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救済者

「すみません……」


「気にするな。むしろ、障るような言葉を言った我に非がある。許せ」


「はい……大丈夫です。ありがとうございます」


六畳程の広さにある部屋では、ベッドに上体を起こしているラアルと、その横で椅子に座る魔王とリーリスの三人がいる。


窓がない閉所的な空間であるのは、もちろん魔王城だという事を知られない最大の配慮がされていると言ってもいい。


奥左隅に置いてあるベッドに、隣に小さな棚に、入口のドアの横には腰の高さほどの台の上に花瓶が置かれ、白い花が生けられている。


部屋の中から見る限り、ここがよもや巨大な城の一室だとは、到底想像だに出来無い。


ラアルもまだ、目が覚めたばかりという事もあり、その事実には全く気づいてはいないようだ。


リーリスが口を滑らせた時は、どうなるかとも思ったが、まだ心配しなくても良さそうだと、魔王は安堵する。


その代わり、魔王の名前が「マーオウ」になってしまった事実はどうしようもないが。


「リーリスには、話があると聞いたのだが、それで問題はないのだな?」


魔王は念のために改めてラアルに確認をする。


目を赤く腫らしているラアルは、貯めた涙を人差し指で拭うと、空元気で笑う。


「はい。大丈夫です……。でもきっと、みんなはもう……」


再び両目に大粒の涙を溜め始める。だが、これ以上泣くと迷惑がかかると分かっているのか、それともラアルの言う「みんな」がどうなっているのかという覚悟からなのか、涙を溜めたままぐっと堪え、鼻をすする。


「見苦しいところを何度もすみません……。あの、お話したいというのは、お礼を言いたかっただけなんです。こんな見ず知らずで、お返し出来る物もなにも持っていない私を助けてくださって――」


「何言ってるんですか?」


ラアルの謝罪を遮るように、リーリスが矢次早に言葉を投げる。


「ラアルがマーオウさんに言いたいことってそれだけじゃないんでしょう?」


「それは……」


ラアルの顔が曇る。それは、リーリスが言っていることが図星であるという事実でもある。


「あのですね。これ以上迷惑をかけたくないとかそう思ってるんでしたらやめてください。迷惑です」


「っ……」


リーリスの台詞で、部屋が静まり返る。


瀕死のラアルを手厚く迎え入れ、更には怪我を治療し、挙句には寝食を提供した魔王らに、これ以上何を求めれるだろうか。


ディアラグナが終結してから十六年しか経っていない世界は、ディアラグナよりは遥かに平和だ。しかし、そこにはまだ爪痕が痛々しく残る。


人間族間では、未だ略奪や殺人等は群発的に発生する。


その為に、魔神族の様に種族間での縄張りを持たない人間族は、国や軍、警らが統治している管理外での出来事には対応しきれていない。


国より遠方にある村は格好の的だ。よそ者を招けば殺されるかもしれないという疑心暗鬼が芽生え、より排他的になり、より攻撃的になる。


ラアルもまた、その人間族の一員だ。


リーリスが言ったことの理解は出来ている。ラアル自身、もし場所が場所なら行き倒れたりでもすれば、身ぐるみを剥がれて放置されて当然だ。例えそこが民家の前だとしても、城下でもなければ見て見ぬ振りだろう。


ラアルは分かっている。与えるものがない身で、恩に恩を売るという意味が。自分の経緯を、身の上を、そして、大切な人たちを引き合いに出せば同情で引き受けてくれるかも知れないという甘い考えを。それ故に苦悩しているということも。


だが、ラアルの考えがまとまる前に、リーリスは言い放った――。


「迷惑なら、ラアルを助けた時点で迷惑かけてます。なら、もう一つや二つの厄介事くらいなんてことないです。悩んで苦しむくらいなら言ってください。黙ってては前に進めませんよ?」


堂々と胸を張り、誇らしげにラアルに投げかける。隣に座っている魔王も、どこか微笑みを浮かべたようにも見えた。


だが、ラアルは、リーリスが何を言っているのかが一瞬理解できないでいた。少なくとも自分は今までそうした人に出会ったことはなかったからだ。


不意に頬を伝う熱い涙が、ラアルの景色をぼやかした。自分がこれまで流した涙とは違う、温かく優しい気持ちで胸がいっぱいになっていく。


そっと胸を抱きしめ、両目を閉じ、何故だか幸せな気持ちで溢れてくるのを感じた。


魔王はそっとラアルのその背に手を置く。潤みきった瞳でラアルが魔王を見ると、魔王は小さく頷いた。横に座る、リーリスも頷く。


申し訳ないと思いつつ、それでも涙を流し続けるラアルは、とても綺麗とは言い難い程くしゃくしゃになった顔ととびっきりの笑顔で答えるのだった。

【魔王の状況分析】

ラアルが療養している個室に呼ばれ、様子ついでに話とやらを聞くことになった――が。


話をするかと思えば、号泣だ。


正直に言えば、理解が及ばなかったと言える。彼女が言うのは「みんな」だ。それを「家族」とは言っていない。


だが、彼女は赤の他人を救うために赤の他人を頼っている。他人の知り合いを助けるために、知らない他人を頼るという信用基準の矛盾点が大いに悩ましい。


頼れるのが我らしかいないとはいえ、命を救われたのは何かに利用する為だという疑念に至らないのが不思議だ。


それと――。


苦悩するなら相談しろ。黙したままでは前進は出来無い――か。


まるで我自身に向けて言われているみたいだな。と、魔王は一人ほくそ笑んでいたのは、魔王しか知らない。

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