「機関と未来」
この話で最終話となります。
イレセア・オルコットとの死闘から一か月。機関【オーダーアース】はただの国の便利屋としての組織に成り下がり、バレリアや、仲間たちは機関での仕事の毎日に追われていた。
「はぁ……また絡まれた」
バレリアは機関の憩いの場で、椅子にゆっくりと腰を添える。バレリアの周りには一か月前に共闘した仲間たちが。
「仕方ないですよ。まさか、あの戦いが世界中に伝えられていたなんて」
バレリアとシャウラによるイレセアとの決戦は、風属性と光属性で映像として送信される魔法で、王都メルキア内。それどころか世界中各地で、リアルタイムで送信されていた。犯人は、決戦の場にいた者たちだったらしいのだが、どうやらバレリアたちの一部始終は全身全霊をかけて持てる魔法の全てを使って放送されたらしい。
まあ、巨大なドラゴンが出現したとなれば、情報を提供することで食べていく人たちからすれば飯のタネである。しかも、廃研究所に大量に現れた謎の集団、だとか、突然の避難勧告、とかタネの種類は目白押しだったし。
そんなこんなで、望んでもいないのにイレセアとの決戦は全力をもって放映され、バレリア・オークライトとその幼なじみシャウラ・ヘレルナーは、人類を賭けた一戦に勝利し、世界を救った英雄として有名人になってしまった。バレリアは別に英雄になりたいとか、勇者になりたいだとか、救世主になりたいだとかそんなこと全然思ってなかったのに。
「でも大変だよねー、バレリア兄ちゃんもシャウラも。顔隠さないと、すぐに人だかりが出来るんだもん」
ルクシャは他人事のように言っているが、これが大変なのだ。外に出れば前を歩けなくなるし、シャウラに至っては人見知りのせいで、毎日涙目だ。
「……今日は三人もバレリアに色目使ってきやがったです。後で排除ですね」
「腹黒ですわー」
シャウラが何かを呟けば、「メモメモ」と人目を気にせずメモを取るクローリア。
「しかし、良かったね、バレリア。君たちの理想がかなって」
病み上がりで、やっと機関に復帰したフェルキオもまた、一連のコトを全て知っている。
イレセア・オルコットとの決戦は世界中に宙に浮かぶ映像として、始まる前から最後まで、世界中で放映されていた。人類に迫る二つの危機。目の前に迫る、巨大兵器リンドブルムの脅威と、世界中の蔓延する邪気の存在。ドラゴンの絶滅は人類の絶滅。だからこのような事件が起きたと知った人々は、バレリアが決戦前に言った言葉を信じて、ドラゴンとの交渉を始めてみた。その結果、バレリアの言うことが本当だと信じてもらえるようになり、「ドラゴンは人類の敵ではない」「ドラゴンと人類は共存し、ドラゴンの知識と人類の知識を合わせて、更なる繁栄を目指す」と、人々の心が変わったのだ。
結果として、イレセアがやった行為が、英雄の誕生という出来事と同時に、人々の心を導く英雄という存在で、ドラゴンと人間の共存社会の実現を為すことができたのだ。
「いやー、しかしゴメンネ! フェルキオ君」
フェルキオが喋れば、すぐに神薙は彼に謝る。
「いや、もういいよ。ボクを斬ったのは、君じゃない誰かだった。それは証明されたじゃないか」
「……刀の力に飲み込まれている僕を事前に止める方法があったんだ。そんなことも知らずに君を斬ってしまった。……申し訳ない」
帽子を手に取り、胸に添える神薙。珍しく、真面目な態度に一部は困惑している。
「うむむ……フェル神ですわ……。でもやっぱりゴロが悪いですわね。神薙さん、改名する気はありませんこと?」
かと思えば、一人はマイペースだ。
「そういえば、バレリア・オークライト。イレセア・オルコットから手紙などは来てはいないだろうな」
クラウスは態度を崩さず、腕を組んで聞いてくる。現在、イレセア・オルコットは指名手配犯。三年前のシトル研究所襲撃事件の容疑者であり、全世界を巻き込んだ反逆事件『未遂』として手配されている。
「来てましたよ。一か月前のことを綴った手紙を」
能天気なことだと、鼻で笑うクラウス。指名手配犯として騎士団は、全国各地を血眼になって探し回っているが、本人は気ままに世界中を旅をして回っているらしい。今日の手紙では、妻の墓参りをしたらしい。
「うーん、どうして先生はあんなこと書いたんだろ?」
「どうしたんです? バレリア?」
「ドラゴンの力。シャウラよりもバレリアの方が天才かもしれない、って」
「それですか。きっと、あの時、ドラゴンの鱗から、言葉を聞き取れたことと、わたしやイレセア先生よりも強い炎を出したからですよ」
「えっ?」
「きっと、バレリアは落ちこぼれなんかじゃないです。きっと迷いがあったから、力を出し切れてなかったんだと思います」
迷い。すぐに集中力が切れるのは性格ではなく、迷い。
「バレリアは、魔物相手だって本気を出し切れない時があったんでしょうね。だから魔法が途中で途切れたり、半端になったりするんです」
ならば、なぜ、シャウラよりも、イレセアよりも強い炎が出せたというのか。
「バレリアは落ちこぼれなんかじゃないですよ。わたしに力をくれた大切な人です」
「力を、あげた?」
「はい。わたしはバレリアがいないとダメダメなんです。でもバレリアがいてくれたから、強くなれた。バレリアの強い想いがあったからこそです。わたしに力をくれる人が、わたしよりも劣ってる訳ないです」
「俺が、シャウラよりも上?」
「強い想いが、きっとバレリアの力です。バレリアの信念は、世界を変えてしまうほどの力なんです」
たぶん感情論だろう。バレリア自身も、迷いを捨てて感情のままにぶつかった時。そのとき、本当の力を引き出せたような気がする。
「いつまでも、付いて行きます。バレリア」
「ああ。行こう、俺たちが変えた未来を」
歴史の転換期と言うべき一つの事件。その事件を解決したバレリアとシャウラは窓を開けて外を見る。王都内は人々で溢れかえり、一匹の巨大なドラゴンが自由に空を旅していた。
ここまでのご愛読、ありがとうございました。今作の当初のプロットには、前作のように長期的な作品を想定して作っていたわけですが、スケールが大きくなりすぎるといつまでも終わらないので、泣く泣く没にしたモノが大量にあるわけでして。その中でも、一部触れられていない物語を外伝か何か、別作品として書きたいなと思っています(いつになるかは分かりませんが)。ご意見ご感想お待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。また、拙作ではありますが、他の作品や次回作もよろしくお願いします。




