感情を失った底辺作家のお話
これは、わたしの友人の実体験を元にしたお話です。
なるべく特定されないようぼやかしたつもりです。
なんとなくお爺さん口調。
昔々、あるところにポニーテールと妹とヤンデレが大好物の少年がおった。
まあ、わしの友人のことなんじゃがの。
奴はその三つを掛け合わせた理想のヒロインを創り、彼女を守るため戦う刀使いの話を書き上げ、「小説家ににゃろう」に初投稿したのじゃ。
奴は毎日アクセス解析に張り付き、今日は何人見てくれただの、何時くらいにたくさん見てもらえただのとわしに報告してくれた。
当時「にゃろう」ではヤンデレの需要が多く、かつ供給が少なかったため彼の作品も徐々にお気に入り登録数が増えていった。友人も狂喜乱舞しておったわい。
それだけで満足できなかった友人は、「感想」を求めるようになったんじゃ。
とある掲示板に「感想お願いします」と書き込み、自らの作品を晒すようになった。
奴の書く臨場感ある情景描写とヤンデレ台詞は絶品だと、当時のわしも思っておったからのう。
処女作だというのに酷評されることもなく、甘口の褒め言葉ばかりもらえてすっかり有頂天になっておった。単純な男じゃ。
そして彼は、感想をくれた内の1人「A」と深い仲になった。
いずれもお気に入り登録件数100未満の、世にいう「底辺作家」じゃった。
ともあれお互いの作品に高評価をつけ合い、更新があるたび感想欄でいい点を褒め合っておった。やさしい世界じゃ。
よい友ができて良かったな、とわしも温かく見守っておったぞい。
ところで友人は、文章だけでなく絵もそこそこ描けた。
仲良くなったAが「挿絵募集中です」と活動報告に書いていたのを目ざとくみつけ、意気揚々と立候補しおった。
Aの作品に出てくる兄妹と、ボインのねーちゃんと、ボインの嬢ちゃん。
その4人に加えマスコットキャラのモンスターまでつけた集合絵をせっせと描いておった。
見せてもらったが……まあ、素人が描いたにしては中々。
Aのほのぼのとした作風に合う、心のこもった小学生的な絵じゃった。容姿設定もきちんと取り入れ、作品に対する愛があふれておる。
Aもその絵を喜んで受け取り、トップページにでかでかと飾ってくれた。
しかし――それが、「悲劇」の始まりだったのじゃ。
数日後、友人の口が真一文字に引き結ばれていた。
どうしたのかと尋ねると、Aから心に刺さる一言を突きつけられたという。
「僕の友だちが、あなたの絵を『きもい』と言ったので、取り下げました」
メンタルの弱い友人は泣き崩れた。わしはそれを必死にケアした。
「おれよりリア友の方が大事なのかよ! 一生懸命色まで付けたのに!」
そう言ってわんわん騒ぐ気持ちも分からんでもない。実際わしももらい泣きしそうになった。何も、描いてくれた本人に告げなくてもよかっただろうに。
わしはあの手この手で、心を折られかけた友人をどうにか立ち直らせた。
大丈夫、Aよりお前の小説の方がお気に入り件数は多いではないか、などとあまり口に出したくないいやらしい話をしたりもした。
この一件で友人はAとは決別し、また新たな感想をもらうべく自分の小説を本場の「底辺スレ」に晒すことを決心したのじゃ。
友人の作品は、和風な世界観でのチャンバラヤンデレ時代劇。「にゃろう」のテンプレからは外れておったが、鬼畜な戦闘シーンとエロが丹念に書かれた非常に男ウケしそうなブツじゃった。
晒しのおかげで、過去最高のアクセス数を叩き出しておった。
『敵キャラの武器に個性があっていい。ヤンデレ妹かわいい』
『賞に出したらいいとこまでいくんじゃないか』
「ほら、見ろよこのコメント! やっぱ俺才能あるんじゃねーの!?」
わしも親友として、すぐ隣で奴の喜ぶ顔を見ておった。つくづく浮き沈みの激しい奴じゃ。
しかし次の瞬間、彼の瞳から光が失せた。
『なにこのキモイ挿絵。こんなもんしょっぱなから置いとくなよカス』
そう、友人は自分の作品にも挿絵をつけていたのじゃ。また泣き崩れた。返信が打てないほどにぶるぶる指先が震えておった。
こやつは相当打たれ弱いから、「にゃろう」には一番向いてない人種じゃなぁ。
もう、絵は諦めるがよい……お主は文章力だけで勝負すれば、それでいいんじゃよ。
その後の友人は『賞に出したら~』のアドバイスを鵜呑みにし、小説を削除しライトノベルの賞に送り付けた。
「第一次審査通過作品」のウェブ発表を、舐めるようにじっくりと見て自作の題名を探した。
箸にも棒にも引っかからなかった。また泣き崩れた。
その後の友人は、Aが自分で描いたイラストを小説のトップページに飾っているのを偶然発見した。露出度高めのパイオツのでかいねーちゃんが、いびつな曲線で描かれたものだった。
「お前の小説はそういうんじゃねーだろ! おれの方がよっぽどお前を良く理解してんだよ!」
などとねちっこいヤンデレみたいな台詞を吐き、また泣き崩れた。
Aの作品は幼い兄妹が不思議の国をピクニックするような内容だった故、友人の描いたへたうま絵の方が合っていたのではないかと、わしもこっそり思った。
満身創痍ズタボロ状態の友人は、そのまま「にゃろう」から姿を消した。
今となっては、キーボードを打つのも絵を描くのも嫌だそうだ。
友人は現在、わしの横で死んだ目をしながら芋ようかんをほおばっている。
「お前も今小説書いてるんだってな……よっぽどの自信がない限り、挿絵を自分でかこうなんて思わない方が良いぞ」
どきっとして、描き溜めていたイケメンのイラストを奴の視界に入らないよう隠した。
わしは美男子や美少年の類が大好きなのじゃ。そのうちイケメンハーレムを築き上げたいと思うておる。
「他の作者とも馴れ合うんじゃねーぞ。スレにも晒すんじゃねーぞ。公募にも出すんじゃねーぞ……」
全てにおいてことごとく痛手を食らってきた彼は、病んだ顔で何度も繰り返しわしに言い聞かせてきた。
そんなに楽しみを奪われたら、創作意欲も湧かんというものじゃ。
「それでは、誰にも発表せず自分の殻に閉じこもって執筆しろと言うのか? 誰しもお主のようにうまくいかんわけではない。ほら見てみぃ、このランキング上位の作者は、他作者やファンともよく交流し、作品を賞に出して書籍化が決定しておるぞ。おお、挿絵はお主の好きなイラストレーターさんが担当するそうじゃ!」
「うがああああああッ!」
友人は髪をかきむしって雄叫びを上げ、そのままわしの庵から出て行ってしもうた。
やれやれ、いじめすぎたか。一番の親友として、また慰めに行ってやるとしよう……。
ちなみにその後のAさんは、誘惑に負けテンプレの異世界転生チートハーレムものに手を出したそうです。
結果は鳴かず飛ばずで、今はもう退会していらっしゃいました。 (邪悪な笑みを浮かべた友人談)
弱肉強食の、「なろう」のダークサイドを覗いた気分です……。