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「機関の試験」

 そんなこんなでイレセア先生に群がる男たちを追い払おうと、バレリアは「イレセア先生の夫は、鬼のような顔で近づく男を皆殺しにする」と言った。

 我ながらファインプレーだと思っていたが、説明の途中でイレセア先生は泣いていた。たぶん気のせいだろう。

 その後、バレリアたちはトートル領内を歩き、メルキア王国及びメルキア同盟連合国の王都メルキアを目指していた。

 国名にメルキアと二回入っている上に王都までメルキア。

 バレリアは面倒な名前しているな、と考えたこともあるのだが現在の国名に至るまでの歴史を考えると軽々しく口にしては良くないとも考えたことがある。一つの国が現在の名前に至るまでにはそれまでの歴史があるのだ。よくは覚えていないのだが歴史上の人物から名前を取っているという風に話を聞いたことがある。

「もうじきメルキアか」

 と、バレリア。

 三人の眼には、王都メルキアを囲む城壁が映る。

 この城壁は強力な魔物や未知の魔物が襲来した時、メルキア同盟を結んだメルキア同盟連合国で暮らす人々を守るために作られたものらしい。恐らくは対ドラゴンを想定しているのだろうが、未だにドラゴンの襲来はない。あるわけないとバレリアは知っているが。

 バレリアとシャウラ、それからイレセア先生は何度も王都には足を運んでいる。

 トートル領自体がメルキアと隣接しており、ちょっとした買い物をしたい時に足を運べるほど近い。

「先生はフリーの傭兵だからね。仕事がないか探してくるよ」

「じゃぁ、俺とシャウラは機関の試験、受けてくる!」

「きっと君たち二人なら合格できる。おっと、そうだバレリア。ドラゴンの鱗を見せなさい」

 首を傾げつつバレリアは小さくて薄い石を渡す。

 イレセア先生は石を受け取ると、じーっと見つめ、しばらくするとすぐに返してくれた。

 これがあるからバレリアはドラゴンの魔法を開放できる。

 そして、大事な友の形見の品。

 とても大事な物。

「ふむ。力はまだ戻っていないが、試験の時間にはもう一度力を解放できるようになる」

「大丈夫だって、イレセア先生! 俺、ドラゴンの魔法なくても合格して見せるから」

「それは頼もしい。君の場合、ドラゴンの魔法だけに頼ってると死んでしまうからね」

「うぐっ……。ダイジョウブだって先生!」

「根拠はどこにあるのだろう?」

「根拠は……ない!」

「シャウラ、バレリアを頼むよ」

「分かりました!」

 シャウラは子供の面倒を見るかのような快い返事。

 バレリアは同い年の幼なじみに子ども扱いされているかのようで少し癪にきた。

「後で同じこと言えるのか?」

 どことなく拗ねているように言って見せる。

 シャウラは言葉の真意に気付かなかったようだ。

「全く、バレリアはわたしがいないとダメなんですから」

 などと誇るように言う親友にジト眼になる。

「ど、どうしたんですか、バレリア? 言い返しても良いんですよ……?」

 きっと彼女の中では「なんだよ! 俺だって一人でやれるさ!」とでも言っているバレリアがいるのだろう。

 でも言わない。

 ただ黙っていると不安になってきたのか、シャウラは顔を真っ青になる。

 今日は試験があるからか、真っ赤になったり真っ青になったりで大忙しだ。

「あ、あの、わたしのこと嫌いになったりしてません……か?」

 後半に連れて声が弱々しくなり、頭の二本の触覚のような毛が萎れていく。

「大丈夫、俺たち親友だから」

 と、元気よく見せればシャウラの毛が激しく動く。

「そ、それを聞いて安心しました!」

 人見知りさえなければ元気な幼なじみだ。

 しかし、すぐに視線を逸らし、口を尖らしている。

「……ぶつぶつ……親友じゃなくて恋人がいいです……」

「うわっ! 急に風が!」

 シャウラが何やら呟いたのは風魔法だったりしたのだろうか、呟いた途端に強風が来た。

 ということは怒っているのだ。少しイジワルをしたのが悪かったのか。

 イレセア先生は何を思ったのか、シャウラの肩に手を置く。なぜか同情しているようだ。

「こんなちょっとの呟きも許されない。シャウラの前世は神か何かに喧嘩でも売ったのでは?」

「おかしいですね……。そんなことないと思いたいんですけど」

「それに関係してか、君の闇魔法の成長っぷりに先生は不安ばかり募るよ」

「あはは、そうですね」

「シャウラ、眼が笑ってないのだけど」

 それはバレリアから見ても歴然だった。

 大きな眼鏡のレンズの奥にある双眸が、心なしか光が見えない。

 レンズが曇っている影響だと信じたい。

「はぁ……どーしてですかね……?」

 暗い顔をするシャウラ。

 ここは一つ気分転換でも、と提案する。

「それよりもメルキアまで競争しちゃう?」

「しません」「しない」


 城下町の外壁にある跳ね橋を渡れば王都メルキアだ。

 地面は全て石畳。

 建築物のほとんども石造りで出来ており、大半が何らかの商売を営んでいる。

 食料はもちろん、書籍から武器等、買えぬものはないと豪語できるほど品揃えが良い。

 特に書籍においては、最近になって広まり始めた絵が中心の書籍、漫画を新品で購入しようと思えばこのメルキア内でしか買えない。

 娯楽施設やギルドなども点在し、さらには王様の暮らす王城までもがある。

 何か困りごとがあればすぐに王都へ、と言えるほど何から何まで至れり尽くせり。

 弱点と言えば、ほとんど眠らない街と化していて、暮らす分には眠れなくなると言った事情もあったりするのだが、そこは魔法で何とかなったりもする人もいれば、どんなにうるさくても気にならないで暮らしている人もいるにはいる。

 もしくは、騒がしくても関係ないほど防音が行き届いている大きな建築物で暮らす人々だろうか。

 もっとも王都メルキアは所狭しと店が並んでおり、大きな建物は王城やバレリアたちが向かっている機関くらいだ。ただでさえぎっしりと詰め込まれている場所に巨大な建物が立っているせいで狭いのに、大きな建物など建てられるスペースがない。

「それでは先生はあっちの方へ向かう」

 指差すイレセア先生。

 傭兵ギルドに行って仕事を貰ってくるのだろう。

 だが、

「イレセア先生。今回はちゃんとした仕事あるといいな!」

「ええ、本当に」

 笑顔で答えるイレセア先生だが吐血している、ように見える。

 なんでも傭兵稼業は信用が第一らしく、容姿が原因でまともな依頼が来ないらしい。

 だからこそ、傭兵ギルドから直接依頼を受け取って仕事をしているのだが、やはり容姿が原因で依頼人と顔を合わせた時に断られることも多いらしい。

 男からの人気は高いのだが、正式な仕事になったらこんな女性に仕事は務まらないだろうと断られるそうだ。相変わらず顔で不憫な目にあう。

「大丈夫。先生、これでも仕事がないわけじゃないから」

「そうですけど、この間みたいな妖精ギルドは……その……やめたほうがいいと思います」

 思い出したのか、イレセア先生は血の涙を流した、ように見えた。

 妖精ギルドなどというものはない。傭兵ギルドと聞き間違えて行った先が『妖精ギルド』という名のお店だっただけだ。

 無理やり女性の格好をさせられ、接客していた。

「妖精……傭兵……ややこしいね。本当にね。バーレーリーア!」

「へとせが本当にややこしいよな! 仕方ないたたたたたたたたっ!」

 耳を引っ張られる。

 以前に傭兵ギルドを探している最中、バレリアが聞いた妖精ギルド。

 イレセア先生を紹介したら全然違うかった。それだけだ。

 それだけなのだが、店の人に気に入られ、あっという間に働かさせられた。女性の格好で。

「先生は三十六歳既婚者、女装癖ありなどと言われたくはない」

「すみません……言い辛いんですけど、先生の人気、高かったですよね?」

 本当に言いにくそうにシャウラが言う。

 イレセア先生は開いた口が閉じないようだ。口から何かが漏れ出してきている。涎とかじゃなくて、魂的な何かのように見えるが……。

「と、とにかく、先生はこれからギルドに行ってくる。最近は機関に仕事を取られ気味だが」

 イレセア先生の抜けだしていた魂らしきものはすぐに引っ込んだ。

「えっ? 機関が仕事を取っている? オーダーアースが?」

「そう。何でもドラゴンの数が減少していることと関係があるらしい」

 それじゃぁ、二人とも。頑張るように。

 そう言い残してイレセア先生は行ってしまった。

「よし、それじゃぁ行こうぜ! シャウラ!」

 元気よく、拳を空に挙げて言うバレリア。

「いつまでも子供っぽいですね、バレリア……」

 少し呆れたように言うシャウラ。

「なんだよ。ノリ悪いなぁー。そんなこと言ったらシャウラだって子供っぽいだろ?」

「わ、わたしは子供っぽくないです!」

「川、風邪、看病」

「バレリアが川で遊んで風邪を引いて、看病した時ですね」

「バカシャウ」

「……ワタシガデシタ」

 昔、子供のころ。

 川ではしゃいで遊んで風邪を引いて、バレリアがシャウラの看病をした時のことだ。

 その時、バレリアは体が強くないシャウラが川で遊んだことにバカなシャウラ、略してバカシャウと言ったことがある。

 引き合いに出してみたものの、シャウラは認めようとしていないのか、態度を崩さない。

「そ、それでも今のわたしのほうがしっかりしてます!」

 確かにシャウラはイレセア先生から天才と言われている。

 でもそれとこれとは別問題だ。

「よし。じゃぁ、試験会場に向かおうか」


 試験会場である機関【オーダーアース】の本部。

 王城には劣るものの大きな建物で、王都メルキア内で第二の城とすら称されるほど大きい。

 これには訳があり、機関員はこの建物内の寮スペースで暮らしているため、多くの人間の居住が可能になっている。

 他にも外のトレーニングエリアやら地下トレーニングルームなるものなどがあるらしいがバレリアは機関の建物内については詳しくない。

「よっし、絶対合格するぞ!」

「あわわわわ……」

 機関の試験の前に、イレセア先生の試験に合格している。

 それが例え四十点で、ギリギリ合格でもイレセア先生からの保障を貰っている。

「俺の力を見たら絶対試験一位で間違いないよな!」

「あわわわわ……」

 目標は高く。

 それくらいの気持ちで挑めば、きっと結果は良くなる。

 それはそうと、酸素を求める魚のように口をぱくぱくさせている親友に助け船を出さねばならない。

「……なあシャウラ」

「は、は、はい?」

「全くシャウラは俺がいないとダメだな」

 手を差し出す。

 文句の一つも言わずにシャウラはすぐに手を握ってきた。

 なんというか、お手をしている小動物のように思えてきた。シャウラの思考が纏まっていないだけのようだが。

 その光景を同じく機関の試験を受ける者たちや、試験官の人間たちが見つめる。

 ただそれだけなのに、

「うぅ……」

 シャウラの震える手が余計に強くなった。

「大丈夫か? シャウラ?」

「だだだいじょうぶ……です」

 震えた口で何とか答えている。まるで子供のようだ。

 機関の試験だから、当然人数も多いはずだ。

 そんな当たり前のこともシャウラは忘れていたのだろう。

 彼女、シャウラ・ヘレルナーは人見知りだ。それももう十七だと言うのにも関わらず子供の頃から治らない。

 だから注目が集まる場だとか、知らない人とは上手く話せない。

 緊張するまでは分かるのだが、彼女の場合は重症な場合が多い。

 知らない人となら、挨拶を交わすことすら困難なのだ。

 バレリアも同じように子ども扱いされることもあるが。

「あれ? なんか王女様っぽい人がいる」

 突然のバレリアの言葉を信じられないのか指差した方を、震えながらシャウラも見る。

 王女っぽいドレスを着て、王女っぽい小さなティアラを頭に乗せていて、王女っぽい扇子を持っている人がいる。バレリアが読んだことのある、漫画に出てきた王女にそっくりだ。

 しかも、その女性がこちらに気づくと……突っ走ってきた。

「うっひょーですわ!」

 そして王女っぽい口調にいかにも王女っぽくない言葉、いかにも王女がやらなさそうなヘッドスライディングを決め込んできた。

 くるりと地面で横になりながらも器用に反転し、射貫くような視線を向けてくる。

「お二人は付き合っているのですの!? この試験、一緒に合格したら結婚しようぜって誓い合った仲ですの!?」

 そのままの姿勢でメモ帳に何かを凄い勢いで書いている。しかも心なしか涎が見える気もする。でも、急に冷静になって「あーでも死亡フラグですわ」と言っている。死ぬのか。これから。

 バレリア自身もそうなのだが、凄いテンションの人間だ。バレリアは口には出さず心の中で秘めておいた。

「おじちゃんスライディング!」

 砂埃を上げ、ずがががと同じようにヘッドスライディングをする人物がさらにもう一人。

 一体、何だというのだ。流行ってるのか。

 ならばバレリアも流行に乗ろうとしたが、シャウラが腕を引っ張り、止めてきた。

 その人物は視線をシャウラに向けていた。

 シャウラは必死にスカートを押さえているが何をしているのか。

「お嬢さん、僕と付き合わないかい?」

 無精ひげを生やしたコートの男が、いい顔をしながら言う。

 ……おかしな行動をしている癖に。

「ひぅ、い、嫌です!」

「じゃぁ下着でも可! おじちゃんにパンツ恵んで! ネ? ネ? ネ?」

 シャウラは言葉だけで迫ってくる男に怖くなったのか、バレリアの背中に隠れて小さくなる。

 流石に幼なじみが本気で怯えている。

 一言言おうとしたその時、

「キサマら……そこで何をしている」

 突如として現れた、金髪の男が青筋を立てて二人を睨みつけていた。

 金髪。良家出身者に多いと聞くが、高貴な身分なのだろうか。

「い、いやですわ! 機関の新人の方々と交流をと思いまして」

「そうそう、おじちゃんも女の子と仲良くしたい訳ヨ」

 焦りながら喋る二人。

 だが、男の怒りは収まるどころか、むしろ大きくなっている。

「キサマら二人のせいで機関が奇人変人の巣窟などと言われているのだぞ! 犯罪まがいの行為や発言を平気で行いおって!」

「わたくしたちのせいじゃありませんわ! 冤罪はいい加減にしてくださいまし! 世の女性はみなわたくしの同志ですわ!」

「そうだそうだ! いい加減にしろ! おじちゃんをいじめるなー!」

「キサマらがいい加減にしろッ! キサマら二人、減給だ!」

 不審者二人が抗議の内容を叫ぶ。

 さらにイラついたのか、男が二人の首根っこを掴む。

「放してくださいましっ! わたくしはこれでも乙女ですわ! 不当な扱いはお止めなさい!」

「黙れ! キサマのような者を誰が乙女と呼ぶものか!」

「おじちゃんも少年の心を忘れてないだけだから! だから許してヨ、クラウスくぅ~ん」

「キサマら二人を牢屋にブチ込んでも一向に構わないが?」

「申し訳ありません! 許してくださいましぃ~! ……あっでも牢屋というシチュはいいですわ! 拘束した神薙さんを――」

「ちょっ、勘弁してヨ! 僕だって悪気はなかったんだからぁ~! クローリアちゃんと一緒はヤメテ!」

 必死に謝罪しているのかと思えば、にやにやしたり、怯えたり。

 首根っこを掴まれて持ち上げられているせいで、妙にシュールな光景だ。

「すまなかった。ここにいる愚か者どもはこちらで処罰させてもらう」

 そう言って、男は二人を連れて行く。その間も二人のコントは続いていた。

「何だったんだ?」

 バレリアにはよく分からない。

 嵐のように突然現れ、嵐のように暴れるだけ暴れ去っていく。

「うう、犯罪まがいというよりも犯罪ですよ……」

 残念ながら緊張は余計に解れず、警戒までしているのかさらに背中から離れない。

 不審者と出会ったのだ。シャウラの反応は当然だ。

 流石にバレリアも警戒して剣を抜いてしまうかもしれない。魔物の存在から武器の携帯が義務付けられている世の中だ。

 魔物だけではなく、時には野盗もいるので人間相手に警戒しないといけない時がある。

「大丈夫か? シャウラ?」

「これが大丈夫だと思いますか……?」

 バレリアは振り返り、シャウラと顔を合わせる。

 大きな眼鏡の奥の瞳は大分疲れ切っているようだ。

 もっともすぐにシャウラは顔を逸らしたが。

「やっぱり駄目じゃないかな?」

 バレリアはバレリアで心配だった。シャウラの人見知りが。

 それでも付いて来たいと、一緒に戦うと言ったのは彼女だ。

「わ、わたしだって弱くはないんですっ! わたしだってやれます!」

 シャウラは勢いが空回っているのか声が上擦っていた。

 それでもバレリアから一歩離れて、もう大丈夫と言って見せる。

 無理をしているのだろう。でも、今バレリアに出来ることは彼女を励まし、背中を後押しすることだけだった。

「ああ! きっと俺たちならやれるさ!」

 シャウラのやる気に釣られて大きな声を出す。

 だが、先ほどから周囲の視線を集めていることに気づき、シャウラが余計に恥ずかしがったのはそのすぐ後だ。


 【オーダーアース】で行われる試験は一つのみ。実技テストだけだ。

 機関はドラゴン討伐組織。

 組織はドラゴンという強大な力を持つものに対抗できる強者を求めている。

 ドラゴンは強い。

 未知なる魔法を操る。

 当然、一人では勝てない。

 集団で戦って何とか勝てるかもしれないといった感じだ。

 ゆえに数を求め、実力さえあれば機関員になれる。

 機関員は名誉の死も多いが、王様からの保証もあって職業としては安定していて、それでいて皆からは尊敬される人気のある就職先ではある。

 危険は付きまとっていたとしても、機関員の志望者自体は多い。

 実力が高くなくてもドラゴン討伐の際には後方支援という形であれば危険性は少ないし、腕利きでもない限りいきなり最前線に呼ばれることもないだろうから、実力が認められるまでの間はドラゴン討伐任務に参加することはないだろう。

 それから、最近であればドラゴンの個体数の減少もある。

 最強の生物であるドラゴンは繁殖力も高くないと聞く。それを討伐するのだ。個体数はどんどん減っていくに決まっている。

 ということは、ドラゴンと戦う回数も減り、同時に危険も少なくなるというわけだ。

 そうした事情もあってか機関員の人気は高い。

 機関側としても、最強の『魔物扱い』としているドラゴン討伐には人数がいる。

 だからこそより多くの人員を確保したい。

 試験が実技だけなのは、実力ある人員を多く手に入れる。そのためならどんな人物も不問と考えているのだろうか。

 だからこそ、バレリアとシャウラが遭遇した変な人たちも機関員になれたのだろう。

 ……たぶん。

「次! バレリア・オークライト!」

「あ、はいっ!」

 考え事をしている暇などない。

 機関の外のトレーニングエリア。

 そこで行われているのは一対一の模擬戦闘。

 選考員に見守られながら戦いを行い、その戦いの評価から採用か不採用かが決まる文字通り一発勝負の試験。

(大丈夫。俺なら大丈夫)

 気合を入れる。

 先ほど、誓約書を書かされ、その中の項目に相手を殺さないこと、殺してしまった場合は事故として治安維持組織の騎士団を招集すると書かれていた。

 不安になったが、選考員の面子は何かが起こる前に止められる実力者で構成されているから大丈夫だと言われ、安心した。

(けど……)

 安心はした。そのことは大丈夫。

 よっぽどのことが起きない限り大怪我や殺してしまうことなど起きるまい。相手だって加減するし、こちらも加減する。

 だが、

『次、シャウラ・ヘレルナー!』

『ひゃ、ひゃい!』

 隣の石灰で書かれた枠組みの中で別の相手と模擬戦闘を行うシャウラ。

 だが、どうにも緊張していて本番で失敗しそうだ。

 現にバレリアは彼女が本番で失敗している姿を幾度となく目撃している。天才なのに。

「大丈夫かな……?」

 不安からか思わず口に出る。本当ならば、天才で格上であるはずのシャウラが、劣等生で格下であるバレリアを心配するのが普通の気もするが。

「不安なら降りたほうがいい」

「あっ!」

 紙とペンを持って立っていたのは先ほど不審者二人組を連れて行った金髪の男だ。

 恐らく選考員を務めているのだろう。

「どうした? オレの顔に何かついているか?」

「いや、そういうわけじゃりません!」

「そうか。慣れぬ言葉遣いのせいで意味不明な言葉になっているが」

 じゃぁありません。略してじゃりません。咄嗟に口に出してしまった。

 四角に囲まれた白線の中に入る。

 この四角の中だけで相手と戦い、戦闘が終了するまで自身の力を見せつける。

 これが模擬戦闘。

 そして勝利条件自体はない。

 相手に勝つことが目的ではなく、あくまで実力を見せつける場だからだ。

 ルールは殺さないこと。そして、選考員の人間たちに自分の能力をアピールすること。

(よっし! やってやるぞ!)

 バレリアは心の中で意気込む。

 対戦相手も機関員ではなく、機関志望の人間。相手が名乗る前に先に名乗る。

「俺、バレリア。バレリア・オークライト。よろしく!」

 自己紹介して、手を出す。

「ぼくはフェルキオ。フェルキオ・リーダス」

 と、相手も自己紹介の後に握手に応じる。

 歳はバレリアと同じか少し少ないくらいだろうか。

 機関志望だけあって、手を握れば手にできたたこの多さに気づく。数で言えばバレリアと同じかくらいだ。

「頑張って一緒に合格しような!」

「ああ! ただし、手は抜かない!」

 手を固く握り、相手を称えると相手……フェルキオも気持ちよく返事を返す。

 機関の試験は実力を測るテスト。

 勝ち負けはないので、純粋な実力だけを測り、合格できるから、本心から相手を称える言葉が出せる。


「始めろ」


 男の言葉と同時にゆっくり距離を取り、両者共に剣を抜く。

 相手も同じく剣を得物にしている。

 言うならば同じタイプの相手との戦いだ。

「どわっ!」

 先に動いてきたのはフェルキオの方でバレリアは躱すのが精いっぱいだった。

 だが、相手は様子見。魔法も使っていない。

「反撃! 火属性≪牙龍点睛≫!」

 剣は炎を纏い、炎を放つ。

 渦巻く炎を前にフェルキオは、冷静に剣に水を纏わせた。

「水属性≪水切り≫」

 一閃。

 水を纏いし剣が炎を消し去った。

「くっ、ここから追撃ッ! 火属性≪蛍龍けいりゅう≫!」

 バレリアの剣に纏いし炎はまだ消えてはいない。

 炎は揺らめき、火の粉を辺りにまき散らす。

 小さな焔は周囲を飛び交い、光を放つ虫のように炎が煌めく。

 紅き宝石が美しく宙を舞い、その小ささゆえに儚く消えていく。


――そして戦闘ではまるで役に立たない。


「水属性≪水切り≫」

 小さな火の粉は無情にも水を帯びた剣の一閃で全て消えた。

「あーあ、折角上手くできたのに……」

「いや、ごめん。何かあると思って……」

「謝らなくていい! キサマ、やる気はあるのか!?」

 謝るフェルキオ。

 フェルキオの代わり怒っている選考員の男。

「やる気ありますよー! これからが本番ですから!」

「初めから本気を出せ」

 そう言って、何かを紙に書いていく。

 まさかと思うがダメの一言だけじゃないだろうかとバレリアは勝手に想像する。最低でもマイナス評価を書いていることだけは想像つく。

 もう少し集中して、ゲートを介して魔力を取り込めたら有効な技になるのだが、失敗してしまうのだ。

『ふぎゅ!』

『君、大丈夫か!?』

 突然、なんだろうか。

 隣のエリアかららしく、シャウラの声と隣の選考員の声が聞こえてくる。

 何があったのかバレリアは聞き耳を立てる。

『うぅ……あ、足が縺れまして』

『体調が悪いのならば医務室に連れて行くぞ?』

『だ、大丈夫です、まだ大丈夫です』

『そうは言うが顔色が悪いぞ!?』

『じ、持病なんです』

『持病? 持病があるのか!?』

『いえ、そうじゃなくて……』

 どうやら隣はまともに試験を行えていないらしい。

「地属性≪山づくり≫」

「うん?」

 話を聞いていて、戦闘の方に集中しておらずフェルキオが近づいていることにすら気づかなかった。

「どわあああああっ!」

 地面が隆起し、小さな山ができ、バレリアは吹き飛ばされた。

 そのまま宙を舞い、白線を超えて見事落下。

「うう……」

 そのまま横たわる。

「大丈夫かい? バレリア」

 剣を払うように振るフェルキオ。癖のようなものだろう。

 いや、よく見ると砂が付着しているようだ。恐らく、≪山づくり≫は地面に剣を突き立てることで、魔法を流して相手の足下から地面を隆起させる魔法だろう。

 地属性の通常魔法は、地面に武器をぶつけるか、武器を介して魔力を流し込むことが多いのだ。

「戦闘不能か。ここまでだな」

 対戦相手なのに心配してくれるフェルキオに対し、無慈悲な男の声。

 シャウラだって隣で頑張っているのだ。

 ここで終わるわけにはいかない!

「まだやれます! 続けてください!」

 立ち上がり、剣を力強く握る。

 きっとシャウラも同じように立ち上がっているだろう。

 立ち上がり、踏ん張って――

『あははは――そうですよ、バレリアが悪いんですよ。どれだけどれだけどれだけどれだけどれだけどれだけどれだけ告白しようとしても邪魔が入るんです。だったらバレリアから告白してくればいいじゃないですか。そうですよ、バレリアはわたしを一番の親友って言うんです。一番ってことは愛してるってことでしょう? 違いますか? 早く告白してくださいよ』

『君、突然何を……』

 急に背筋に冷たい風が通り抜ける。

 なにやらよく聞こえなかったのだが、シャウラも立ち上がったようだ。

『≪我が負の感情よ! 闇の呪いとなって飛び出しなさい!≫』

 より一層、寒さが強くなる。

『闇属性≪ダークサイドカース≫!』

 シャウラの闇属性の魔法の一つ、≪ダークサイドカース≫。

 一時的に自らの負の感情を昂らせることにより、闇空間を作り出して相手を精神的にノックダウンさせる魔法。

 精神と死に関する闇属性の魔法は一度発動したら止められない。≪ダークサイドカース≫をまともに受ければ死にはしないが、一時間は気を失うことになるだろう。

 これで、シャウラの合格は間違いないだろう。

 と、同時に、

『うぅ……見ないで欲しいですぅ……』

「こ、腰が抜けた……!?」

 この≪ダークサイドカース≫。

 シャウラは使う度に自身の負の感情を口に出さねばならず、表情も怯える小動物から怯えさせる側の肉食獣のようになり、周囲からドン引きされる。

 さらになぜか、魔法を喰らっていないハズのバレリアに異変が来るのだ。

 殺さないで強力な魔法となればシャウラといえども数は限られる……が、バレリアからすればとばっちりだ。

「……やはり戦闘不能か」

 男はもう一度そう言って、紙に何かを書いていく。

 そして興味を失くしたかのように次の人に目をやる。

 これが何かの試合であれば白線を超えており、敗北と判断するには申し分なかった。

「待ってください! まだ俺は終わってません!」

「終わりだ。これ以上はもはや何もあるまい」

「あります!」

「ぼくからもお願いします」

「一人に多くの時間は裂けられん」

 そうじゃないと入口のゲートから魔力を取り込もうとするが上手く集中できない。

 バレリアの魔法の才のなさは、シャウラにもイレセア先生にも言われてきたことだ。

 今になって、その劣等感を実感させられた。

 彼の周囲には嘲笑うような人間はいなかった。

 魔法が上手く使えないからどうした、といった具合だ。通常魔法は誰でも上手く扱うことが出来るのだが、バレリアが特別使えなかったとして、そのこと馬鹿にする人間は少ない。ちょうど足の遅い人間を周囲の人間がそのことを一々引き合いにだして陰口を叩く人間は少ないのと似ている。むしろ、足が遅いというのは一つの個性だ。

 それと同じで、魔法が使えないというのは一つの個性だった。

 でも、今の状況は違う。

 今は、足が遅い人間が競争レースに参加しているのと一緒。実力を見せる場で、腰を抜かして動けなくなっていてはどのような評価が下されるか分かりきったものである。

 どうしてシャウラのように必死になって訓練しなかったのだろう。そう後悔するも、人並み以上には努力もしてきたし、イレセア先生も付きっきりで剣術や魔法を教えてくれた。彼の持つ魔法はその特訓によって編み出された。バレリアもシャウラに負けず劣らず訓練をしてきたハズなのだ。

 身体能力だけ考えれば、強い分類に入るとは言われた。

 でも、致命的に集中力が足りないのだ。身体能力が多少高くとも、魔法が使えないことは世間一般では通用しないのだ。

 性格的な部分も大きいのだろう。どんなに頑張っても、入口のゲートから魔力を取り込むコツが未だに掴めず、カンとノリで魔法を使ってる面も強い。

「バレリア・オークライト。キサマには特別にこの場で結果を……」

 こんなところで立ち止まるわけにはいかない!

 普通の魔法を使えない劣等生だが、普通の人間とは違う。

 イレセア先生にはドラゴンの魔法なしでも合格してみせると豪語していたが、こうなっては仕方がなかった。

「なっ!? なんだその魔法は!?」

「君は一体……?」

 光り輝く炎をその身に纏い、立ち上がる。

 男だけではない。

 フェルキオも。周りの人間も全員が驚いている。周囲の注目を一気に集めているのだ。

「詠唱なしで詠唱魔法が使えるとでも言うのか!?」

 剣に光の炎を纏わせる。剣から手を放し、拳と拳をぶつけてみせる。と同時に光の炎は光り輝く火花となって弾ける。

 ドラゴンの炎がちゃんと使えていることを再確認した。

「複数の挙動を詠唱魔法でもできるわけがない……! キサマ、一体その魔法はなんだ!?」

 剣は浮いている上に、拳からは炎。

 詠唱魔法は自由度が高いが、複数の行動が出来るものではない。

 お調子者としての悪い癖で自慢したくもなるが、少し反則のような負い目も感じる。複雑な気分だ。

 だが、この力の正体をあまり知られるのは良くないし、口外しないのが良いに決まっている。

 だからバレリアは黙っている。

「行くぞ! もう一度勝負だ、フェルキオ!」

「ああ、来い! 水属性≪水切り≫!」

 相手の剣が水を纏う。

「この炎には普通の魔法は効かない!」

「えっ……?」

 手を相手に向けて握りしめる。

 それだけで剣に纏っていたものが水から光の炎に早変わりする。

「水属性の魔法を消したか。いや、魔法そのものを燃やしたのか! なるほど、その炎はそもそも火属性ではなく、全く別の魔法というわけか」

 選考員の男はもはや解説者のようなノリになっていた。

 だが、そこから分析を行ってくる辺り恐ろしい。

「フェルキオ、ごめん! 燃やしちゃうけど、後で弁償するから!」

 光の炎を自身の全身に纏わせる。


――そして、一瞬で終わる。


「えっ?」

 フェルキオは何が起きたかも分からずに、声だけ漏れた。

 バレリアは相手の男の背中で立っていた。

 一瞬でその位置まで移動したのだ。

「火属性≪火炎太刀かえんたち≫」

 咄嗟の反撃の様に剣を振るう。

 だが、バレリアは一切回避行動を取らない。

 もう終わっているのだ。

 剣は当たらない。炎も出ない。

「剣が……消えてる?」

 フェルキオはただただ驚いている。

 柄から先、剣が消え失せているからだ。

 フェルキオはそのまま両手を挙げる。

「降参だよ。そんな力を持っているだなんてね」

「ごめん、こうするしか」

「いいさ。これは戦いだからね。仕方ない」

 フェルキオには剣を燃やしてごめんと聞こえただろう。人間一人では対処できないドラゴンの魔法を使ってしまったことに対する負い目に対してバレリアは謝ってるのだ。

 バレリアとフェルキオは再び握手する。

 例え、ドラゴンの炎を使って一方的な勝利をしたとしても、それまでに実力は見せれたハズだ。

 きっとフェルキオは合格できるだろう。

「なるほど。それがキサマの実力かバレリア・オークライト」

 選考員の男は何も言わずに紙を丸め、魔法で炎を灯して燃やしてしまった。

「バレリア・オークライト。キサマには特別にこの場で結果を伝える」

 ドラゴンの炎を消す。

 これほどの力を見せつければ何を言われるか予測できる。

「合格だ」

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