性の敵だと。クローリアは除く。

『神薙荒王。見つけたぞ……!』

 ごく最近に聞いた声が聞こえてきた。

 その声は、ひどく殺気立っている。

『うげっ! 鉄頭!?』

『キサマの女風呂に仕掛けた鏡は全て割らして貰ったぞ……! 後はどうなるか分かっているな――』

 悲痛な声と、「減給」という単語が聞こえてきた。


 神薙と話した後、それから少しだけ機関の人とも話をして夕食を取った。

 明るくてお調子者のバレリアであるが、言うならばそれは人懐っこくあるということでもある。

 初めて会う先輩や、同じ日に試験を受けた同僚たちに次々と声を掛ける。

 皆がバレリアに好意的に接していた。

 その中には試験の日に、一緒に合格できたフェルキオ・リーダスもいた。

 彼はバレリアに「次はぼくが勝つよ」とライバル宣言すると去る。バレリア自身も彼ともう一度ドラゴンの魔法なしで戦いたかった。

 ドラゴンの魔法を出して勝ったのは少し反則をしたような負い目も感じているからだ。

 本人は要らないと言っているが、燃やした剣の弁償もしないといけない。

 反対にシャウラができるのは、ひたすらバレリアの背中に隠れてあわあわしているだけだ。

 バレリアとしては、まだ彼女は頑張った方である。

 なにせ、子供とですらまともに話が出来ないのだ。

 それが、今日はクラウスにルクシャにクローリアと仲良くなっていた。神薙は知らん。たぶん、仲良くなれた。

 幼なじみであるバレリアにとって、それは嬉しい事実だ。

「部屋、広いな!」

「そそそうですねッ!」

「どうしたっ! そんな大きな声出して!」

「ななななななんでもありませんッ!」

「なんでもないってお前……」

 声が上擦り、動揺しているせいか眼鏡の奥の眼の焦点が合っていない。どうして動揺しているのだろうか。知らない人でもいたのか。

「はっ!? まさか!」

 思い至ったら即行動。きっといるに違いないと確信を持って部屋の中を探し回る。

 天井には魔力を取り込むことで、発炎し、室内を明るくする魔力ランプがあるが、これ自体は珍しい物でもなんでもない。

 その他にも怪しいものがないかを探す。

「な、なにしてるんですか? バレリア?」

「え? シャウラ、幽霊を見たんじゃないのか?」

「違いますよ!」

 違うのか。

 きっと、知らない幽霊を見つけて人見知りを発動させたのではないかというバレリアの推理はすぐに外れた。

 だったら、一体彼女はどうして、顔を真っ赤を通り越して紅蓮にしているのか。

 また、風邪か? なにかというとシャウラはすぐにこうだ。

「そ、その、バレリアと、同じ部屋でして……そのぅ……」

 ついには、湯気が立ち上るシャウラ。

「ちょっ! シャウラ! すぐに誰か呼んでくる!」

 こんなときに詠唱魔法スペルマジックが使えたらすぐにシャウラの熱を下げることが出来たのだろうが、それすらもできない。

 水属性の魔法をぶつけてもいいが、全身に掛かれば体温が下がって逆効果になる。

 だから、今できる最善の手はすぐに誰かの助けを呼ぶこと。

「待ってください! せっかくの相部屋が……じゃなくてわたしは風邪を引いてません!」

「だって、いつも以上に顔が真っ赤じゃん」

「違うんです! これは、冷静に考えたらバレリアと同じ部屋で寝られ……ふぎゃあああああああっ!」

 奇声を発しながら、シャウラは部屋に備え付けられているベッドに飛び込み、飛び込みのスピードを保ったまま布団の中にインした。すごいスピードだったが、眼鏡が無事なのか。気になる。

「違うんです! ちょっと緊張してるというか、もしかしたら結ばれええええええええええええんっ!」

 布団が喋っている。良く分からないことを。

「えっと、大丈夫か? 誰か呼ぼうか?」

 頭を治せる人を。

「大丈夫です! 今日はもう寝ますからぁあああああああああぁぁぁぁ!」

「……分かったよ。じゃぁ、シャウラは下のベッドな」

 本当を言えば、二段ベッドの下の方が良かったバレリアだが、先にシャウラに取られてしまった以上、仕方がない。

 それにシャウラがこんな状態だ。無理をさせるわけにはいかない。

『全機関員に告ぐ』

 二段ベッドに上ろうと梯子に足を乗せたところで、クラウスの声が突如聞こえてきた。

 手を耳元に近づけると、僅かに風を感じる。恐らく風属性の魔法の一種。声を伝えることのできる詠唱魔法だろう。

 その魔法を使ってクラウスは、建物内にいる全機関員に同時に話しかけているのだ。

「あれ? でもおかしいな」

 クラウスは、なにやら話しているがバレリアは聞いていない。

 それよりも気になることがあった。

 壁を触れてみる。

魔法抵抗アンチマジックだ!」

 魔法抵抗。それは魔法をほぼ全て無力化できるほど強固な耐性を物体に与えることのできる強力な四属性魔法。

 その魔法が掛かっているものは、人間の魔法はほぼ完ぺきに通さない。

 だが、術を施せる人間は少ない。万物の根源たる地水火風の四属性を練りこむことで出来る究極の魔法が四属性魔法。そもそもの話で、その四属性魔法を使える人が少なく、その上で魔法抵抗を習得しないといけない。

 クローリアの話していた無限複製も同じだ。

 だから、人数も少ない。だが、需要自体は多く、建物や魔法の被害があっては困る物――例えば主要施設など――それから当然、武器や防具。

 そのせいで魔法抵抗の掛けられている物は値段が高い。

 バレリアは廊下に飛び出し、廊下の壁を触る。

「おおっ!」

 廊下の壁にも魔法抵抗が掛けられていた。この建物全体に魔法抵抗が掛けられており、すごい予算を掛けられていることになる。

 部屋に戻る。シャウラがなんとも言えない声を漏らしているのも、クラウスの話もバレリアは気にならない。

「へえー! ここから声が聞こえてくるのか!」

 穿たれた点のような、小さな穴。それが天井に開けられていた。そこから風魔法が流れてきている。

 魔法抵抗の弱点、なんでもかんでも魔法をシャットアウトするという不便さを、穴を開けることで解消しているのだ。

「すげーぞ! シャウラ! さすが国の主要建物!」

 布団から漏れてくるのは「うー」とか「あー」だ。

 変わった返答である。

「どれくらい金が必要だったんだろ? それにトレーニングルームじゃなくても室内で修業できるじゃん! すげー!」

『――それからバレリア・オークライトにシャウラ・ヘレルナー』

「えっ?」

 突然の名指し。

 もしや、話を聞いていないことが伝わっていたのか。

『キサマらには、このオレ、クラウス・グランフェル。ルクシャ・シトル、バレリア・オークライト、シャウラ・ヘレルナーの四名で依頼クエストを行う。オレから申請した、ドラゴン討伐の先遣隊任務だ』

 突如、言われた内容の詳細を知ることになったのは明日のことだ。


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