来訪者
「まっおうさん~~~!!」
ぐしゃっと扉が蹴り破られると、息荒く声高々にリーリスは叫ぶ。
「なんだ騒々しい」
相変わらず安定して机に向かっていた魔王は、呆れ顔でため息をつく。
「緊急なのは分かるが、扉を壊さないでくれ」
「壊していません! 扉が壊れるか壊れないかくらいの絶妙な力加減が炸裂してますから! そんなことも分からないんですか魔王さん。壊れてるんですか? 修理します?」
興奮していたと思いきや、魔王へのさり気ない毒吐きで平常心を取り戻したのか、リーリスは呆れ顔で腰に手を置く。
むしろ呆れているのは我の方なのだが……と苦笑いを浮かべた魔王は、リーリスにやってきた用件を聞く。
「……して、用はなんだ?」
「そうでした! あの人間が目を覚ましましたよ!」
「そうか。養生しろと言っておけ」
「え、目を覚ましたら言えって言ったの魔王さんなのに、それだけですか?」
「それだけだ。まだ目を覚ましたと言っても体力が回復するまでは話を聞く訳にはいかん。本人も落ち着いてからの方が良いだろう」
魔王城が建立した場所は、山脈が連なる合間にある。
人間族の少女が例え何かのはずみで魔王城にやって来られたとしても、それはどんな過酷な試練にも相当する程の強行軍だったと言える。
この城を行き来する魔神族でさえ、飛行系の魔神族を遣っている。
城の前には十分に広いスペースはあるが、そこから伸びているはずの道は存在しない。四方を山に囲まれた、完全に孤立している場所だ。
獣でもない限りは、そう易々と侵入はおろか、城の門前にすらたどり着けない、過酷な地形。
だからこそ、安全であり、堅牢である。
そんな強固で、邪悪で、魔神族の王がいる城に、初めて人間族が足を踏み入れたのが、まさか年中頃の少女だとは、誰が想像しただろうか。
ある意味では、戦争をやめさせたい魔王の城には相応しい来訪者という皮肉だなと、魔王は口角を上げた。
「あの、えっと……それがですね」
魔王の労わりの配慮の台詞の後が故のばつの悪そうな顔をしてリーリスが続ける。
「本人が喋りたいそうなんですよ?」
★✩★
「あの……助けて頂いて本当にありがとうございます」
「大丈夫なのか? 喋れるとはいえ、まだ目を覚ましたばかりだろう」
「あ、はい。大丈夫です」
「無理なら無理と言わなきゃだめですよ? でないとこの魔王――おー、おー、あー、えー、まーお、そう! マーオウさんはとても心配していましたから!?」
明らかに無理有り気に顔を引きつらせ、やってしまったと口元をひくつかせた。だらだらと頬を流れる冷や汗は、隣に立っている魔王から発せられている黒紫のプレッシャーによるものだ。
「まーおう……さん。ですか。ありがとうございます。マーオウさん。私はラアルと言います」
「よろしく。ま、マーオウだ」
「あ、私はリーリスです」
軽く自己紹介(内一人偽名)を済ませ、ベッドの上で上体を起こしたラアルと魔王、リーリスの三人でラウルが魔王城へとやってきた経緯を話し合うべく、魔王が皮切る。
「さて、ラアル。この城まで来た理由を教えてもらえないだろうか? その身なりといい、旅人や《冒険者》とは思えないのだが」
事情を聴くべく、魔王はラアルに話しかける。
すると、ラアルは俯いて、くしゃりと顔を歪め、目に大粒の涙を浮かべる。その涙が頬を伝う頃には、声を上げて泣き出した。
どうやら予想していたより余程辛い出来事があったのだろうと、魔王は頬を流れる涙を見つめ、曇る先行きをその瞳で見据えるのだった。
【リーリスの後日談】
ラアルと名乗る人間族の少女が目覚め、魔王を呼び出し自己紹介を始める。
事前の打ち合わせで、まず魔神族に関係する一切の情報を全て隠匿すると魔王から念入りに押された。
それは当然だとリーリスも承知する。
魔王城の所在が人間族に知れたとあれば、魔王城の存命に関わる事になる。
リーリスはもちろん。当然。当たり前の様に「分かってますよ魔王さん。何言ってるんですか? 私も魔神族なんですから、ここが魔王城なんて言う訳ないじゃないですか。もう」
と自信満々に言った。
そう、言ったのだ。
なのに――。
「無理なら無理と言わなきゃだめですよ? でないとこの魔王――」
自分が何を言ったのか。
事もあろうに、魔王城ではなく、むしろ城の主である本人を暴露してしまうというまさかの失態。
「おー、おー、あー、えー、まーお、そう! マーオウさんはとても心配していましたから!?」
と咄嗟のフォローをするも、時間は巻戻せたりはしない。
あれ程魔王城に関係する全ての事柄を秘密にしろと言われたにも関わらず、慣れが故の凡ミス。
引きつらせた笑顔で誤魔化し、取り繕うとするも、横に立っている魔王からの負のオーラに当てられ、冷や汗が止まらない。
(…………頑張れ私)
ラアルにはなんとか誤魔化せたものの、これから先魔王はマーオウという名前で名乗らなければならなくなってしまう魔王を他所に、そっと自分を慰め、ついでにラウルには。
「あ、私はリーリスです」
としれっと本名を名乗った事を、魔王は結構先まで根に持っていたとかいないとか。